8話 失せ物の行方
街を歩きながら指示書に1枚ずつ目を通していく、さらっと見た感じこれくらいならすぐに見つかりそうね。お金を出して依頼するくらいなのだからそれだけ想いの強い物なのは間違いない、それなら当然私の得意分野だわ。まずは近場の依頼から片してしまおうかしら。エレノアだとバレないように、ノアとしてのアピールもしていかないと。そんな事を考えながら歩いていたのがいけなかった、向かいから来た人にぶつかって指示書をばらまいてしまう。
「あっ……ごめんなさい!」
「いえ、僕の方こそよそ見をしていたみたいですみません」
一瞬表情を見た時に丸い目をしていた、向こうもよそ見をしていたのは本当らしく驚いた様子。慌てて指示書を拾っていると手伝ってくださって大事には至らなかった。これを失くしたら大変なことになっていたわ、探し物の探し物なんてシャレにならないもの。
「本当にごめんなさい、お怪我はありませんか?」
印象作りという訳ではないけれど悪い印象を残すことだけは避けたい、心配した様子で問い掛けると彼は頷いてくれた。
「そんなに心配しなくても僕はなんともありません。あなたこそお怪我はありませんか?」
「私も大丈夫です。書類も拾ってくださってありがとうございました、先を急ぎますので失礼します」
すぐにその場を離れようとするがそれは失敗に終わってしまう。自分の手を掴む彼の手を見てどういうつもりか訝しむとその答えはすぐに返ってきた。
「強引に引き止めてしまってすみません。さっき書類を拾っていたせいだと思うんですけど、手に汚れが」
言われて見てみると確かに手の側面に汚れが付いている、言われなければ気付かなかったかもしれないわ。再びお礼を告げると今度こそこの場から離れようとするがそれもまた阻止される。
「あの、拾った時に見えてしまったんですけど。それって探し物の依頼ですよね」
「そうですけれど……」
何度も呼び止められると妙に勘繰ってしまう、ナンパでもされるのかしら。それともイチャモンとか?エレノアだと思われているのなら喧嘩を売られるのも納得は出来るけれど、あの女と同じだと思われているのならやっぱり不愉快ね。私はエレノアであってエレノアじゃないのだから。
「僕、依頼主なんですよ」
そう告げられて思わずぽかんとしてしまった。脳内では完全に喧嘩する勢いで自己完結していたから、とんでもない勘違いをしてしまったわ。周囲に敵が多すぎて盲目になっているのはよくないわね、ちゃんと反省しなくちゃ。ルイに裏切られたせいかどうにも男性には警戒心が高まってしまう。
「ごめんなさい、あまりにも引き止められるからつい警戒してしまって……」
「気にしないでください。僕もこんな道端で依頼を受けてくれた方に会えるとは思ってもみなかったので、声を掛けなくちゃと思って慌ててしまったんです」
人の良さそうな笑顔につい気が緩んでしまった。悪い事ではないのかもしれないけれど、今の自分にとっては誰が敵で誰が味方かも分からない状況。気を緩めすぎるのも問題だし、あまり深く関わらない方がいいわ。
「僕の名前はシャル。指輪を探して欲しいって依頼があると思うんですけど、それが僕の依頼です」
私の警戒心を知ってか知らずか自分の情報を少しずつ開示してくれる、確かにさっき目を通した時シャルの指輪を探す依頼は存在していた。さすがにあの女の手駒が男性ばかりだとしてもこんなに早く根回し出来るはずもないし、ここは信用してもいいのかしら。疑心暗鬼になりつつあるけれど、ティリーが居ない今情報をあつめる方法が少なくてどうしても勘ぐってしまう。でも、ここまでこちらの警戒を解くために真摯になってくれてるのだとしたら失礼よね。
「確かに先程拝見しました。私の名前はノアです、探し物の詳細をお聞きしてもいいですか?」
「ノアさんですね、よろしくお願いします。指輪を失くしたのは完全に僕の不注意なんですが……」
話を聞いていると不注意と言えば不注意だけれど少し不憫だった。下町の中には露店が並ぶ通りがあるのだけれど、そこで最近名物になっている果実と狼のお肉を蒸し焼きにしたフルーティウルフに興味があったらしく、調査がてら見に行ったのだそう。気が付いた時には首から下げていた指輪を握り取られ追い掛けたけれど加速系のマナで追い付けなかったらしい。治安が悪くないこの町で物盗りに合うなんて、あの女が車にぶつかったのと同じくらいの確率なはずだしマナを使った物盗りなんてのも珍しい。本当に恐ろしく運が悪いとしか言えない、さすがの私も同情してしまった。なりすましの可能性も頭の片隅に置いていたがこのエピソードを聞いてしまうと疑うのすら可哀想に思える。
「中々……運が悪いと言いますか……」
「僕もそう思います、それで困り果ててしまって」
「状況は分かりました。その指輪の特徴は黒い宝石と金の輪と書いてありますが、他にも特徴はありますか?」
「他には特に目立つ特徴はないですね。強いて言うなら内側に小さな赤い石が嵌められてますけど、見えるかどうか」
「赤い石ですね……ちょっと、お手を借りてもいいですか?」
そう言って手を差し出すと素直に触れてくれた。これでマナを行使できる、近くにいてくれたらいいのだけれど。シャル様の手を握りながら指輪との接触を図る、言葉が話せるような物ではなくてもさっきの椅子のように意志を示せるくらいの力はあるはず。だから持ち主であるシャル様と接触してる今なら指輪の場所もなんとなく分かる。
「……なにか、分かりそうですか?」
「はい、もう十分です。ご協力ありがとうございます」
見えた、確かに見えたわ。ぱっと手を離す、けれどやっぱり想像通りと言うべきか最悪な場所にあるわね。あの位置だと城下町よりも少し上の方にある宝石を扱う店、治安が悪くないと言っても悪い人がいない訳ではない思い切り悪徳な商売をしているわね。
「言いにくいのだけれど完全に売られてしまってるようで」
「盗られた時点で想像はしてましたけど、宝石店とかですかね」
「ええ、そうなの。だから今から取り戻しに行きましょう」
先程と同じように瞳を丸めて驚く様子にふっと微笑んだ。探し物の依頼だからって場所が分かっただけで切り捨てるはずないじゃない、私は優しくて美しいノアなんだから。
「任せてちょうだい、絶対に取り返せるから」
「なんだか、ノアさんは不思議な自信があって信じられますね。」
「それって褒めているのかしら?」
「さあ、どうでしょう」
けなしてるつもりはないですけど。なんて、憎めない人ね。私からしたらよっぽどあなたの方が不思議なのに。エレノアの事を見て何も反応しないどころか私の事をノアだとすんなり受け入れてくれている。もちろん皆が皆私の事を知っているだなんて思ってはいないから知らないだけの可能性もあるけど。今みたいな冗談も言うのに物腰が柔らかくてキツくない。よく見れば端正な顔立ちをしている、色白で中性的な……ミナと会っていたらロックオンされてるはずだから本当に何も知らないのかしら。
「僕の手に触れただけで場所が分かったのはもしかして」
「マナよ」
「なるほど」
マナについて探ったりもしないし本当に出来た人ね。人によっては不躾に聞いてくるから困るのよね、この力に関してはなるべく隠すつもりだから。