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第2部 開始★ 転移酒場のおひとりさま ~魔都の日本酒バル マーチン's と孤独の冒険者  作者: 相川原 洵
牡蠣 と 雨後の月

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39/105

(1)


 ヨランタが捕まって救出されてから2日ほど経っている。


 この間、なんとか外見上の負傷と右手の機能だけは回復させたが、いまだ心身は尊厳の維持にも苦労する要介護ヒロイン状態。マーチンへの軽口や減らず口だけは普通に飛ばしながらも、その彼にべったり引っ付いていないと苦痛を思い出して激しく取り乱すのでとても厄介だ。

 夜中も離れたがらず、しがみつきながら うなされて急に叫ぶなどするので、介護する方もストレスを貯めている。肝心の仕事が暇なので大丈夫ではあるはずなのだが、それにさえちょっと八つ当たり気味に機嫌を悪くしているマーチンであった。



 そんなこんなでなかなか気まずい朝食を終えて、習慣の仕込みに入るマーチン。しかし今日は珍しく喜びの声を上げる。


牡蠣(かき)! 牡蠣がぎょうさん来てるわ。しかしコレは、生いけるヤツやろうか。ヨランタさん、今、もし当たったら解毒、いける?」


 ここでは理屈不明ながら、毎朝どこからか食材が段ボール箱で届けられる。これだけで営業するのに十分な量があるし、思いつきのメニューに足りない素材があれば買い出しに行けばいい。そういう体制だ。

 珍しいものや高額なものはあまり見られないが、今日は殻付きの牡蠣がたくさん。こういう時に限ってはマーチンも素直に神に感謝を捧げる。



「何、どういうことだってば。いま体力と魔力の無駄打ちは避けたいんだけど。岩?貝?それ、貝なの?」

「うむ。生で食べる用に育てた牡蠣は、生で食べるとすこぶる旨い。だがどんなに気をつけても腹を下すときは下す。しかも、かなりとんでもなく苦しいらしい。

 キミが元気やったらカラダ張って試してもらうトコやったけど。うーん、諦めて焼くか。いやしかし、神様が送ってきたもんで腹壊すやろうか? 」


 しまった、焼き牡蠣にするには炭があらへんぞ。やっぱぁ備蓄しとかんとアカンな。できるけど、フライパンで焼き牡蠣なんてなぁ。

 男はひたすら1人でボヤいている。おそらく、生で食べることに未練があるのだろう。

 ヨランタとしても興味はすごくある。それ以上に、ご機嫌取りを思えばここらで役に立っておきたい。しかし一刻も早く要介護状態を抜けたいのが最優先の目標。

 さて、どうしたものか。



 まずは1個、開いてみよう。と、軍手をつけたマーチンが食事用ナイフをガチャガチャと差し込んで、貝を開く。


 貝殻の大仰(おおぎょう)さほどではないサイズだがヨランタの知る貝とは質的に異なる、肉厚ではちきれそうにむっちりした、灰色とも生成(きな)りのベージュ色ともいえる奇妙な姿。それは生々しくありつつも、生命のあり方としての遠さも感じる、不思議な感覚。

 (いかめ)しい殻に守られていた身体は少しの揺れにもふるふると震え、陸のものとは違う独特の匂いを放っている。味の想像がつかない。


 2人しておっかなびっくりに牡蠣の身を眺めていると、いきなり扉がガチャガチャと鳴らされた。昼間から来客だろうか?



「知らんけど、とりあえずヨランタさんはカウンター裏に隠れとけ。ちょっと出てくる。」

「えぇ、居留守しようよぅ。一緒に隠れよ?」


表からは「誰かいないか!? 強制的に踏み込んでもいいのだぞ!」と物騒な声がする。居丈高な低いトーンだが、女の声だ。


「まさか俺までいきなりしょっぴかれはせんやろ。ホラホラ、布でくるんどくから急に叫ぶんやないよ。」



 言っている間にも、さらに扉は揺らされている。ノックしてガラスを破るのは遠慮する程度の良識は期待できるらしい。「はいはーい」と声をかけつつ、駆け寄って鍵を開け、昼間の呼ばれざる客と対面する。


「私は聖堂騎士イザベッラである。逃亡者・呪われしヨランタ、並び、その仲間・炎の外法使いの一団の捜査にご協力いただきたいッ!」



 スラリと背が高い、銀の軽鎧に身を包んだ女だ。兜は被らず、豪奢な白金の髪をなびかせ、彫りの深い顔には高価そうな眼鏡を掛けている。歳の頃は30半ばかな、とマーチンは思ったが人種や時代を考えれば20代かもしれない。迂闊なことは言えないぞ。


 威嚇するような大声をあげながら、店主を突き飛ばすように押しのけながらズカズカと入ってきて、数歩して振り返り、5人ほどの部下を随伴させ、残り結構な人数を外に展開させたまま店を包囲させている。

