20話 終わりの始まり
あれからエレノアは人が変わったように大人しくなった。それは反省したからなのか、目立たないようにするための保身なのかは少し考えたら分かる事ね。ノアとエレノアは名前が似ているのにこんなに性格が違うなんて、神様は残酷だとそんな話も広がり始めている。いつか私がミナとミレナに思った事を言われる日が来るなんて思わなかったわ。身を潜めたところで事態は何も変わらない、今からどれだけの善行を行ったところで点数稼ぎだと後ろ指を指されるだけでなんの得にもならないのよ。まああの女に善行を働こうなんて思考すらないようだけど。
ティリーが偵察をしてくれているのだけれどやっぱり部屋では喚き散らして物を壊して大暴れ。従者達も辞めていくばかりで定着せずに、お父様とお母様にも手が付けられないと見放されている。どんどん自分の言うことを聞いてくれる人間がいなくなって好きだなんだと擦り寄ることも忘れているから、徐々にマナが弱まって開放されている人達も居る。今まで何もしなくても自分の味方だったのに離れていく原因が分からなくてそれにも頭を抱えてるみたいね、唯一の救いはルイだけ。家を行き来するほどの仲だったから当然ルイはあの女の部屋にも入るし甘やかして自分だけは味方だと囁いている。そうして縋る相手が彼だけになったあの女は言わば共依存の領域まで達していて好きよ好きよとマナを浴びせ続けている。あの二人を対処すればこの復讐は終わる、そんな所ね。
「あの人もうダメだと思いますけど、いいんですか」
ふたりで話していた時に中庭を見下ろしてシャルが言った。そこに居たのはエレノアとルイで、あの人というのはきっとルイのこと。幼なじみである彼がマナで女に溺れてだめになっている事を嘆いていない訳ではない、それでも私はあの女に溺れたルイが悪いと思ってる。彼には更生するタイミングが何度もあった、もちろん一番近くでマナを浴びせられて気の毒だとは思うけれど。
「……栞が、話してくれていたのだけどね。その子、ヴァイスがもう答えてくれないの」
ルイが所持していないのか、もうそんな気持ちはどこにもないのか。あの日私たちを助けてくれた可愛くて頼もしい栞は何度呼び掛けても反応してくれることはなかった。
「それはもう私にはどうすることも出来ない事だわ、付喪神として存在していたのに消えてしまうなんてそれは恐ろしいくらいの心境の変化がないとありえないの」
話が出来る子達を付喪神と呼ぶ。その子達と会話が出来なくなるなんて事はなかった。その場から居なくなってしまうかその子を大切に思っていた気持ちがなくなってしまうか、それくらいしか考えられる要因はない。
「あの栞は私があげたもの。だからそこまで気持ちが固まっているのなら私に出来る事はないわ」
「ノアさんが言うのならそうなんでしょう、気にしていないならいいんです」
もう二度と戻ることはないと思う、そう割り切ってしまったら気になることはなかった。どんなに昔の彼を求めてもあの頃の純真なふたりには戻ることは出来ないのだから。後はもう彼が私の思う通り行動してくれるのを願うだけ、ある意味で信頼はしている。
「私が思っている通りに彼が行動してくれるかはずっと気になっているけどね」
「……ノアさんって意外と容赦がないですよね、いいと思いますけど」
「潔いって言ってくれるかしら」
あっさりと幼なじみを切り捨てた事で容赦がないと言われてしまった、だってどう足掻いたところで変わらないのなら気にかけても仕方ないもの。なによりも私を裏切ってあの女を選んだのは紛れもなくルイだったから、私達が敵対する事も最後に言葉を交えたあの瞬間に決まっていた。
そもそもルイという少年はミナの世界でユウリ様と同じように人気があった男の子だった、ハーフというもので他の人たちよりも雰囲気が違っていたことを覚えている。だからこそミナは彼にも執着するだろうと予想はしていたし、今実際に世間に打ちのめされたことで二人きりで過ごす事が増えている。あの女にとっては都合のいい展開でもあるのかも、ユウリ様が欲しいけど絶対的に手に入らないと理解した。その末に2番目に唾を付けていた男が自分の手の内に居てくれるのなら、そこで甘えて妥協してもいいと考えているのでしょ。それが間違えだとも気付かずに。
私たちの復讐はもうすぐ終わりを迎えることになる。ミレナに暴言を吐いて害をなそうとしたこと。王子を自分の快楽のために手駒にしようとしたこと。自分の快楽のために幼なじみを洗脳して都合よく弄んでいること。手を上げたあげく自己都合でレイラから仕事を奪って苦しめたこと。私から家も家族も名声も何もかもを奪ってめちゃくちゃに壊してくれたこと。どれをとっても許しがたい最低な行いばかり、細かな悪事やわがままも数えてみたらキリがない。
もし自分の体に無理矢理押し込まれたのがもっと常識的な人間だったらと考えた事がある。その時私は自分がこの世に戻れたとしてもその立場をどうにかしようとは思わなかったでしょう、寧ろ一緒に生きていく術を考えていたと思う。その時はお互いに被害者だったはずなのよ、だから手を取り合ってこの先のことを考えましょうって提案をする。そうして二人で生きていってもいいし、その子にこの世界で一人でも困らずに生きていく方法を教えてあげてもいい。場合によっては私の立場をそのまま渡してしまっても後悔することはなかったかもしれない。そうやって絆を深めて1番のお友達になるのよ。それが、理想だったはずなの。
そんなこともうどうでもいいけれど。
実際に私の体を奪った人間は、私を悪役として貶めようとしていた最低な女。そんな人間がまともに生きていけるはずないのよ。エレノアが色んな我儘を言うのを見ていた、その度にどうしてこんなにも堪え性がないものなのかと理解に苦しんだ。色んな男に媚びて嬉しそうにする姿を見ては人の体で好き勝手出来るその性分を疑った。自分の思い通りにならない相手に暴力を行使しようとする姿には強い怒りを感じた。その全てのわだかまりに決着を付ける瞬間が来たのよ。
卒業式に合わせていた予定は、ユウリ様とミレナの婚約が決まったことで急速に進み始めた。学園内でもふたりの婚約を盛大に祝うパーティーが開催されることが決まって、もちろんミナ……いいえ、エレノアは憎悪に満ちた目でミレナの事を見ていたわ。ユウリ様も警戒はしているようだったけれど、ユウリ様もミレナも私が護ることを誓って今回のことは一任して頂けることになった。レイラもティリーもいる今護衛出来ないことの方が難しいくらい。ギルドの依頼をこなし続けて私達は厄災級の魔物すら討伐することが出来るところまで腕をあげている、その辺の人間が出来る範囲内の事なんて対処出来ないはずがない。
そうして迎えた当日は夜空が綺麗な夜だった。普段の学び舎とは様子が代わりパーティー用に装飾された空間は違和感もない、制服姿の生徒は居らず豪華な衣装を身にまとう生徒たちが集まっている。お祝いムードの幸せな空間に憎悪を滾らせて現れたエレノアは姿だけは良さそうに見えた、まあ私の方が何倍も美しいけれど。傍らにはルイが控えていて相変わらずの番犬ぶりに安心すらしたわ。
「ごきげんよう、エレノア。私の体の居心地はいかがかしら?」
悪役令嬢エレノアへの復讐の刻が今、終わりを告げる。




