疑心暗鬼
-- 前回までの『スナッキーな夜にしてくれ』 --
『氷の魔術』で球体のロックアイスを創ってやったぜ感をムンムンに漂わせてくる髭マスGAGAの姿を見て、常松は少年時代のやるせ無いエピソードを思い出してしまう。
そのチープなエピソードとは、あの『伝説のドラゴン』に関する思い出であった。
ドラゴンといえば、異世界ファンタジーでは定番中の定番キャラである。もちろん魔物の中では相当にレベルの高いラスボス級の存在であるのが相場。
でもドラゴンはドラゴンでも、そんな異世界ではお馴染みの……そっちのドラゴンではない。
ドラゴンとは、あの功夫スター。香港映画でお馴染みの『ドラゴン』こと李小龍(ブルー◯・リー)のこと。
大スターである香港の本物のドラゴンに憧れた少年常松が、同時期に観てしまった“和製ドラゴン”の残念さを知ってしまった・・・この時、芽生えたやるせ無い気持ちと、魔法少女だと言い張る髭のおっさんこと髭マスGAGAの残念さが酷似していると、常松は想い余ってノスタルジーな気分に浸りそうになる。
一方で、昔は魔法少女だったが、今では“クールビューティ系”だと自ら言い張る、というより嘯く髭マスは、やるせ無さを抱いた常松を瀕死寸前まで追い込んでゆく。
しかし、常松をこれ以上追い込むのは本当にヤバいと思ったのか、思わなかったのか? 正直、ただの気まぐれなのだろうが、何故か髭マスは突然話題を本筋へと戻してしまう。
そして、口髭がピーンとなった状態から発せられたのは“おふだ”というワードであった。
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
髭マスGAGAは思いも寄らないワードを切り出した。
そのワードとは、“お札“。
髭マスに翻弄されまくっていた常松であったが、そのワードに素早く反応した。
そんな常松の反応には目もくれず、髭マスは続ける。
「それがねえ・・・彼女ったら更に訳のわからないことを言っていたのよ〜。なんかユリコママのところで入手可能なお札があるとか、ないとか? ユリコママのところにそんな物があるなんて聞いたこともないし、神社でもあるまいし、そんな物が売っているとも思えないから、酔っ払って何処かの何かと話が混同しちゃっているんじゃないか・・・って、その時は思ったのよねえ」
(お札・・・って・・・まさか! あのお札のことなのか? ・・・恐らく、間違いなく、俺がユリコママからもらった、あのお札のことだよな・・・そういえば、確かジャケットの内ポケットに入れたはず)
ユリコママにもらった三枚のお札のことを思い出して、ジャケットの内ポケットを弄りはじめる。懐に異物感を感じて、間違いなくお札を持っていることを確認したその時、ふとある考えが過ぎった。
(待てよ・・・俺がお札を持っているなんてことを、この髭マスに教えてしまっていいのか?)
常松は、内ポケットからお札を取り出そうとする手を止めて考える。そもそも、この髭のオッサンは本当に信用できるのだろうか? もしかしたら、ユリコママから授かったお札を強奪したり、外を巡回しているだろう次元パトロールとかに通報したりなんてことはないのか? という疑念が込み上がった。
すると、そんな疑念に満ちた常松の仕草を見た髭マスが、常松の顔を覗き込む。
「常ちゃん、どうしたのぉ、そんなところを弄ったりしちゃってえ、痒くなっちゃったのかしらあ・・・それとも、あたしの話が退屈だったりするのかしらあ・・・話がつまんないなら話題変えちゃってもいいんだけどお?」
(それは不味い、退屈だなんて、勘違いされたら話が終了してしまうぞ!)