 これは、見込みが甘かったかな。内心は(すく)み上がっているビビリのマーチンだが、ここで下に出ては認めたようなものだ、キッチリ抗議せねば。

…と判断したのは中世風世界の理不尽慣れしていない悪手ではあるのだが……



「困るな! 食材の仕込み中に外のホコリをガチャガチャ持ち込まんでくれるか。なーンもかも知らん、迷惑! ダレのどういうアレで勝手やらかしてくれとんねん。来るなら夜に客で来とくれやす。」


「店主、貴様どこの出身だ。貴様に疑いの目が向く前に素直に引っ込んでおれ。この界隈の住人なんぞ、どうせ何かしらの理由持ちなのだからいつでも逮捕できるのだぞ。

 フン、食材などと多寡(タカ)の知れた……牡蠣!!? 干物の燻製でもない、塩辛でもない、生で食べられそうな牡蠣!!? 間違いない、いや、しかしどうやって?」



 聖堂騎士イザベッラと名乗った女は、どうやら牡蠣とその旨さを知っているらしい。海の方の出身かもしれず、仕事で赴いたことがあるのかもしれない。

 激しく動揺し、頬を紅潮させながらも、その目線は剥かれたてプリプリの牡蠣に吸い付いて離れない。


「それは、ホンマに知らん。俺のほうが知りたい。……いや待て、せやったら、ひとつ賭けをしようやないか。もう1つ生牡蠣を開けるから、俺とキミで食べてみて、キミが当たらなかったら勝ち。俺の知る限りのことは話すし、今日は貸し切りの牡蠣パーティーにしてやろう。

 当たったらキミの負け。どうえ?」



「牡蠣…パーティー…」

 騎士の喉がゴクリと動く。


「生だけじゃなしに、酒蒸しにしてもええし、カキフライにタルタル乗っけても最高。中華炒めでも旨い。鍋物にしてお豆腐と一緒に食べても極上やし、お好み焼きの牡蠣玉は混ぜ焼きにする大阪風もあと乗せの広島風も甲乙つけがたい。

 お酒は大吟醸、牡蠣の名所・広島の〝雨後の月〟を出してあげよう。酒だけでも一杯試飲するかね。ん?オマエは黙っとれ。いや、こっちの話!

 勝負でキミが勝ったら、の話やけどもね。興味なかったら帰ってくれてええよ。」



 今まさに、かの騎士の頭の左右で天使と悪魔がささやきあっているに違いない。ダメ押しすべく酒を、少々俗悪なほどピカピカキラキラの有田焼の金彩の高盃に注いで、そっと差し出す。

 よく熟れた極上の果物のような吟醸香がふわりと広がり、イザベッラの目が驚愕に満ちて見開かれる。

 ここはマーチンにとっても正念場だ。


「牡蠣をな。チュルンと呑んで、香りの余韻を楽しんでからそれが消えないうちに、このお酒をひと口。生臭みは押し流されて、最高の旨味の膨らみだけが残るって寸法よ。

 うーん、俺がたまらんようになってきた。じゃ、そこのお付きの御婦人。酒だけでも、どない?」



「待て貴様。その者はいまだ心弱き修行中の身だ。正体を表したな誘惑者の悪魔め!」


「んな、阿呆な。酒場に押しかけて、酒が出てきて誘惑のどうのって話があるかいな。嫌なら来んな。もともとキミが勝負に乗るか、諦めて帰るかだけの話やったやん。」


 そうだったかな? 隠れているヨランタは首をひねる。

 愉快な話術ではあるが、こんなので帰ってくれるような気の良い連中なら誰も苦労はしない。ちなみに、牡蠣に当たってもそこまでの即効性はない。マーチンは適当なことを言ってるだけだし、イザベッラも詳しいわけではない。



「勝負、勝負と貴様は言うがな…。わ、私には言ってやりたいことがある。

〝食べ物で遊ぶな〟! 」


 その声は雷鳴のように響いた…わけではないが、マーチンは雷に撃たれたような顔をしている。

 料理対決は、食べ物で遊んでいるかな?そうかも。若干の疑問は残るが、頭ごなしに怒られてしまうと反論もしづらい。続けて、聖騎士が叫ぶ。


「兵士ども、入ってこい! この男を連行し、徹底的に家探しをするぞ!」



 外で待機していた兵士たちが店内になだれ込んでくる。マーチンにはここで、走って逃げて自分だけ日本に帰ってしまう、という手もある。しかしそうなると完全にヨランタを死地に放置することになる。それは気が引けるな、と思ってしまった間に逃げ場がなくなった、呑気な状況だ。

 この間、聖堂騎士イザベッラは顎に指を当てて難しい顔をしている。この男を外に引き出して、大通りで罪状を読み上げる、そのカッコいい文面をいま考えているのだ。


 そして兵士たちがマーチンの肩に手をかけようとしたその時!



 ♪ パッパカパ~ン ♪

『おめでとうございます、当店はユニーク来店者が200人に達しました! 店レベルが3に上がります。今回はなかなか早かったですね、褒めてつかわします…します…ます…す……』


 緊迫した状況に極めて場違いな、子供じみたファンファーレと明るい声が響いた。











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