【後日譚】「アンジェロがいない世界で彼は満面の笑みを浮かべる」
【前書き】
※兄視点の話と彼が幸せになる続編を望む声を多く頂いたので、兄がそのあとどうなったのかざっくりお話します。
※ラストの方にBL表現有り。注意。
エリックが閉じ込められてる牢屋にウィノラがやってくる。
ウィノラは「私と結婚するならここから出してあげるわ。あなたを国王にしてあげる」という。当然エリックは断る。
ウィノラはいつまでもレーアを思っているエリックに「レーアなんて、他の男に股を開いて子供まで産んだ阿婆擦れじゃない」と言ってレーアを罵る。
エリックはウィノラを睨みつけ「お前と結婚するなら死んだ方がマシだ」と言う。
ウィノラは「許さない。あなたを死ぬよりも辛い目に遭わせてやる」と言ってその場を去る。
数日後、国王アンジェロが崩御する。
生前アンジェロが、王兄エリックの冤罪を晴らし、次の国王にエリックを指名していたことがわかる。
【二人はとても仲睦まじい兄弟だったが、エタンセルマン公爵の策略により引き裂かれた。
エリックはアンジェロの息子のクロノスが成長するまでの繋ぎの王である。
エリックはアンジェロの息子のクロノス王太子を養子にし、自身は生涯独身で通し、クロノスが成長したら彼に王位を譲る】
ウィノラの手によりアンジェロとエリックの関係が、美談として語られていた。
エリックは牢屋から出されたとき、偽りの兄弟愛が美談として描かれ、民衆に浸透していることに衝撃を受ける。
エリックは国を捨てて逃げることもできなかった。
仕方なくエリックは王位を継承し、憎いアンジェロが愛するレーアを犯して作ったクロノスを養子にし、彼が成長するまで国王として働くことになった。それはエリックにとって死ぬよりも辛い罰だった。
彼には国を捨てて逃げる道も、自害する道もなかった。
エリックの即位により、病弱な前王アンジェロを傀儡にし悪政を敷いていたエタンセルマン公爵は失脚。
エタンセルマン公爵の養女であったウィノラの罪を問う声もあがったが、彼女がアンジェロとエリックの橋渡しをし、エリックの冤罪を晴らすことに一役買ったことが評価され、彼女の罪は国で一番厳しい修道院へ行くことで許された。
その後、エリックとエタンセルマン公爵が対面。
エタンセルマン公爵が野心を抱いたのは、アンジェロがレーアを妻に望んだときだったとわかる。
それまでのエタンセルマン公爵は次の国王の義父となり、他の貴族より多少強い権力を手にできれば良いと思っていた。
しかし病弱なアンジェロが次の国王になるなら話は変わる。
病弱なアンジェロが国王になるなら、彼を傀儡として国を牛耳ることができる……彼はそのとき強い野心を抱いてしまったのだ。
国王となったエリックは、本来なら義父になるはずだったエタンセルマン公爵からその話を聞き、やはり諸悪の根源は弟のアンジェロだったのだなと、改めて思った。
エタンセルマン公爵は処刑された。
エリックは養子にしたクロノスに一度だけ対面した。
弟のアンジェロと同じ金色の髪に青い目、アンジェロと同じ作りの顔のクロノス。
エリックがクロノスを見たとき抱いた感情は殺意と憎悪だった。
クロノスはアンジェロがレーアを犯した証拠のような存在だったから。
エリックはクロノスに教育係をあてがい彼を離宮に閉じ込め、一切会おうとはしなかった。
弟そっくりのクロノスを見ていると、弟にぶつけられなかった不平不満を彼にぶつけたくなってしまうから、ふとした瞬間に剣を抜き彼を殺してしまいたくなるから。
エリックがクロノスを遠ざけたのは、彼なりの愛情だった。
いくらクロノスがアンジェロに似ていようとも、彼の血を引いていようとも、彼はアンジェロ本人ではない。
エリックは親への怒りを子供にぶつける人ではなかった。