「そんな退屈なんてことは、まーーったくありませんよお!! 逆にお札の話はバリバリ興味ありますからーー! ものすご〜く気になリます!」
「良かったわ〜、セクスィーーなあたしのことを舐めるように見過ぎて、悶々としちゃったのかと思ったけどぉ〜、そっちの方は我慢してちょーだいね」
(くう〜、なんか腹たつなあ・・・調子こいてるなあ・・・いかんいかん、ここは我慢だ、我慢・・・)
「そうっすよねえ、そっちの方は我慢しますから、お札の話の続きをお願いします!」
「OKよ!・・・・・それでえ、そのお札ってのは、ただ持っているだけでは何の効力も持たない的なことを言っていたのよ・・・効力だったかしら、ご利益っていうのかしらねえ、どっちでもいいけど、そのご利益を引き出すには・・・・・なんか愛情ってやつ、言い換えるならLOVEってやつかな〜、多分LOVEってやつだと思うんだけどお、そのLOVEが必要だとかあ、必要じゃないとかあ、そんなことを言っていたって訳なのよお〜」
(愛でもLOVEでもどっちでもいいだろう・・・っていうか、まわりくどいなあ・・・)
と思いつつも、常松はこの話の意味を考えてみる。
「ん〜、愛情っすかあ・・・愛情・・・ねえ・・・」
思わず、ボソッと呟いてしまう。それを見逃さない髭マスの目がキラリと光る。
「あらあ、常ちゃんってば、やっぱりい〜!」
「えっ?? やっぱりって、何がやっぱりなんですか?」
「いいのよ! 皆まで言わずとも! 分かっているんだから〜」
「いや? 何が分かっているんですかあ?? ちょっと何を仰っているのかあ・・・」
「大丈夫よ! あたしは誰にも言わないし、常ちゃんのその気持ちは、よ〜くわかるからあ〜、そんな悶々とした気持ちは吐き出してスッキリしちゃうのもありよぉ、男なんだから、そうしちゃいなさいよ!!」
「いやあ、だからさっきから何を仰っているのか、全く分からないんですがあ・・・」
「常ちゃんって〜・・・愛に飢えているんでしょ〜、あたしには分かるのよお!」
「は・・あ?」
「いいのよー、恥ずかがらなくてえ〜! 常ちゃんってあんまり女性ウケしなそうなタイプだしい〜、っていうか、常ちゃんは優しそうで良い人だけど、女性からは『いい人、いい人、どうでもいいひとぉ〜』なんて言われちゃっているんでしょーー!! つまり、女性からの本物の愛が欲しいんでしょおーーー!」
(おいおいおい、なんか勝手に、女に全く縁の無い可哀想な野郎扱いされちゃっているぞぉ。これって、えらい言われようじゃーーねえのー、俺ってばさあ!!)
このままでは、自称、ちょいイケオヤジだと勝手に思っていた自身の自尊心の崩壊、そして読者の皆様のイメージダウンを招いてしまうと考えた常松は、血相を変えて髭マスに突っ掛かっていく。
「ちょっと、ちょっとぉー、お願いしますよお! なんか勝手にー、全然モテないとか、女に縁がないとか、終いには“どうでもいい人呼ばわり”までされちゃってますけどおおぉぉ・・・」
「いいのよー、照れなくても〜、大丈夫!」
「だから、訳がわからな・・・・・いやいや誰が照れているんですかあぁぁ!! とにかく全く理解出来ないんですけどおお・・・」
「遠慮しなくていいのよ! こうなったらモテない男の思いの丈をぶちかましちゃいなさいよおーー! そして、ついでに男の息吹を見せつけちゃいなさいよおーーー!!」
(ダメだ・・・この口髭親父は、俺のことを完全にモテない、冴えない、どうでもいい奴だと思っちゃってるよ・・・しかも、男の息吹・・・って何だよ・・・)
「マスター、ちょっと落ち着いてくださいよぉ! 思いの丈とかは、また今度ゆっくり、どこかで述べさせてもらいますから・・・それよりも、そのお札の効力なんですけど、誰かの愛情をなんかすると、お札が願いを叶えてくれるとか、なんかそんな話なんでしょうかねえ」
