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【第一部・完結】七龍国物語〜冷涼な青龍さまも嫁御寮には甘く情熱的〜  作者: 四片霞彩
恋結ばれた二人の新たな契り、永遠へと続く真の愛を
102/107

【102】

「簡単な仕事くらいなら()()()にも出来るだろう。勿論、青龍の神気が必要な時はおれがやるしかないが、海音の――自分の伴侶に尽くすことも青龍の務めと同じくらい大切だ。師匠にも自分の伴侶は至上の宝として大切にするように、何度も言われた」

「……そうだな。確かに俺たちは父さんからそう教わってきた。だが、今はお前が青龍だ。青龍の務めをお前以外の者がやるわけにはいかない。俺では意味が無いんだ。それについ三日前に青龍と約束したばかりだろう。『これからは先代のような青龍になる』と。先代の青龍――父さんは俺たちを構いつつも、自分の役目はしっかり果たしていた。それをお前は早速違えるつもりか?」


 流石にぐうの音も出ないのか、蛍流は悔しそうな顔をして黙ってしまう。

 最初こそどこかよそよそしい雰囲気の二人ではあったが、離れていた日々よりも兄弟として共に暮らしていた年月が勝ったからか、あっという間に打ち解けてしまった。今ではすっかり弟を可愛がりつつしっかり嗜める兄と、兄を慕う素直な弟の構図が出来上がっていたのだった。

 蛍流が「兄さん」と呼ぶ度に、昌真は「茅晶でいい」と言いつつも、兄と呼ばれて満更嫌そうにしていなかった。そんなどこか似通った二人が憑き物の取れたような穏やかな笑みを浮かべて親し気にする姿は、海音を微笑ましい気持ちにさせてくれたのだった。


「師匠を引き合いに出すのは卑怯だ……」

「自分の仕事を疎かにして、伴侶に現を抜かしているお前には言われたくないな。それとも先に話してしまうか。雲嵐殿ならまだ奥座敷にいるぞ」

「少し急ぐ案件だからな。海音の心労も考慮して本当は全快してから話そうと思っていたが、丁度、雲嵐殿が来ている。それなら今ここで話してしまうのも悪くないか……ただ本当に今話していいものか……」


 二人は神妙な顔で悩んでいるが、話しについていけない海音は首を傾げることしか出来ずにいた。


「すぐに話せないということは、良くない報せなんですか……」

「良くないと言えば良くない。だがおれたちからしたら、溜飲を下げられて気持ちが清々する話だ」

「私にとっては悪い話で、蛍流さんたちにとっては良い話ですか……」

「ああ……傷心のお前には辛い話かもしれないが……次に雲嵐殿が来る時だと少し遅いかもしれないと思ってな……」

「ここまで言われたら、さすがに気になります。聞かせてください!」

「分かった……。兄さん、今日届けてもらった新聞と、それから()()を持って来てくれないか?」


 その言葉で昌真は心得たというように、音も無く静かに部屋を後にする。そして昌真を待たずに、蛍流は話し始めたのだった。


「お前は和華や灰簾家が、その後どうなったか気にならないか?」

「そういえば、和華ちゃんは私を突き飛ばした後、山を降りたんですよね。灰簾家のお屋敷に戻ったとばかり思っていましたが……」

「確かに和華は灰簾家の屋敷に戻ったぞ。丁度、余所の男に輿入れするお前を迎えに来た馬車がこの山の麓に停まっていたからな」


 蛍流の言葉で「あっ……!」と思い出す。あの日海音は灰簾家が整えた縁談のために、ここを出て灰簾家に戻るはずであった。その後の騒動ですっかり忘れていたが、海音を迎えに馬車が山の麓に来ていてもおかしくない。

 あんぐりと口を開けて固まった海音に「その様子だと忘れていたようだな」と蛍流はどこか安堵したように肩の力を抜いたのだった。


「すっかり忘れていました……輿入れしないことを灰簾家に連絡しないといけないですよね」

「その心配なら必要ない。海音の代わりに別の娘が輿入れしたからな」

「別の娘……?」


 そこで雲嵐が届けたと思しき新聞と青磁色の風呂敷包みを手に昌真が戻ってくると、蛍流は「ありがとう」と言って受け取る。


「これは二日前に発行された新聞だが、この記事を読んで欲しい。興味深い内容が書かれている」


 蛍流が示した新聞記事には、とある華族の令嬢が突如として老婆のように老けてしまい、どのような名医に相談して治療を受けても原因不明と診断されて治らなかったという怪奇現象のような内容が書かれていた。

 その直前に令嬢はこの二藍山を訪れており、供も連れずに逃げるように山から降りてきたこと、また普段から女学校での素行が良くなかったことに加えて、令嬢の生家も不穏な噂をいくつも抱えていたことから、令嬢は青龍の怒りに触れて罰を与えられたのではないかという憶測まで載っていたのだった。


「この令嬢って……」

「名前こそ書かれていないが、間違いなく和華のことだろうな。それでこっちが今朝方発行された新聞だ」


 今日の日付が印字された新聞には二日前の新聞に載っていた老婆のようになった令嬢のその後が書かれており、とある華族への輿入れが決まったとのことであった。印刷が不鮮明ではあったものの、その令嬢が馬車に乗り込もうとしている写真まで掲載されており、その顔は確かに老婆のように皺だらけで髪も真っ白になっているようだった。


「これが和華ちゃんですか……?」

「流石に人目を避けたのか、夜も明けきる前の朝未だきの時間帯に遠目から撮影されたので細部までは写っていないが、この背格好は間違いなく和華だろうな。雲嵐殿が灰簾家を出入りする丁稚に聞いたところ、二藍山から戻ってからの和華は屋敷から一切出て来ず、代わりに何人もの医者が屋敷を出入りしていたとのことだった。そうかと思えば、急に屋敷の女中たちが慌ただしそうに和華の輿入れと灰簾夫婦の『遠出』の用意を始めたと話していたそうだ」

「遠出……?」


 和華の輿入れの用意と並行して灰簾夫婦も荷をまとめているという噂が、灰簾家を出入りする行商人から雲嵐にもたらされた。灰簾家が家財道具を売り払って資金を集め出し、これまで仕えてきた使用人さえも解雇して屋敷から追い出して、残された数人だけで荷をまとめているという。

 ただの旅行なら家財道具の売買や使用人を辞めさせる必要は無く、屋敷を越すとしても荷運びや荷作りで人手が必要な時に減らすのも不自然であった。これらを突然始めた時期が二藍山から和華が帰って来てからというのも、より違和感を覚えさせた。

 これらの状況を統合した結果、今回和華が新聞に載ったことで灰簾家の不審な噂まで明るみに出てしまったことで、灰簾夫婦もこれまで犯してきた罪科の責任を問われることになったが、罪が露見することを恐れた灰簾夫婦が追及を免れようと「夜逃げ」を企てているのではないかというのが、雲嵐の見立てであった。和華の輿入れと同時に灰簾夫婦も遠出と称して屋敷を離れ、ほとぼりが冷めた頃に何事もなかったかのように戻って来るつもりではないかと。


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