(芋焼酎 月にホエール)
「カ・レ・エ! カ・レ・エ!」
カ・エ・レと言われているのではなくて、ひとまず安心。
ロバには乗り疲れたので、ユメ家族といっしょに荷馬車の空きスペースにテントを敷き重ねたものの上でダラダラしながら歓声を聞いてる。
ユメ家の面々は、それとは別にカレーもハヤシも食していて、ハヤシよりカレーがうまいと言ってユメを怒らせたそうだ。
ライスが無くても無発酵の〝種なしパン〟がチャパティみたいで合う、んだって。カレーの具はラム肉ミンチと豆と現地野菜。おいしそう。
チャ…は知らないけど、私は今、とんかつカレーが食べたい。
それより、こいつ、あっさりこちらの人にニホンの食べ物を普及させているの? 私と何が違う? これには深刻に嫉妬。どうしてくれよう。
「カレー粉のおねえちゃんは、ユミとちょっとしか変わらないのにママとむつかしいお話できてえらいと思います。」
「おねえちゃんは身長は低いけど25ちゃいで、あなたより20コ上なんだよ。…弟子よ、子供の教育はちゃんとしなさい。まったく、何か考えてたのに忘れちゃったよ。」
「子供、かわいいでしょ? ヨランタ師匠はマーチンさんと……あ、ドブリヴォイェくん、寝ちゃった。この中で寝られるなんて、さすが大物だよね。」
「…(ママったらいっつもドーちゃんのことばっかり、ユミのことなんていらないんだ。おねえちゃんのママはどうだったの?)」
話の途中で息子の世話モードに切り替わった母親を見て、娘が日頃の不満を耳打ちしてくる。でも私の母親のことは子供の教育によろしくないけどどうしよう。娘ちゃんの言い分はさりげなく母親にチクるも、
「んー、師匠のほうがご存知でしょうけれども、このクソ世界じゃあ息子は母親の主人にして生命線でもあるから……とか言ってちゃダメよね、あー、ほんともう母親なんて…」
なんて嘆きだす。私に母の気持ちなんてわかるはずもない。とりあえずユメさんはお疲れのようなので体力回復魔法をかけて、娘ちゃんには「おねえちゃんのママは2日に1回しかご飯をくれなかったから、私は土を食べて空腹を紛らわせてたよ」と教える。
「変なことを教えないで!」とクレームを受けたけど時遅し。娘ちゃんはその剣幕を見て泣きだし、息子ちゃんもその声で起きて泣き出す。あぁ、地獄だ。
「マーチン土産のお酒を1瓶死守してきたからさ、今夜は飲もうよ。愚痴なら聞くから。」
「師匠のせいなのに。でも、ゴチになります。」
*
旅の最終目的地、ユメさん家〝イエニーフ邸〟に到着したのは予定より少しだけ早い宵の口の時間。でも搬入ほかいろいろの手続きを済ませたら結構な夜更けになってしまった。
でもこの邸宅は城館といってもいいくらい、武張った感じでなかなかのスケール感。お貴族の奥方様じゃん、贅沢なお悩みだこと。
「それでヨランタ師匠、日本への手がかりは何か?」
「無いねぇ。もうちょっとで…の期待感はあるんだけど。あ、例のアキベエルさんには会った。」
「うふふ。こちらではひとつ、向こうから飛び込んできましたよ。」
全部済ませて、歓迎の宴は明日にして、子供ちゃんは寝させて旦那さんはずっと仕事中で、私たちは使用人さんに用意してもらった料理と持参の酒に向き合ってる。野盗まがいどもは、どこかで肉と豆でも勝手に食べるだろう。
こちらのテーブルにはロールキャベツ〝サルマ〟とパプリカとタマネギなどの煮物を出してもらってる。これだけでも旅の食料とは比ぶべくもない、ごちそう。
魔都からしばらくの距離があるだけで、野菜は豊かで〝戦士は肉しか食わない〟みたいな迷信も無い。水事情もだいぶマシで、客には炭酸がプチプチしてる水を出すのが汲みたて水の証、歓迎を表しているのだとか。
このテーブルに持ってきたマーチン土産のお酒は、日本酒ではなく芋焼酎の〝月にホエール〟。
マーチンの店から酒瓶の持ち出しは基本的にできないけど、神棚に捧げて下ろした〝撤饌〟四合瓶1本に限って外に持ち出せる。でも「ポン酒4合はキミなら10分で空けてまうから」と、度数が高くて水か何かで割ることが推奨の蒸留酒〝焼酎〟を持たされたといういきさつ。さすがに、そんなにガブ飲みはしないよ。
