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第2部 開始★ 転移酒場のおひとりさま ~魔都の日本酒バル マーチン's と孤独の冒険者  作者: 相川原 洵
鮭大根の粕汁仕立てと 杉勇

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(1)


 焼き鳥パーティーも佳境を迎えているが。


「もう材料がない。お仕舞!」


 悲しむべきことに、酒は飲めば無くなるし、食べ物は食べれば無くなる。こればかりは全く不可逆の変化、天地の(ことわり)だ。



「なにィ~っ! なぜもっと用意していない!そ、そんなことが、そんな、そんな……」


 いつも冷静な一団のリーダー役・ユリアンが怒りの声を上げ、しかしその声は泣き声に変わり、嗚咽(おえつ)の中に埋もれていく。

 泣き上戸だ。実害は少ないが面倒さでは他タイプの酒乱に引けを取らない厄介さん。



「ヒヒャヒャッ、怪しからん!怪しからんナァ、おぃ! じゃあ他の料理だ、他には何があるんだ!」


 奇妙な高い声を上げるのはツェザリと呼ばれた細身の男。笑い上戸の()は見えるが、言っている内容はおかしくない。ただ、絡む相手が山椒の小瓶なのがおかしい。

 山椒の小瓶に一生懸命問いかけて、七味の小瓶に同意を求めている。今の彼には何が見えているのだろう。

 この2人はとんかつの時以来、時々やってくる。



 缶詰のときにも来た女戦士レナータは、先程から全く無言でニコニコしていて、目は開いているがピクリとも動かない。静かなのは助かるが、怖さでは他の2人に倍する違和感がある。

 最悪の事態になってしまったときはヨランタがいるから大丈夫だろう。と思いたい店主・マーチンだが。


 そのヨランタ、彼らが集まる前から調子よくカパカパと飲んでいて、現状、一団の5人で真澄の一升瓶を2本、空けてしまった。


「私はね、酔ってないよ。酔うほど飲んじゃいないよ。ほら、見て。酔ってないから。」


 意外にしっかりした呂律(ロレツ)で話していて、まぁそれなら大丈夫かと思って、見ろというから目線を向けてみれば、お冷の空コップを並べて、手に持ったお冷のコップからそれらに水を注いでいる。

 酔ってないことのアピールのようだが、自分が何をやってるのかが繋がっていない、酔っぱらいの典型だ。コイツも、ダメだ。

 1人で飲んでいれば量を飲んでもおとなしい女なのに、群れるとテンションが狂う。ありふれたことではあるかもしれない。



 ひとり正気で、酔っぱらいたちを介抱して回っているのが色男・ジグムントと呼ばれた男。彼は辛いもの料理の時から激辛に目覚めた男でもある。

 モテ男だスケコマシだとも言われているが、そういう甲斐甲斐しさがあるのならモテるのも当然だろう。

 ヨランタを羽交い締めにして、ユリアンの尻を蹴り、ツェザリの話し相手として山椒小瓶役になって返事をしたり、レナータに持参のひざ掛けをかけてやったり、いい奴だが損な性分だ。



 不意に、ブブブ、とマーチンの懐が鳴る。


「あ、一戸さんから手紙(メール)が来た。」


「イチノヘさんって?」

「ユメちゃん!どう?なんて言ってるの?」


 さっきまで暴れるヨランタを羽交い締めにしていたジグムントが、ちょっと目を離した間にヨランタに背後に回られておんぶの姿勢で首を絞められている。その形のまま、マーチンのつぶやきに反応した。



「ひょっとして昨夜だか今朝だかに逃げてった、て娘さんか?」


「そ。実はマーチンの同郷の子だったから、帰郷の算段をつけてあげたの。」


「なるほど、豪儀な厄介ネタだったんだな。それにしても、昨日の今日で? その板が、手紙?」


「マーチン、なんて言ってきてるの?」



「読もうか。えーっと、ゴホン。


 本当にお世話になりました、一戸です。母のスマホから、電話は通じませんでしたので精霊に言付けてメールをお送りします。通じればいいのですが。

 私は、新幹線を降りてローカル線に乗り換えたところで、古い友達の親御さんに見つけてもらって、大騒ぎされながら家に戻ることになりました。

 実はこちらの令和世界でも私は十年前に失踪したことになっていて、確かに私の育った家で、すこし老けた私の両親がいて、私の部屋も残してもらっていて。でも私のものだという知らないギターが置いてあって、楽器なんて触ったこともないのに、やってみたらなぜか弾けて、混乱します。


 話を聞けば令和の私は活発な子だったらしく、オタクだった芳至の私とはやっぱり別人で、どうしたらいいのか困ります。令和の両親が「お前はいま混乱しているだけだ」って涙ながらに言うのを聞けば、本当はそうだったんじゃないかという気さえしてきます。もし、そちらで令和の私を見かけたら、いつでも替わりますのでよろしくお願いします。