しかしクロノスの顔を見ていると、アンジェロへや怒りがこみ上げてくるのも事実。
なのでエリックはクロノスの存在を徹底的に無視した。
エリックは全てを忘れるために公務に没頭した。
昼夜もなく働いた彼は、数々の功績を残し、歴史に名を刻む名君となる。
クロノスが成人した時、周囲に惜しまれつつエリックは退位した。
譲位するとき久しぶりに会ったクロノスは、美しい青年に成長していた。
クロノスは彼の父親であるアンジェロを知る者から、「クロノス様の容姿は、神の造形した完璧な美しさを誇るアンジェロ様に比べれば劣る」と言われていた。
それ故クロノスは自身の容姿にコンプレックスを持っていた。
しかし、エリックはそんなことはどうでもよかった。
クロノスに王位を譲ったエリックは王宮を去り、その足でレーアの墓に向かい、彼女の墓の前で自害した。
次の人生ではレーアと結婚できることを願って。
☆☆☆☆☆
気がつくとエリックは五歳の男の子になっていた。
自分がいる部屋にも、仕えているメイドにも、鏡に映る自分の姿にも見覚えがあった。
エリックは五歳までタイムリープしていたのだ。
両親の元に向かうと、彼らは幼い頃アンジェロが生まれる前に向けてくれた優しい笑顔を浮かべ、エリックを抱きしめてくれた。
戸惑いながらエリックが「アンジェロは? 弟はどこですか?」と尋ねるが、二人は知らないと言う。
「エリック、弟や妹は諦めろといったはずだ。兄弟での王位継承を巡る血で血を洗う争いを避けるため、第一子が男児の場合、第二子は儲けないと教えたはずだぞ」
「あなた、エリックはまだ幼いのです。母にはわかります。エリックは一人で寂しかったのですよね? 今度、貴族の子息や令嬢の中から何人か選んで、あなたのお友達にしましょう」
その世界にアンジェロはいなかった。彼の存在そのものが消されていた。
国王と王妃はアンジェロが生まれる前のように賢王と賢妃であり、アンジェロが生まれる前のようにエリックをとても大事にしてくれた。
アンジェロがいないだけでこんなにも世界は清々しく美しいのか……とエリックは思った。
やり直しの世界で、エリックとレーアはすぐに出会うことになる。
彼女は国王と王妃が選んだエリックの友人候補の中にいた。
エリックは会ったばかりのレーアにプロポーズした。
二人がまだ五歳の時である。
国王や周りの大人たちは、最初はレーアのことをエリックの友人として彼の側に置こうと思っていた。
エリックが熱烈にレーアにアプローチするので、ついに周りは二人の婚約を認めた。
二人の婚約は五歳にして成立した。
そしてそのまま何事もなく二人は成長し、十八歳の時に結婚した。
エリックの胸には幼い時にレーアが贈ったアメジストのブローチが輝き、彼の肩にはレーアが外国に留学したときに連れ帰った金の鳥がいる。
仲睦まじく暮らす二人を脅かすものはいない。
この世界のウィノラも、やはりエリックが好きだった。
ウィノラはエリックの婚約者に決まったレーアに嫉妬し、彼女に意地悪をした。
ウィノラは王太子の婚約者に危害を加えた罪で捕縛された。
エリックはウィノラを投獄しようとしたが、レーアが「それはやりすぎです」と止めた。
ウィノラはレーアの温情により、貴族の身分を剥奪され、厳しいと評判の修道院に入ることになった。
やり直し後の世界のエタンセルマン公爵は、エリックが優秀な王太子として成長するのを見て、そこまで大きな野心を抱くことなく、一臣下にとどまっている。
「アンジェロがいないだけで、世界はこんなにも平和なのだな」
アンジェロがいない世界で、エリックは愛するレーアの方を抱き、そうポツリと呟いた。
その時の彼は満面の笑みを浮かべていたという。
☆☆☆☆☆
さて、アンジェロはなぜやり直し後の世界にいなかったのか?
