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後編「大切な人たちの人生を僕が捻じ曲げてしまった」




翌日、レーアが僕のお見舞いに来てくれた。


「お姉さん、本当に僕のお見舞いに来てくれたんだね!

 僕とっても嬉しい!」


家族や使用人や医者以外の人間が、僕の部屋に尋ねて来たのは初めてで、僕ははしゃいでいた。


レーアはずっとほほ笑んでいたけど……その笑顔は切なげだった。


「エタンセルマン公爵家の長女レーアと申します。

 歳は殿下の二つ上の十歳です」


レーアは優雅にカーテシーをした。


「僕の名前はアンジェロ!

 よろしくね、お姉さん」


僕の挨拶は礼儀も何もなっていかったと思う。


両親は病弱な僕を甘やかすだけで何も教えなかったから。


レーアは礼すらまともに出来ない僕を見ても笑わなかった。


「アンジェロ殿下、私のことは『レーア』と呼び捨てにしてください」


「わかったよ! レーア!」


「レーアと仲良くなれて良かったわね、アンジェロ」


「はい母上」


母は僕とレーアを見て目を細めた。


「母上、レーアはどれくらいの頻度で僕の御見舞いに来てくれるのですか?」


「毎日です。

 彼女はこれから毎日あなたの御見舞いにこの部屋を訪れます」


「本当ですか母上?」


「ええ、本当です」


「僕お友達がいなかったからずっと寂しかったんだ!

 これからいっぱい遊ぼうね、レーア!」


僕がレーアの手を握ると、彼女は一瞬ビクリと肩を震わせたが、その後穏やかにほほ笑んだ。


僕はレーアが笑っているから、レーアも僕と遊べるのが嬉しいんだと思っていた。


彼女が穏やかに笑ってるのは淑女教育の賜物であることを。


このときの彼女が、泣き出したいほど悲しい思いをしていることを。


僕は知らなかった。


僕はただ初めて友達ができたのが嬉しくて、はしゃいでいた。


第二王子である僕の部屋に、家族でも医者でも使用人でもない女性は入れない。


レーアが僕に毎日会いに来ることが何を意味するのか……幼い僕は知らなかった。








僕の知らないところで、レーアは僕の婚約者になっていた。


レーアと婚約するのは、兄のエリックのはずだった。


兄とレーアは初恋同士で、レーアが隣国に留学するときに兄にアメジストのブローチを渡し、帰国したときに異国の珍しい鳥を兄に贈った。


兄の十歳の誕生日に、兄とレーアの婚約が華々しく発表される予定だった。


僕が部屋を抜け出しパーティー会場に行ってレーアと出会ってしまったことで、二人の運命を狂わせてしまった。


僕がレーアに「綺麗」と言ったのを聞いていた母は、レーアは僕の婚約者にしようと画策した。


母は兄とレーアの婚約発表を直前で中止し、その日のうちにレーアの父親であるエタンセルマン公爵と話し合いを行い、レーアを僕の婚約者にした。


兄の婚約者は、エタンセルマン公爵の姪でレーアのいとこにあたる、ウィノラ・ラート伯爵令嬢に決まった。


エタンセルマン公爵は、レーアを僕の婚約者にすることを承諾した。


その交換条件として、公爵は姪のウィノラを兄の婚約者にすることを国王と王妃に了承させた。


野心家のエタンセルマン公爵は、実の娘を第二王子である僕の婚約者にし、姪を養女にし兄である王太子の婚約者にした。


そうすることで、どちらが王位を継いでも公爵は次の国王の義父になれる。


ウィノラは銀色の髪に黒い瞳の少女で、レーアのいとこなので顔立ちはすこしだけ彼女に似ていた。


ウィノラはレーアや兄上と同じ十歳。


ウィノラはお茶会のとき遠くから兄上を見て、兄上に一目惚れしたらしい。


ウィノラは自分より何でも上手にでき、自分より美しいレーアに、嫉妬していた。


彼女はライバルのレーアを出し抜いて、兄の婚約者になれたことをとても喜んでいた。


だけど二人の顔合わせの日、ウィノラが兄から言われたのは、

「お前を愛していないし、これからも愛することはない」

という冷たい言葉だった。


兄に絶対零度の瞳で睨まれ、そう言われたときの絶望を、ウィノラは生涯忘れないだろう。


僕は兄やレーアだけでなく、ウィノラまで不幸にしてしまった。


なぜ未来の僕がウィノラについてこんなに詳しく知っているのかと言うと、ウィノラの口から直接聞いたからだ。


なぜウィノラと僕に接点があるのかというと、ウィノラは兄とは結婚せず、僕の二番目の妃になるからだ。


その時には、最初に僕の妃になったレーアは儚くなっていた。


レーアは僕の子を宿したあと、精神を病んで子供を産んですぐに死んでしまった。


レーアが精神を病んだのには理由がある。


僕が十五歳になったとき、父は病に冒され自分の余命があと僅かだと知った。


死期が迫った父は、兄にではなく僕に王位を継がせたくなった。


父は、僕を憎んでいる兄が王位を継いだら、僕を殺してレーアを自分の正妃に据えることを危惧(きぐ)していた。


父は僕には何も説明せずに、レーアとの婚姻の為の書類にサインさせた。


そして僕とレーアにおかしくなる薬を飲ませ、密室に閉じ込めたのだ。


次の日目を覚ました僕は、前日何をしたか記憶がなかった。


だからなぜレーアが僕と同じベッドで寝ているのか、なぜふたりとも服を着ていないのか、なぜレーアが泣いているのか、なぜレーアが僕の顔を見ると怯えるのか……全然わからなかった。


