大料理ゆうこ
-- 前回までの『スナッキーな夜にしてくれ』 --
髭マスGAGAが放った『Blowing a CHUUUU』を“しまって行こうぜー”的なやる気満々だが屁っ放り腰スタイルになって無事にゲットした常松は、大切に持っていたお札が『鬼門封じのお札』にレベルアップしたことを確認した。
実は『桃尻の陰陽師』という二つ名を持つ陰陽師なのだと言い張る髭マスが起こした奇蹟であった。
しかし、そんな二つ名があることなど初耳中の初耳の常松は、その“桃尻”というワードに胸騒ぎを隠せないでいた。
そしてついに、BARアイアンヘッドに君臨するマーキュリーGAGAこと“髭マス”の濃すぎるキャラクターのせいで、ついつい長居が過ぎてしまった常松に、今までに無い危機が訪れようとしていた。
それはもう突然というよりも唐突すぎて読者の皆様が「無理矢理だろう!」と呆れるほどすぐそこまで、つまりは瞬間移動的間近に迫っていた。
更に、アイアンヘッド篇がえらく長い展開になってしまい、ただでさえ希少な読者様が飽き飽きして一人、また一人と離れて行く悪循環が生じていると焦燥感を抱く作者。
その焦燥感と呼応するかのように、アイアンヘッドに忍び寄る危機。
その危機を予測(それとも予知なのか)していた髭マスGAGAは常松に向かって「急いでカウンターの中へ入りなさい」と、いかにも作者都合バリバリなセリフを口にするのであった。
髭マスに促されるまま常松はカウンターの中へ飛び込むと、程なくして店の扉を開ける音が店内に響くのであった。
まさに危機一髪の常松は、これを乗り越えることが出来るのか!?
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
店の扉を開けようとする音が聞こえてくると同時に、髭マスが常松に指示を出す。
「今よ! 外に出るのよ!!」
髭マスの唾が飛び交う中、常松はスライド式の小さな隠し扉の向こうへと頭を突っ込んだ。
一抹の恐怖心と焦燥感で無我夢中状態だった常松は、次の瞬間、倒れ込みながら店の外に飛び出していた。
たった今、通り抜けたであろう小さな隠し扉の方を振り返ると、店内から髭マスの声が漏れ聞こえた。
「あ〜らあ、いらっしゃ〜い、お二人かしら・・・・・」
という声を最後にピシャリと隠し扉が閉じられてしまった。と同時に店内の音は全く聞こえず、無音状態になる。
常松は、店を出たらそのまま『大料理ゆうこ』へ駆け込むように指示されていたことを思い出すと、急いで立ち上がって歩き出した。
歩きながら考えるのは、常松と入れ違いにBARアイアンヘッドに入店してきたのは何者なのかという疑問。
(あれは、次元パトロールだったのであろうか?)
最後に聞こえてきた髭マスのセリフでは、“お二人”と言っていた。ストレートに考えれば、次元パトロールは二人一組で巡回しているということになる。
「ただでさえ謎の存在だというのに、二人もいるのかあ・・・」
思わず、そう呟いて、目の前に迫ってきた『大料理ゆうこ』の入口に佇んだ。
扉の横のスタンド式の電飾看板はまだ点灯している。
和風の料理屋という割に、店の扉は黒い洋風の扉になっている。和風の店という雰囲気が感じられない。
違和感があるが、髭マスの話では元々はスナックだったというから、外観はその名残だろうか。
そんなことを考えながら、店のドアノブを引いて扉を開けた。
恐る恐る店の中を覗くように見回してみるが、目に見える範囲内には誰もいない。
常松は仕方なく外に声が漏れないように注意を払いながら小さな声で呼びかけてみる。
「あの〜、すみませーん。どなたかいらっしゃいませんかあ〜?」
呼びかけてしばらく待つが、全く応答がない。耳を澄まして店の奥の方に何か気配がないか確かめてみるが人のいる気配がない。
仕方なく今一度、誰もいない店内に声をかけてみる。
「すみませーーん。あの〜、お店はまだやってますでしょうかあ〜?」
すると、店の奥の方からガチャッという音が聞こえた。
「ーーーん?」
常松は音のする方へ視線を向けた。
(なんだ? 誰か出てくるぞ)
奥の扉が開いて出てきたのは、少しふくよかな和装の女性のようだ。
その女性も、店の入口に突っ立っている常松に気がついたようだ。
「あら、お客さんだったのね。いらっしゃいませえ〜」
「あっ、まだやってますかあ?」
「あら、“やってる”だなんてぇ〜、私だってまだまだ現役でやってるわよ〜」
(・・・・・・・・)
「ーーーは・・あ? え? あの、すみません、お店はまだやってたりしますか?」
一瞬、何を言っているのか理解できず、一呼吸置いてから、再度訊ねてみた。
すると、緩やかに微笑んだその女性が常松の方へ近づいて来る。
「あら、嫌だわ〜、“やってる”なんて意味深な言葉だから、私のプライベートなことを訊いているのかと勘違いしちゃったわよ〜、うふふふ」
(・・・この女性、いきなり全力でシモの方に突っ込んでくるなあ)
「あっ、すみません。主語がなかったから勘違いされちゃいましたよね。申し訳ない!」
「その通りよお〜、主語がなかったからあ〜、嫌だわ〜、でも私もまだまだ現役なのよぉ〜」
(おいおい、っつうか、ここはサラッと笑顔で流すのが得策だな)
一瞬、空いた口が塞がらない状態になって時間差が生じたが、すぐさま無理矢理に笑顔を作る。
「あははは、そうですよねえ、・・・で、お店の方はまだ営業されていますかねえ?」
「はいはい大丈夫よ、まだ、やってるわよ・・・あっ、勿論、やってるってお店の方がね❤︎」
そう意味深に、というよりこれ見よがしに言ってウインクする和装の女性。
(いやいや、だからもういいっつうの!)
