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3話 奪われたのは大切な


私から見れば滑稽なだけなのに、そんな茶番にすら彼の苛立ちが見えた。本当にこの女に気持ちがある事が分かる。骨抜きにされたバカな男には同情するけれど許しはしない、私には奪われた10年がある。彼女に加担しようと言うのなら誰であろうと許さない、それが例え幼なじみでも。


彼の名前はルイ、ミナのお気に入りのふたりめ。当然私は幼い頃から知っている。あの日奪われたのは時間や体だけではなかった、この幼なじみもまたミナの餌食になっている。5年前はこんな事になるとは思いもしていなかったけれど、いつの間にかミナの周りには人が集まるようになっていた。3年ほど前、人心掌握の才が頭角を現したのだ。その人にとってなくてはならない存在になるように、言葉巧みに時には触れ合うことで心の隙間に入り込む。ルイもそのひとりだった。


自分で作った物語なのだから、ミナには主役やその周囲の人達の悩みなど心中を察する手段は十分にあった。そうして近付いたルイに感情を植え付けていく、それはある種の洗脳のようにも思えた。ルイが悩んでいたのは自分の内気な性格やそれを問題視する親について、それを解消してくれたのはエレノアだと嬉しそうに語った彼を痛ましく見ていた。


3年前のあの日ミナはその問題を排除するように動いた。あの頃はいい事もするのね。としか思わなかったけれど今なら分かる、自分の取り巻きにするために、好みの男に唾をつけるだけの行動だった。

幼なじみの立場を利用し彼の家に足繁く通っては両親との仲を詰めていく。頼りのない子だから、とルイの内気な性格を否定するような発言をした母親に“るいくんは物静かだけど私を助けてくれるかけがえの無い存在です、ありのままの彼が私は好きなんですよ” と。ルイが席を外している時に両親に向けて発したその言葉はルイのすべてを肯定し、それをこっそりと本人に聞かせることにも成功した。その日からルイはミナへの執着を見せる。


エレノアが好きかと思って、エレノアが欲しがってたから、エレノアに喜んでほしくて。色んな口実を用意して会う約束を取り付けプレゼントを渡しミナの気を惹こうとした。そんなルイをミナは自分の快楽程度にしか思っていなかったのを私は知っている。イケメンに好かれるのって気持ちいい!全肯定してくれるイケメン最高!そう言って、ただそれだけのために天然ぶって彼の気持ちには応えなかったし否定もしなかった。

そうして今のルイが作り出されてしまった。ミナに嫌われたくない一心で喜びそうな行動を選んで、たとえ自分に気持ちが向いていなくても執着し守り続ける。いつか自分のことを選んでくれるんじゃないかと、そんな淡く脆い期待を抱いて。


「……ルイ。あなたが抱えているその女こそ私の体に入り込んだ偽物よ」

「馴れ馴れしく呼ぶなよ不快だから。それに見え透いた嘘をつくのもやめろ、エレノアのことなら分かる」

「そう……、残念だわ」


10年前のあの日あの時に幼なじみのルイを私は奪われた。少しだけ胸が痛い。4歳の時にお屋敷の裏庭で花冠を作って渡してくれたこと、私は覚えている。エレノアのアメジスト色の瞳が好きだと、6歳の誕生日には言ってくれた。すべてを奪われた私は両親とルイだけは気が付いてくれると信じていたのだけれど。そんなことは無かったからここまで拗れてしまった、くすんだ色に魅了されるなんて私の幼なじみだった彼は見る目がないわ。心の底から、

「本当に、……残念」

「るいくんにまで酷いこと言わないで!」

まるで私が今の今までミナを責め立てていたかのような発言に苛立ちを覚えた。暴言を吐き散らしたあげくに手を上げたのはどこのどいつだったのか、忘れたわけじゃないでしょうね。思わず鋭い視線を向けるとルイに隠される。


「エレノアになにかするなら許さないし、納得いく説明が聞けるまで逃がさないから」


私の名前で庇われるこの女が本当に気に食わない。ひどい空気感、ことの成り行きを見守っていたミレナが出てきてしまいそうで、それはそれで気が気ではない。そんな私の心情を読んだように“女神ちゃんは任せてね”と言ってティリーはミレナの方へとふわふわ向かっていく。鼻腔をくすぐる紅茶の香り、おかげで冷静になることが出来たわ。


「……あなたに、こんなお願いをする事を許して欲しい」

「え?」

突発的な言葉に相対するふたりは怪訝そうな顔をした。私が言葉を向けたのはこのふたりのどちらでもない、ルイがエレノアのことを……あの頃の私のこともずっと好きだと言うのなら、そこに居るはず。そしてその事に気付いたのはルイも一緒だった。幼なじみだから、私のマナの事だって当然知っているの。なのに、私のことを信じてはくれないなんて残酷ね。


「待っ……!」

「ヴァイス!遠くまでそのふたりをご案内して!」


ルイのポケットから1枚の栞が浮かび上がった、純白の小さな押し花で作られたその栞は幼い私が彼にあげたもの。大切にされてきた物には魂が宿ると言われている、私のマナはそんな魂が宿るほど大切にされてきた物と会話をしたりお願いをしたり魔法の力を与えることが出来る。つまりこの栞、ヴァイスは。

「仕方ねえなあ、エレノアの頼みだ。ちゃんと逃がすんだぜ、ティリー」


ーーとても、大切にされてきた。

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