(2)
※ もうちょっと暴力描写が入ります ※
夜更けを待って冒険者たちが動き出す。
協力者は少なくない、らしい。ヨランタが恩を売っていた、かつての初心者たちや身内を救われた戦士たちで百人隊を編成できる! とユリアンは不謹慎ながらウキウキと豪語していた。
指揮官として悪知恵を働かすオトコノコ的ワクワク感は理解できなくもない。
しかしマーチンにできることは彼らに飯を振る舞うことくらい。ここは、縁起を担いでテキにカツ、で分厚いビフカツ。
昨今の関西では牛カツとか言ってほぼブルーレア状態の分厚い肉で出すのが中国・韓国からの旅行者に流行りだが、ここはしっかりと力を込めた、柔らかウェルダンのビフカツ。古典派の肉は薄いものが多い。が、それはそれ、いいとこどりの豪華版だ。
成功報酬のごちそうもしっかり約束した野郎どもが気力充分で出撃していって、数時間。
扉を開けるとなかなか景気の良い音が響いていて、街の中心の方向の空が赤く染まっている。
大丈夫かいな。玄関先の元三大師のお札に手を合わせ、屋内に戻って神棚のお酒をなみなみと交換する。マーチンには待つほかに何もできない。まさか剣を振るって混じっていくわけにもいかない。
「戦士が戦う、市民は戦わない」と真面目に言いきったユリアンは男前だった。ヨランタさんも、まとわりつくならああいう男にすれば、安全だったのに。
少々やさぐれた気分で、気に入りの伊勢角屋のエールを一缶空ける。ほろ苦く青くさいホップの香りが体を駆け抜けて、気持ちがすこし落ち着く。
*
さらに待つことしばし、急に、戸が静かに開かれた。
「やぁ、やっと一安心だ!」
入ってきたのは煤まみれの疲労困憊なユリアンを先頭に、涼しい顔で大荷物を担いだジグムント、激戦の跡がうかがえるレナータ、しんがりでなおも周囲を気にしているツェザリ、の4人。
そして、大荷物の袋の中から引っ張り出されたのはグッタリした小柄な女。おそらくヨランタだ。ボロ布をグルグルに巻き付けられていて様子が見えないが、むわっと血の匂いが立ち込める。
「あ、安心なん?それ。」
「うーん。コイツは生きてれば自分で回復できるはずだから。敵もそれをわかっててずいぶん無茶をされたようだが、たぶん、きっと、いや絶対、大丈夫さ。」
ジグは明るい声で言うが、ユリアンやレナータは目を背けている。
ボロ布の物体がうめき声をあげながらモゾモゾと動いた。マーチンは一瞬ギョッと腰を引くが、こちらに這い寄ってこようとするのを見て、腰をかがめて迎えようと覗き込む。
物体は視線を避けるように苦痛の声を上げながら背後に回り込んで、マーチンの足に後ろからしがみついた。
「治るまで、顔は見ないでやってくれないか。だいぶ酷いし、歯も全部やられてる。あと、手足の腱と爪も。坊主ども、とんでもねぇ奴らだ。■■されてないのだけは救いだが……」
「レナータ。ちょっと黙っとこうか。
……今後の段取りだが、今回で聖堂の原理主義タカ派の勢いは弱まった。ヨランタが治り次第、大主教との面会をギルドを通して取り付けてあるんで、そいつの糖尿を治してやれば、以後いくつか手続きを済ませて、晴れて自由の身なはずだ。
ただ、コイツが自由にフラフラしてられたのも皮肉なことに危険人物だったお陰でもあるからな。一般人になった途端、国の飼い犬にされて城の奥に鎖で繋がれる可能性もある。まぁ、治ってからおいおい考えればいいさ。
俺達は、コイツが治るまでダンジョンにでも籠もってるよ。今はさすがに食欲がないから、ごちそうはまた今度な。」
*
とんでもない無茶をやらかしたはずなのに男前ぶりを発揮して、クールに去ろうとするユリアンたちに、せめて、とスパム、コンビーフ、カンパンの缶詰セットと大量の缶ビールを押し付けて、背中を見送って、さて。と途方に暮れる。
この状態の、ヨランタ?を、どう扱ったものか。
「風呂は大丈夫か?」
ふるふる、と頭を振る。そりゃ、そうよな。しかし、お湯で体を拭いて、傷があれば消毒して清潔な衣服を着せるのは最優先で必要だ。
「腹は減ってるか?つぅて、食えへんやろうな。ポタージュスープとか…」
ボソボソ、となにか返事が聞こえる。目を閉じて耳を寄せる。
「おしゃけ……」
「アホ!」
ノリで頭をペシッと叩いて「あ、スマン、大丈夫か!」とひと慌て。
患者が求めるからといって、怪我人にまず酒を与える治療など聞いたことがない。しかしコイツはそういう常識に縛られていないタイプの患者だ。ひょっとしたらなんでもアリなのかもしれない。本人も正常な精神状態でないようだから、いつもどおり酒を飲めば落ち着くこともあるかもしれない。しかしそれでも。
