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4話 女神の道標


ぐっと拳を握りしめた。複雑な気持ちが渦巻いてしまってありがとうとか細く伝えるとヴァイスは“任せとけよ”って笑って飛んでいく。ルイの手に捕まらないように風の力で踊ってから、私達から離れるようにその姿をどんどん小さくした。

「待って……!」

あまりにも悲痛な声だった。ミナの手を取って慌てて追いかけていく、初めからヴァイスには行方不明になる気はないはずだから離れた所で捕まるはず。訳が分からない様子のミナがそんなもの放っておいて、なんて口を滑らせてくれたらいいのに。一枚の栞を夢中で追いかけるほど愛してくれていた、その事実がただただ切ない。


「さあ、私たちも行きましょう」


急かすようなティリーの声でその場から移動することにしたが、生憎私には行く宛はない。両親もミナに奪われてしまっている今、私が帰ったところで信じてもらえる確証はないし、そんな敵の根城のようなところにミレナを連れていくことだけは避けたい。

事情を話したところ“わたくしにお任せてください!”というので着いていくとそこはミレナと共同で孤児院を管理している教会だった。道中で今までの暗闇の中での生活をミレナとティリーに話した、嘘だと思われても仕方がないと覚悟していたのに、ふたりはあっさりと信じてくれてこちらが唖然としてしまった。ティリーはともかくミレナは心配になるほど素直で、いつか誰かに騙されるんじゃないかしら、と余計なことすら考えてしまった。ミレナにはティリーのことも伝えておいたので言葉を交わすことは出来なくともその存在を愛でてくれている、本当に素直で優しい子。手入れが行き届いている綺麗な教会は外観からもその広さが伺えた、案内されるままに聖堂の中へと入るとひとりの神父に出迎えられる。


「ミレナがお友達を連れてくるなんて珍しいじゃないか」

「お友達……と言っていいのかは分かりませんが、この方がエレノアさまなんです。本物の」


神父様にも話を通してくれていたのね。女神様の啓示があったと言っていたし、そこに疑問はなかった。正直なところ味方がいるとは思っていなかったから、ミレナが私の話を信じてくれたことや、神父様のように私の正体を聞いて尚こんなにもにこやかに迎え入れてくれる存在は貴重だと思っている。もちろん女神様にも感謝しなくては。


悪役令嬢エレノアの噂はそれなりに広まっている、男をはべらせて自分だけの王国を創ろうとしているなんて大それたものもあれば、可愛い女の子に対する暴言の数々を聞いたなんてものもある、それとは別にそんな噂を流されている可哀想な女の子という意見もあって、その多くは男性で構成されてるが故に男だらけの王国説がかなり濃厚だと囁かれていたり、多くの人たちは被害者故に彼女の本質に気付いていて、全てを掛け合わせた結果様々な要因で悪役令嬢と呼ばれてしまっている。“エレノア”といえばそういう人という認識、不本意なことだわ。そんな事象を作り出した本人は呼ばれる悪名も知らずにいるし、どうかしてるのよ本当に。


申し訳ないけれどミレナが先程のいざこざを神父様に説明してくれいるので任せることにする、私が変に口出しする方が迷惑だと思うし。まだルイのことが胸につかえていて気持ちも落ち着かない。そう思っていたのも束の間、耳に飛び込んだ彼女の提案に動揺し口を出さざるをえなかった。


「一度、エレノアさまにもパナケアさまにお会いしていただくべきかと」

「ちょ、ちょっと待って。パナケア様って……」

「ご想像通りだと思いますよ、女神さまです」


突然のことに自分でも思っていた数倍の声が出てしまった、広々とした聖堂に響いた声が恥ずかしい。それに女神様への謁見なんて想定外過ぎて。

「あの……ミレナ?さすがに10年間も俗世から隔離されていた私がいきなり女神さまとお会いするなんて……」

「ふふ、大丈夫ですよ。それにエレノアさまとお会いしたいと仰っていたのはパナケアさまなんです」

「女神様に指名されるような大物になった覚えは……」

無くもない。と思ってしまった、気まずい表情にミレナもその考えに辿り着いたのだろう。先程の出来事でも思い出したのか苦笑いしている、そんな表情にもなるわよね。どっかの誰かのおかげで広々と悪名を轟かせているのだから、女神さまが見ているのであれば知っていて当然とも言えるのかしら。


それはそうと彼女は結構強引なところもあるようで半ば強制的に話が進められる。私たちを微笑ましいと言わんばかりに見ている神父さまもティリーも止めてはくれない。手を引かれるまま壇上にあがり促されるとステンドグラスを見上げた。有無を言わさないミレナがその場に膝をついて祈りを捧げると、眩い光が集まり描かれた天使たちが輝き始める。ひとつ、またひとつと天使から生まれた丸い光の玉が、ステンドグラスの前で輪郭をなぞって翼を生やした女性の姿を創るとその瞬間、大きな翼が羽ばたいた。


思わず目を疑った。この世界で生きてきて、あちらの世界を覗き見て、色んなものを見てきたはずなのに……空を飛ぶ大きな鉄の鳥を見た時に感動して興奮して、こちらの世界で再現出来ないものかと試行錯誤したこともあった。でも、そんなものは比較対象にならないくらい、なによりも美しくて感動的で言葉が出てこなかった。地に落ちる前に弾けて消えていく美しい羽が聖堂の中を舞っている、そんな羽が創り出す大きな翼はもちろん声を失うほどに美しい。毛先がゆるゆるとカールしている可愛らしいベビーピンクのロングヘアに、丸く大きなベビーブルーの瞳。そしてひと目でわかる神々しさ。すぐに分かったわ、この美しいお方こそが女神様なのだと。あまりの美しさに唖然としてしまった。


ゆっくりと同じ目線の高さにまで降りてきてくださった女神様、このご尊顔に勝るものはないのでしょうね。美しいその表情のままふわりと微笑みをーー浮かべるものだと思っていたのに、女神様はくしゃりと顔を歪めて今にも泣き出しそうな顔をした。

「え……?え……?」

周りを見渡して慌てふためく私をよそにミレナは祈りを終えて微笑ましくこちらを見ていた。誰か私にこの状況の説明をしてちょうだい、お願いだから。その願いも虚しく状況は何一つ解決しないまま宝石のような涙が溢れ落ちる。


思わずミレナに勢いのある視線を向けた、依然としてニコニコとしているこの子の考えが分からない。


「エレノアちゃんごめんなさい……!」


まるでティリーが呼ぶように、そう言って涙を流し続ける女神様は幼子のようでいたたまれない気持ちになる。失礼かとも思ったが触れられることを確かめてから流れ落ちる涙を拭った。


「なんの事かは存じませんが、話をしてはくれませんか」


そう、聞かないことには始まらない。泣きじゃくる女神様に告げると、すべての事の顛末を語ってくれた。


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