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第2部 開始★ 転移酒場のおひとりさま ~魔都の日本酒バル マーチン's と孤独の冒険者  作者: 相川原 洵
旅の記憶と芋焼酎 月にホエール

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(突き出し料理総集編)

 

 時間はしばらく戻る。真夏の暑い盛りだ。

 ヨランタ率いるコダイソウの母虎グループの馬車2台と人員の通商隊が荷台にいっぱいの缶詰を積んで魔都から出発する。


 先頭にはロバの背に横座りでおっかなびっくり揺られるヨランタ。その右隣には熊のような猫…恐ろしげな虎に、太ももも露わにまたがる妖艶な美女コダイソウ。

 左には、何故かイザベッラ。今日はカジュアル寄りな出で立ちで、新年のひらひらピンクでこそないものの地味な乗馬服。腰に長剣を()げたほかは(いかめ)しさを感じさせる(よそお)いではない。白金の髪は結いもせずに背に流し、いつものメガネも襟元に挟んでいる。



「私も、山を下りる用事があるからな。下りたあとは右と左だが、マーチン殿に「そこまで見ててやってくれ」と頼まれては仕方ない。ああ見えて、彼も心配性だな。」


「まだ何も尋ねちゃいないよ。マーチンが心配性なのは同意だけど、それ以上に私が愛されてるからね。イボンヌは心配もされてなかったでしょ。」


「私は、強いからな。お前より。」



 イボンヌ、とヨランタが呼ぶイザベッラは、正面だけを向きながら心がこもらない話しぶりで端的に返す。

 聖堂騎士にして〝血まみれ三ツ首狂狼〟の異名を持つ彼女はこの冬から春にかけて、己の信仰を見つめ直さざるを得ない出来事に遇ったことを切欠(きっかけ)に、聖堂騎士を辞めて旅に出ることを決意。しかし気真面目にも、出奔はせずに各種手続きを円満に済ませている状況。現状はこれから遠方の実家に帰って今まで親族一同が彼女のために投資したことを無に帰することについて報告と詫びを済ますための気が重い(みち)につくところなのだ。



「ね、コダイソウと虎ちゃんはどう思う?」


「知らね。あーしには関わりのねェこった。けどよ、行きがかりの因縁は闇討ち・毒殺でいいからその都度晴らしておきな。また会えるとは限らんし、知らんところで他人に殺されちゃあムカつくだろうがよ。」


「いや、そういうのではない。」

「そう、そこまででは。」


 極端な価値観をもつ人物というのはどこにでも居るもので、無闇にそのノリを披露されると周囲の常識人は多少頭に血が上っていようがクールダウンさせられてしまう。

 ヨランタもイザベッラもたいがい極端な思想をもって生きているが、極端に振れる分野は人それぞれで、この場合、両者とも普段のノリで普通の反応を返してしまった。


「そうか? あーしはヨランタ嬢の護衛でもあるから、名高い〝狂狼〟と多対1で戦えるかと思ったんだがね。ま、好きにおしよ。」





「ところで、ヨランタはマーチン殿の料理で何がいちばん旨かったと思う?」


 しばらく無言が続いた後に、イザベッラが平和なことを言い出した。しかしこれは、ヨランタにとってマーチンの相方として、絶対にマウントをとっていかねばならぬ話題。

 ヤツの知らぬ美味を提示して、羨ましがらせられなければマーチンの店最古参の名折れになってしまう。



「そう、ね。とんかつカレー、かな。」

「それでいいのか? お前が神に消されている間に私も頂いたが、なるほど旨かったがちょっと違わないか。酒に合う野菜や魚がマーチン殿の料理の本領だろう。語るに落ちたな。」


 ムッキー! このクソ、語るに事欠いて、私のことを何だと? じゃあ、イボンヌは何が最高だと?



「私は、なんと言っても鰹のタタキが最高だった。白エビや甘鯛(グジ)の天ぷらも忘れがたい。野菜では、ほうれん草も水菜も、あれは魔法のようだったな。」


「そういうのだったら、私だってたくさん知ってるもんね! えーっと、菜の花と羊の小鍋はラム肉の柔らかさと甘さに花の蕾のシャキッとしたのとほろ苦さが良かった。鯛めしは生魚も焼魚も最高のを豪快に掻き込めるのが良かった。若竹煮はお上品な薄味でもしっかりしてて強めのお酒との相性が抜群だった。とか。何でも聞いて!」


 とは言いつつも、マーチンのレパートリーはお醤油味だけじゃなくて、チキン南蛮とかとんぺい焼きとか辛いペンネとか、ああいう〝こっちの人〟にも一発で伝わる系も魅力だと思うのね。

 ま、頭の硬いヤツに無理に勧めてあげることもないけど。



「あー、私もキッシュとかピネライスとか食べさせてもらって、実はもう一回食べたいと夢に見るほどなのだが面倒だと渋られてな。了見の狭いことを言ってしまったかな。」


「なに? ピネライス、ナニ!?」

 どうして、どうして。どうして私が聞いたこともないメニュウをこの女が知ってる? こんな、屈辱、えッ、どうして!?





