キテます!
-- 前回までの『スナッキーな夜にしてくれ』 --
常松は、ユリコママからの大事な贈り物である“三枚のお札”を胸ポケットから取り出した。
よく見ればお札は真っ白い真新状態で、なんの変哲もない白い紙切れに見えた。
その真っ白いお札を凝視しまくっていた髭マスは、あり得ない眼力でお札に付着した指紋を発見する・・・・・というか、「普通は見えないだろう!」というツッコミはもう髭マスには通用しない。
そんな、常人には不可能な離れ業をやってのける髭マスが、話の途中で突如、慌てふためいた。
「タイムリミットまであと僅か!」という言葉を口にする髭マスの取り乱しようを、ツッコミも入れずに呆然と見つめる常松。
更には、ついに、本気で店外退去するよう常松に強く促すのであった。
これって、もしかして都合の悪くなった作者による強制的な物語進行とでもいうべき横暴なのだろうか!?
それとも、髭マスのただの気まぐれなのか?
どちらも有り得てしまうのであるが、そんな中、髭マスから自分が持つエネルギーを与えるから受け取るようにと指示された常松は、仕方なく言われるままに受け取る準備をする。
そして、髭マスが与えたエネルギーとは・・・・・まさかの“投げキッス”であった。
常松は、髭マスからの贈り物である“投げキッス”をフライングゲット出来るのか!?
そして、
「あなたのことはあたし達が守ってあげるから・・・」
という髭マスの意味深長なセリフはいったい・・・・・・?
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
「Blowing a CHUUUU――――!!」
髭マスのシャウトが店内にこだまするかのように響き渡る。
常松には、髭マスが何を言っているのか言葉としては理解できなかったが、その仕草から飛んでもないものが、正に飛んできたのだと悟った。
(もしかしてえー! これって所謂ひとつのおぉーー“投げキッス”なんじゃあねえのかあぁぁぁ・・)
髭マスの投げキッスに思わず身構えてしまう。どうしても身体が拒否反応を示すのだから仕方がない。
その時!
「常ちゃーーーん!! しっかりと受け取りなさああーーい!! 元の世界に帰りたいんでしょーー!! フライングゲットしちゃってえーー!!」
髭マスが放つ大音量の言葉が、及び腰になっていた常松の心に突き刺さるような衝撃を与えた。
(・・・・・そうだった。俺は元の世界に帰らなきゃあならないんだよ!)
今一度、そう心の中でテンションを高めると、気を取り直して髭マスのBlowing a CHUUUUを受け取る体制に入ろうとする。
だが、常松は投げキッスを受け取ったことなど、これまでの人生において一度もない。しかも正直なところ受け取る体制というのがどんな体制なのか全く解っていないのであるが、最早そんな道理を考えている余裕はないのである。
とにかく、野球のノックを受けるような姿勢を醸し出すことが大切なのだろうと自分に言い聞かせた。
しかし、常松本人は自分の姿を見ることは出来ないのでわかっていないが、ノックを受ける野球選手の姿勢というよりも、腰がひけた関西のお笑い芸人のような屁っ放り腰になっていた。
その屁っ放り腰状態の常松に、髭マスからのチュウが投げ込まれる。
腰ひけ状態のまま差し出した両手に握られたお札が、心無しか強風を受けているかのようにバタバタと靡いている。
それは、髭マスが言うところの得体の知れない“エネルギー”の波動によるものなのか、それとも禍々しい負のオーラによるものなのかはわからない。
が、常松はそんなことをいちいち気にしている状況ではないため、目の前の投げキッスをゲットすることに集中した。
―――常松は、ふと、とんでもないことを考えてしまう。
(あれ? フライングゲットって、どうやってフライングするんだ? で、ゲットするってのはどうやってやるんだ? あと、エネルギーってのはやっぱチュウなのかな? ・・・・・マジでわかんないっつうの!)
常松は自分で自分を混乱の坩堝に落とし込んで、戸惑いまくってしまう。
それでも、焦りが表情にジワジワと滲み出る中、髭マスの状態を再確認してみる。
目の前の髭マスは、両手を前方左右いっぱいに広げまくっているのであるが、どうやらチュウを投げ終えた後のフォロースルー体制のようだ。
更に髭マスの顔を見ると、目を閉じた状態で口を尖らせた表情なのだが、これが奇妙な笑い顔のように見えてしまう。
正直なところ、薄気味の悪い笑顔だと誰もが思うだろうなと常松は感心する・・・とかそんなことに耽っている場合ではなく、それよりも髭マスが放出するエネルギーが、目に見えるものなのか、それともなんかオーラ的なものなのか、その正体を知っておく必要があるのだが、まったく想像がつかない。
(こうなりゃあ、もう適当に受け取ったフリでもして、上手いことやり過ごすしかないんじゃあないのかあ? どうする俺?)
