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異世界恋愛系(短編)

レンタル悪女を始めましたが、悪女どころか本物の婚約者のように連れ回されています。一生独占契約、それってもしかして「結婚」っていいませんか?

「いらっしゃいませ、『レンタル悪女』へようこそ! 営業開始記念につき、安心安全の良心価格設定、リピーターの方向けに割引プランもご用意しております。本日は、どのようなプランをご希望でしょうか?」

「……クララ嬢はご在宅だろうか。男に色目を使わない、優秀な家庭教師がいると聞いて訪ねてきたのだが」


 始まってもいないのに終了の合図が聞こえましたよ。はい詰んだ! 珍しくまともそうなお客さまだったのに、自分で就職の機会を潰してしまうなんて。


 心の中で涙を流しながら、わたしは深々と頭を下げました。冷ややかな視線が痛いです。


「申し訳ございません。家庭教師の職はぜひともお受けしたかったのですが、お客さまにおかれましてはやはり……」

「『レンタル悪女』だったか? どことなくいかがわしい響きが感じられるな」


 やめてください。お綺麗な顔で「レンタル悪女」なんて復唱しないで。というか、婉曲表現で「どうせ断るよね? 聞かなかったことにしてくれる?」って雰囲気出してたじゃないですか。なんで傷口に塩を塗ってくるかな?


「さようでございますか。それでは足を運んでいただいて申し訳ありませんが」

「しかし、このままではあなたを紹介してくださったとあるご婦人に、不採用の理由を告げねばならなくなる。具体的には、『レンタル悪女』についてだが」


 こういうときは、「ご縁がなかったようで」とか言えばいいでしょう。貴族のみなさまが大好きな、本音と建前ってやつですよ。正直さなんて求められていません。


「もちろん、説明していただけるだろうね? ああ、私の名前はギルバート。長くなりそうなら、お茶のひとつでも出してもらおうか」


 にっこり。微笑みの圧の強さに、めまいがしました。「はい」以外の返事がゆるされないやつですね。


「……承知いたしました。ご要望通り、『レンタル悪女』について詳しく説明させていただきますね」


 涙目のまま営業スマイルをはりつけ、わたしは仕事内容を説明することになりました。



 ***



 我が家は、先祖代々筋金入りの貧乏貴族。笑ってしまうくらいお金がありません。


 しかも悲しいことに、今代の当主が最低最悪のアホだったのです。まあわたしの父なのですが。


 母が生きている頃から家には寄り付きもしない。母が亡くなると、喪も明けないうちに「妹」と「弟」を連れ帰ってきやがりました。


 いやいや、「妹」と「弟」は無理があるでしょう。どう見ても、わたしより年上ではありませんか!


 そこからはよくある話で、わたしは着の身着のまま、家を追い出されたわけです。


 貴族としての教養はありますので、家庭教師として生活していこうとしましたが、毎回トラブルに巻き込まれる始末。


 雇い主である旦那さまに言い寄られ、拒否すれば翌日にはありもしない理由で家庭教師を解雇される。それが続けば、わたしにだって理解できます。もともと、そういう目的で雇われたんですね。実家が守ってくれないとわかってやってるんですから、卑怯なことこの上ないです。


 もちろん、受け入れることなどできません。


 考えてもみてください。家庭教師というのは、特別高給取りというわけではないのです。春をひさぐなら、もっと高い金を払ってもらわなきゃ、割りにあわないじゃありませんか。


 しかもこの件を奥さまに相談すると、結局はわたしのせいになるのです。理不尽過ぎる。だったら奥さま方がおっしゃる通り、「悪女」になってやろうじゃありませんか!


