氷属性魔術 アイスロック
-- 前回までの『スナッキーな夜にしてくれ』 --
自分が元いた世界と迷い込んでしまった裏世界(異世界)とは鏡合わせでもしたかのようにそっくりそのまま、まるでコピーしたかのように同じ世界に感じられる。しかし、微妙な違いがあることを究明した常松。
それは、ゴールドなのかシルバーなのかという違いに関する謎、そして常松がこの世界から脱出するのには全く関係のない、ハッキリ言ってどーでもいい違いの解明であった。
あと、“犬神家”なのか“猫神家”なのかという違いについても、ついでに解明出来たことを付け加えておく・・・・が、正直言ってこの物語上では全く重要ではないし、今後の展開には1mmも役に立たないどーでも良いことであった。
こんなしょーもないネタを本篇と関係なくシレッと挿入してしまう髭マスGAGAと作者の悪い癖に翻弄されてしまう常松だったが、それでも、どーにかこーにか有益な情報源の糸口に辿り着こうとしていた。
常松が思い出した店には、元の世界へ帰るための方法が隠されているのだろうか?
それよりも髭マスGAGAが話す“仮性の方の男の話”は真実なのか?
そして、その男の足取りを追えば元の世界に戻ることが出来るのだろうか!?
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
やたらとハイテンションの常松が声を上げる。
「マスター、わかっちゃいましたよーー! っていうか、思い出しました!!」
常松と同じ世界から迷い込んだ二人の男のうち、仮性の方の男(※注1)が入った店の名前を思い出した常松は、鼻息荒く、唾を飛ばす勢いで髭マスGAGAの目を覚まさせるかのように声を張り上げた。
※注1:無事に元の世界に帰ったと思われる男のこと。もう一人の男と区別するために“仮性◯茎の方”と言われてしまう。
「あらあ〜、記憶力の悪い常ちゃんにしては、そこそこ早く思い出せたみたいねえ」
「いやいや、記憶力が悪いってのは余計じゃないですかあ、まあ、そんなことはどーでも良いんですが、例のお店の名前がわかったんですよ!」
「はいはい、ちょっと落ち着いてちょーだいな、ようやく分かったくせに、鼻息荒すぎでしょーー!」
「そんなに熱り立っている訳ではありませんよ。ただ、せっかく掴んだ糸口ですから、ちょっと舞い上がり過ぎちゃいましたが・・・」
「で、例の和風スナックのことがわかったのね」
「ええ、ようやく思い出しました……この店のすぐ近くに『大料理ゆうこ』ってお店がありましたから・・・多分、そのお店のことなのではないでしょうか?」
「あーーっ! そう、そうだったわ。大料理よ、大料理になったんだったわ! ごめんなさいねえ〜、あたしったら、すっかり店名が変わっていたことを忘れていたから〜」
「確かに、あの店構えだったら、元は和風スナックだったのも頷けますよね」
「あらあ、常ちゃんってばあ、わかってるじゃあないのよ。和風スナックって、ママのお手製の料理を出してナンボの店ってスタイルだから、そっちがメインになって大料理屋さんに転身するってのは理に適っているわよねえ」
「で、その店に仮性の方の男が入った…ということですよね。つまりは、大料理ゆうこに入店すれば、元の世界に戻るための何かがあるということですよね? その辺りのことは、何か聞いたりしていませんか??」
「………それがねえ…それほど詳しくは聞いてないのよお…ごめんなさいねえ」
伏し目がちになって声のトーンが落ちた髭マスの答えは、同時に常松のテンションまでも下げまくる。
しかし、常松は諦めることなく僅かな情報だけでも入手したい一心で問いかける。
「マスターは、その元和風スナックのことは何か知っているんですか? 今現在は“大料理ゆうこ”という店名ですが、そもそもその店のママは、ゆうこって名前なんですかね?」
「もちろん、ここに店を構えているんだから、あちらのゆうこママとは面識くらいはあるわよ。……あっ、そういえばいつだったか、彼女がここに飲みに来たこともあったわね。ご近所づきあいで、飲みに寄ってくれたって感じだったと思うけどお」
「えっ!? そんなことがあったんですかあ、じゃあ、何か話したんですよね、どんなことを話したんですか?」
常松の反応に口元の髭が吊り上がるGAGA。
「何かって、そんなねえ、お酒飲んで話をするんだから〜、やっぱり、オ・ト・コの話に花が咲くってものじゃあないのよ〜」
(――――男の話かあ! って、ことはもしかして!)
