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【第一部・完結】七龍国物語〜冷涼な青龍さまも嫁御寮には甘く情熱的〜  作者: 四片霞彩
泡沫に消える想い、水隠れし恋心

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63/107

【63】

『青龍として、一人の男として。この山の上からお前を想い続けよう……』


 蛍流に告白されたあの日から、海音は繰り返し同じ夢を見ている。

 それは清水が住むという神域の滝壺の中に、蛍流が身を捧げるように消えてしまう夢。

 清らかな流水を湛えた滝壺にいる海音の目の前で、背を向けた蛍流が吸い込まれるように碧水の中へと消えてしまうものであった。

 蛍流が消えた後には、宙を舞う無数の水飛沫と衝撃で硬直する海音、そして遣る瀬無さだけが残される。無声映画のように何の音も存在しない無音の世界で、蛍流を救えなかった悲嘆と後悔に慟哭を上げながら夢から覚醒する、という実に後味の悪い夢であった。

 顔や着物に掛かる水飛沫の感触が生々しく、空を切って滝壺の流水の中へと沈んでいく蛍流の姿もあまりに現実味を帯びていて、夢にも関わらず海音を不安な気持ちにさせる。これは正夢で、いつか本当に蛍流が人身御供となる日が来てしまうのではないかと――。

 そんな悪夢に為す術も無く、ただ歯痒い気持ちで繰り返し見ている内に、やがて夢の中にも関わらず、身体の自由がきくことに気付いた。

 その時から海音はこの妙にリアルな悪夢の内容を変えて、蛍流を救おうと行動を開始する。

 蛍流が消える前に身を乗り出そうと滝壺へと真っ直ぐに腕を伸ばして蛍流を捉えようとするが、最初はどんなに掴もうとしても紙一重の距離で擦り抜けてしまった。それでも蛍流との距離は日を追うごとに近づいていき、ついには蛍流の衣を掴んで引き止められるまで縮められた。


「蛍流さんっ!」


 言葉を発したはずが何も聞こえてこない。それでも蛍流を助けられたことで夢の内容は変わったはず。

 そう安堵したのも束の間、蛍流の衣に触れた指先から氷のような半透明の浅葱色の鱗が生え出す。

 鱗は掌、腕へと広がっていき、やがて全身を覆っていく。


(なにっ……! これ……っ!?)


 まるで身体が凍りつくかのように、鱗に覆われた肌からは体温が奪われ、体内を流れる血液や臓器まで凍結する。冷気が肺まで達すると、胸が圧迫されるような息苦しさを覚えて苦悶で身を捩り出す。


(いきっ……が、でき、なっ……!)


 涙目になりながら自分の喉を押さえるが、硬質な冷たい鱗に覆われた喉は張り付いたように息が吸えなくなり、やがて陸に打ち上げられた魚のように口をパクパクと開閉させることしか出来なくなる。それでもどうにか蛍流の衣を掴み続けるが、とうとう蛍流を掴む指先にひびが入り始める。


(えっ……)


 ガラス製の置物を割ってしまったかのように、ひびは海音の身体全体へと広がっていき、やがて手足からゆっくりと身体が砕け始める。

 粉雪のようにパラパラと鱗が落下し始めると、身体からは力が抜けていく。とうとう視界が崩れ始めた頃、後ろを向いた蛍流が海音に向かって、何かを話し出したのだった。


(何を言っているの……?)


 耳を喪って聴力を持たない海音には、蛍流の口の動きと表情から言葉を拾うしか術が無い。最初こそ全く分からなかったが、何度もこの夢を繰り返すことで、ようやく蛍流の言葉を全て拾う。

 そうして文字を繋げて完成した言葉の意味に気づいた瞬間、心臓を鷲掴みされたかのように全身を悪寒が走ったのだった。


 ――コ、コ、カ、ラ、サ、レ。


 信じたくないと思いたいが、それが嘘ではないというように、その言葉を発した後の蛍流の表情が毎回大きく歪むのを見ている。


(そんな……)


 目が砕けて先も見えない真っ暗闇に包まれた時、夢の中の海音は心の中で哀哭する。

 それが悪魔のような不気味な笑みと共に発せられた蛍流からの拒絶の言葉であった。


 ◆◆◆ 


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