サンタは僕か、それとも君か
「あれ、雪だ…」
そういえば、君と初めて出逢ったあの日も雪だったな…なんて思いながら、僕は買い物へ向かった。
高校卒業直前から家を出て、今はみんなに夢を届ける仕事をしている。一年中サンタさんをしているような仕事。僕の夢だったみんなを笑顔にする幸せな毎日と引き換えに、3年くらいまとまった休みがなかった。
「ちゃんとマフラーした?鍵持ったの?寒いから気を付けるのよ?」
近所へ買い物に行くだけなのに、母の過保護具合が久しぶりの実家ならではのぬくもりを感じさせる。
「大丈夫だよ、ちょっと行ってくるね」
玄関のドアを開けると、一気に鼻先がツンとする冷たい空気。寒がりな僕は、少し縮こまって猫背になりながら歩き始めた。
*
ーガタン、ガタタン…
窓の外には、いつも通りの見慣れた通学の景色が流れていく。冬休み前のテストが終わり下校中の僕は、この制服もあと少しで着なくなるのか…と少し感傷的な気持ちになっていた。
あ、そろそろ降りる駅。そう思ってドアの近くへ移動しようとしたそのとき、ふいに声をかけられた。
「あの…突然すみません!これを渡したくて、えっと、えっと…受け取ってくださいお願いしますっ!」
同じ高校の制服を着た女の子が、ラッピングされた何かを、僕に一生懸命差し出している。え…僕に?困惑している間に、僕が降りる駅に着いてしまった。
ーガタンッ!
小柄な君がよろけたので、とっさに支えてしまった。驚いて、至近距離で初めて重なる視線。
「あ、ごめん…」と言うのが精一杯で、僕は君の手から包みを掴み取り、閉まろうとするドアの外へ急いで出た。
ドアの外と中でお互い困惑したままの僕たちをよそに、電車は次の駅へ向かった。ポケットからスマホを取り出すと、母からのメッセージが来ていた。
『Happybirthday & Merry Christmas!テストお疲れさま!ケーキあるから早く帰っておいで!!』
そうか、今日は僕の誕生日だった。やっと我に返って帰路についた。スマホに落ちてきた水滴を見て空を見上げると、いつの間にか雪が降り始めていた…。
家で開けてみると、それはやっぱり僕へのプレゼントだった。こんな事初めてでとても嬉しくて、きちんとお礼を言いたいなと思ったけれど、それは叶わなかった。
僕は自覚があるくらいマイペースだけど、君はとてもうっかりさんのようだ。名前も連絡先も、わかるものが同封されていなかった。同じ学校の制服だったとは思う。けれど、僕もそれから夢に向かって忙しくなり、深追いする暇もなくなってしまった。
それと、たぶんこれはクリスマスプレゼントだと思う。今日が僕の誕生日だとは、さすがに知らないよね。でも僕は、両方お祝いしてもらえた気分で嬉しかったんだ。
だけどまた会えない運命ならば、君はうっかり姿を現してしまったサンタだったという事にでもしよう。
*
あれから3年も経っているのに。今日は降り始めた雪を見て、なんであの日の君を思い出したんだろう。
僕は、寒さに凍えながら実家の近くにあるペットショップに着いた。自分の為にはそんなに外出しない僕が、雪の中買い物に行く理由がここにはある。僕の癒しのペットのご飯を買いに来た。休暇中の分、まとめて買っておこう。袋を抱えてレジに向かおうとするが、やっぱり動物たちの前で寄り道。
おー!うちの子の仲間たち可愛いねぇ…
マスクの中でニヤニヤしてしまう。
「…あ!!」
と言われて顔を上げると、思わず僕も
「あ…!」
と声が出てしまった。そこにいたのは、あの日の君だった。
「ちょっと待ってて!」
と言い、僕は急いで会計を済ませてきた。
なんとなく2人で店の出口へと向かう。何を聞いたら、何を話したらいいか全然わからなかった。必死に考えた結果、あの日のお礼だけは今日こそしっかり伝えなきゃと思った。
店の自動ドアが開くと、外はまだまだ雪が降り続いていた。先に一歩外へ出た君が、ツルっと雪で足を滑らせたので、とっさに支えた。驚いた2人の視線が至近距離で重なる。
そう、あの日と同じ距離で…
この一瞬で3年前のことを、まるできのうの事のように思い出した。それは僕だけじゃないみたいだ。気まずい距離を保ったまま、2人でゆっくり雪を踏みしめながら歩き始める。
*
「あの時は、プレゼントありがとう」
気の利いた前置きもせず、僕が沈黙を破って話しかけた。君は前を向いたまま、うんうんと頷いた。
「よく僕に気付いたね?」
と聞いても君は、うんうんと頷くだけ。
もしかしたら君の中では、何もなかった過去になっているのかもしれないと思った。でも僕は今日、あの時のことも、今日までの君も、これからの君も知りたいと思った。
どうしよう、これ以上なにを話せばいいのだろうと思いながらできるだけ君の歩幅に合わせて歩いた。雪の夜は静かだ。
すると突然、君が静けさにそっと言葉を乗せた。
「お誕生日、おめでとうございます」
予想外の言葉に、さすがに僕のマイペースも乱れる。
「え、知ってたの?!」
「だって…クリスマスだけど、誕生日プレゼントだったんですよ、そのマフラー」
そう言って君が僕の首もとを指差す。
僕をあたためているのは、あの日突然君がくれたマフラーだった。
だからあんなにすぐ僕だと気付いたのか!という遅れたヒラメキで僕は急に恥ずかしさが込み上げる。あれから毎年冬には、当たり前のようにこのマフラーを使っていたので気付けなかった。
「僕は、君がうっかり姿を見せたサンタだったと思う事にしてたんだ。だからもう会えなくてもしょうがないと…」
「サンタさんみたいなお仕事頑張ってるのは、私じゃないよね?」
驚いたままの僕の顔を一瞬見上げ、君はふふっと笑うとまた歩き始めた。僕の仕事のことも、君には全部お見通しだったんだ。
ゆっくり、サクサクと雪を踏みしめながらぎこちない距離で歩く2人。僕はさりげなく、さっき買い物した袋を君とは反対側の手に持ち替えた。最初の信号待ち直前で、案の定また君が転びそうになった。
「また転ぶでしょう?だからもう、離さないよ」
君の小さな片手を、僕のコートのポケットに入れた。
2人の頬が赤いのは、寒さのせいか、僕のせいか。
サンタは僕か、それとも君か…。
今日という日に再びめぐり会えた僕たちは、お互いの瞳を覗き込んで息ぴったりに同時に言った。
『メリークリスマス!』