「あらあ、常ちゃんの推理、なかなかイイ線いっているんじゃあないの〜、流石はじっちゃんの名にかけてるだけあるわよねえ・・・」
(うっ、また蒸し返してくるぞぉ、ブロックするぞ俺、ここはカウンターブロックだ)
「大料理ゆうこのママさんは、そのお札の力っていうのか、効力なのか、それを知ってるということですよね。もしかしたら、その仮性の方の男がお札を使ったところを見たとか!?」
「・・・・・・そうよねえ、確かにね。知らなかったら、そんなアイテムのことや、それがご利益とか効力とかを発揮するなんて具体的なことを、わざわざ言わないわよねえ・・・・・・ん? そう言えば、彼女はなんで、あたしなんかにわざわざそんな話をしたのかしらあ??」
「ユリコママがマスターに話した件もそうですけど、大料理ゆうこのママも何かの意味があってマスターにその話をわざわざしたと言うことですよね」
「そうねえ・・・今にして思えばだけど、確かに二人とも、どうしてまた、あたしなんかにそんな話をしたのかしらねえ? あたしがクールビューティだから・・・なーんてことでもなさそうよね」
そう言って、髭マスGAGAは新しいタバコを咥える。
常松は、その仕草と妙な言い回しに違和感を感じた。
(なんだ、この違和感は? ・・・もしかしたら髭マスは、否、髭マスもわざと俺に何かを伝えようとしているのか?? うーーん、このオッサンは俺の味方ってことでいいのかな? これまでのオッサンの言動からは俺を次元パトロールに突き出すような人間とは思えないしなあ・・・)
常松は尚も髭マスの表情をさりげなく観察する。
何故か、髭マスはそれまでのマシンガンのような怒涛のトークに対し、休憩は入りまーす! 的なやる気の無いアルバイトの若者のように黙り込んでいる。
(な〜んか、このオッサンはとんでもないナイスな秘密を知っている感じがするんだよなあ・・・よし!ここは思い切って直球勝負してやろう!)
横を向いてタバコの煙を静かに吐き出す髭マスを見て、常松は思い切って訊ねる。
「マスターは、本当のところはどーなんですかね? 実はもう少し色々な秘密を知っていたりするんじゃあないんですか? あっ、なんだか唐突にすみません・・・」
常松の問い掛けに一瞬だけ口髭がピクんと動いたかに見えたが、表情にはあまり変化が見られない。
そんな落ち着いた感じが逆に怪しさというか胡散臭さを漂わせていると常松は思ったが、尚も常松が髭マスを凝視していると、髭の下の唇が動き出した。
「そうなのよねえ・・・なんかね、あたしってもしかしたらすんごい貴重な情報とか持ってるっぽいのよねえ・・・でも、その知っている情報が本当に重要なものなのかなんて分からないでしょう」
「ーーーー! マスター! そんなこと言わずに知っていることを教えてくださいよお・・・さっき、お詫びに知ってることを話すって仰ったばかりじゃあないですか!」
常松は懇願するように必死に訴えた。
「そうよね〜、大丈夫よ! あたしの氷の魔術に対する反応が余りにも塩すぎたんで、ちょっとテンション下がっちゃっただけだからあ・・・ちゃーーーんと、知ってることは話すわよ」
「さすがはマスター! クールビューティは伊達じゃあないっすよね!!」
「あら、わかってくれてるわねえ〜、じゃあさあ、その前に常ちゃんからもひとつ教えてもらいたいことがあるんだけど・・・」
(――――!! なんだ、急に!?)
「えっ!? なんでしょうか?」
思わず背筋が伸びる。
「ねえ、常ちゃん、ここに来る前にユリコママに何かもらったりしなかったの?」
(・・・・・あれ? このオッサン、まさか・・・知ってたりする?)