「まずはぬるい白湯を飲め。ストローで飲めるか。それから蒸しタオルで体を拭くぞ。考えてみればレナータさんに残ってもらえばよかった。何を考えとんのや、あの女。」
やらねばならぬとなれば、そこはマーチンも中年男の意地がある。少年マンガの主人公のように慌てふためくわけにはいかない。酷いことになっているらしい顔を拭くときだけは目隠しして慎重にするが、他は思い切って丁寧・迅速に。料理人の肉さばきの技が光る。
普段から縦横に肉を切り、魚の内臓を手でもぎ取るマーチンでも人体の破壊痕は見慣れない。グロッキーな気持ちで、冬装備・暖かめのフード付きパジャマを着せてやり、フードを最大限閉めてやって、一瞬もいやらしい気持ちにはなれずに完了。
「酒、なぁ。あ、これなら度数も低いしダメではないかもね。濁り酒は〝飲む点滴〟なんていう甘酒にも近いし。かなり甘いし。
〝讃岐くらうでぃ〟の温燗。こんな時の出番でごめんね。」
相変わらずの対象不明の気遣いを見せつつ、1メートル以上離れようとしないで這い寄るヨランタをさばきつつ、酒の用意をする。
以前、自分が病気になったときは彼女にピッと魔法で治されたものだが、今回、そうは簡単にいかない、というのもどうにももどかしい。便利なうえにも危険な能力であることよ。
ほのかに温かい濁り酒が小振りな竹筒のカップに注がれ、薄く湯気を立てている。まったりと甘い香りが室内に広がり、張り詰め感が残っていた空気が強制的に和らいでいくようだ。
この酒、実はマーチンの好みとはちょっと離れたものだが、そのために今日この場にあり合わせたので結果的に良いめぐり合わせとなったものだといえよう。
カップにストローを差し込み、紐で絞ったフードの穴に「ほーら、ほら」と差し込む。フードの中で頭部がもそもそと動いて、釣り餌に食いつく魚のようにヒットした感触が伝わる。フィッシュ!
バカだなぁ、と微笑ましくはあるが、チュウーっと吸い上げる勢いは可愛らしくない。
この酒のアルコール度数は6%。ビールとほぼ同等で、ストロング缶の2/3くらい。怪我人でもストローでちびちび飲むなら、と思っていたのにこの勢いでは、取り上げるべきか。そう判断した瞬間、
「復ッ活ー!」
「えっ、何!?」
「気力と栄養が補給されっ、ので歯が新しく生えまいた。」
「どうなってんのそれ、ちょっと見せてみろ。」
「だぇっ、まだ鼻が復活できてにゃいから。もう一杯、それから食べ物もちょうだい、お肉!」
「そんなチョチョイで治んのかいな、心配して損した。そんなら口より先に手足をなんとかしなさい。」
「喋れないと何も言えないでしょー。あったく、人が何もできないのをいいことにオトメの表も裏もひっくり返してゴシゴシやっちゃって、マぁー。」
「実際ベチャベチャネトネト地獄やったからしょうがない。まぁ、裏の部分もアレやったけど肝心部分はキレイなもんやったから気にせんでよろし。キミは喋るとかわいそう感が無くなるからしばらく黙りよし。」
「そうは言うけど、手足は粗雑な止血の魔法だけかけられたせいで、ひゃんと治すのに気力も栄養も時間もたくさんかかるのよ。4,5日はご面倒おかけしちゃうけお、よろいくお願いします。」
「飯も、ひと匙ずつの介護か。せめて右手はなるべく早く動かせるようにしてや。栄養の吸収が早いのんは、おかゆ、おじや…鶏出汁の卵のおじやにしよう。疲れた体の回復と栄養補給にバッチリやで。」
「わぁい! ……シンプルだね。あ、凝ったものを食べさせるのが面倒!とか、どうせそんなんでしょう。」
「それは、そのとおり。でも味と栄養は間違いないぞ。早う、遠慮なくしばき倒せるように治れ。ほら、熱いモンは危ないからしっかり抱えておいてやる。暴れなや。」
「ひやぁあ ↓ 犯されるぅ~ ↑」
「アホ、そのつもりがあったら先にやっとるわ。」
二人して床に座り込んで、男は女の背後からその上体を左手で支えつつ、右手でおじやをひと匙ずつ口元に運んでやる。あるいは、酒のカップを口元に、いや、しかし酒って、オマエ。同情しづらさに情緒を揺らされている。
女は男の膝の間で、肘と膝から先が動かなくなっているまま背を男にもたれかけて、口だけ動かしている。まんざらでもないが予想以上に恥ずかしい状態で、ひたすら照れている。
「マーチンはアホとかバカとか簡単に言いすぎ。私だって傷つくのよ。」
「せやったら反省して改めてくれ。」
「それはないね!」
「阿呆。」
「ホラまた言った!」




