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【第一部・完結】七龍国物語〜冷涼な青龍さまも嫁御寮には甘く情熱的〜  作者: 四片霞彩
二人の伴侶とさゆらぐ蛍流の結ぼれ心

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37/107

【37】

「そこの円座に座ってくれ」


 蛍流の内面を現わすような整理整頓が行き届いた和室を見渡したい気持ちを堪えて、言われた通りに文机前の円座に着座する。行儀が悪いと思いつつも、正座するにはまだ足首が痛むので、膝を曲げて足を横に伸ばした横座であったが、特段蛍流は何も言わなかった。ただ端的に「まだ足が痛むのか?」と聞かれただけで。


「本当はおれがお前の部屋に行くべきだが、先程奥座敷の荷物を運んでしまったからな。今は足の踏み場も無かっただろう」

「蛍流さんが運んでくださったんですか?」

「さすがに量が多かったので雲嵐殿の手も借りた。薬を塗ったらお前を部屋に送りつつ、荷解きを手伝おう」

 

 足袋を脱ぐと、最初に足首の包帯を解いて怪我の具合を見せる。足首は動かす度に軽く痛みつつも青あざに、鼻緒で擦り切れた指の間もかさぶたになりつつあるので、このまま療養すれば数日で完治するだろう。蛍流は目を細めて「良かった」と小声で呟くと、包帯だけではなく足袋まで履かせてくれる。


「目覚ましい回復力だな。昨日あれだけ無茶をしたというのに、もう快方に向かっているとは……」

「そんなことは……。荷解きですが、私一人で大丈夫です。蛍流さんも忙しいですし、私も他にやることが無いので、ゆっくりやれば問題ありません」

「今日の予定は全て済んだ。家のこと以外、取り立ててやることは特に無い。首の包帯を解いてもいいだろうか?」

 

 海音が頷けば、蛍流はあっという間に音もなく包帯を解いてしまう。ガーゼ代わりに当てていた布を取り除いて、傷口を確認した蛍流はほっとしたように安堵の息を吐いたのだった。


「塞がってきているようだが、痛みはあるか?」

「まだ少し水が染みて痛む程度でしょうか。包丁で指を切った時の方がもっと痛かったですし、完治するまで時間が掛かったので、これくらい大したこと無いです」

「お前は痛みに強いのだな。子供の時のおれなんて、あまりに痛くて大騒ぎしたぞ。師匠に手当てしてもらったのが懐かしい」

「意外です。そんな風に見えないので……。なんでもそつなくこなす方だと思っていました」


 薬壺から乳白色の塗り薬を掬った蛍流の冷たい指先が傷口に触れる。最初こそ薬が染みてわずかに痛んだものの、蛍流の端麗な顔がすぐ目の前にある緊張感の方があまりにも大きく、やがて痛みを感じなくなったのだった。

 

「おれだって最初から何でも出来ていたわけではない。全て師匠に仕込まれたのだ。青龍としての心構えから生活に関する知識や技術まで……。趣味の書道と居合術だってそうだ」

「居合って、刀を抜いて藁の束を一刀両断する、あの……?」

「そうだ。元々書道と居合術は師匠の趣味だった。それを真似したのだ。師匠は憧れであり、おれにとっての青龍そのもの。あの方のような青龍になりたいと、常に邁進している」


 師匠との思い出を追懐して小さな笑みを浮かべる蛍流に、海音はふと気になったことを尋ねる。


「あの、師匠さんのお話は昨日も伺いましたが、蛍流さんのご両親っていうのは……」

「……両親とはもう十年会っていない。十年前青龍に選ばれたことで、この山に連れて来られて、それきりだな」

「すみません。余計なことを聞いてしまって……」

「謝る程のことでも無い。包帯を巻き直すぞ」

 

 すぐに慣れた手付きで元通りに包帯を巻いてくれる蛍流を観察する。雪を欺くような白く美しい肌、居合術を習っていたからか、包帯を巻く指先は長く、掌は海音よりも大きい。改めて近くで見れば、美麗な見た目に反して程よく鍛えられた身体つきをしている。どうりで振袖姿の海音を背負って、軽々と山道を登れたわけだと、今更ながら合点がいく。

 春の朝明け空のようなさらさらした浅葱色の髪と清らかな森の泉のような藍色の目は、いずれも元の世界では見たことが無い色だが、どちらも清楚な蛍流らしい色合いをしている。元の世界に連れて行ったら、さぞかしモテるに違いない。

 そんなことを考えていたからか、包帯を巻き終えた蛍流に「どうかしたのか?」と怪訝そうに尋ねられてしまう。


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