 そうして生まれたのが、「レンタル悪女」なのでした。


「なるほど。ことの経緯は理解した。別にミュージカル仕立てで部屋の中をうろついてくれなくてもよかったのだが」

「すみません、ついつい力が入ってしまいまして」

「それで、『レンタル悪女』の実績は?」

「ゼロですね」

「ゼロ?」

「サービスがサービスですし、おおっぴらに営業をするわけにはまいりません。どなたか、信頼のおけるかたに口コミで広めていただかなくては」

「その割りには、先ほどあけっぴろげに営業をしていたようだが」

「あれはちょっとやけくそだったんですよ。今月末でこの部屋を出ていかなくてはならなくなったので」


 どこぞの奥さまが、「悪女」が夫をそそのかしたと大家さんに()()()()()()()()吹き込んだ結果です。テンションをあげてないと、やってられません。でもやけくそでなければ、家庭教師として住み込みで働けたんですよね。辛い。


 ギルバートさまはふむと腕を組まれました。


「クララ嬢は、今月末には引っ越しをしなければならない?」

「はい」

「本当は家庭教師で食べていきたかった?」

「そうですね」

「ちなみに社交の経験は?」

「貴族として生きてきましたから、それなりに……」

「ならば、『レンタル悪女』の契約をしてもよいだろうか。オプションとして、『レンタル悪女』として活動していない時間は、妹の家庭教師をしてほしい」


 予想外の言葉に、わたしは目を丸くしてしまいました。


「何を驚いている。あなたの希望通りになっているはずだが」

「『レンタル悪女』ですよ? 失礼ですが、ギルバートさまには不要のサービスだと思うのですが……」


 そもそも、放っておいても女性陣のほうから群がってきますよね?


「年の離れた妹のために家庭教師を雇っても、みな私にちょっかいをかけてきて鬱陶しい。あなたを雇えば、妹の家庭教師と、私のパートナー役のどちらもこなしてくれるのだろう?」


 言外に、色目を使うなと釘を刺された気がして、必死でうなずきました。


「も、もちろんです。」

「お互い利益のある契約だ。あなたに損はさせない。まずは3ヶ月後の夜会まで。必要があれば、さらに契約を延長するということでどうだろうか」


 ギルバートさまのパートナー役を務めれば、それなりの相手に顔を売ることができるはず。これから悪女として身をたてるのならば、この申し出を断る理由はありません。悩んだ時間は数秒ほど。


「わかりました。どうぞよろしくお願いいたします」


 おそらく現状より悪くなることはないでしょうから。素直にお言葉に甘えることにしました。



 ***



 ギルバートさまのお屋敷での生活はびっくりするほど快適なものでした。ギルバートさまの妹君は、とても良い子な上、教え甲斐のある生徒なんです。追い出された家庭教師は、よほどタチが悪かったのでしょう。


 少しだけ困ったことと言えば、彼女の「おねだり」が可愛すぎること。


「先生、お外に行きたいです。せっかく良いお天気なのに、部屋にじっとしていては息が詰まってしまいます」


 うるうるきらきらの瞳で見つめられると、心が揺れ動いてしまいます。ああ、ダメよダメ。可愛い教え子だからこそ、心を鬼にしなくちゃ。


「わかりました。それでは、午前中に本日の予定を終わらせてしまいましょうね」


 神よ、心の弱いわたしをお許しください。だってこんなに可愛い女の子にお願いをされたら、叶えてあげたくなるのが普通じゃありませんか。


「わたしは明日の授業の準備をしておきますので。どうぞお気をつけていってらっしゃいませ」


 授業の終わりに挨拶をすれば、妹君は不思議そうにこちらを見返しました。


「あら、先生も一緒に外出するのよ?」


 当然でしょうと言わんばかりの笑顔に、わたしは「はい」以外の答えを出せませんでした。やはり兄妹そろって笑顔の圧が強いです。もちろんその圧の強さは、買い物先など各所で発揮されています。


「やっぱり先生には、この色が似合います! ねえ、お兄さまもそう思うでしょう?」

「ああ。せっかくなら1着と言わず、まとめて注文しておくといい」

「わあ、嬉しい! 先生に着てもらいたいデザインがたくさんあるんです!」

「そのデザインであれば、レースをこちらに変更するのはどうだ」

「ちょっと待ってください。1着でも心苦しいのに、数着まとめてだなんていけません」


 慌てて小声で訴えれば、ギルバートさまはしごく当然といった顔で見返してきました。


「仕事にかかる費用は契約者である私が出すと、契約書に付け加えておいた。残念ながら、君は契約に従うしかない。そもそもこのサービスでは、『悪女』を貸し出すのだろう。相手から金を引き出すのは、『悪女』の得意分野だったはずだ」

「そんな。ですが……。」

「君は本当に、『レンタル悪女』になるつもりがあるのか」

「……はい、あの、がんばります」

「お兄さまったら、先生のことが大好きなんです。誰かのためにドレスを選んだことなんて、今日が初めてなんですから」

「……ははは」


 悪女って、男性を振り回す女性のことでしたよね?