炭酸水割りはマーチン流のこだわりでは微妙な顔をされる。いつもの彼のこだわり行動だ。でも今日はマーチンはいないし、悪くない感じなので炭酸でいただきます。
月にホエール、外連味のある名前の割には素直でスッキリ、キレイな香り。味は、芋焼酎独特の癖があるけど臭みというほどじゃない穏やかなもの。貴族の奥方様にじゅうぶんおすすめできるお酒だ。
醸造酒の日本酒よりはよくも悪くもサラリとした蒸留酒のあとくち。炭酸の爽やかさもあって、スイスイ飲んじゃうね。
サルマ、ロールキャベツは塩とお野菜出汁に何やらハーブの味付けで、食べつけないながらも おいしくて夢中でいただく。ユメさんは「トマトで味付けしたかった、今日は間に合わなかったけど、また、ぜひ」だって。
トマト缶もケチャップ缶も持ってきたよ。箱詰めの缶の山がめっちゃ重たいから、男たちが腰に悲鳴をあげさせながら、いま一生懸命運びこんでる最中。私はごちそうとお酒タイム、ご苦労☆
*
「ところで師匠、占いって好き?」
「占い好きの人は呪いにかけやすいから大好きだよ。それが?」
「最近噂の占い師で、リューンって人がいて。血液型占いと星座占いが得意な。あ、それは日本の有名な占いなのね。結論から言うとその人も私と同じ 一戸ゆめ のお仲間だったんだけど。カレーの噂を聞いて尋ねて来られて。
占いの内容は企業秘って言ってたけどアレ、きっとソレっぽいこと適当に言ってるだけね。それはそうと、魔都のことは話しちゃったから、よろしくね。」
「よろしく、って…。見た目は、やっぱりユメさん?」
「私より10ほど年上っぽかった。」
「えっ、やばくない?」
「何が?」
「マーチンは熟女好きだってこと。」
「やばいじゃん。」
「私、急いで帰るね。」
「待ってヨランタ師匠。ハゲ治療した旦那がぜひお礼を、って。あと旦那親族友人の残り28人が自分も髪を生やしてほしいって。それからフルワッカの大公殿下もハゲを治せって。さすがに荷が重いから助けて。あと、侯爵閣下の糖尿も治せたら旦那の出世の確約が。国王陛下のリウマチと皇后陛下の身内のハンセンと、ほか……」
「やめてやめて。サラッとガチで洒落で済まないのを付け足すのは。
…猊下ちゃんの件だけで結構な騒動なんだから。世の中にどれだけ重病人が居ると思ってんの。神様が放置するんだから私も放置するよ…あ、それだ。病気も神様のご意思なんだよー!
……ご所望なら、あなたにはヤバ病の治療魔法も教えてあげるけど?」
「私が手一杯でーす。ゴメン、忘れて。ま、そうだよね。」
「すぐ帰りはしないけど。お礼をくれるなら、もらうし。でも、あなたのお子ちゃんたちのために治療魔法は覚えておきな? お代は、地のお酒とお料理で手を打とう。」
「さっすが、師匠! あ、上等の蜂蜜酒があるんですよ、秘伝のハーブが決め手で。好きなだけ、何樽でも遠慮せず!」
*
「…と、まぁ、そんな感じだったんだよマーチン。帰り道も同じ分量くらい話せることあるけど。」
「いや、ありがとう、もう充分。…次回の缶詰も、注文が来たらできそう?」
「次からはコダイソウに全部おまかせで大丈夫だと思う。時間がかかりすぎて付き合ってらんないよ。儲かりはするけど。ユメさん側も今回の缶詰でひと儲けできるはずだから、倍額くらいふっかけていけるね。」
「うん、商売の話はキミが進めてくれてOK。
ところで、月にホエールのシリーズで太陽にホエール、っていうのもあるんやけど、飲む? もうお湯割りでも良い季節やね。」
「飲む! あと、名前忘れたけどアレが食べたい!…ぴ!…ぴー……」
「ピーナッツ?違う?…ピーマンの青椒肉絲?ピビンバ?ピロシキ?」
「なんか面倒くさいやつ!」
「面倒なのはもちろん却下。もう今日は具無し松茸土瓶蒸しで我慢して。お疲れモードで眠うーなってきてるやん。ほら、これ飲んでまた明日で。」
月にホエール、名前が好みすぎたので番外編的に登場させてもらいました。
次回からはまたお店で通常営業です。
(๑´ڡ`๑)




