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5話 悪女のプロローグ

天界にはロキという悪戯好きの神様が居る、悪戯の延長で同じ神を殺してしまうような滅茶苦茶な存在だ。ある日ロキは考えた、暇つぶしに人間の中身を入れ替えてみるのはどうだろう。そんな無茶な悪戯も簡単に出来てしまうのが神様である。どうせなら面白い方がいい、腹の底から笑えるようなエンターテインメントが見たい。そうだ、ただ人間と人間を入れ替えたって面白くない。人間が驚くようなことをしよう、そうだそれがいい。都合よくあそこで歩いてるのは死ぬ運命を持った女だ、こいつを使おう!


そうして目を付けられたのが“未奈”だった。


雨宮未奈。女子高生、趣味は小説を書くことで、嫌いなものはクラスのうるさい奴ら全部。教室の隅っこで携帯小説を書いてるだけの物静かな少女。物語はいい、盛大な冒険も素敵なロマンスも魔法だってやりたい放題でいつだって自分を主人公にしてくれる。だから未奈じゃなくミレナとしてクラスの人気者である有理くんと、他にもイケメンたちに囲まれるような……。物語の世界でくらい願望を本物にしたっていいでしょ。優しくて可愛くて皆に好かれるミレナは王子様のユウリと幸せに王城で暮らす。恋敵が居ても面白いから悪役令嬢の女の子を用意して、名前はエレノアでふたりの仲を妬んで邪魔するような……そんな妄想の中で生きていた平凡な女の子だった。


未奈の強欲さにロキは惹かれた。何人もの男を手篭めにしようなんてよっぽどお前の方が悪役じゃねえか、こいつ中々に傲慢で気に入ったな。そうだ、こいつをこの物語の中に入れてやろう、憧れだった世界に入れるのは嬉しいだろう。ただまあそのままじゃつまらねえから、こいつに似合いなエレノアとかいうやつにしてやるけどな。それがいい俺様天才だな! 豪快に、傲慢に。そして狡猾に。ロキはただ自分が面白いだけの遊びを考えて実行することした。


「あれは……」


そんなロキを見ていた神様が居た、パナケアだ。人の魂を入れ替えるだなんて、神だとしてもやり過ぎよ。そう思いすぐにでも他の神を呼ぼうとした、でも。あの子は……。ロキが目を付けたのは物語の中であって、その中の人物たちにはある程度の筋書きが用意されている。けれど、未奈が亡くなってしまう都合で決まった道筋はない。それぞれの性格も行動も先のない物語の中では自由がある。それならば、器として使われる少女の中身にも未来はある。例えどんな結末でも少女には少女の物語があった、だから。


視界の悪い雨の中、携帯に気を取られたトラックの運転手は傘で隠れた女子高生に気が付くのが遅れた。ドンッ、と鈍い音がして女の子は地面に投げ出される。意識が遠のいたおかげか痛みは感じなかった、視界が赤く染る。

その瞬間をロキは見逃さなかった、魂を捕まえて入れ替えるなんてこと造作もない。適当に無理矢理引き剥がした魂に変な感覚はあったがどうでもいい、引き剥がしたまま捨てた。事故現場から無理矢理持ってきた魂を押し込んで、驚く姿を見て満足気に笑う。


パナケアは彼女から無理矢理動かされる魂が傷付かないよう守護の力を使った、それがエレノアだった。本来であれば引き剥がされ傷付き消滅する魂を繋ぎ止めた、けれどそれしか出来なかった。

エレノアが閉じ込められた空間は暗闇の牢獄ではなく、女神に守護された小さなシェルター。パナケアの少ない力で作られた空間は人知を超えた出来事が起きる代わりに脱出することは困難だった。人の心を傷付けないように繊細に作られていたからこそ10年もの時間を過ごす事も出来た優しい空間。


それからパナケアは他の神にロキの悪戯を伝える、地球で暮らす人の世に過剰な干渉をすることはご法度だ。そうしてロキを捕まえろ探し出せと天界は大騒ぎ。自分の悪戯で指名手配になったロキはそれはそれは大爆笑。人間の観察なんかよりもよっぽど楽しいじゃねえか、なんて身勝手にもその存在のことはすぐに頭から抜けていた。

「ぎゃはははは!」

下品な笑い声をあげてはのらりくらりと逃げて、事情を知らない神に嘘を吐き大混乱を巻き起こす。そうして逃げ回ったロキが捕まったのは10年後、エレノアが開放されたあの時だった。


