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【第一部・完結】七龍国物語〜冷涼な青龍さまも嫁御寮には甘く情熱的〜  作者: 四片霞彩
青龍さまの身代わり伴侶

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【3】

「着いたぞ。ここが今日からお前が住む屋敷だ」


 結局、途中までと言いながらも屋敷まで背負われてしまった。玄関口で和傘を畳んで背から降ろしてもらうと、引き戸を開けてもらう。外観は暗くて分からないが、玄関から見える内側は掃除が行き届いた清潔感のある昔ながらの日本家屋といったところであった。

 上り框に座って泥だらけになった草履を脱げば、挫いた足は赤く腫れていた。壁に手をついてどうにか立ち上がると、すかさず蛍流が腕を引いて支えてくれる。


「風呂の用意は整っているから、先に入るといい。それに腹も減っただろう。その間に握り飯でも拵えよう」


 指摘されて気付いたが、最後に飲食をしたのは昼時であった。そこからは飲まず食わずで山道を歩いてきたので喉も乾いていた。


「ありがとうございます。何から何まで用意をしていただいて、すみません……」

「これくらいは亭主となる者にとって当然のことだ。積もる話もあるだろうが、まずは長旅の疲れを癒してこい」


 浴場まで連れて行ってもらうと、すでに木製の浴槽には並々と湯が沸かされていた。試しに手を浸せば、沸かしたてのように温かい。この世界には保温機能が無いので、きっといつ海音が来てもいいように温度を保ってくれていたに違いない。

 慣れない着物を脱いだところで、ようやく本来の自分に戻れたような気がした。今日までは灰簾家の女中に着付けてもらえた着物も、明日からは自分で着なければならない。この三日間で頭に叩き込んだものの、所詮は付け焼き刃の知識なので自信が無い。元の世界とは勝手が違うこの世界について学ぶことは多く、生まれながらの華族である和華に匹敵する知識を身に付けるにはあまりにも時間が足りなかった。

 それ以前の問題として、和装が主流のこの世界で着物さえ一人で着られないと知られたら、和華の身代わりで嫁入りしたことが蛍流にバレてしまう。


(これでいいんだよね。だって私の正体がバレなければ、和華ちゃんは青龍に縛られること無く、いつまでも幸せでいられるんだから)


 備え付けの石鹸で身体と髪を流した後、肩まで浴槽に浸かりながら考える。

 三日前、ひょんなことからこの世界に迷い込んでしまった海音を自分の屋敷に招いてくれた和華。年が一歳しか違わないにも拘わらず、海音を「お姉さま」と呼んで慕ってくれた。

 そんな和華の力になりたいと思って、和華の生家である灰簾家の問題の肩代わりを申し出た。和華を自身の伴侶として迎え入れたいという、この七龍国(しちりゅうこく)を守護する七体いる龍の一柱――人嫌いと噂の冷淡な青龍の花嫁役を。

 青龍と聞いた時は、漫画やアニメで見たような鱗がびっしりと生えた大蛇のような姿を想像していたが、この世界で呼ばれている龍という存在は、国を守護する役目を担う人間のことを示すらしい。つまり先程の蛍流が、和華を伴侶に望んだ青龍ということになる。

 人嫌いの青龍と言われているくらいだから、もっととっつきにくそうな怖い男性をイメージしていたが……。


(ここからが正念場。しっかりしないと!)


 嫁入り道具を持ち逃げされたのは誤算だったが、野宿しなくて済んだのは僥倖と言えるだろう。本当に三月かと疑いたくなるくらいに、外は浅春の寒さだった。獣の餌と凍死、どちらにもならなくて良かった。

 思い出して身震いしていると、脱衣所から人の気配を感じた。そうかと思えば、蛍流の声が引き戸越しにくぐもって聞こえる。


「湯加減はどうだ? 寝巻と手拭いを持ってきた。おれが着ていた男物だが、行商人が来るまで辛抱してくれ」

「だ、大丈夫ですっ! ありがとうございます……」


 久方ぶりの沐浴にすっかり気を抜いていた。

 灰簾家では居候という身分もあって、浴場を使わせてもらえなかった。他の女中たちと同じように、桶に溜めた湯で身体や髪を洗い清めるだけで、足を伸ばして湯船に浸かることは出来なかった。使っていいのは、和華と和華の両親である灰簾家の主人たちだけ。密かに沐浴を恋しく思っていた。

 華族の屋敷には当たり前のように浴場があるだろう。それを物珍しがるような真似はしてはいけない。ここでの自分は「和華」なのだと、改めて身を引き締める。

 春寒で凍えた身体を充分温めてから、脱衣所で身体を拭いて寝巻として用意してもらった浴衣に着替える。蛍流のものなので袖や裾の長さが合っておらず、ややぶかぶかではあったが、帯で調整すればなんとか着られそうだった。心なしか、旅館に泊まっているような気分になる。

 すっかり肩の力を抜いて与えられた部屋に入ると、文机の上には海苔が巻かれた俵型のおにぎりと煎茶が置かれていた。並々と煎茶が注がれた湯呑みからは、絶えず白い湯気が立ち昇っていたので、ついさっき持ってきてくれたのかもしれない。


「いただきます……」


 誰にともなく呟いて、俵型のおにぎりに口を付ける。まだほのかに温かい白米の柔らかさと程よい塩加減に、胸の奥がじんと温まる。俵形のおにぎりは始めて見たが、ここではこの形が普通なのかもしれない。

 そんなことを考えつつ、あっという間におにぎりを平らげると煎茶を飲み干す。食べ終わってひと息吐いていると、廊下に通じる襖の向こう側から蛍流の声が聞こえてきたのだった。


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