 男性を振り回すどころか、ご兄妹に振り回されているわたしは、果たして悪女と呼べるのでしょうか。


 結局、王都で一番人気のドレスメーカーで、信じられない枚数を仕立てていただくことになりました。こんな高価なドレス、しわにならないように立ちっぱなしでいるしかないような気がするのですが。



 ***



 それから夜会までの間、わたしはおふたりと一緒に様々な場所に出入りすることになりました。


「先生、今日はアクセサリーを買いに行きましょう」

「まあ、でも……」

「ううう、先生は一緒にお出かけしてくださらないの?」


 そんな、涙目で上目遣いは卑怯です!

 思わずギルバートさまを見つめて助けを乞えば、最後通牒が出されました。


「必要経費として新しく購入するのが嫌なのだということであれば、母が嫁入り道具として持ってきた揃いのアクセサリーをあなたに貸し出すことになる。まあ、あなたがつけてくれるなら母は大喜びするだろうな」

「すみません、どうぞお店で購入してください。よろしくお願いいたします」


 お母さまの嫁入り道具をお借りするのは、悪女ではなく婚約者さんの役割ではありませんか? 無理です。ギルバートさまのお母さまがお優しい方だからこそ無理です。もう少し、お手柔らかにお願いします。


 お店についても、息のあったふたりの攻撃は緩むことがありません。


「先生、どうぞ好きなものを選んでください!」

「ちょっと恐れ多くて選べないですね」

「じゃあこれなんかどうですか? お兄さまの瞳と同じ色で、先日仕立てたドレスにもよく似合います!」

「ひえっ」


 それは、契約違反に繋がるのでは? 潰れたかえるのような声をあげれば、後ろからギルバートさまが近づいてきました。内緒話をするためだけに、腰に手を回すのはやめてくださいっ。


「悪女らしく、『ここからここまで全部欲しいの』という有名なアレをやるつもりか」

「そんな台詞が言えるなら、生まれたての子鹿みたいに手足が震えたりしません!」

「悪女を目指すのだろう? 好きでもない男に宝石をねだることなど、造作もないはずだ」


 そ、それは、買えと言うことですか?


 妹君がおすすめしてくれたものを指差せば、店内がどよめきました。え、なに、わたし、失敗したの? しかもギルバートさま、どうしてそんなに悪そうに笑うんですか! 


 「レンタル悪女」という仕事は辛いものだと覚悟していましたが、湯水のようにお金を使われて胃が痛いです。お金持ちの暮らしは体に悪いとわかりました。


「用事が済んだなら、食事にしよう」

「お兄さま、ありがとう」

「ええと、それではわたしはこの辺で」

「もちろん先生も一緒に行きましょうね」


 ですよねー。天然の天使、強い。


 連れてこられたところは、王都でも有名な高級レストランでした。席についたところではたと気がつきました。先ほどまでいらっしゃった妹君のお姿が見えません!


「ああ妹なら、『お兄さま、がんばってね!』と言って侍従と店を出ていったよ」


 天然の天使は、小悪魔でした。


「あんなお小さい妹君を騙しているなんて、胸が痛みます」

「いや彼女は……」

「彼女は?」

「なんでもない。こちらの話だ」


 ギルバートさまとふたりきりの空間は、居心地の悪いものではありません。むしろ、無理に話さなくても心地よい雰囲気だからこそ、一緒にいることが心苦しくなります。わたしたちの関係は友人同士ですらないというのに、甘い空気が漂っているような気がしてしまうからです。


