マル秘と袋綴じ
-- 前回までの『スナッキーな夜にしてくれ』 --
髭マスGAGAが謎の存在であることには変わりはないのだが、元の世界に帰ることの出来る唯一の手掛かりを掴むためには、GAGAからの有力な情報が必要ということくらいは能天気な常松でも想像がついていた。
髭マスに自分自身の境遇を説明すべきかどうか悩む常松に、男だったらタマタマ、否、肝ったまたまが大事だ! と背中を押され、ついに決心する。
肝ったまたまから絞り出された勇気で、自分がこちら側の世界の人間ではないことを髭マスGAGAに告白した
常松。そんな常松に敬意を払う髭マスが、ついにヒミツの“アレ”情報を語り出す。
果たして、ヒ・ミ・ツのアレ情報とは、常松にとってどれだけ有益な情報となるのだろうか?
そして今回は、
『Breaktime』などとカッコつけてしまったタイトルの割に手抜きに近かった前回の反省は活かされるのであろうか!?
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
ついに、髭マスGAGAの口から“この世界の次元の扉”、それはヒ・ミ・ツのアレだということが語られた。
しかし、そのヒ・ミ・ツのアレとは一体なんぞや? というモヤモヤが生まれる。
常松が元の世界に帰るためには、どうしても入手しなくてはならない情報、それを口髭マスターこと、髭マスGAGAが知っているかもしれないのである。
但し、GAGAが云うところの、かなりのマル秘っぷりという得体の知れない情報がどこまで真実に近いのかどうかはわからない。
髭マスGAGAにスケベなことしか考えていないと勘違いされたが、そんなことで動じている場合ではない常松は『マル秘っぷり』について問い正す。
「そのマル秘っぷりが凄い扉についてですが……マスターはその情報をユリコママからゲットしたんですよね?」
「そうなのよお〜、ユリコママからはくれぐれも『他言無用よ!』って釘を刺されているんだけど……」
「――――他言無用!?」
期待に胸を膨らませていた常松の心中に衝撃が走る。
(……他言無用? ってことは、まさか、誰にも言えないってやつなのかあー? だからマル秘っぷりなのかあ??)
顔色が変わる常松を一瞥して、髭マスGAGAが続ける。
「ユリコママもどこからあんな情報を仕入れてきたのかしらあ。 あたしは、その話を聞いた時はあまりピ〜ンとはこなかったから、都市伝説程度としか思っていなかったのよお〜」
「でも、その話ってすんごいマル秘な情報なんですよね?」
「今になって、そう思えてきたのよ〜、だあ〜って他言無用だなんて言うじゃな〜い、だから今頃になって、やっぱりぃ、あれは大きくってすごお〜いんだろうなあってえ〜」
(いやいや、そこで“大きくって”は、いらないし、すごおーい何になっちゃってるわけだよ!)
常松は飛びツッコミしてやりたい気持ちを抑えつつ、GAGAの話に割って入る。
「マスター、ちょっといいですかね?」
「あらあ、大して大きくもなさそうなのに、あたしの話に割り込んじゃったりしてえ、どうしたのかしらあ」
(大して大きくなさそう……って、なんか嫌だな、その言われ方……。 んで、大体なんなんだあ、このオッサンの妙なテンションは?)
「あ〜、急に割り込んですみません! そのユリコママからの情報が他言無用だということはですねえ……そのぉ、やっぱり極秘ってことで誰にも教えないってことなんでしょうかあ?」
「あらぁ〜、常ちゃんったらあ、やっぱ気になるう〜。当たり前よねえ、だって、常ちゃんも以前ここに来た二人の内のひとりの方みたいにあっちの世界に帰りたいでしょうからねえ」
「勿論、その通りなんですよお! あっ、そうだ! ラム酒ロックをもう一杯お願いします。あとマスターも良かったら一杯いかがですか?」
常松は、唐突に取って付けたかのような、しかもゴマスリの下手な見本のようなご機嫌を取り始める。
「あらあ、どうしようかしらぁ、あたしラムは飽きちゃったわ〜」
「ああ、それは気が利かずに失礼しました。マスターのお好きなやつをどうぞ、どうぞー!」
「え〜っ、ホントー! じゃあ、あたし、久しぶりにシャンパン行っちゃおうかしらあ〜、常ちゃんも一緒にぃ〜、いっちゃええーー! あ、それそれーーー!」
(――――――おいおい、このオッサン……やられたよ! お前は六本木の姉ちゃんかよ!)
「いや〜、さすがマスター、やっぱりマスターにはゴージャスなのが似合いそうですからね。もう、こうなったら特別に大出血サービスで、シャンパンいっちゃいましょーー!」
常松は清水の舞台から100回くらい飛び降りた気分になりながら、シャンパンを注文してしまう。これが途轍もない事態を招いてしまうことも知らずに――――――。
「それじゃあ、遠慮なくご馳走になるわよ〜う! なんだか嬉しくなって来たからあ、もう、ポンポン抜いちゃうぞおーーー!!」
(おいおい、勝手にポンポン抜くなっつーの!)
「いやいや、マスター、そんな何本もってのは、ちょっとお……」
「あらら、タマタマが小っちゃーーい常ちゃんにはキツイ冗談だったようねえ、でもぉ、安心しなさーい、大丈夫よ〜ぅ」
(この髭マスは、いったい何が大丈夫なんだよ……)常松の目は点になったままだ。
「あらあ、ま〜だ心配なのぉ〜、大丈夫よ、一本しか抜かないから〜。こう見えて、あたしも一途なのよおー!
