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「うーん、ウマイ!」
お酒、真澄の生酒「突釃」をグラスから呷ったマーチンがシンプルな感想を漏らす。
おいしいものに慣れて、いつまでも新鮮な感激を持ち続けることは難しい。だからといって、自分で「有難がって飲め」っていいながら、それはどうだろう。
このお酒は、おいしいよ。しゅわっとして、華やかで、パッとして、カッとして、ふわっと香りたち、喉からお腹から最高になる。つまり、
「うーん、うまい!」
もう一杯、もう一杯。はいはい今度は私からご返杯。ああ、すぐになくなっちゃいそう。こんなに良いものが、もったいないような、でも仕方ないような。四合瓶って、少ないよね。
*
「炭火もいい具合。焼いていこか。まずは馬肉串。」
ジュウッ。グリルの上で、すでにおいしい音が鳴る。肉汁と脂が滴り、さらに盛大に焼ける音がして煙が上がる。
「炙るくらいでええやろ。塩振って、…ハイどうぞ。」
「あ、確か以前、塩原理主義に物申してたよね。」
「よう覚えとるな。いやしかし、合わすなら焼鳥のタレではないやろし、牛豚用のステーキソースも準備がない。ナニ、どうせ肉は旨い。四の五の言わんと食いよし。」
火の模様が踊るような備前焼の角皿に、小振りな肉塊の串焼きが供される。
肉の串焼きといえば男たちが大口を開けてかぶりつく豪快かつ大雑把なイメージだったが、これは焦げ目ひとつない繊細と言っていいほどの、料理らしい料理だ。
私の一口サイズにもちょうどいい。気が利いてるね。
「…おぅ、赤身肉のしっかりした、肉やな。これは、肉や。」
グリルから上げて直に食らいつくマーチン自らの食レポは、雑だ。
仕方ない、私が味わってあげて、以ってお馬さんの供養としてあげよう。
ガブリ、キシキシ、ぞぶり、モニュ。
脂と肉汁と血と塩。いままでのマーチン料理の牛豚の奇妙なほどの柔らかさは、ここには無い。野山を走るお馬さんの命そのものを感じる肉の味。つまり、
「肉だね。本当の肉だよ。」
「旨いやろ。そして、酒。くぅっ、たまらんね。」
「次!次!」
「はいはい。馬はあと3本ずつね。あとはヤキトリ。これも、もう焼いていこか。何からにしょっかな。」
*
「ところで、キミの方、一戸さんを逃亡・失踪したことにする件、どないなったん。」
「どうもこうも、「他所からの冒険者なんてそんなもんよね、ご苦労さん」くらいのもんですよ。妙な知識を彼女が持ってるなんてアチラには知る由もないしね。
多少は事情を知ってる私の仲間も、ある程度は察してくれてるし。あ、そうだマーチン、日が暮れてから奴らも来るって言ってたから、ちょっぴりくらいサービスお願いね。」
「ハイハイ、鶏モモ串と豚串と牛串を多めに用意しとこうか。その分、キミはミニトマトベーコン巻き串とかキノコ串を多め、ね。」
「味の想像がつかない。でも言葉の響きがおいしそう。どんと来いだよ。」
馬肉をワシワシと食べ、それをシュワッとするお酒でお腹と天上へ送る。さあ、ヤキトリを迎える準備は万端。アジシオを超えるタレ肉のチカラ、味わわせてもらおうじゃないの。
それはそうと、
「ユメさん、どんな様子だった?大丈夫そう?」
「興味の順番がビックリするほど遅いな。
まぁ、せっかくやから下鴨さんにお参りして、服も一式買うて、京都タワーに昇って、新幹線のホームまでは見送ったわ。何やったら今日は仙台あたりで泊まって、明日ゆっくりお家まわり行ったらええって言うたけど、なるべく早く帰って結論出したいって。
今頃東京すぎて東北新幹線やろか。心配やなぁ。」
「言ってることほとんどわからないけど、今日明日死ぬとかじゃあなさそうなのね。それならよかったよ。」
「俺にもキミらの感覚がわからんから、おあいこやね。あ、真澄一本もうみなになって(なくなって)しもた。さすが、2人で四合瓶飲むと早いな。次からは普通のんな。」
「えッ、マーチンばっかり飲んでなかった!? ズルイ!」
「言いなさんな、こっからは焼きが忙しいんやから。ハイ、まずはモモ串とねぎま。どっちも同じ鶏モモ肉やけど、どっちがええと思う?」
*
馬肉が終わっちゃった。続いて、鶏。
香ばしい脂と力強いタレが匂いだけで脳を痺れさせ、空腹感を錯覚させる。たまらず、モモ串にかぶりつく。たちまち、口中に充足感を伴う温度と密度が弾ける。
「んー! ん、ん! んー!」
「なるほど! さすがヨランタさん!」
「(ゴクリ!)…まだ何も言ってないでしょう。…高級感では馬肉に一歩譲るけど、貴族用の若鶏だね? 充分な贅沢肉だよ。
それに、タレ! これは強い! このタレがあれば、その辺の蛇でも沼ネズミでもおいしくいただけそう。なるほど、贅沢肉にこのタレをつけるのはビビっちゃう気持ちはわかるね。でも、これがいい!」
新しい「普通の方の真澄」は、マーチンのいう「クラシカルな味わい」タイプ。独特の穀物らしいクセがある。でも、このヤキトリ味には地に足がついたズッシリ感もよく似合う。これもいい!