お店は、やはり元スナックの名残があって、ほぼカウンター席になっている。カウンターの奥には、このママらしき女性が出てきた扉が見える。
「じゃあ、こちらにお座りになって」
常松はカウンターの中央に座るよう促されて腰を下ろした。
「今日はもうお客さんは来ないかと思ったから、そろそろ閉めようかと思っていたところだったのよお」
(おおーーっとお、危ないところだったぞ、あと少し遅かったら入れなかったのか・・・)
「そうだったんですかあ、いやあ助かりあましたよ、どうしてもこのお店に入りたかったから」
「あら、嬉しいことを言ってくれるんですねえ、ということはぁ、何かお目当てがあるってことよね」
「そう・・・ですね。なんと言うか、お店の名前とかも気になってましたし〜」
(髭マスが言っていた話は、少し様子を見計らって問題ないようだったら切り出した方が良いよな)
常松は、髭マスからここへ入るように言われたことを切り出すタイミングを伺うことにした。
「このお店の名前が、ですか? そんなに気になるってことはぁ、やっぱりお目当ては、料理ではなくて、ワ・タ・シってことなのかしらあ〜、もう嫌だわ〜、お客さんったら〜正直すぎよお」
(おいおい、何を言い出すんだ、この人はあ・・・)
常松は思わず怯んでしまう。しかし、怯んでいる場合ではないので、気を取り直して恐る恐る言葉の意味を問う。
「えっ? お店の名前が気になると、何故にそうなるんでしょうかあ」
「だあってえ、お店の名前ってことはぁ、あれでしょ〜“ゆ・う・こ”のことが気になっているってことなんでしょお、嫌あねえ、もう〜」
「いや、あの〜、嫌〜とか言われてもですねぇ・・・そっちではなくてえ・・・」
「“ゆうこ”は私の名前だからぁ、つまりは、私のことが気になってるってことなんでしょ〜」
「いや、だから、ですね、そのぉ〜」
「照れなくてもいいのよお、そういうお客さんは結構いるからぁ〜、慣れてるしい〜」
「いや〜参ったなあ・・・照れている訳ではないんですけどお・・・」
「だからあ〜、そんなに恥ずかしがらなくていいのよ〜、私のことが気になって仕方なかったんでょ〜! それで店の扉の前で、ひとり悶々としちゃったりしてぇ、さらには側から見たらバリバリ変質者全開って感じになりながらここへ入ってきちゃったんじゃあないの〜」
(おいおい、ついには変質者呼ばわりだよ・・・っていうか、独りで悶々としてないっつーの!)
「いやいや、悶々としてませんし、バリバリ変質者でもありませんよぉ。勘弁してくださいって!」
常松は会話のペースというか、展開に慣れず、若干声が大きくなる。
「あら〜、ごめんなさいねえ、ついつい言わなくてもいいことを言っちゃうのが、私の悪い癖なのよぉ、許してね」
「あはは・・・怒ってる訳ではありませんから大丈夫ですよ。おまけに、あなたがここの“ゆうこママ”だってこともわかりましたしね」
「それは良かったわあ・・・こんなことで怒っちゃう人だったら、有無を言わさずに店から叩き出してるところでしたわ〜」
(ーーーー!! あぶねえーー!! ホントかよ! もう少しでアウト・オブ・バウンズ状態になるところだったぞ)
ゆうこママはとんでもないことを口走るが、その表情は柔らかな笑顔である。しかし、それがまた恐怖心を煽る。
常松は血の気が引くような思いであったが、辛うじて平静さを装ってみせるため、笑って誤魔化す作戦を展開する。
「あはははは・・・またまたご冗談を〜、冗談きついっすよぉ〜」
「あら、冗談なんかじゃありませんよ」ママが真顔になって否定する。
(えええーーっ!! マジかよ!!)
常松は顔を引き攣らせながら、笑顔を保ち続けて話を合わせる。
「ホント、こんなことで怒っているようじゃあ、人間の器が小さいことを自らアピールしてるようなものですからね・・・」
「そうですわよねぇ、たかが変質者呼ばわりしたとか、悶々としてるなんて本当のことを言っちゃったりした程度で怒るなんてことはないですよねえ〜」
(ーーーー“ねえ〜”じゃねえっつうの! 完全に、悶々としてたことになっちゃってるよ、俺!)
再び笑顔になったママが、とんでもない同意を求めてくる。
それを引き攣った笑顔で仕方なく受け止めた。
(とりあえず、無理にでも笑っておくか・・・)
「hahahaha・・・はあ・・・」
店の前で独り悶々としていたことにされてしまった常松の悲しげでぎこちない笑い声が、静けさ漂う店内に溶け込んでいった。