と、心の中で葛藤していると、目の前の髭マスの両眼がカッと見開いた。
「どうなのよおーー! あたしの愛のチュウを心で感じたのかしらーー!」
(あっ、そういうことだったのか! 目に見えるやつではなくて、心で感じるってやつだったのかあ)
オドオドしていた常松の心に、一筋の光明が差し込む。
そして、なんとなく心で何かを掴んだような体で、よくわからない身振り手振りを見せはじめる。
「キテます! キテます! キテますよおおーー!!」
どっかの超魔術のオッサンのような口振りになってしまうが、かまうことはない。
「常ちゃん、キテるって、一体どこのどの辺りに来ちゃったわけぇー!」
超魔術的な発言を聞いた髭マスGAGAは唾を飛ばす勢いで常松に問う。
(えっ? どこって・・・マズイ、不味いぞ! ホントはな〜んにもキテないしーーー!!)
適当に受け取っているフリをかましていた常松は焦る。どこら辺と問われても、どうにもこうにも本当はキテないんだから答えようがない。
(しかし、ここは一か八か、キテることにするしかないぞ!! もう、何がキテるのか、キテるのは何なのか?まったく意味不明になってきたし、とにかく何かがキタんだっつーことを言い張ってやる!)
よせばいいのに、一か八か“キテますチャレンジ”を決意した常松が右手を胸にあてた。
「んーーっと、ここです。心にキテますー。 確かにマスターの気持ちは、しっかりとこの胸の中の方で受け取っておきましたよ−!」
「ええーーっ!! 常ちゃんってば、フライングしてないじゃあないのよおー! そんなんじゃあ、あたしの愛は受け取れるわけがないのよーー!」
「いや、あの、フライングって・・・飛べってことっすか? 機動戦士的に言うと『翔べ』って感じですかね?」
「キ・ト・ウ戦士?? 亀の頭の戦士ってことかしら!? 常ちゃんったら、いや〜ねえ、そんなお下劣なこと言っちゃってぇ」
「いえ、あのお、そうではなくてですね! マスターこそ何を聞き違えているんですか! 機動戦士ですよ、平たく言えばロボットの戦士のことですよ。あのニュータイプとかが乗っちゃうやつですよ」
「ええっ!? ニューハーフ?? もう常ちゃんったらあ、今時そんな死語は通じないわよお〜」
「いやいやマスター、そんな聞き間違いは普通ないっすよお! 無理矢理にそっちへ持っていってるじゃないですかー!」
「とにかく! 亀頭戦士でも、機動戦士でもないのよ! あたしの愛のエネルギーを投げる前に、先走ってでもゲットするくらいでなきゃダメってことなのよー」
「・・・・・あー、そういうことっすか! 翔ぶわけではないんですね。常松イキまーす的なやつではないんですね。先走る感じってやつでゲットしろってことっすね」
「も〜う、常ちゃんたら時間がないっていうのに、いい加減なことばっかり言っちゃってえー、仕方ないからもう一回行くわよ!」
「えっ、また・・・ですかあ?」
「そうよお、これはネ、常ちゃんにとってはヒジョーに重要な儀式みたいなもんなのよお、いいから、早く受け取る準備をしなさいな」
「そうでしたね、わかりました!」
髭マスにしっかりとツッコまれた常松は、ようやく踏ん切りがついた。
(そういうことなら、もうガッツで行くしかないだろうっての!)
両脚を開き、腰を落として構えると、白球を追いかける野球部の学生のように声を出す常松。
「よっしゃあーー!! バッチこ――い!! ヘイ、ヘーーイ、しまって、いこーぜーーー!!」
何を受け取るべきなのか思考することを完全に諦めたのか、それとも高校球児に憑依されてしまったのか? 常松からは髭マスのゲッチュウを受け止めるような意志は最早感じられず、白球を追いかける的な意志が垣間見えるようである。
どちらにせよ、常松は華麗なファインプレーを魅せることが出来るのか?!
否、髭マスの真意を華麗に掴み取ることが出来るのか?!
というより、早くこの店から脱出しないといけないはずなのだが、その辺りは問題ないのであろうか!?