アンジェロはこの世界を作った神の最高傑作であった。
神が真心をこめて作った結果生まれたのがアンジェロで、彼の容姿は完璧だった。
その美しさは他の人間たちとは比べ物にならない。
彼の前では誰もが自分の容姿にコンプレックスを持つだろう。
アンジェロはそれだけの美しさを兼ね備えていた。
アンジェロの外見は、幼い頃の神によく似ていたという。
しかし、神はアンジェロの外見の美しさに注意を払うあまり、彼の体を丈夫にすることを忘れていた。
それ故、アンジェロの体は他の人間に比べてかなりか弱かったのだ。
なので神は、アンジェロを安全に暮らせる世界に送ることにした。
平和な王国の国王の第二番目の王子、それが神の決めたアンジェロの転生先だった。
神は病弱なアンジェロが幸せに暮らせるように、彼に「魅力(弱)」の能力も与えた。
しかし神の願いに反してアンジェロは離宮に閉じ込められ、国王の死後はエタンセルマン公爵の傀儡として扱われ、最後は枕元でウィノラに毒を吐かれて死んだ。
アンジェロが幸せとは程遠い人生を送ったことに、神は腹を立てていた。
「ああそうか、アンジェロが不幸になった原因がわかったよ。
彼の側に魅力が効かないイレギュラーな存在が三人もいたからだ。
エリック、レーア、ウィノラ、魅力に耐性を持つこいつらは私の作った世界には不要だ。
時を戻し、アンジェロにもう一度人生をやり直させよう。
彼らのいない世界にアンジェロを送るんだ。
今度こそアンジェロは幸せに暮らせるはずだ。
アンジェロが幸せになるのを邪魔したエリック、レーア、ウィノラの三人には罰を与えないとね。
彼らはまとめて地獄にでも送ってしまおう」
神の側で彼の話を聞いていたアンジェロは、神を止めた。
アンジェロは「なんでも言うことを聞くので彼らを助けてください」と懇願した。
神はアンジェロの願いを聞き届けた。
神はアンジェロを愛玩動物としてしばらく飼った。
それに飽きた神は彼を人間の世界に転生させた。
神はアンジェロを転生させるとき、一応アンジェロの希望を聞いた。
アンジェロは「旅人や猟師すら訪れることのない山奥でひっそりと暮らす、子供のいない夫婦の元に転生させてください。その夫婦には僕の魅力が効かないように魅力耐性をつけてください」と願った。
アンジェロは自分の持つ魅力の力で、周りがおかしくなるのを恐れたのだ。
神はアンジェロの望みを叶えた。
アンジェロは空気の良い山奥で、貧しいが仲の良い夫婦の元ですくすくと育ち、平穏に暮らしていた。
ひ弱な彼には山奥の新鮮な空気と水がよく合っていて、現世の彼は前世で王子として暮らしていたときよりも健康だった。
アンジェロは、この平穏な暮らしが死ぬまで続くと思っていた。
…………しかしアンジェロの元に怪我をした旅人が訪れたことで、彼の運命の歯車は狂い出す。
☆☆☆☆☆☆
「エリック様、お聞きになりましたか?
海を渡った国の皇帝が妃を娶ったそうです。
その妃というのが金髪碧眼の平民の出の少年だそうです。
なんでも皇帝が山で狩りをしていたとき護衛とはぐれ大怪我を負ったそうで、そのときその少年に助けられたのが縁だとか。
その少年は国を傾けるほどの美貌の持ち主だとか?
いったい彼はどのような容姿をしているのでしょうね?
エリック様は興味ございませんか?」
「どうでもいいよそんなこと、俺たちには関係のないことさ。
俺にはレーアが一番美しいからね。
それより無理をしないでねレーア。
臨月が近いのだから」
「男の子かしら? 女の子かしら?
エリック様によく似た賢い子がほしいわ」
「俺は男の子でも女の子でもいいから、レーア似の子が欲しいよ」
レーアのお腹をなでながらエリックは朗らかに笑う。
そののち傾国の美少年と謳われた金髪碧眼の妃は、文字通り国を傾けることになるのだが……。
エリックたちが海を渡った国の騒動に巻き込まれることはない。
―終わり―
【後書き】
最後の方がBLになりました。すみません。
なんとかエリックとレーアだけは幸せにしました。
アンジェロとレーアの子供の名前は、感想の返信で書いていた名前と違います。
子供の名前をど忘れし、仮名で「クロノス」とつけて後で変更する予定だったのですが、「クロノス」という名前がしっくり来たのでそのまま使ってしまいました。