皿品ちゃんは贅沢をしたい
「賞味期限、今日までですね……」
私は一度冷蔵庫を閉めました。
本日は6月6日。1パック6個入り卵の賞味期限も6月6日。
今日のラッキーナンバーは6かもしれません。
卵の残機は3個。6の半分です。
ホットケーキを作ろうと思って取っておいたのですが、私がホットケーキを食べたくなるより先に賞味期限が来てしまいました。
一人暮らしを始めてからというもの、こういう事態が度々発生しています。実家で毎日料理を作ってくれていたお母さんのありがたみが身に染みている今日この頃です。
それはさておき、問題はこの3個の卵の扱いです。
賞味期限は今日まで。ですから、私は今日中にこの3個の卵を使い切らなくてはいけないわけです。
消費期限ではなく賞味期限だから今日使い切る必要はない、という意見はお呼びではありません。
こういうのは大義名分が重要なのです。
朝昼晩、三食に一個ずつ使うのもいいでしょう。これは無難な選択肢です。
ひとまず調理をして、後日食べるという選択肢もあるでしょう。作り置きです。
しかし、私は敢えてこれらの選択肢を選びません。
私はこの3個の卵を、全て朝ごはんにつぎ込みたいと思います。
基本的に一食に使う卵は一個までと決めている私ですが、大義名分を得た今の私ならば、大手を振って禁忌を犯すことができるのです。
「朝ごはんに、卵を、3個も…………うふふふふふ」
なんという贅沢。
普段は1個しか使わない卵を3個。
3個ですよ、3個。1個の3倍です。
実質おかずが3倍になったようなものです。
贅沢すぎます。
私は冷蔵庫を開いて中から卵を取り出しました。
パックごと出した卵を持って、私はキッチンに立ちます。
さてさて、こいつらをどう料理してやりましょうか。
1個は卵かけご飯に使うことが決定していますので、用途未定の卵は2個です。卵かけご飯の食べ方はまた後ほど。
目玉焼き、卵焼き、だし巻き卵、オムレツ、スクランブルエッグ、そぼろの卵のみ……卵料理は数が多く、また簡単に作れるものも多々ありますので、考え出したらキリがありません。
今回は朝ごはんですから、ここは定番の目玉焼きや卵焼きあたりで考えるとしましょう。
目玉焼きは卵を割って焼くだけというシンプルな料理ですから、作るのは簡単です。しかし焼き加減のみで善し悪しが決まるため、極めるのは困難な料理と言えるでしょう。
片面だけを焼く派閥と引っくり返して両面を焼く派閥、蓋をする派閥などなど、ちょっとした派閥争いもあります。
料理初心者の私は、何も手を加えずに片面だけ焼く派閥です。初心者が下手にアレンジを加えると失敗してしまいますから、私はレシピに忠実に従うようにしています。
卵焼きとだし巻き卵。
この二つは似て非なる料理です。主に出汁を入れるか入れないかの違いですが、出汁一つで料理の味は大きく変わります。出汁を侮ってはいけません。
今回作るのはだし巻き卵の方にします。
私はこっちの方が好きなので。
では、早速料理に移りたいと思います。
「────いや、ちょっと待ちましょう」
ふと、私の中の私が、本当にそれでいいのかと囁きかけてきました。
卵かけご飯、目玉焼き、だし巻き卵。
このラインナップで本当にいいのか、と。
朝ごはんに卵料理を3つも食べることが出来る。
これはとても贅沢なことです。
贅沢極まりないことです。
しかし、私の中の私が言うのです。
もっと贅沢をできるのではないか、と。
ですが、これ以上に贅沢なことなんて────
「はっ……!」
あの手がありました!
我ながら素晴らしい閃きです。
即断即決、ラインナップは変更です。
今日の朝ごはんは、卵かけご飯と目玉焼き。
これで行きます。
私の考えについて、疑問に思う方も多いでしょう。
おかずが一品減ってるじゃねーか、というツッコミが聞こえてきます。
卵かけご飯と目玉焼き。
卵かけご飯の方は棚上げとして。
私が変更したのは、目玉焼きの方です。
私がこれから作るのは、卵を2個も使用する目玉焼きです。
完成した暁には、不定形の白身の絨毯の上に二つの黄身が鎮座する豪華な目玉焼きを食すことになるでしょう。
あの贅沢さを味わえると思うと、今からヨダレが止まりません────と私が独りごちたところで、目玉焼きとだし巻き卵の両方を作った方が豪華で贅沢だと言う派閥の意見は静まらないでしょう。
ここで、私の考えというものを述べていきたいと思います。
まず第一に、私は贅沢をしたいのです。
ですが、私は必ずしも贅沢=豪華だとは思っていません。
贅沢とは、必要以上の消費をすることを指します。
必要以上の消費、それは「無駄」という言葉に言い換えることができるでしょう。
贅沢とは無駄であり、無駄が嵩めば嵩むほど、それは贅沢になるのです。
話を朝ごはんに戻します。
当初の予定で作るはずだっただし巻き卵を取りやめ、おかずを一品減らしてまで卵二個入りの目玉焼きを作る。
