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【第一部・完結】七龍国物語〜冷涼な青龍さまも嫁御寮には甘く情熱的〜  作者: 四片霞彩
青龍さまの身代わり伴侶

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【4】

「話しをしたいのだが、入っても良いだろうか?」

「は、はい! どうぞ……」


 海音が居住まいを正したのとほぼ同時に襖を開けた蛍流だったが、文机に目を向けると小さく笑みを浮かべる。


「味の好みを聞いていなかったから、気にしていたのだが……口に合ったようで安心した」

「ありがとうございました。とても美味しかったです」


 蛍流に向かって深く一礼すれば、「畏まらなくていい」と端的に返される。


「灰簾家は青の地でも有名な子爵家と聞いている。普段はもっと豪勢なものを食べているのだろう。気を遣わなくていい」

「いいえ。本当に美味しいと思ったから、お礼を言ったんです。温かい料理がこんなに美味しいものだったなんて、ここに来るまですっかり忘れていたので……」


 しまったと思って口を閉ざしたものの、蛍流は特に気にしていないようだった。

 灰簾家でお世話になっていた頃は、和華たちに遠慮して女中たちと同じ余り物を食べていたので、数日ぶりの温かい料理に感激して口が滑ってしまった。蛍流が迎えに来たことで身も心も満たされたからか、さっきから緊張感も忘れて気を緩ませてばかりいる。

 そんな蛍流は海音の前に座ると、八朔と思しき黄色い柑橘系の果実と小刀を文机に置く。


「食べられなかった時に備えて持ってきたが、その様子だと不要だったな。まだ腹が満たされていないなら剥くがどうする?」

「いいんですか……?」


 正直、用意してもらったおにぎりだけでは物足りなかったので、蛍流の申し出は嬉しかった。華族の令嬢らしからぬ意地汚い女と思われるかもしれないが、背に腹は代えられない。


「少しでも精をつけてもらわねばならないからな。……これからすることに供えて」

「これから……」


 海音はごくりと喉を鳴らす。夫婦となった男女が最初の晩にすることと言ったら、当然()()しかない。

 八朔を小刀で切り分けながら、蛍流は話し続ける。


「本当は手順を踏みたいところだが、早くおれのものにしてしまいたい。祝言は後日執り行うから、先に契りを結んでもいいだろうか?」

「わ、分かりました……」


 おにぎりが載っていた皿に剥いたばかりの鮮やかなレモン色が並ぶ。均等な大きさに切られた甘酸っぱい八朔をもごもご食べながら、海音は小刀を布巾で拭く蛍流を盗み見る。


(身代わりでも嫁いだ以上、覚悟していたけれども、まさか到着して早々に初夜を迎えるなんて……)


 元の世界では初夜を描いた漫画や小説はあったし、ドラマも観ていた。何をするのか想像はつくものの、海音が持っている知識はあくまでも元いた世界での知識。勝手の違うこの世界でどこまで通用するのか不安しかないが、男性である蛍流に身を任せて成るようになるしかない。男女の契りを結びさえすれば、とりあえず和華の身代わりは成功と言えるだろう。

 やがて小刀を鞘に収めた蛍流が「準備は出来たか?」と尋ねる。


「用意は出来ていますが、何分、初めてなもので、どうしたらいいのか分からなくて……」

「……てっきり、女学校か実母から教わっているとばかり思っていたが、そういう訳でもないのだな。嫁ぎ先で教わるのが一般的なのか?」

「それは……」

「まあ、和華は華族の箱入り娘と聞いていたから、こんなことを何も知らなくても、亭主か嫁ぎ先で側使えとなる女中に任せておけばいいと言われたのだろう。あいにくだが、この屋敷はおれが一人で暮らしている。生家から女中を連れて来ると思っていたから、新しく人も雇っていない。まさか寝巻も満足に着られないような、箱入りの中の箱入り娘が一人で嫁いで来るとは想像もしていなかったがな」


 どこか呆れたようにも聞こえる嘆息混じりの蛍流の言葉で弾かれたように下を見れば、浴衣の合わせが左右で逆になっていた。浴衣の裾を調整することばかり考えていて、衿まで意識していなかった。こんな凡ミスは華族の令嬢としてあり得ない。


「すみません。いつも屋敷では女中に手伝ってもらっていたのでっ……! すぐ直します」

「その必要は無い。どうせ今から脱いでもらうからな。帯を解いて、後ろを向いてもらえるか」


 とうとうその時が来たと内心で思いながら言われた通りに帯を緩めると、蛍流によって肌襦袢ごと胸元まで着物を脱がされてしまう。胸元まで伸びた黒髪を払うと、何故か蛍流は海音の背中を凝視する。


(何か付いているのかな……)


 まさか洗い残した土汚れでも背中にあったのかと心配になってくる。無言のまま剥き出しの背中を見つめられていた海音だったが、しばらくして「やはり」という蛍流の静かな呟きが耳を打つ。その言葉に気を取られていると、続けて「和華」と呼びかけられて振り返る。

 そして気付いた時には、先程八朔を剥くのに使った抜き身の小刀を喉に押し当てられていたのだった。


「……ではないな。お前、何者だ?」


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