 急に黙り込んでしまったヨランタだが、一行の歩みはそのままに進む。

 馬車2台の随行員は徒歩でついてきているのだから、ロバに乗っているヨランタものんびりペース。


 運ぶ荷は呆れるほど大量の缶詰で、その注文書を見たマーチンは「どうやってこっちに運び込むねん阿呆か」と断る構えだったが神様がなんとかしてくれた。さすが、神様だ。

 内容はカレー粉やデミソース、胡椒、ツナ缶やトマト、コーン、フルーツ類にあんこ、ビールなどなど。乾パンなどは領民用の防災物資だろうか。

 ヨランタは魔都での缶詰普及に苦戦しっぱなしで、豪傑コダイソウも現物を前に尻込みしたほど。ユメの国ではこれらをどう捌くか。予算規模は冗談ごとの範囲を超えてしまっている。お手並み拝見といったところだ。


 それは、それとして。




「どうしたヨランタ。ピネライスというのを説明するとだな、」

「いい! 帰ってからマーチンに作ってもらうから。いま言わないで!」



 すねてしまっているヨランタ。

 コダイソウは「何かと思ったらメシの話か」と言わんばかりの呆れ顔で、話に参加してくる様子はない。

 イザベッラとしては、重い空気も硬い話にもウンザリしているので、もうすこしバカな話を続けたい。独り言になっても別に構うまい、と無理やりに話を続ける。



「ところで、マーチン殿の店での楽しみのひとつが突き出しの料理でな。

 メインの料理はある程度こちらの意を汲んでくれて見事にうまいのだが。自分では頼まないような小品を、それも結構手のかかったものを出してくれるのが良い。それもマーチン殿の好みのものだから私が好きなものとは限らないし、それが旨ければすごく得できた気分になる。」


「そう、そう! ちょっと世界が広がるよね☆」



 すねていたのに、マーチンの話には乗ってしまうヨランタ。それに気を持ち直して話題を続けるイザベッラ。


「炒り豆腐やそら豆も良かったが、あの〝ツナフレーク(シーチキン)を韓国のりで巻いて食べるやつ〟がシンプルなのになぜだか楽しくてな。」


 それもまた、ヨランタが知らないやつだ。だがここで取り乱すと余計に悔しい。一見冷静に「えー、それおいしそう」とか言いながら、伏せた目は人殺しのそれに似ている。



「ツナにドレッシング系の味つけをしたものにカイワレを添えて、油と塩で味付けしたヒロヒロの穴開き海苔に乗せて、手で巻いて食べるんだ。突き出しだからちょっとだけだが、食べ足りないくらいでちょうどいいんだろうな。

 その時の酒〝まんさくの花〟の夏酒だったか、それにも良く合って。夏の疲れが吹き飛んだものだった。」





 こういう話ができる相手は少ない。イザベッラにも、ヨランタにも。味覚を反芻するように得々と語るイザベッラにいまいちデリカシーが足りないのは確かなことでも、ヨランタも思わずゴクリと喉を鳴らす。


 炒り豆腐は一緒に食べている。そら豆も同席はしていないが、残ったものを夜食にいただいた。重ね重ね、夏にしばらく神に消されていた間にたくさん食べそこねたことが恨めしい。

 でも、考えてみれば自分のほうがイボンヌよりたくさんのニホン料理を食べているのだ、絶対、羨ましがらせてやる。ヨランタは記憶を辿ってみる。



 かなり昔、通い始める前の〝ゆず大根〟、万願寺のときの〝ブリのヅケとワカメとゴマのヤツ〟などは私の原点ともいえる。

 麻婆茄子と麻婆豆腐、マーチンは「比べるものじゃない」と言うけれど語り合える同志ができたらマーボーの頂点を決めるマーボーバトルを繰り広げたい。なんて思ってたら心を読まれたのか麻婆春雨まで作ってくれたりして、アレも極上だった。

 おからさんとか、辛子明太子とか山芋とかの得体が知れない系も薄味から濃い味まで想像もつかなくて楽しい。

 肉ごぼうとか鶏じゃがとかの肉系は、単純に嬉しくなってしまう。でも格好つけて喜ばないよりは素直に喜んだほうがいろいろ得だ。お肉だけじゃなくて野菜も入ってるしね。




 ところで、この国の土地にはもともとイモという植物は生えない。葉物野菜もキャベツくらい、根菜はカブやビーツやマンドラゴラとか。都市住民の多くは野菜=タマネギ程度の認識で一生をおくる。ほか、豆と麦。肉を買えない階層の人はひたすら豆と麦を塩で食べてる。

 田舎は食糧事情のみもうちょっとマシだけど、畑の主役は麦、空き地で豆。麦が育たない土地で他の作物を細々と育ててる。神様はこのお店ひとつでどうテコ入れするつもりなんだろね。


 そういうヨランタの感想も交えてイザベッラに聞いてみたところ、


「魔都はまだまだ新しい街だからアレもコレも途上だが。あの阿呆が街の富を砂糖のために外国へじゃぶじゃぶ流すのを止めて国の商品作物開発のために使えればだいぶマシになる。

 しかし阿呆のアレも通商ルートの街道整備とかインフラづくり、外国への魔都の富の宣伝には役立ってるから罪ばかりじゃあない。一段落したところで街に料理文化が出来ていれば、魔都の富が田舎の生産者に回っていくことにもなるだろうし、そうできれば国全体が豊かになる。

 数十年単位の話だよ。」


 それは私の仕事じゃない、と笑う狂狼の横顔は少し寂しそうにも見えた。



 夕刻になって、ヨランタたち母虎グループは以前モンスター災害の時にも利用した宿場で一泊することにした。イザベッラだけは先を急ぐので行けるところまで進む、と言って振り返りもせずに馬を走らせていった。

 ヤツはヤツで考えることも鬱屈した思いもあるのだろうが、かつて彼女に常人なら死ぬレベルの拷問を受けたヨランタとしては旅路の無事も明るい未来も祈ってやる謂れはない。


 この先ずっと、もう会わなくて済みますように。と願う程度にはセンチメンタルな気分も起こるヨランタだが、祈る相手の神に対しても真摯な気分が起きないヨランタでもあるので、この先の幸不幸には何の保証もない生活はまだまだ続く。






今回は回想編で(3)まで3日続けて更新します





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