「あなたに家庭教師をお願いしていて、本当によかった。あんなに生き生きとした妹を見るのは久しぶりだよ」

「ありがとうございます」

「家庭教師を頼むつもりが、同時にあなたにパートナーとしての役割を求めてしまうことになるなんて、あの頃は想像もしていなかったが」

「すみません」

「出会ってまだ3ヶ月も経っていないというのに、隣にいることが当たり前になっている。なんだか不思議な気分だ」

「ギルバートさま……」


 店内のいたるところから、控えめながら視線を感じます。これは、お礼をわたしに伝えつつも、『レンタル悪女』的な演技を求められているということでしょうか。


 『レンタル悪女』として、わたしはお相手を楽しませなければならないはずなのに、今日もギルバートさまに甘やかされています。


「クララ嬢は、どこへ行っても楽しそうにしている。こんな笑顔を毎日見られるのだから、あなたを選んで本当によかった」


 最初の頃のしかめっ面がどこかに消し飛んだかのような輝く笑顔に、思わず心臓が撃ち抜かれてしまいました。


 悪女をよろめかせるギルバートさまこそ、悪女なのでは?

 え、悪女の男性版ってなんて言うんでしょう。悪男?


「わたしも、ギルバートさまたちと一緒にいられて本当に幸せです」


 お酒にお強いはずのギルバートさまのお顔は、少しだけ赤くなっているように見えました。



 ***



 そうして、ようやく夜会の日がやってきました。夜会が王宮で開かれるものだなんて、聞いてないんですけど?


 ギルバートさまのエスコートは丁重で、まるで私が愛する婚約者であるかのよう。


 はじめはわたしのことを物珍しそうに見ていた貴族の皆さまも、ギルバートさまが私を紹介してくださるたびに、得心がいったかのように微笑んでくださいます。


 これで、次回のお客さまをゲットするための顔繋ぎはバッチリということなのでしょうか?


 ほっとしたのもつかの間、気がつくとわたしたちは話題の中心になってしまっていました。


「ギルバートさま自ら、ドレスを選ばれたのだとか。愛されていらっしゃる」

「宝飾店でのやりとり、羨ましいですわ。ああ、今日身につけていらっしゃるのが、そのときの?」

「レストランでの甘い会話、ちまたでは理想の恋人同士のものだと言われておりますのよ」


 待ってください。なんだか噂に尾ひれがついて大変なことになっていませんか?


 緊張してギルバートさまの腕を握りしめれば、優しく引き寄せられました。


「申し訳ありません。彼女が少し疲れてしまったようで。失礼」


 わざわざ壁際の椅子のところまで、避難させてくださるなんて。社交をこなしてこその「レンタル悪女」だというのに、この体たらく。けれど、演技であることを忘れてギルバートさまの優しさに甘えたくなってしまうのです。


「クララ嬢、少し顔が赤いようだが……」

「先ほど果実水をいただいたのですが、それから頭がふわふわしてしまって……」

「それは酒だ……」


『悪女たるもの、酒は飲んでも飲まれるな』


 そう考えているのに、わたしの体はしゃきっとしてくれません。素直にギルバートさまに頼ることができたのも、お酒の力なのかもしれません。


「水を取ってこよう。クララ嬢は、ここで休んでいるように」


 ギルバートさまが離れるとすぐに、香水のきつい女性陣に取り囲まれました。その中には、わたしの腹違いの姉の姿もあります。


「あなた、一体なんのつもりでギルバートさまの横にいるの?」

「ただ、声をかけていただいたまでです」


 あくまで『レンタル悪女』の契約によるものですからね。


「まあ、なんて生意気な。どうせ家庭教師として妹君を取り込んだのでしょうけれど、本気でギルバートさまの婚約者になれるとでも思っているのかしら」

「もちろん無理だと思います。だからと言ってわたしが選ばれないことと、あなたがたが選ばれることに関係があるのですか?」

「何よ、クララのくせに!」


 今までのわたしなら絶対に言わなかったことなのに。お酒のせいで、ついつい口がすべってしまいました。自分の気持ちに素直になってしまうとは、やはりお酒とは怖い飲み物です。