僕が幼い頃に抱いたレーアへの憧れは、レーアと同じ時間を過ごすことで、淡い恋心に変化していたと思う。


その思いをこんな形で終わらせたくはなかった。


(ねや)教育を受けていなかった僕は、子供はコウノトリが運んでくるものだと、十五歳になっても本気で信じていた。


だから父上と母上に「レーアとの間に子供が欲しいか」と尋ねられ、「欲しい」と無邪気に答えてしまったのだ。


兄もレーアも、父が亡くなるか、僕が死ねば、元通りの関係に戻れると信じていた。


だから僕がレーアと結婚し子供を作ってしまったことで、二人の希望を粉々に打ち砕いてしまった。


レーアが産んだ子が男だと知った父は、宰相であるエタンセルマン公爵を枕元に呼んだ。


その頃、父の容態は悪化の一途をたどり余命幾ばくもなく、面会できる人間も限られていた。


父は僕を次の国王に指名し、生まれたばかりの赤子を王太子とし、その後見を僕の義父であるエタンセルマン公爵に任せると遺言を残した。


そして父は、兄に僕の命を狙った冤罪をかけ、兄から王太子の地位を剥奪し、塔に幽閉した。


兄とウィノラはまだ結婚していなかったので、ウィノラは僕の二番目の妃となった。


レーアが亡くなって赤ん坊の面倒を見る人がいなくなったから、ウィノラは体よく息子の乳母兼、僕の世話係にされたのだ。


僕の看病をしながら、ウィノラは僕に色々なことを教えてくれた。


僕が今まで兄から何を奪ってきたのかを。


そのとき兄がどんな気持ちだったかを。


アメジストのブローチも、金の鳥も、レーアも、そんなつもりで兄から奪ったわけじゃない。


兄を傷つけたかったわけじゃない。


兄とレーアの仲を引き裂きたかったわけじゃない。


僕はただ「綺麗だ」と口にしただけだった。


それがこんな結果に繋がるなんて……思ってもみなかった。







「ウィノラ……お願いがあるんだ」


ウィノラと結婚してから一年。


僕は寝室で寝たきりの生活を送っていた。


兄の人生を狂わせてしまった罪悪感で、生きる気力を失ってしまったのだから


時おり義父が持ってきた書類にサインをし、王印を押すだけ。


僕が謀反を起こす気力もないと思ったのか、義父は王印を僕の寝室に置きっぱなしにしていた。


「この手紙を塔にいる兄上に届けてほしいんだ。

 ウィノラの中に兄上を思う気持ちが少しでも残っているなら、お願いだ僕に協力してほしい。

 兄上を助けられるのは君だけなんだ」


手紙には兄上の罪を不問に付し、兄上に王位を譲渡すると記した。


兄上への謝罪と、僕の命を差し出す代わりに息子の命だけは助けてほしいとの懇願(こんがん)もしたためた。


「承知いたしました」


そう言って手紙を受け取ったウィノラの表情は、僕には見えなかった。


このあとウィノラが兄に手紙を届けたのか、僕にはわからない。


その時には、もう僕の寿命は残されていなかったから。


「兄上、レーアごめんなさい。

 もしやり直せるなら……今度は『綺麗だ』とも『欲しい』とも言わないよ……」


もしも、兄がアメジストのブローチを着けて僕の部屋に来たあの日に戻れたら……。


兄のブローチを見ても「綺麗」とは言わないよ。


僕は王位継承権を捨てて、城を出るよ。


そうすれば、意図せずに兄上の物を奪わなくて済むから。


母も父も僕から子離れできると思うから。


神様……もしもがあるなら、決して悪用はいたしません。


だから、僕に贖罪(しょくざい)の機会を……。




――終わり――


読んで下さりありがとうございます。

少しでも面白いと思っていただけたら、広告の下にある【☆☆☆☆☆】で評価してもらえると嬉しいです。執筆の励みになります。


【後書き】

※レーアに背中を撫でられアンジェロの咳が止まったのは、レーアに癒やしの力(弱)があったからです。

※国王と王妃がアンジェロを贔屓(ひいき)したのは、アンジェロに魅力(弱)の力があるからです。たまたまエリックとレーアとウィノラには魅力に耐性がありました。

※アンジェロの死後どうなったかは、エリック視点とウィノラ視点で書く予定だったのですが、ストーリーが暗すぎて……執筆を続けたらメンタルが病みそうなのでここで終わります。すみません。

※主人公が過去の行いを振り返り後悔する話をお試しで書いてみました。

※病弱な妹や弟キャラはよく出て来ますが、アンジェロのような無邪気で無意識で悪意がない系のキャラは、いなかったかなと?

※感想いただけると嬉しいです。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


下記の作品もよろしくお願いします!

【完結】「ゲスな婚約者と、姉の婚約者に手を出す節操のない妹を切り捨てたら、元クラスメイトの貴公子に溺愛されました」 https://ncode.syosetu.com/n3990ic/ #narou #narouN3990IC

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― 新着の感想 ―
[良い点] まほりろさんの作品にしてはざまぁの部分がなく新鮮でした。^_^ [気になる点] でもやっぱりざまぁは見てみたいので。 [一言] まほりろさんは続編は無しとおっしゃっていますが、このままだと…
[一言] 個人的には第二王子にはもっと不幸で救われない死に方をしてほしいレベルで自分勝手な奴だな、と感じました。 いつか第一王子が報われる(救われる、ではなくとも)ような話が読めたらいいかな、とも思…
[良い点] 無邪気さですべてが許されると思っている真のゲスがこれはこれで有りだった 最後の最後まで自分が許されようとしてたのも手紙の行方があかされずに終わったのもモヤッとしててこういう話では良い終わり…
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