合言葉
-- 前回までの『スナッキーな夜にしてくれ』 --
赤いドシフン三連星に遭遇した常松は、ジェットストリームアタック的な攻撃によって大ダメージを受けてしまうが、どうにかギリギリのところで戦線を離脱した。
しかし三連星の攻撃による後遺症からなのかはわからないが“筋トレする武○真治”と、ついでにサックスの音色までもが脳裏によぎってしまう。
徐々にニュータイプとしての資質が目覚める常松は生き延びることが出来るのか!?
「ツネマー、いきまーーす!!」
と叫びたい常松の前に立ちはだかるのは、ア・バオ......もとい『スナック亜空間』だった。
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
一縷の望みをかけて向かったのは、謎に満ちた『裏飲み屋ビル』の一番奥に構えるスナック。
(とにかく、この得体のしれないビルから一刻も早く脱出しないと不味いぞ)
そう思いつつ、小学生の時に習ったラジオ体操のラストを飾るような深呼吸をして乱れた呼吸を整える。
ついに勇気を出してスナック亜空間の扉を開ける常松。
この妙な空間で、しかも初めて入るスナックには何の期待感も生まれてはこない。
しかし、店のスタッフと話をしなければならない理由がある以上は、一見さんだからといってお断りされるわけにもいかない。
それだけの使命があるのだから、ここはまさに真剣勝負。
そう思うと妙な緊張感が生まれ、妙にドキドキしてしまう。
初めての店に入る際、常松がいつも使う常套手段がある。それは、とにかく極力普通の善良な、そして害がまったくない気の弱そうなサラリーマンになりきるという技だ。
さらに清潔感を前面に押し出すような、屈託の無い笑顔をつくる。
決して他人に威張れるような技ではないが、磨き上げたこの技を瞬時に繰り出す体制が整っている。というよりは、むしろ身体に染みついているといったところ。
と、同時に、見るからに堅気とは思えないおじさんマスターとか、やる気のない元ヤン的なママさんとか、気持ちはわかるんだけどまだまだ現役なのよ感を醸し出す初老を通り越したママさんとかが出てこないで欲しいということを、強く神に祈っていた。
「あの〜、初めてなんですけど、入れますか~?」
すると店のカウンター越しに、日本の首都の知事が選挙の時に着ていたようなグリーンの衣装をまとった女性が振り返る。
「入れますけど………合言葉は?」
「えっ?.........ん? 合言葉.........ですか??」
「ええ、そうよ。この店に入るには“合言葉”が必要なのよ」
(ええーーーっ、そんなもん知るわけないだろって! ただでさえ一見さん状態だというのに、それはないだろ。いや、これはむしろ、一見さんを追い返すための口実と読むべきなのか!?)
いきなりの不意打ちに緊張が増していく。
しかし、ここで引き下がるわけにはいかず、常松はとっさにブロック攻撃に出る。
「いやだな~、またそんな冗談を、というよりも面白いジョークですよね」
「あら、いやだわ~、ジョークだなんてぇ………それで、合言葉は?」
(本気なのかよーーー!! この女、真面目に言っちゃってるぞ。なんだよ、合言葉って??)
どうやら入店するためには、本当に合言葉が必要のようであるが、そんなワードを知るわけがない。
もしかしたら、桔梗屋さんの意地悪みたいなもので、どこぞの一◯さんよろしくトンチでも利かせろと言うことなのだろうか?
そして、◯休さんといえば新右衛門さんであるが、彼は最初はクールだったのに後半はウッカリ八兵衛並におっちょこちょいになってしまったのは何故なのだろうか? しかし、こっちの謎については30代以下の認知度がかなり低いと言う事情もあるので無かったことにする。
(どうする、俺!)
焦りまくる常松! だが! 突発的に、あのフレーズが脳裏に浮かび上がった。
“素敵なサムシン・グーーー”
(もしかして!? これがそうなのだろうか!? これって、○トームセンのあれではなかったのか!? そうだと記憶してるけど違うのか!? この際、○トームセンのことなんかどうでもいいんだが......)
“素敵なサムシン・グーーー”
そのフレーズは常松の脳内を駆け巡ってしまい、もうこのフレーズ以外の言葉は浮かんでこない状態に陥る。そして覚悟を決めた。
(こうなれば、イチかバチか! 恥ずかしいけど言うしかない!)
観念した常松は恥ずかしさを押し殺して言葉にする。
「す、す、素敵な、、、、、、、サムシン、グー」
「……えっ? な〜に? 声が小さくて聞こえないわよ♡」
グリーンの衣装のママらしき女性が、恥ずかしいワードを再度口にするように要求してくる。
聞こえないわよというような表情ではなく、ドSが楽しんでいるかのような表情に見えた。
常松は再び、恥ずかしさを堪えつつ、言い回しを変えて言い放つ。
「素敵な、サムシング………ですかね?」
「あら、惜しいーーー!! 惜しいわあ、でも......まあ、ほぼ正解だから、いっかな♡」
「良かった〜! ホッとしましたよー」(ホントにーー! 本当に正解なのか??)