 そんな自分の行動がどうしようもなくおかしくて、笑いをこらえていると、ぱしゃりと何かが頭の上から降り注ぎました。みるみるうちに酔いがさめていきます。


「笑っていられるのも今のうちよ。どうせ泣きべそをかくことになるんだから」

「……ええ、わかっております」


 ギルバートさまとわたしは、あくまでレンタル契約に基づくもの。期限がきたら、それで終わりなのです。


 こんなときこそ、悪女というものは相手に憎まれ口を叩くものなのでしょう。ワインを頭からかけられて、泣きたい気持ちになってしまったわたしには、やっぱり悪女は荷が重そうです。


「私の隣に誰がふさわしいかなど、私自身が決めることだ」


 涼やかな声が響きわたりました。さっとひとの波が割れていきます。


「あなたがたは、クララ嬢の何を知っている。彼女がいかに誠実でまっすぐなひとか、私以上に知っている人間がどこにいるというのだ」

「ですが、貴族籍から追い出されたクララで良いというのなら、誰だって同じではありませんか!」


 義姉の悲鳴じみた叫びを、ギルバートさまは一蹴する。


「何が同じなものか。そもそもクララを苦しめた人間の近くにいたいと思うほうがどうかしている」


 崩れ落ちる人影には目もくれず、ギルバートさまがわたしの前にひざまずきました。


「私の隣は今も、これから先もクララだけのものだ。クララ、私のわがままをどうか許してくれるかい?」


 今もこれからもって、まさか一生? 生涯独占契約ということはつまり……。いや、これって契約結婚? それとも本気で恋をした? 一体どう解釈したらいいの?


 脳内が沸騰し、限界をこえたわたしは、そのまま意識を手放してしまいました。



 ***



「まったく、先生にワインをかけるなんて、とんでもないひとたちですね!」


 両手を腰にあてて、妹君が怒っています。ぷんぷんと言わんばかりの姿が、失礼ですが大変可愛いらしいです。


 わたしが意識を取り戻すと、そこはギルバートさまのお屋敷の中でした。


 あれから、義姉たちは夜会で騒ぎを起こしたということで、厳重注意を受けたそうです。あれだけ派手にやらかしたのです。今シーズンくらいは、おとなしくしてくれると良いのですが。


「まったく、先生を家庭教師に推薦したのはわたくしなのに。他の方がお義姉さまになるなんて冗談じゃありませんわ」

「え?」

「えへへ、今のは内緒のことでした」


 てへっと頭をかいて、笑顔でごまかしている妹君の姿におろおろしていると、ギルバートさまがお越しになりました。


「先ほどは突然、公衆の面前ですまなかった」

「いえ、わたしのほうこそ取り乱して、失神など……。申し訳ありません」


 本当にしまらない「悪女」でお恥ずかしい。やはり、「レンタル悪女」はおしまいにするすべきかもしれません。


「お兄さま、今度こそ決めてくださいね!」


 瞳をきらきらさせたまま妹君が退出し、わたしたちは部屋に取り残されました。


「あ、あの、ギルバートさま。『今度こそ』というのは、一体どういう意味なのでしょうか」

「もちろん、こういう意味だ」


 そう言ってふさがれた唇は、信じられないほど甘く柔らかいもの。


「愛している。どうか、一生、共に過ごしてほしい」

「ギルバートさま」


 うっとりとギルバートさまを見上げれば、さらに言葉を続けられます。


「婚前契約書だけで不安だというのなら、『レンタル悪女』の専属契約でもかまわないよ」


 にやりとあくどい笑みを浮かべたギルバートさまは、先ほどよりも深い口づけをくださいました。


 それからどうなったかですって?


 もちろん誠心誠意、契約者一筋の「レンタル悪女」ですもの。わたしは、旦那さまであるギルバートさま一筋で、今日も幸せに暮らしております。

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「女騎士であるわたしの主人は、不遇のお姫さまです。姫君が幸せになれるように全力で頑張るつもりでいたら、王妃になってしまいました。」
こちらは、「『耳で聴きたい物語』コンテスト2022」参加作品です。締め切りギリギリの投稿になってしまいましたが、手にとっていただけると嬉しいです。よろしくお願いいたします。
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