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序 : 柚子大根 に 村祐


短編で2つアップしていた「魔都の日本酒バル」の追加修正版で、中編くらいの量を予定しています。

どうぞよろしく。





――白い、透き通るほどに白い食べ物が、眼の前にある。


 似た物でいえば、カブの酢漬け(ピクルス)がそうだろうか? それなら、食べられないということはないだろう。

 色鮮やかに散らされた黄色や赤、オリーブグリーンの欠片(かけら)たちが彩りを添え、白をより白く見せている。ふふん、小癪(こしゃく)な。


 その “白” を、一本フォーク…お箸? で突き刺して口に運ぶ。シャクッ、と、心地よい歯ざわり。同時に、口中に広がる柑橘の香り。これは、黄色の欠片の仕事だな。

 良い。こんなに、生よりもみずみずしいくらいの酢漬けは、漬けたてならではだ。漬かりすぎた酢漬けを一生懸命咀嚼するのはある種の拷問だからな。


 おっと、良いものを食べているときに悪いもののことを考えるのは野暮もいいところだ。目の前のものに集中しよう。

 黄色が、この香りのもとだろう。ひとかけ、つまんで口にする。当たり。爽やかでジューシー。これだけ山盛り食べられないものだろうか。

 じゃあ、じゃあ、この赤いのは? 輪っか状の、よく熟した鮮やかすぎるほどに赤いそれを、5欠片ほど集めて舌に乗せてみる。ギャッ!


中級治療魔法(ხელები)! 解毒魔法(სისუფთავე)!」



 流行っていない薄暗い酒場、不思議な白い明かりが灯っていてもなお薄暗いその店「魔都の日本酒バル マーチン's」のなかに突然、温かな光が満ちた。


「わぁ!なに!なに!?」

「毒! 毒じゃないの、コレ! こっちこそ何よ!」


 薄ぼんやりとなにかの作業をしていた店主が驚きの声をあげ、客の女が抗議の大声をあげる。



「えぇ、こっちの魔法使える人は酢ぅ飲んだら体が縮んだりすんのん? ヨランタさん。」

 店主はいかにも冴えない中年男性、中肉中背の身ぎれいな身なりではあるが、覇気のない淀んだ雰囲気を身にまとっているせいであらゆる美点が4割引されて見える、そんな人物だ。


「縮んでないし!失礼ねマーチン! …お酢は上等だし、悔しいけど、おいしい。でもこの赤い輪っか、何よコレ!」


 一人だけの客の女、ヨランタがキャンキャンわめく。小柄で若いが、未成年ってことはないだろうとはわかる熟練者の空気を身にまとっては、いる。それもそのはず、冒険者で仕事(ジョブ)回復術師(ヒーラー)だという。黒く短いくせ毛の髪、丸顔に油断なく鋭い目、不満そうなへの字の口元が野良猫を思わせる、そんな人物だ。



「あぁ、鷹の爪。唐辛子(とんがらし)、辛いやつ。俺らの国では大丈夫なやつやけどな。アレルギーでもあった?蕁麻疹とか、喉が腫れるとか?」


 店主・マーチンが微塵も動じないトボけた様子で、案外深刻そうな内容のことを問い返す。



「イヤ、辛くてびっくりしただけ。大丈夫なのコレ?」

「1個だけお大根に乗せて食べてみ。」


「んー……(ポリポリ)ん、(ゴクン)…ん。」


「反応、薄いな。」


「いや、おいしいですよ。(もうひとつポリポリ)このかりゃみが、後を引くのね。なるほど。」


「呑みこんでからもの言い。ま、ふつうのお漬物やしなぁ、変に盛り上がることもないか。ほな、これをあげよう。とっとき(とっておき)の酒やで。」



 マーチンがヨランタの前に素焼きの陶器を大小2つ並べる。

 いや、これもただの素焼きではない。品の良いベージュ色に、薄く整った器肌。そこに炎が影を落としたような赤い筋模様が入っていて、シノワの高級物とは違うけれど、なかなか上等なものじゃないかな?