常松はホッとしつつも、何かが引っかかる感じがしたが、とりあえず第一段階をクリアしたことで気持ちが楽になった。
しかし、妙なフレーズの合言葉を口にするようなことになって、かなり恥ずかしい思いをした。
「お客さん、一見さんでしょ♡ よく合言葉がわかったわね。誰かに聞いてきたんですか?」
「いや~、それはないですよ…………。なにしろ、初めて通りかかって初めて見つけたお店ですし、ただ、何故なのかはわからないんだけど、急にあの合言葉が頭の中に浮かび上がってきたんですよ、不思議なんですけどね」
「…………あら、そう。とても勘が冴えていらっしゃるのね。 で、お一人かしら? こちらへどうぞ♡」
こうして難関を突破した常松はカウンター中央に腰掛けようやく一息ついた。
「お酒は何をお召し上がりになりますぅ? ビールでしたらうちは生がなくて小瓶になります。それからウイスキーはバーボンとシングルモルト。あと、ワイン、芋焼酎がありますよ」
「じゃあ、まずはビールをお願いします」
店内を見渡すと、店のスタッフは目の前にいる都知事と同じ色の服を着た女性がただひとり。客も常松だけのようだ。
(都知事を彷彿させるような衣装だよなあ。名前も百合子とかだったりしてえーーww)
「あの、この店のママさんですか?」
「あらごめんなさいね。自己紹介するのを忘れていたわ。そうなのよ。この店のママをやっています......ユリコです♡」
(きたーーぁ!! 東京都の偉い人と同じ名前――! 今日の俺って、ホント勘が冴えてたりするのかなw)
と、どうでもいいことだけは勘が冴える常松。
「いま、私の名前を聞いて都知事を思い浮かべたでしょーー♡」
(ズボシだ!!)
目の前に顔を近づけてくる都知事的なママに考えていたことを見抜かれてハッとする。
「えっ! えーーーっと、いや、ママの服装というかカラ―も緑色ですから、なんとな~く都知事を彷彿とさせるというか、とにかく素敵な方だなーと思ってですね………」
「お客さん、お上手ね♡ ところでお名前を伺っても良いかしら」
「あっ、はじめまして、常松と言います」
「あら、珍しいお名前ね♡」
「よく言われるんですよ………。ところで、何故、お店に入るのに合言葉が必要なんですか?」
ママはその質問に、意味ありげな笑みを浮かべた。
「何故だと思いますぅ?」
まさかの質問返しが炸裂。
「えっ、いやだなー、不思議に思ったから聞いてみたんだけど……。あっ、もしかしたら一見さんお断り的なやつ........ですかね?」
「あら、いい線ついてますわ。確かに、このお店はほとんど私ひとりで切り盛りしているから、怖いお兄さんとか、チャラい男の子とか、苦手な方が見えられた時には、とっても良い手段になるのよね」
(その言い方だと正解ではないのかあ......)
「常松さんも、ここに迷い込んでしまわれたんでしょ〜。迷い込んだ方々のほとんどがこのお店に逃げ込んでくるのよ」
「迷う?? 逃げ込む??」
意味深長なママの言葉を聞いて、ハッ! とする。
と同時に、頭の中に霧のようにモヤモヤしていたものが晴れた気がしてきた。
(これは非常にマズい状況というより、あり得ない状況になってるのかもしれないな。やっぱり、ここは普通の場所なんかじゃあないんだ)
何か焦燥感が滲み出る常松の表情を見て、ママが続ける。
「夜の街なんかで迷ってしまうことってよくあるでしょ?」
「それって、酔っぱらって方向感覚がなくなったり、酩酊状態で自分がどこにいるのかわからなくなるってことですかね?」
「常松さんも経験がおありのようね♡ だけどネ、ここは、このお店はそういう酷く酔っぱらってしまった人達は決して入れないようになっているのよ」
「ん? でも、さっき、迷った人がこのお店に逃げ込んでくるという話でしたよね。確かに俺はまだお酒を一滴も飲んでいないから酔っていないし、だからお店に入れたということですか?」
「そうよ。だからさっきの合言葉につながるのよ」
「それってどういうことですか?」
「ひどく酔っぱらっている人だと、決して合言葉がわからないから」
「つまり?」
「さっき、合言葉は?って質問した時に、常松さんの頭の中にあの言葉が浮かんできたでしょ♡」
(!!!!!!!)
「……………確かに! そうなんですよ!!」
「つまり、そういうことなのよ♡ でも、酩酊状態の人には合言葉が伝わらないし、お酒にやられてしまって思考回路もショートしちゃってると思うから♡」
(つまり、あの合言葉はテレパシーのような、よくわからないけど、そんな力で誰かが俺に教えてくれたということなのか? しかも酔っぱらいにはテレパシーが伝わらないということなのか、まあそれは理解できるけどな)
常松は足りない頭をフル回転させて熟考する。
(だけど、ママは俺の合言葉が“ほぼ正解”と言っていたけど、完璧な正解ってなんだろう?)
「ほぼ正解と言われたことが引っ掛かるのかしら?」
「えっ!!!?」
ママは常松の心の内を見透かしているかのように言葉を続ける。
「ウフフ......本当の正解を知りたいわよね♡」
「ええ、はい。もちろん知りたいけど、教えてくれるんですか?」
「じゃあ、今夜は特別にサービスしちゃうわ〜♡♡ オ・シ・エ・テ・ア♡ゲ♡ル」
そう言って、ママは両手を突き出して.........親指を立てる。常松はママの色気に思わず生唾を飲み込んだ。
そしてママのセクシーな口が、唇が開く。(※股は開かないが......)
「ステキな♡ サムシン・グ~~~!」
「………」
(それってーー!! もしや○ド・はるみのやつなのかーー?)
この妙な飲み屋ビルの謎が、少〜しだけ解明されたかのように思いつつも、ママの“グ~~~!”にツッコミを入れるべきかどうか迷う常松は、本来行くはずだった馴染みのスナックに辿り着くことができるのだろうか??
と言うより、その目的そのものを覚えているのだろうか?
それよりも、この奇妙な裏飲み屋ダンジョンから生還できるのだろうか??
しかし、真相解明への道のりはまだまだ長い.........かもしれない、否、きっと長い。