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2話 付喪神の拠り所


唖然として動けずに居るミナをまるで値踏みするかのようにじっくりと見る。内側から見ていた時は分からなかったけれど、髪や瞳の色は私よりもくすんでいるのね。目付きも私より丸くて唇も薄い。確かに似てはいるけれど私の方が美人だわ、圧倒的に。


「エレノアさま……ですか?」


背後から声がかかる、10年振りの暗闇からの脱出。触れることの出来ない映像をもどかしく見ていたあの時とは違う、実体のある現実に疼く気持ちを抑えながら満面の笑みを浮かべて振り返った。

「そうよ、信じてもらえるかは分からないけれど私が本物のエレノアなの。」

存外嬉しそうな声が出た、やっとミレナと……他の人とも話をすることが出来る。そして、エレノアの言葉に驚く様子もなく頷く癒しの女神は予想外の言葉を紡いだ。

「もちろん存じております、エレノアさまにお逢い出来る日を心待ちにしておりました。」


その返事に寧ろ驚いてしまったのは私の方だった。ミレナは今なんて……?まさか、この子もミナの言う転生者なの?その考えはすぐに否定される。

「女神の啓示にてエレノアさまのことは聞き及んでおりました、わたくしはエレノアさまと共にこの世の平穏を託されたミレナ・ヴェールと申します。先程は庇っていただきありがとうございました」

そう言って頭を下げる彼女に本当にこの子を助けられてよかったと思ったと同時に聞き捨てならない事があったように感じたが、それよりも今どうにかすることは目の前のこの憎き女。荒事になってからでは遅いので、ミレナには物陰に隠れるよう声を掛けると素直に従ってくれた。


目の前で起こっている出来事に混乱こそしているようだが、少しだけ冷静になれたのだろう。立ち上がったミナは制服に付いた砂埃を叩いている。

“なんなのこれ。こんなの私書いてない、なんでミレナがエレノアと、なんで、私の有理くんが、エレノアがふたり、私がエレノアじゃなかったの、ミレナはだれ、私のシナリオは……”


脳みそが正しく機能していないのかしら。ぶつぶつと呟かれる言葉はまるで呪詛のように永遠と唱えられている。ミナの作った話とは違うことが次々に起きていることは分かった、それと同時にこの女には予想外の展開に対する耐性がないことも分かったわね。今後の参考にしましょう。


「ほんとにほんとにエレノアちゃんなのね!!」

空を切り裂くように突然響いた甲高い声には聞き覚えがあった。

「ティリー!」

突如として姿を現し、ふわりと舞い上がったティーカップを両手で支えるようにして掴まえる。何年も過ぎ去ったせいか少しだけ色褪せたようにも見えたがその美しい陶器の姿になんの変わりもない。私の瞳と同じアメジストの色をメインにした控えめな模様も変わらず綺麗に輝いている。愛おしげに頬を寄せるとすぐにぷかぷかと可愛いらしく浮かんで私の周りではしゃいでいるかのように動いた。


容姿にばかり気が向いていたのか、身なりを整えようやく顔を上げたミナが目を見開いて大きな声をあげた。

「なんで!!私には使えなかったのに、なんで物を操ってるの!エレノアの物質を凌駕する力は私には使えなかったのに……!」

「物を操る……?なにを言っているの?」

今回ばかりは本当に意味が分からなくて小首を傾げた。ミレナは当然浮かび上がるティーカップに驚いていたが、ミナが驚いた点はそこではないらしい。信じられないものを見ているようにその騒音は続く。


「エレノアは物質の支配者でしょ!?私がそう作って、私には使えなくて……!」

「本当に意味がわからないわ、マナのことなら私は付喪神の拠り所よ。」

「は……?」

やっぱり正しく機能していないのね、脳みそが。完全に思考が停止したその様に呆れてものも言えない。ここまで想定外の出来事が起きているというのなら何もかも変わる可能性があるというのに。そんな簡単なことも想像できないなんて26年も生きてきて何一つ学んでいないのかしら。あら失礼、こちらでは10歳だからまだまだ子供だったわ。


「なんでこんな……、よくわかんない事ばっかり……」


顔を覆い泣きはじめたミナに同情の余地はない、いつものように人の感情に訴えかけ操るつもりなのかもしれないけれど。効き目があるわけがないじゃないそんなもの、人の体で好き勝手しておいてよく被害者ぶれるわね。自分の思い通りにならないからって癇癪を起こして喚いて泣いて本当に子供みたい。それに物質の支配者というのは聞いた事がない、もしかしてミナが作った私の本来のマナなのかしら。


この世界にはミナの世界には存在していなかった“マナ”というものがある。特異的な魔法の力がありその魔法から名付けた名前ということで頭文字を取って魔名と書くらしい。これはミナの世界の文字を使った表現ね。その人の力と人間性などを表す肩書きのようなもの。家族や恋人、先生や友人など、その名前を決めるのは自分でもいい。自分に合ったマナを手に入れることで具体的な力の使い方を想像できるようになり様々な恩恵を受けられる、その事柄や力を総称してマナと呼ぶ。……これは授業で習ったところね。


分かりやすいのはやっぱりミレナかしら。癒しの女神、その女神のような素晴らしく慈悲深い人間性と人々を癒す力を象徴した分かりやすく彼女にぴったりのマナ。教会でも様々な人の悩みを聞き癒してお布施を貰い、その資金で孤児院の運営をしていたはず。決して自ら金銭を要求しないその姿勢も困っている人達からすれば女神として語られるに十分なんでしょう。それに比べてミナにはマナを貰える才能は人心術くらいかしらね、そもそも彼女の世界には魔法もなければマナなんてないのだから扱えなくても当然だわ。


「エレノアちゃんに成り代わったこいつはなんなの?」


心の底から不愉快で納得がいかないといった感情が向けられていた。ティーカップのティリーの声。私の周りでふよふよと周回しているこの子の声は私以外には聞こえていない、これが私のマナということね。疑問に答えてあげたいのは山々だが、そうもいかないみたい。その話は後にしましょうか、優しく声をかけティリーを撫でて落ち着かせるとミナの後方から腕が伸びてくる。厄介なやつに見付かったわね、こいつに会わないようにさっさと決着をつけようと思っていたのに番犬はよく鼻が利くわ。


背後から抱き寄せられたことでその胸に倒れ込むようにしてしなだれかかる。この女の常套手段ね、弱い女に魅せて庇護欲を煽る。そうして複数の男性を手篭めにした。それこそがミナのマナなのではないかと思うほどに、その才能だけは圧倒的に伸ばしていた。


「ねえ。これどういう状況?なんでエレノアが泣いてて偽物がいるの?」


低く通る声がその場の空気を凍らせた。重い前髪が隠す隙間から静かな怒りが見え隠れする、味方が来た事で彼には見えない悪女の表情はニヤついていた。はたから見ればわざとらしいと分かる程の力のなさで身じろぐミナは彼の手の内から逃げようとしているように見せかけ、それを引き止める腕に力が入ると諦めたかのように身を預ける。“私には有理くんが……”なんて、言ってるけれど当然王子様はこの女に大した感情を持っていない。とんだ茶番だわ。


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