 いまの私と芳至の(よすが)は、最後に一枚残った芳至3年の百円玉だけ。もう少し落ち着いたらしっかり考えたいと思います。また相談させてください。


 お礼と、お借りしたお金をお返しに、後日かならずお訪ねしますね。今はトイレの扉も閉めさせてもらえないほど両親が目を離してくれないので、落ち着くまで少々お待ちください。


 ヨランタ様と冒険者の皆様にもよろしくお伝えください。それでは、またお会いできる日まで、お酒は程々に控えて、健康第一でご自愛くださいませ。


 追伸、父が持ってた週刊誌にヨランタさんが “病棟の奇跡・モジャモジャ天使” って載ってましたよ。父もどうにか探して相談しに行こうと考えていたらしいです。もう有名人ですね。何やってるんですか。



…以上。」



「長くねぇ? その板にどれだけ描いてあるの。」


 信じていない表情のジグムントはさておき、いつの間にか復活していたユリアンとレナータは手巾(ハンカチ)を熱く濡らしている。


「良かった、良かったなァ…」

「親御さんの気持ちが痛いほどわかる……酒!祝いの酒を!」



 酒は控えろ、って言われたところだろうが。マーチンが忌々しげに部屋を見渡す。


 ツェザリは再び黙り込んだ山椒の小瓶を相手に、娘を持つ父親という存在への憧れをかき口説いている。あれはもうどう仕様もない。

 ヨランタは? ジグムントの背中の上で、その胴に足を巻き付けて己の髪を手櫛でわさわさと整えようと?している。


「モジャモジャって、何さ!」

「誰がどう見てもモジャモジャだろうが! 天使の方を不思議がれ!」

「かわいいモジャモジャじゃないか、悪く言ってるわけじゃねぇよ。」

「そうさ、ゴブリンの弓矢を絡め取った、兜に等しいモジャモジャじゃないか!」

「癖っ毛の何が悪いってんだ殺すぞ。なぁ、イレンナ(山椒の小瓶)もそう思うだろ?」


「いやーだー、サラサラフワッフワがいい、呼ばれるなら絹髪の天使とかがいいーッ!」


「また、無茶を。……あー、魚と野菜のスープなら今からでも用意できるけど? イヤなら他所の酒場に行ってこい。」


 沸き起こりかけた不毛な騒動に、無粋な男の一喝。


「野菜スープか…嫌うのも、今更だな。酒のアテにはなるのか?」


「うむ、季節柄、今日は急に焼き鳥にしたけど、そうでなければコレにしようとしてたんがある。明日に回そうと思ってたのに、まぁ、しょうがない。

 出来立ての酒粕で、粕汁のスープ。と、ぶり大根かなぁと予定してた。でもいい鮭があったから、今から作るのは粕汁仕立ての鮭大根。まぁ、普通の粕汁にはたいてい鮭も大根も入ってるんやけど、もそっと大ぶりで味濃いめのをゴロゴロ入れたい感じのメニュー。

 ウチの国では、男の中の男・孤高の剣士は鮭大根を食うことになってる。そういう料理なわけよ。」



 マーチンが珍しく言葉を多めに料理を解説する。鮭。そういえば以前、マーチンの妙な癇癪のせいで鮭を食べそびれたことがある。ヨランタとしては、是非にもありつきたい逸品だ。


「マジか。魚っていうからどんな小魚かナマズかウナギかと思ったら、鮭ならチップを積んでも食いたいくらいだ。鮭なら鮭といってくれよ! しかも、勇者のメニューと聞かされては。もちろん、食わせてくれ!」


「ウナギならウナギと言ってたトコなんやけどなぁ。文化の違いは、アレやね。まぁええわ。ほな、用意するね。小一時間かかるから、しばらく酔い覚まししとれ。


 お酒も、新しいのを。……あ、これはアカン、 やっぱナシ! モノのわからん酔漢どもには勿体ない……って、ほどでもないか?うーん、…」



 いきなり前言撤回しようとしてよくわからない逡巡をするマーチンに、ジグの背中から降りたヨランタがカウンターの内側も我が物顔に侵入して、絡みにいく。


「なぁによ、無駄に物惜しみするのはマーチンの悪い癖ね。なんだかんだ言って、最後には出すんだから観念しなさい。なぁに? 「杉勇(すぎいさみ)」。ラベルは無骨で地味ね。なんか…大丈夫? でも、勇、ってのはいいね。おいしいヤツなの?

 コイツラは今まさに人生の黄金時代の入口なんだから懐は暑いくらい温かいはずよ。いいから出しなさい!」


「そういうモンではないの、価値っていうのはね。物知らずと粋人にはそれぞれそれ用の良いモノがあるの。

 …ふぅ、彼らにも粋人のモノを教えてやろうか。落第したら退場ね。」






はじめブリ大根の話にしようと思ってたのになぜか自然に鮭大根になりました。

で、鮭といえば最上義光、モガミといったら や・ま・が・た、ということで、カクヨムの方でおすすめいただいてました?山形のお酒になりました。

冨岡さんは特に関係ないです。





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