ロキの最期は岩に拘束されて毒を飲まされたとされているが、真相は神のみぞ知ることであり人の世に語られることはないだろう。


そしてミナは、ロキの力が触れたことで傲慢さや口の悪さなど悪意が徐々に膨れ上がり今のあの性格になってしまった。もちろん元の性格が上書きされてしまった訳じゃない、だからこそ彼女自身の悪い所が色濃く残っているが故のあの性格なのだそう。向こうの世界で亡くなるはずだったことも、神の力に触れたことでこちらの世界で生きるという形に覆ってしまった。見た目がエレノアと同じなのはミナ自身はこちらの世界には存在していないから、分離する形でふたりが存在してしまった。ということらしい。


「……ロキの悪戯を報告した功績もあって私の力は強くなったけれど。エレノアちゃんを逃がした時はあれしか出来なくて、本当にごめんなさい」


女神様が語った話に面食らってしまった、まさか神様が関わる大きな話だったなんて。でもこれでよく分かったわ、私はただの被害者だったってことが。


「パナケア様、もう謝ったり泣いたりしないでください」

「いいえ。私に力があればあの場でロキを止められたのよ、なのに私の力のなさがエレノアちゃんを苦しめてしまったの」

「悪いのはそのロキという神様とミナでしょう、パナケア様は悪くありません、むしろ私を助けてくださったのですからお礼を言わせてください」


潤んだ瞳で見つめられるとドキッとしてしまう。幼い印象を持つが女神様はきっと私たちよりも長くこの世に存在しているはず。今度こそふわりと微笑んだパナケア様は本当に美しかった。


「優しい子ね。その内に巣食う復讐心も摘んであげたいけれど、それはあなたの望まないこと。ミレナちゃんには私がマナを付け直してあげたの、エレノアちゃんの助けになるようにって」


その話を聞いて納得した。端正な顔立ちは見れば見るほどミレナと似ているように感じていたし、よく見ると髪の色も目の色も同じ。女神様が似ているんじゃなくて逆なのね、ミレナが女神様の恩恵を授かってその身に宿しているんだわ。ミナは物語は書いていたけれどその姿を描くことはなかった、ミレナに起きているであろう変化には気付かなかったのね。

それにミレナがにこにこしながら見ていたのは、女神様のことを分かっていたから。よく泣いてよく笑う天真爛漫な可愛らしいお方、何度も顔を合わせていたのでしょうね。きっと私に対する懺悔も聞いていた。


「ミレナ、あなた分かっていたのね」

「実はそうなんです、私からお話する訳にもいかず。それに、女神さまとは直接お会いしていただきたくて」

そう言って笑う、意外とお茶目なところもあるのねこの子。

「エレノアちゃん、ミレナちゃん。ロキの影響を受けたあの娘はきっと何か……ううん、そうならないように祈ってる。私はいつでもふたりの味方だということを忘れないでね、いつでも呼んでちょうだい」


翼の羽ばたく大きな音、幼子のように泣いていた面影はなく威厳ある女神様がそこには居た。

「私から伝えられることは伝えました。あなたたちに女神の加護を」

そう言うと光の残滓を残して消えてしまった、降り注ぐ光に仄かな温かさを感じる。ミレナがなにかに気付いたように光を見ていたけれど、何も聞かなかった。


「素敵な方ですよね、ずっとずっと助けられなかったって後悔していたんです、エレノアさまのこと」

「消滅する所を助けてくださったのに、責任感が強い方なのね」


ミレナも話を聞いた時は色々と思う事があったはずよね、それでも今までミナと対峙して私が蘇る時まで待っていてくれた。あの時言っていたこの世の平穏というのはミナが何かを起こすかもしれないからってことかしら。可哀想かもしれない、少しはそんな事も思った。それでも、ミナの性根を見てきた私にはあの女に対する感情に変化はない。


ふわりとティーカップが飛んできて、神父様も遅れてやってくる。一部始終を静かに眺めていたふたりは優しく声を掛けてくれる。

「ふたりともおつかれさま」

「今日は疲れただろう、とりあえず泊まっていくといい。ミレナも今日はここに泊まりなさい」


お言葉に甘えてミレナとふたりで教会の奥の部屋へ泊めていただくことにした。これからのこと、積もる話はまだまだ沢山残っている。

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