「お、わかる? 日本人でも興味を持ってくれる人はあんまりおらへんの。備前焼(びぜんやき)。そこまで高いもんやないけど、気に入ってるやつやから割らんといてや。」


 なんだ、高くないのか。じゃあ盗まないであげよう。そういえばダイコンが入ってる器も、厚ぼったくて垢抜けなくはあるけど、これこそシノワのお皿みたいに真っ白で、ちょっと上等ものじゃない?



「さっきから言うてるシノワって白磁?って、こういうの?」


 男が戸棚から無造作に皿を取り出して見せる。混じりっけなしの見事な白、つるりとした質感に薄く整った造作。その製法を知るために国を挙げて躍起になっている宝物だ。


「そうそれ、あるんじゃない! うわぁ、貴族が自慢するヤツよ!」

「いや、これはパンまつりの、安いやつやで? そっちの志野焼の味わいがわからへんかなぁ。」

「え?うーん、言われてみれば、そうかな?(わからないよ!)」


 手元の白い鉢は、見比べるとなんとも粗末に思えるが、そこが可愛らしいようでも? ある、…のかな?


「せやろ、せやろ。じゃ、これな。」


 満足げな店主が上機嫌に大きなガラス瓶を、これまた見事なガラスの戸棚から取り出してくる。物の立派さに反する、みすぼらしいまでの飾り細工の無さはどういうことなのか。

 それでいて一見いちばん粗末に見えるビゼンヤキを気に入っているという店主の価値観、文化のバックボーンの違いに眩暈(めまい)がするようだ。



 瓶から備前焼のポットに透明な液体が注がれていく。水のように澄んでいるが、豊かな甘い芳香が漂って、口の中に残っていた柚子の酸味と相まってつばを湧き立たせる。

 いったい、この(かぐわ)しさは何だろう。


「酒どころ越後の、村祐(ムラユウ)という酒。ええヤツやから、心して呑んでね。」


 心して、とはなかなか難しい注文だが、言われるとおり大きいポット(片口(カタクチ))から小さい土器(かわらけ)に自分で注いで、呑む。

 さらっと舌の上を流れ、喉から胃まで洗い清められるような幸福感。その後に…なんだコレ、甘い。


 甘いのは好きだ。でも、この甘さは今までに未体験。濃いわけじゃない、薄いわけでもない。至福の甘さが体内を満たしているけれど、一切の雑味がなくて、口中のどこかで引っかかるようなクドさもなくて。一箇所に留まらず流れて巡る、概念としての純粋な甘み。

 庶民の夢と呼ばれる茶色い砂糖ではなく、貴族が宝箱にしまう上白糖よりもさらに洗練を極めた(私は上白糖だって舐めたことがあるのだ、すごいだろう!)、こんなものを経験してしまった私はこの先の人生をどう過ごせばいいの?

 そう、ここで過ごせばいいの。簡単な話ね。


 ここで黄色い柚子をたくさんと赤い鷹の爪をひと欠け乗せたお大根をシャクリ。そう、このお酢にも白い砂糖が入っているに違いない。なんてことだ、なんて店だ。

 さらに「村祐」をもう1杯。あぁ。ああ。ああ!



「この酒は滅多に出回らんの。残りは俺が呑むから。次は何にする?」

「そんな!ひどい!」

「他にも色々山ほどあるから、な?」



 そうして、私・ヨランタは、この怪しい街・魔都に忽然(コツゼン)と現れた謎多き酒場[日本酒バル マーチン's]に魅せられ、通い詰めるようになる。

 良き食べ物に良き酒。1日で味わい尽くすのは野暮だし、そもそもお腹の容量でも酒量にも無理がある。のーんびり、楽しませていただこう!










お読みいただきましてありがとうです。

とりあえずコメントに 酒! とだけでも残していただけると続きの執筆がはかどります。

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