12話 知ってる
白い小さな押し花が挟まれた栞、これは俺の最後の希望だ。エレノアにどうしても近付きたくて苦手な本を読んだ、今では好きで読んでいる。でもエレノアは本を読むのを辞めてしまった。エレノアが好きだって言ったから紅茶を嗜むようになった。今では色んな味がわかるようになった。でもエレノアは紅茶の事を好きじゃなくなったみたいだった。エレノアが肯定してくれたから俺は俺の性格を許せたのに、ありのままの俺が好きだって言ってくれていたのに。俺は。
「ルイ」
「……呼ぶなって」
私がルイに会いに来たのには理由があった。ひとつは私が強くなったこと、前の貧弱な私のままではルイと事を荒立てる事になった時勝ち目はなかった。でも今ならどんな事が起きても負ける気はしていない。そしてひとつは王子様が困っているということ。ミナの相手だけでも大変なはずなのに、ルイからの敵意に神経を張り詰めながら過ごしているようで様子を伺いに行ったら、疲れている様子を見て少し可哀想に思えてしまったのよね。そして、ルイは分かっているという確信があったから。あの日、栞を捨てなかったルイを見て心が痛んだ。ルイの中に少しでも私への想いが残っているのなら今日この場で私の味方をしてくれるのではないかと、そう考えた。
「ねえ。あなた分かってるんでしょう、私の言っていたことが本当だって」
「だったら何。エレノアは肝心な時に俺の傍に居なくて、あの時あの瞬間に欲しい言葉をくれたのはあのエレノアなんだよ」
「じゃあなんで栞を捨てないの」
「これは……」
ルイの昔からの癖ね。大切なものを持っているときそれに触れる癖がある。昔はポケットに入っている綺麗な小石を守るように押さえていた。今は胸ポケットに入っている栞を隠すように手を添えている。最後に会ったあの日にルイは栞を追いかけていった、よく考えたら不思議だったのよ。ミナは本なんか読まないからきっと趣味の共有も出来ていない、それでも大事に栞を持っていたのは頭では分かってるんだって。思っていたのだけれど、私の見通しは甘かったみたい。
「……それでも、昔のエレノアはもう居なくて。俺が好きなのは今のエレノアなんだ」
「そう……。じゃあ、今のルイはあの女が本気で好きなのね」
「好きだよ、エレノアのことも好きだった」
「私は今はノアよ、もうエレノアじゃないの」
「ノア……」
あの女がどんな感情でルイに救いの言葉を投げ掛けたのか分かっていないはずないのに、それでも好きだって言うのなら仕方ないわね。ちゃんと会話だけでも出来てよかった。
「それだけ確かめたかったの、私はもう行くわね」
「俺はエレノアのことを守るよ」
「……私にも譲れないことはあるわ。でも一つだけ、どうしても守りたいって言うのなら自分の手元に閉じ込めておくのも一つの手だと思うわよ」
「……知ってる」
私の言葉に意味が無いなんて思わず彼なら色々考えるはず、そうして考えた後に最適の答えを出してくれたら嬉しいのだけれど。色々な準備が出来てきた今大人しくしているなんて勿体ない。隠れて待機していたティリーとレイラを連れて私は今日の依頼を受けるためにギルドへと向かう事にした。少しでも城下町で名を挙げておけば後々動きやすくなるのは確かだから、今の内に好感度を上げましょう。それにティリーとレイラを強くするためにもダンジョンには通った方がいいわ。
私も驚いてしまったのだけど、ティリーにも戦闘能力の概念があるらしい。紅茶が作れることを考えたら最初から適性があったのかもしれないけれど、とにかく水魔法が本当に強い。ティリーが水を操ることに長けているとは思いもしなかった、何も無い空間に水を作ることが出来てそのまま攻撃も防御もこなしてしまうのだから、うちのティーカップはお利口で美しくて最強に違いないわ。ティリーだけじゃなくレイラも相変わらずの多彩さで、自分流の戦い方を身に付けてすごく強くなっている。驚いたのはその武器だった。刃の部分が蛇のように動く鞭のような剣で彼女はこれを完全に使いこなしている、その殺傷能力にも驚いたけれどそれを恐れもせずに振るうレイラを少しだけ怖いと思いもした。対する私の戦い方は曲芸のような動きで敵の攻撃を躱し手数で攻める形だから、最近ではふたりが戦った方が早いのよね。その内抜かされてしまうのかしら。
「ノアさん」
「シャル!と、フィンも居たのね。今日も一緒にダンジョンに来る?」
「おふたりが良ければお供しますよ、この人も一緒に」
「もちろんです、シャル様にならノア様をお任せ出来ますので」
「え、待ってくださいよ俺の意思と立場は?」
「レイラちゃんも、随分とシャルちゃんとフィンちゃんのこと気に入ったわね」
気が付けばレイラとシャルも仲良くなっていた。シャルの従者であるフィンとも仲良くさせてもらって今ではもう見知った顔になっている。ギルドで顔を合わせると一緒に依頼に行ったり食事をしたり。こんな日が続けばいいと思うけれどエレノアの悪名は消えないし、決着が付かない限りずっとこんな気持ちの悪い思いをするのかと腹の中が怒りでおかしくなる。あれからルイはあまり学園に行っていないらしい、それなのにミナはユウリ様の気を惹こうと躍起になっていてルイのことなんて心配もしていないとミレナが怒っていた。私が会いに行ってからルイの様子がおかしくなったと報告を受けているから、やっぱり少し思うところがあったのでしょうね。私が聞いている限りでは家に居るというよりは、どこか秘密の場所を作ってそこで何かをしているといった感じだった。それが私に害を及ぼすものじゃなければいいけど。あまり詳しいことは分かっていないから警戒しておくに越したことはないでしょう。まあ、私たちは大丈夫だと思っているけれどね。
ミナと相反するようにミレナとユウリ様の仲はどんどん仲良くなっていた。たまにミレナと会えた時には最近の様子を聞くようにしているけれど、孤児院の子供達の様子をよく見に来てくれているようだし、そこには確かに孤児院の様子見もあるのだろうけれどミレナに会いたいという想いがどうにも透けているように見える。王子様もそろそろ勇気を出さないと鈍感なあの子には伝わらないんじゃないかしら……。とはいえ、私は王子様と直接お話をしたことはない。ミレナの口から女神の啓示と私の話はしているようだけれど、そういう機会は全然ないのだから仕方がない。私も別に会いたいと思ったことはないから、ミレナがとびきり王子様に愛されて幸せになってくれれば、それだけである程度の復讐が果たせて満足なのだけれど。こっちの路線での復讐は中々難しそうに思えるわね、臆病な王子様が女神に早く求婚してくれれば一気にクライマックスまで駆け抜けられるのに。なんて、不敬罪かしら。