あたしは大事なアレは1本って決めてるのぉぉぉ〜、1日にそんな何本もなんてえ〜、しかも抜いちゃうなんてえ、そんなはしたないこと出来ないわよ〜〜う」
(―――――なんの話にすり替えたんだろうか、この髭オヤジは……)
相変わらず常松の目が点になったまま、お構いなしにカウンター下の冷蔵庫からシャンパンを取り出した髭マス
GAGAは、尚も上機嫌な様子。手際よくシャンパンのコルクを抜く準備をしている。
「それじゃあ、抜かせていただきますうぅぅーー! あっ、それえ〜!!」
『シュポーーーーン』という景気の良い音とともにコルクは抜かれ、続いて『シュワワーーー!』という爽快感のある音が、心地よく響く。 この音は喉に渇きを呼び起こさせるようだ。
そうして、GAGAは泡が溢れないようにグラスへシャンパンを注ぎ込んでいる。
「はい、どうぞお〜」常松の前にシャンパングラスが差し出される。
「おーーーっ、なんかシャンパンなんて久しぶりですよ」
「では、あたしも遠慮なく、いただくわ〜、 ハイ、もう一度改めて、カンパーーーイ!!」
乾杯をして、二人はシャンパンを一気に飲み干す。炭酸のシュワシュワが喉に染み渡るようで、常松は
思わず声に出す。
「うまいなあ! やっぱ、スカッとするなあ」
髭マスGAGAの方を見ると、やっぱりグラスを飲み干してスカッとした表情になっている。
そして、髭マスGAGAから更なる波状攻撃が炸裂。
「どうよお〜、これを抜く時のお〜、あたしの手つきってなかなかのものでしょ〜う。常ちゃんも抜かれてみたい〜って思っちゃったかしらーー」
(――――ダメだ……このオッサンは……俺なんかではついていけないかもしれない。もう奥義を繰り出すパワーもあまり残っていないし……)
常松は、押しつぶされそうになるのをグッと堪えて、話の筋を戻そうとする。
「さすがはマスターですよね。シャンパンの扱いも見事ですよ!」
「あ・り・が・と!」かなりのイイ女風の言い方だ。
(うわっ、なんか腹立つな、その言い方……しかし、ここは冷静になろう)
「ところでマスター、その〜、さっきの話の続きなんですが……」
「あっちの世界へ戻りたい……って話かしらあ」
「そうです、そうです。そのあっちの世界へ戻れるかもしれないって話です」
「常ちゃんも戻りたいんでしょ〜、でもね、この話ってばあ、かなりの極秘情報でね〜、かなりのマル秘っぷりだからあ〜」
(もう、その件はいらないっつうの!)
「そうなんですよね。マル秘っぷりってのが、どの程度のことなのか? ヒントだけでも教えて欲しいんですよお」
「ん〜、どっしよっかなあ〜」
(クッ! イラッとすんなーー! しかし、ここで切れては如何ぞ、京太郎。踏ん張るんだあ!)
常松はイラッとしながらも、渋る髭マスのグラスにシャンパンを注ぎながら平常心を保つ。
グラスに注がれたシャンパンを一口飲んだ髭マスGAGAは、カウンターに両腕の肘をつくと両手で頬杖をつきながら常松を見つめる。
その仕草が更に常松を苛立たせるのだが、それよりも何か悍ましさの方が勝っていた。
そのポーズのまま、髭マスGAGAが勿体をつける。
「んもお〜、どうしよ〜かしら〜〜ん。GAGA困っちゃうわあ〜」
―――――その時!!
常松の身体の中で、何かが切れるような音がした。
それは、常松の……堪忍袋……の方ではなく、下半身の方の袋が切れた音に近かった!
一体、それはどんな音なのか? それはこの際、無かったことにするが、
とにかく、そんな何かの異変が常松の中で生じているかのようだった。
そして、そんな何かが弾けたかのような常松が、禁断の言葉を口にしてしまう。
「その……マル秘とかってのは………、おっさん向け週刊誌の袋綴じみたいなものでしょーー!! だとしたらあ、そんなマル秘なんてもんのレベルは、常に幼気な少年の期待を常に裏切ってきた袋綴じと同じ類のものなんじゃあないんですかあ?」
常松のよくわからない週刊誌の袋綴じへの怒りにも似た(否、怒りそのものだが)心の叫びが炸裂した。
「―――あら………まあ」
髭マスGAGAも真顔になる中、常松の闘志はさらに迸る。
「だったら、その袋綴じなんてもんは俺が開いてやりますよーー!」
なんとなくカッコつけたような物言いであったが、その中身は、あまり褒められたものではない。
常松のシモの方の袋が切れたせいなのか、覚醒したような、しないような、よくわからないテンションをキープしたまま常松は憧れの袋綴じに裏切られ続けた青春を振り返る。
それは遠い青春時代の記憶であった。
大した記事もないのに袋綴じを開けたい一心で、おばあちゃんが店番する遠くの本屋まで出かけたあの頃。
清水の舞台から飛び降りたつもりで少ない小遣いを握りしめて、何だかちょっといけないことをしているような
背徳感を纏いながら、おっさん向けの週刊誌を購入してしまった中学時代。
(あの頃は青かった………しかし、今の俺は、そんな袋綴じ程度では誤魔化されん!)
常松は、全てを言い切った満足感なのか、真っ白くはないが燃えつきちゃったのか、カッコイイ自分に酔いしれたかのような、清々しい表情になっていた。
そして、常松の中学時代と現代の中高生のメディアと小遣いの違いを考えてしまうと、何だか今時の小僧どもが
憎たらしく否、羨ましく感じられてしまうのであった。
皆様、よろしければ、お星様とブックマークをいただけましたら幸いです。




