9話 小芝居をしましょう
「まあ、なんというか予想通りな見た目ね」
「ですね、店主の性格の悪さが外観に出てます」
彼がここまで言うのもよく分かる、手入れされているというよりも金のかかった小綺麗さはどう見ても成金の商売だもの。急激にお金を持って調子に乗った末路って感じがするわね。こんなところに自分の大切なものが売られているなんて私でも耐えられないわ。
「さあ、さくっと取り返しちゃいましょう」
「あの、勝算はあるんですか」
「もちろんよ、任せてちょうだいって言ったでしょう?」
彼に今回の作戦を伝えるとふたりで成金宝石店の中へと入っていく。そうすると随分と懐も腹回りも肥やしている男性店員が店の奥から出てきた。これがオーナーかしら。
「い……っ、いらっしゃいませ、本日はなにかお探しで……?」
明らかに動揺したわね。顔も声も引きつったのを見逃さなかった、ほんとにプロなのかしら。まあでも、この反応ならエレノアを知っている前提でいきましょう。周囲を見渡した後、不愉快そうに顔を歪める。
「綺麗な黒い宝石があるって聞いたからお忍びで来たのに。全然そんなの見当たらないじゃん、あんた隠してんじゃないの!?」
ミナと同じ高圧的な態度で自分が一番偉いとでも言うように声を上げた、シャルには先に驚かないよう注意していたから私の従者のようにして静かに佇んでいる。お忍びと銘打っておけば煌びやかな衣服でないことも追求されない。我ながら名演技だわ。
「滅相もございません!手入れ中だったもので……た、只今お持ち致します、少々お待ちください!」
大慌てでバックヤードへと戻っていく店主に思わず笑いそうになる、こんなにも上手くいくなんて思いもしなかったわ。私の1歩後ろで平然としているシャル様が口を開く。
「顔、緩んでますよ」
「あら、失礼」
ほどなくして店主が戻ってくるとその手元には確かに指輪がある、黒い宝石はあまり馴染みがないけれど静かに光る様は中々落ち着いた輝きで素敵ね。店主にわざとらしく圧をかけて触ってもいいものか確認すると同意が出たのでシャル様に目配せをする。
「確認しなさい」
一目見た時から分かってはいたのでしょう、その手で確認すると強く頷いてくれた。指輪そのものを隠されたらどうにもならなかったから強気に出たけれど、見付かった上でこちらの手の内にあるのなら問題ないわ。次の段階にいきましょう。
「さて、こちらで確認は取れましたわ。ここからは交渉といきましょう」
「え……?あの……」
不機嫌そうで高圧的な態度から切り替えると分かりやすく動揺している、この人本当にまともな商売が出来ているのかしら。こんなにも扱いやすいのならきっと普段から適当な商売をしているのね、値段のつり上げなんかもしてそうだし、一度徹底的に潰してあげた方がよさそう。さっきの態度から察するにミナもここで買い物はしていそうだし、取引先が減ったらあの女は困るかしら。
「単刀直入にお話しますが、盗品ですよねこちら」
「なっ、何を仰っておられるのか……エレノア様には日頃より感謝の気持ちと共にお求めやすい価格で装飾品の提供をしておりますが、盗品だなんてまさか」
「私はエレノアではないわ、あの女と間違えるだなんてやめていただけるかしら」
冷たく言い放つと先程目を付けていた宝石や装飾品達にマナを行使する、盗品が多いのであれば前任の持ち主の想いが残っていてもおかしくない。さあ、主人から引き剥がされてこんな所で悪用されているなんて屈辱的よね。私と一緒にこいつを懲らしめましょう。店内の空気が一気に重くなる、立地的にも貴族に売って庶民や旅人から奪ってって感じかしら。どれだけ溜め込んでいたのかしらね、残念な思いや恨みが滞っているのがわかった。宝石がひとつ、コトンと音を鳴らして浮かび上がる。ひとつ、またひとつ、何点かの装飾品達が浮かび上がると言い掛かりだなんだと騒ぎ出していた店主は怯えた顔をした。
「ほら、覚えがあるのでしょう。あなたがその手で奪った訳じゃなくても、この子達はこんなにも怒ってる。店をたたんでこの子達を元の持ち主に返してあげないと……どうなるのかしらね」
とびきりの笑顔を見せて脅したらそこからは早かった。大した度胸もないこの男はその場で平謝りすると、指輪が盗品であることも盗品を売っていたことも白状した。マナを解いた時の装飾品達がゆっくりと棚に降りていく音にすら必要に怯えていたし、元々悪い事をしている自覚はあっていずれ自分の身にそれ相応の何かが起きるのではと感じていたらしい。今回の事で自主をするから着いてきてほしいとうるさかったので、シャル様と共にギルドに連れて行ったら臨時収入になったので悪い気はしなかった。スリ本人が捕まっていないことは不安要素だけれど後はギルドがやってくれるわ。シャル様と指輪に関してはギルドの受付を通して返しお礼を貰ったけれど、強く希望するものだから根負けして一緒に依頼者たちの元を回って落し物を回収していく。道中でエレノアのことに関して聞かれたから、答える代わりにと私も私の疑問をぶつけることにした。
「シャル様って隣国の方よね、名前の呼び方に様ではなくて、さんを使うのって向こうの文化だって私は習ったわ」
「ええ、そうです。でもこの呼び方だけで気付いたのはノアさんが初めてですね。今では色々な所で使われてるはずですし」
「そうだけど、何となくそんな気がしたのよね。初めて会った時の印象かしら」
「へえ……。珍いですね、賢いというか。そういえば、そのシャル様って呼び方。ずっと気になってたんですよ、呼び捨てにでもしてください。好きじゃないんで」
「それなら、私のこともノアと」
「僕は遠慮しておきます。まあいつか気が向いたら呼びますよ」
思いがけない主張に驚いてしまったけれど素直に頷いた、嫌なものは仕方ないわよね。なんだか気紛れで面白い人。シャルがこの国の人じゃないと思ったのはフルーティウルフの話の時だった、もしかしたらこの国の人じゃないから強く興味を惹かれていたのかしらって。話しているとその言葉遣いにも端々から学んだ時の特徴が見られたから当てずっぽうだったのだけれど、なんだかシャルと話しているのは楽しくて本当の事を教えてもいいかもなんて思ってしまった。一緒に居るのは今回限りでしょうし、教えてしまってもいいかしら。
「エレノアに関してだけれど、シャルは知っている?悪役令嬢と呼ばれている女のこと」
「噂程度ですけどね、男好きで自分の欲望に忠実、今は学園に通っていて王子を狙っている……」
「あぁ……あの女はとどまるところを知らないのね、本当に」
王子様の傍でめちゃくちゃなことをし続けていたら広まるのなんて当然な訳で、そんな自分の行動を省みることも出来ずに一定数の舎弟が居ることで調子に乗ってしまっているから、シャルのように隣国から訪れた人にまで広まってしまっているのね。依頼者の所を尋ねる間に時間はたっぷりある、事の顛末と自分の置かれた状況を道中で話すと驚いた様子はあるもののすんなりと信じてくれた。
「……なるほど。それは随分と僕より運がないんじゃないですか」
「そう言われると確かに……」
シャルは話を聞いても驚いたりはするものの余計なことは言わなかった。災難でしたね。と一言だけ言ったかと思えば、悪評がなくなるといいんですけど……それも難しいか。なんて自己完結したり。あとはさっきのようにからかってきたり、必要以上に悲観的な扱いをされたりする訳でもなく、私の味方になるような口振りもなくて、ただただそうして話しながら依頼をこなしていく。それがなんだが私には居心地が良かった。