おかずを一品減らすという、マイナスでしかない行為をしてまで作り上げた黄身二つの目玉焼きは、とてつもなく贅沢な一品と言えるのではないでしょうか。
先程も述べたように、基本的に一食につき卵を一つしか使わない私にとって、卵二個入り目玉焼きは滅多にお目にかかれない食べ物です。
賞味期限直前の卵を使い切るという大義名分を得た今しか作れない料理であり、普段の私では如何に足掻こうと、奇跡でも起きない限り作れない逸品なのです。
それでは、ここで言う奇跡とは何か。
黄身が二つ乗った目玉焼きが出来上がる奇跡とは、即ち双子の卵です。
目玉焼きに使った卵が奇跡的に双子で、殻の中に黄身が元から二つ入っていた場合に限り、通常時の私は黄身が二個の目玉焼きを食べることができるのです。
奇跡とは滅多に起きないから奇跡と呼ぶのであって、実際に目玉焼きに双子卵が使われるような確率は万に一つもないでしょう。
だがしかし、今の私にはそれに似た経験をできる機会が与えられています。
それが卵二個入り目玉焼きです。
卵二個入り目玉焼きを作り上げ、皿に盛り付けて、食卓に並んだ時。
その時、私は目の前の二つの黄身を見て、あたかも双子卵の目玉焼きを食べているような雰囲気を味わえるのです。
万に一つの奇跡体験と、目玉焼きを作るのに卵を2個も使うという無駄故の贅沢さ。
私にとって、卵二個入り目玉焼きを作って食べるという行為には、それだけの価値があるのです。
奇跡的な贅沢が、私を待っているのです。
「ふぅ………………始めます」
1.二個の卵を割って小さな皿に入れます。殻が入っていないか確認をします。
2.フライパンを中火でよく熱し、サラダ油を入れて、卵をそっと投入します。黄身が崩れないように、低い位置から入れるのがポイントです。
3.弱火にして4分弱ほど焼きます。私は黄身がとろっとした目玉焼きが好みなので、焼く時間は短めです。
以上で完成です。
「はぁ……いい出来ですね」
お皿の上には綺麗に二つの黄身が並んだ目玉焼きがありました。
ひと仕事やり遂げた後の充実感が心地いいです。
目玉焼きの皿をお盆に乗せて、お茶碗にご飯をよそいます。温め直した味噌汁も用意し、箸とお茶と残り1個の卵もお盆に乗せて食卓に運び配膳します。
「よし」
配膳完了。
準備万端。
後はいただきますを言うだけ、ですがその前に。
私はキッチンに戻り、あるものを持ってきました。
これで完璧です。
「いただきます!」
手を合わせ、私が手に取ったのは最後の卵。
そうです。
私の朝食はまだ完成していません。
この卵かけご飯を作るまでは、完成とは言えないのです。
私はご飯の中心に窪みを作り、そこに卵を投下しました。殻を置き、箸を持ち、黄身を割って卵と白米をかき混ぜます。混ぜ過ぎないのがポイントです。最後に醤油をかけ、軽く混ぜたら卵かけご飯の完成です。
さて、それでは今度こそ「いただきます」です。
「んん〜!おいしい!」
メインの双子卵風目玉焼き、主食の卵かけご飯、そしてお味噌汁。
最高の朝食です。
目玉焼きに卵を二個使っている時点で贅沢極まりないというのに、今日はご飯にも卵を混ぜています。
卵かけご飯×目玉焼きの組み合わせも、どちらにも卵を使っているので、いつもなら実行不可能なことです。滅多に味わえないコラボレーションが、朝食の贅沢さに拍車をかけていました。
「ふぅ……」
さて、贅沢な朝食も終わりが近づいてきました。
残っているのは、卵かけご飯が半分と味噌汁の汁のみ。
目玉焼きは秒で皿の上から消えました。
非常に美味しかったです。
私は半分残っている卵かけご飯を見つめました。
卵かけご飯。
TKGと呼ばれることもあるこの料理は、卵と白米があれば作れる超簡単なご飯であり、全国の日本人が愛してやまない日本人のソウルフードです。
日本全国で食べられている卵かけご飯の食べ方は十人十色。
地域、家族、個人によっても、独自の食べ方があるのです。
かくいう私も、好きな食べ方がいくつかあります。
その一つが「ふりかけ」です。
「……」
私はそばに置いてあったふりかけの袋を開き、その中身を卵かけご飯に降り注ぎました。
わさび味です。
ふりかけを混ぜたら、卵かけご飯第2段階の完成です。
このふりかけはわさびの風味が丁度よく、また海苔が入っていることもあって、卵かけご飯によく合うのです。
そして何より卵かけご飯として完成している状態に、更にふりかけという追加要素を加える贅沢さ。
このふりかけと卵かけご飯の相性は最高でした。
「……」
気がついたら、お茶碗の中身は空になっていました。
最後にお味噌汁を飲み干します。
「はぁ……」
卵を3個も使用した贅沢な朝食が終わりました。
だし巻き卵を犠牲に作った卵二個入りの双子卵風目玉焼き。
二段階構成の卵かけご飯。
卵かけご飯×目玉焼きという、卵料理同士の組み合わせ。
なくてはならないお味噌汁。
これ以上ないほど贅沢な朝ごはんでした。
私は両手を合わせます。
「ごちそうさまでした」
それでは、今日も一日頑張りましょう。