「その鶏は特別いい肉でもないけど、下処理と焼きが上手ければたいがい充分ではあるよね。俺はねぎまが旨いと思う。」
「草のほうね。んー! 確かに、甘みも歯ごたえも、違うのにすごく馴染んでる。バランスがいい。この国でも、貴族のおばちゃんならこっちを喜ぶだろうね。」
「貴族はヤキトリなんて食べませーん。次は、ハツ、キモ。つまり心臓と肝臓。合わんかったら残してもいいよ。」
今日はマーチンが自分でも食べながら手際よく料理して、色々出してくれる。こういうのも楽しいね。彼のテンションも、いつもより高い。もう酒飲んでるからだろうけど。
さて、内臓。私にとっては仕方なく食べるもので、当然、良い思い出もない。そういえば、そんなことを言いながら得体のしれないもの、コンニャク?を食べたこともあった。さて、これは。
ハツは、プリプリした歯ごたえ。味は、タレが勝ってるかな。でもお気に入りになりました。キモは、わかりやすく鶏の肝だ。でも、しっかり火は通りながら柔らかクリーミィ。これも、とてもいい。
「いやぁ、山盛り出されても困るだろうけど、おいしいよね。」
「そう。やっぱりわかってるね。
今日は砂ずりとか玉ひもとかまでは用意せんかったんで、内臓系はそんなところで。
お次は、せせり。そしてぼんじり。首の肉と、おしりの肉な。ぼんじりは、塩焼きで。」
おしり?鳥の、お尻かぁ。鳥の尻? ちょっと、それはどうだろう? 先に首、せせりから食べよう。
おぉ、コリッとしてるのに、ちゃんと肉だ。これはいいや、追加で頼もう。
ペロリと食べてしまって、そしてぼんじり。
他の部位より小さく刻んである。もともとちょっぴりの部位なのかもしれない。カリッとキツネ色の、まるで揚げ物のような風貌。普通においしいかもしれない。
「すごい、脂!」
これは、脂身の塊だ。揚げたようになっている表面は、にじみ出る自身の脂のせいだ。ひと噛みするとサクッ、内面はプリッとした脂。ふと出来心で、自分のおしりをもんでみる。なるほど、これかぁ。いい脂だ。納得した。
「気に入った?」
「入りました。追加で2本ずつちょうだい。」
「まず待て。お次、ひね鶏。親鳥ともいう。これも塩焼き。しっかり硬いよ。」
おお、もう、見た目ですでにフレッシュ感がない、筋張った感じ。でも今更だ。マーチンを信じて、いただこう。
「ふもっ、むっ。ほむっ。」
硬いッ!急に、かッたいよ! でも本来、肉を “喰う” ってこういうことだったはず。ガシガシ、ワシワシと、口の端からよだれが垂れても構わずに夢中で喰らいつく。
でも、ガチ獣肉に比べれば、この肉は臭みもないし、噛むたびに味が湧き出てくる。噛みしめているうちになんだか征服感みたいなものさえ感じる。
「うまい。おいしいってより、うまい。でも次は柔らかいのがいいな。」
「わかる。でも、これで一周ラストね。つくね。鶏肉団子。トッピングはチーズと卵黄、どっちがいい?」
「両方。」
「淀みないな。ホイ。」
おお、これこそ最強の肉団子! お皿の上に確定した大勝利が待ってる!
かつてなく気分が盛り上がったところで、乱入者がガヤガヤと登場。
「まだちょっと早い時間だが、いいだろ? もっのすごいうまそうな匂いの煙が一町先まで漂ってるぜ。」
「デーモン素材の値付けが難航しててな。俺等にできることもないし。しかしたまらん匂いだな!」
「そうそう、何の匂いだ、って外に十人くらい集まってるぜ。大将、大儲けできるな!」
「ヨランタ、先にいいモン食ってんじゃねェか! 半分くれよ。」
あげないよ! ゾロゾロと入ってきたのはパーティーメンバーのみんな。女性も混じってるけど、口々に話し出すと誰が誰やらわからない。
マーチンの方は聞いてるのか聞いてないのかわからない感じで、
「ぎょうさん来られても準備がないなぁ。十人もいたら、キミらの取り分が減るで。」
「わかった、散らしてくる。それにしてもその商売、どうなんだ。」
*
その後のお店は、貸し切り祝勝ヤキトリパーティー会場に変貌した。
冒険者たちはグルメではないので、肉ならば何でも平らげてしまう。酒が入ってしまえば串まで食いかねない勢い、やがては戒律を破ってヨランタのトマト串にまで手を出す始末。
万願寺の串まで奪われて半泣きのヨランタを「また今度用意するから」となだめつつ、さて「また今度」はいつまであるものやら。この世界、思ったよりいつ何がどうなるものかわからない。
ま、ちょっとは覚悟しておくか。と、いえば深刻なようだが、考えることは「備蓄は増やしておこう」程度の、頭のゆるさもまたマーチン節であった。