「それって、どんな男の話ですか? もしかして仮性◯茎の方! 仮性の方の男の話なんじゃあないんですかあ!?」
極度の期待感から興奮気味になってしまうのだが、この台詞だけ切り取ったら、かなりお下劣感が満載だということに気づかない常松。
無防備にテンションが上がってしまった常松に、再び髭マスが襲い掛かる。
「もう、常ちゃんったら、いやらしいわねえ、レディの会話の中身を知りたがるなんて、まるでスカートの中身を覗きたがるギラギラ親父みたいよ〜、おまけに仮性の男が好きとか嫌いとか訊いてくるなんて失礼よお!」
「――――!!」
(しまった! 髭マスはそういう奴だったよ……やられたな)
不敵な笑みを浮かべながら話の腰を折ろうとするGAGAは、唖然とする常松を更に翻弄する。
「常ちゃんってばあ、まるで出歯亀みたいねえ〜」
(くっそーー! 髭親父の奴、人を小馬鹿にしやがってえ……あの調子こいた髭を根刮ぎむしってやりたいなー!)
「まあ、でも気持ちはわかるわ〜、可哀想だから教えてあげるけどお〜、だからって常ちゃんの期待している内容かどうかはねえ……」
「と言いますと……例の仮性の方の男の話ではないってことなんですか」
「そうなのよお、あの店のママ、ゆうこママはねえ、仮性よりも真性の方が好きなんですってえーー! そんな女もいるのよね〜、だから常ちゃんも真性だって世の中は捨てたもんじゃあないと思って、勇気を持ちなさいな」
(うお〜い……、なんだ、その台詞は? それじゃあ、まるで俺が真性だと言わんばかりの言い草じゃあないかあ)
「ちょっと待ってくださいよ! その言い方は反則ですって! 俺が真性だ、みたいな言い方はやめてくださいよお、誤解を招きますって……」
「あら嫌だわ、あたしったら、ついつい変なことを口走っちゃって…ごめんなさいねえ、常ちゃんの顔を見ていると何故か真性って感じがしてくるもんだからあ、てっきりね、悪気はないのよぉ」
(ついついじゃあないし、てっきりじゃあないっつーの! 悪気だらけじゃねえかよ!!)
妙な濡れ衣を着せられてしまった常松は怒りを通り越して、心中にやるせ無さを充満させてしまう。
「はあ〜、マスター、お願いしますよ。もう、その被ってるとか、被ってないとかの話はこのくらいにしましょうよ」
「ぷぷぷふう〜、常ちゃんてば、上手いこと言うじゃあないのよお。『被ってる』なんて〜、今日イチの自虐ネタなんじゃあないのかしらあ? 超ウケるう〜、ぷっぷぷぷ……」
髭マスGAGAは常松を指差して笑いを堪えるかのような雰囲気を醸し出すが、最早、常松を小馬鹿にしているのは明白であった。
しかし、常松は怒る気持ちを抑え込み、不思議と落ち着きを取り戻していた。
何故なら、髭マスGAGAの挑発に乗ったところで無駄に体力が消耗するだけであることを理解したからであった。
そんな常松が極めて冷静な口調で髭マスにカウンターアタックを試みる。
「いやいや、そんなことを仰いますが、マスターだって仮性なんじゃあないのかな〜って思えてきましたよ〜」
(どうだあ、この髭親父! お前も妙な濡れ衣を着せられてしまう気持ちを感じてみやがれーー!!)
「――――!! ええっ!! なんでえーー! どうして分かっちゃったのかしらあ……常ちゃんってエスパーなのお!? それともウィザードなの〜? 透視のスキル持ちってわけえ〜?」
(……図星かよ……)
髭マスへの静かな反撃のつもりが、意外にも当たりを引いてしまい、若干引き気味の常松に尚も髭マスが迫る。
両手で股間を隠すようなポーズをとる髭マスを見ているとジワジワと苛立ちが募ってくる。
「っていうかあ、今も見えちゃってるわけえ、あたしの大事な、あいつが丸見えなわけ〜」
(なんか、こいつムカつくなあ〜! そんなもの見えるわけないっつーの! っていうか、お前のあいつなんて見たくないって……いかんいかん、奴のペースに乗ってはいけないぞ、平常心平常心…)
冷静に努めようとすればするほど髭マスの術中にハマるのが自分でも理解できるのだが、常松のイライラは止まらない。
「ホント、勘弁してくださいよお、透視なんて出来るわけないじゃあないですかあ」
「本当にホントなのお? 良かったあ〜、さっきから常ちゃんの目つきがいやらしいわ! って思っちゃってね、穴が開くほどガン見されてるのかと思ったわよお」
「そんな超能力があったら、こんなところでいろいろと苦労とかしてませんから、逆になんかチートなスキルとか欲しいくらいっすよ、マジで! あと、ちょいちょいディスられていますけど、俺の目つきはいやらしくないですから」
「ごめんなさいねえ、ホント、ついつい疑心暗鬼っていうのかしらあ、あたしの秘密をズバリ言い当てるものだから、驚き過ぎちゃったのよね〜」
(いやいや、ズバリ当てたわけじゃあなくて、ただの偶然だから……)
「でも、常ちゃんってば、見た目もスケベ丸出しだからあ、透視とか出来るって思っても不思議じゃあないでしょーー」
(おいおい、まだそのネタ引っ張るんかい!!)
