19話 あなたのせい
エレノアが悪女だという話が本人の耳にまで入るようになってきた。正確には今までもまことしやかに噂になっていたが、それを聞いて本人が妬みや僻みだと鷹を括っていた時代が終わったらしい。なんで自分が悪女だなんて呼ばれているんだ間違ってるおかしいと喚き散らして私を引き合いに出し始めた。
「私じゃなくてあいつでしょ!ノアだかなんだか知らないけど見た目が似てるからって私に悪い噂をなすりつけてるんだ、私は何もしていないのに!」
そうやって騒ぐエレノアの言葉を信じるものは一人もいなかった。だって私は学園でも成績優秀、隣国の王子様と仲良く勉強をする姿から始まり素行の良さも相まって悪い噂が立ったことは一度もない。城下町にも広く行き渡っている悪女の噂はギルドではノア様を妬んだ悪女が姿を似せて悪い事を企んでいる、という曲解までもされていたくらいには私の信頼が厚くエレノアへの酷評が続いている。
それもそのはずよね、隣国の王子を怒らせた常識のない女、盗難されていた宝石を返さないと喚いて泣く女、平民だからと見下して困っている子供を無視する冷酷な令嬢、王子様に付きまとい職務の邪魔をする醜悪な色恋主義、自分の価値も測れない能無し……全部エレノアに付けられたあだ名で他にも数え切れない程の汚点が揶揄するために名前を付けられている。本当に自分だけは特別だと信じて疑わなかったのでしょうね、ここは現実なのだからそんなはずないのに。自分の行動が自分に返ってくると学んでこなかったのかしら。今ではお母様やお父様にもその汚点が知られて外出すら禁止されていると聞いている、どこかへ行く時は監視付きで王子様に近付くことも許されず身動きが取れなくて、ざまぁみろって所かしら。
そのおかげか監視が緩む学園内では私に事ある毎に突っかかってくるようになった。王子様や癒しの女神に近寄ることが禁止されてからはさすがに大人しくなるのではと思ったものの、そんなことも無く唯一近寄って声を掛けることが許されている私にお前のせいだろと恨み言を囁いてくるばかり。もっと堂々と嫌がらせのひとつでも仕掛けてくれたらいいのに。意気地無しで困っちゃうわ。“お前が悪役令嬢なのに私になすりつけるな”“いい子のふりしててキモい”“お前が流したんだろあの噂”などなど、語彙力の欠けらもない低レベルな罵倒を貰いながら生活していた所、シャルがよく一緒に居てくれるようになった。彼も王子様だから近寄る事は禁止されている、その事を分かっていて庇ってくれてるのよね。なんだかそれがとても嬉しかった。あの女のくだらない戯言はなんとも思わないけど、彼が私を守ろうとしてくれてることが擽ったい。
「ノアさんって意外と素直ですよね」
「突然何を言ってるの」
「ふと思っただけなんで気にしなくてもいいですよ」
ある日、一緒に勉強をしていた時に突然言われたことを思い出す。そういえばあの日からよく気にかけてくれるようになった気がする。特別何かを言った覚えはないしなにか行動や表情に出ていたのかしら。これからは気をつけないと、自分では無表情も上手いと思っていたのだけれど。さすがに毎回絡まれるのはめんどくさかったからそれが態度に出ていたのかもしれないわ。
「おい、クソ女」
久しぶりにひとりで居たからでしょうね、背後から声をかけてきたのは当然あの性格の悪い女。ティリーとレイラはギルドに行っていて、今日はシャルも用事があったようだから狙い目とでも思ったのかしら。挑発に乗るのが一番馬鹿らしいからとりあえず無視しましょう、私は呼ばれていないし。そう思って真っ直ぐ廊下を歩くとうるさい足音を立てて近寄って来る、当然触れられる直前に躱したけれど予想外だったのかしら。自分の動きの鈍さに驚いたのかそれとも本当に触れられるとでも思っていたのか。その表情は滑稽で笑いそうになるのを堪えた。
「突然触れようとするだなんて、あまりにも常識がないのではありませんか」
「はあ?呼んだのに無視しようとしたから止めようとしたんでしょ」
「下品な鳴き声しか聞こえませんでしたが」
「鳴き声ってふざけてんの!?」
「騒ぎ立ててふざけているのはそちらではなくて?」
顔を合わせて他に人が居ないと分かった途端にこの態度、対面早々にここまで騒がれるなんて疲れてしまうわ。ただ突っかかりたいだけなのか何か企みがあるのか。どちらにしても返り討ちにするけど。
「うるさい!あの噂どうにかしなさいよ、あんたのせいなんでしょ!」
「どの噂ですか、あなたのどうしようもない噂なんていくらでもあるようですが」
「とぼけるのもいい加減にしなさいよ、あんたが流したんでしょ!私が悪女だなんて噂よ!」
「それはあなた自身の素行の問題では?」
「私はやってないから、あんたしか居ないのよ!」
本気で自分自身は悪くないと思っているのだろうか。私のせいだなんて責任転嫁するにも程があるし私が何かをしたという証拠でもあるのかしら。まあ当然私は慈善活動と自分磨きに勤しんでいたのだから、そんな証拠はあるはずもない。
「そこまで言うのなら証拠のひとつでもあるんですよね」
「なによ証拠って」
「私が悪女と呼ばれるような悪事をした証拠です」
「そんなの、あるわけないじゃない」
「それなら、なぜ私が悪いと言えるのですか?」
「私と同じ顔はあんたしか居ないからに決まってるでしょ、私は何もしてないのに悪女だなんて呼ばれるのはあんたが悪いことしたからに決まってるの!」
本当に頭が悪くて驚いた、この女は自分が絶対的に正しくて間違っていないとでも思っているのね。ここまで自信が持てるなんていっその事尊敬すらするわ。あまりにも無茶苦茶な主張をここまで言い張れるならどれだけ説明したところで納得はしなそうだけど、精神的に少しは追い詰めることは出来るかしら。
「まず、私はあなたにエレノアとしての人生を奪われたんです」
「だからそれで恨んでこんな事したんでしょ!」
「確かに恨んではいますけど、あなたと私の姿が似ているからといって私たちの区別がつかない人はいましたか」
「そんなこと知らないわよ、何よそれ関係あるの!?」
「ありますよ、私とあなたは見分けられているんですよ」
「それがなんだって言うの!」
「だから、もし私が何かを起こして悪女と呼ばれるのならノアが悪いことをしている悪女だ。と言われるのです」
「は……?」
「今噂の渦中にいるのはエレノアですよね、エレノアとは誰の事だったかしら」
ここまで説明してあげてやっと分かったみたいね、噂の中心にいるのが自分ではないと信じて疑っていなかったのは本当に自意識過剰ですごい事だわ。自分の普段の行いが悪かったことに気付いたのかしら、青ざめていく。また訳の分からない主張を始められると面倒だからさっさと離れてしまいましよう。
「分かって頂けたようですね、こちらも迷惑しておりますので二度と顔を合わせないことを願っております。失礼致します」
呆然とするばかりで私の声は耳に入っていないかしら、どうせ放っておいても洗脳された誰かしらが来るでしょう。無駄な時間を使ったわ、さっさと帰って依頼の加勢に行きましょう。あの性格だしこれで大人しくなるとは到底思えない、どちらにしても許すつもりはないけれど。