「さっきも話しましたが、そんな超能力的なスキルなんか持ってるわけがないじゃあないですか、魔法使いじゃあるましぃ」
「魔法!? あら、魔法だったらあ、あたしもひとつくらいは出来るわよお〜、なんてったってぇ子供の頃は
“魔女っ子”とかに憧れていたんだから〜、嘘だと思うなら魔法の国のプリンセスが使う呪文を唱えてあげてもいいわよ〜」
(おいおい、そんな立派な口髭を蓄えた魔法の国のプリンセスって……どーなんだよ・・)
「いやあ、マスターが魔女っ子ってのは、どうも想像がつかないですよお、あまり困らせないでくださいよ」
「そうなのよねえ〜、そんな幼気だったあたしも今ではすっかり変わっちゃったのよね〜」
(あれ? 珍しく反発しないであっさりと認めるのか…)
「どうやら、そのようですよねえ。相当変わっちゃったんでしょうねえ」
「昔は可愛らしさを追求していたんだけどね......今ではね、あたしってどう見てもクールビューティ系になっちゃったでしょ〜、フウゥ……それはそれで罪なのよねえ」
(なんだ、この髭親父は......物凄いイラッとしたぞ! 誰がクールビューティだっつーの!! お前は別の意味で罪だっつーの! マジで今日イチ、イラッとしたぞ)
「あら、いけない、話があたしの超絶なクールビューティっぷりの方に逸れちゃったわね。でもね、クールビューティだって魔術くらいはいけるのよお! これからあたしの超魔術ってやつをお見せするわよ!」
「えっ!? あっ! その話ってまだ生きていたんですか?」
「そうよお、だってこの世界って、常ちゃん的には“異世界”ってやつになる訳でしょう! それなら異世界らしく、魔法だの魔術だのってファンタジックなものくらい見せてあげたいって思うじゃあないのよーぅ」
「魔術って、マジなやつですかね? そんな異世界チックなもんが、本当にここに存在するんですか!? そんなもんは、今までに伏線とかも、なーんにも出てこなかったはずですけどおー」
「大丈夫よお、あたしの超魔術ってのをご覧に入れるから……じゃあ、常ちゃんのそのすっかり空になったグラスの中に氷を入れてあげるわよお」
(何が大丈夫なんだよ......)
常松の疑問にテキトーに答えた髭マスの髭がヒクヒクと動きまくって、いよいよ詠唱に入る。
常松は自分の目線がGAGAの口髭に集中し過ぎてしまい、よくわからなかったが、目線を引いて見ると何やらブツブツと念仏的なものを唱えているようだった。
髭マスGAGAの顔から想像するにブツブツという形容が似つかわしいが、よく聞いてみると何か呪文のようなものを呟いている。そして、その声がどんどん大きくなって聞こえてくる。
「ピピルマ ピピルマ プリリンパ……(略)……アダルトチックでロックアイスにな〜あれ〜………アイスローーーーック!!」
髭マスの呪文らしきものは、まるで第2期魔法少女ブームのハシリに流行った呪文のように聞こえたが、呪文詠唱が終わると同時に右腕を真っ直ぐに伸ばして常松の左後方辺りを示しながら続けて叫ぶ!
「ああーーーーっ! 常ちゃーーーーん、後ろーーーー!!」
呪文を唱えた直後にGAGAの険しい形相から繰り出された叫び声に意表を突かれた常松は怯んでしまう。
そして、ビクッ! と身体を少し仰け反らした瞬間にGAGAの右手が指す左後方から得体の知れない不吉な念のようなものを感じたように思った常松は、思い切って左後方を振り返る!
「――――!!」
(ん? あれ……何もないじゃあないか……)
常松はしばらくの間、後方を見渡してみたが、ド◯フの志村が後ろを振り返ると何もなかったかのようになる、あの王道のシチュエーション並みに何も見えないし、何も感じられなかった。
常松は、そんなコントを思い出しながら、再び髭マスの方へ向き直って不満を顕にする。
「ビックリさせないでくださいよーー! 何もないじゃあないですか……」
すると常松のクレームをかき消すかのように、髭マスはドヤ顔で常松のグラスを両手で指差している。
常松が髭マスのドヤ顔から目線を落として自分のグラスを見ると、なーーんと! グラスの中に球状の真丸ロックアイスが入っていた。
「あっ! ………」
思わず、声を漏らす常松の表情を見て、更に無言のままドヤる素振りを見せる髭マス。
(なんだ、このオッサンのドヤ顔はなんなのだ? まさかとは思うけど、さっきの魔術で丸いロックアイスを空気中から創り上げたとかの体で自慢したいってことかなのか? 否、それしかないな…)
「驚いて、声も出ないって感じね! どうよ、どうなのよーーう!! これが、あたしの氷属性の魔術、アイスロックよお、驚きまくったでしょーー、いいのよ、いいのよーー! あたしを崇めちゃっても、いいのよー!!」
「意表を突かれましたよ。いやあ、お見事ですよ……うまく目を背けさせたことが、ホント見事でした!」
常松は目が点になりつつも、称賛の言葉を贈った。