選択~どっちなんだい!?~
-- 前回までの『スナッキーな夜にしてくれ』 --
飲み屋ビルの謎と消えたエレベーターの謎解きに二話も費やしたくせに全く進展しないストーリー。
それによってますます読者が離れて行く中、作中では恐れていた事実を突き付けられてしまう常松。
しかし、風雲急を告げるかのような恐ろしい事実に耳を疑うどころか、男としての妙な自信を取り戻すという常松の離れ業が冴える。
そして何故か、その離れ業にグッときてしまったユリコママは、常松に伝説の勇者の佇まいを感じてしまう。
あれっ? 伝説の勇者って、いったい何なのか??………そんな勇者とかが出てくるような物語だったのだろうか?
それはさておき、ユリコママは更なる秘密をうち明けるのだろうか?
そして、主人公:常松はこの先に待ち受ける試練に立ち向かう決意を抱くことが出来るのだろうか?
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
根拠のない自信に充ち溢れた常松の姿にほんの一瞬だけ“伝説の勇者の何か”を感じ取ったユリコママだったが、“俺ってイケメンだろう”的なオーラを放出しまくる常松に若干イラっとしていた。
それでもユリコママは忍耐強く話を進める。
「はい、はーい、惚れたかどうかみたいな話はどうでもいいんですけどぉ…」
(えっ!? そこ、どうでもいいんだ!!)
「とにかく、常松さんがあちらの世界に戻りたいのなら、エレベーターに乗るための鍵を手に入れなければならないということなのよ、お分かりですかぁ?」
(あっ!! そうだった。俺は今、ひじょーーーにヤバいというより、あり得ない状況の真っただ中にいたんだった)
バカまつ、じゃなかった常松は再び自分の置かれている状況を認識する。
似合わない イケメンモードを解除して、素直に受け答えを始める。
「もちろん! よく理解していますよ。そのためには他の店に行く必要があるっていうことですけど...」
常松は腕時計を確認しながら続ける。
「もう夜中の0時になりますからお店がまだ営業しているのかどうかが心配なんですが…」
「それは問題ないわよ。飲み屋ビルに存在するお店は基本的にはお休みがないから、いつでもオープン状態なのよ」
「それって、コンビニ的な24時間営業ということなのですか?」
「そうよ」
「毎日?……休みなし…ですか?」
「そういうことよ。休みがないというよりは、ここには“休みという概念がない”というのが正しいかしらね」
「それって……やっぱり、ここが俺にとっては普通の場所ではないから?」
ママは黙って頷いて答える。
「そうよ。だから、お店に入ること自体は問題ないのだけれど…」
「けれど?」
「ちょっと注意しないといけないことがあるのよ」
「――と、言いますと――」常松はゴクリと唾を飲む。
「夜の0時を回ると、このお店の外を次元パトロールが巡回するのよ。常松さんのようにイレギュラーな生命体がこのゲートに侵入するのを取り締まっているのが、その次元パトロールなのよ」
「――!!! なんですかー? その次元パトロールっつうのはぁ?」
能天気な常松に戦慄が走る。
(なんかゲシュタポ的な、秘密警察的なやつなのかー! 嫌な感じがビンビンするぞぉ…)
すっかり酔いが覚めたような常松の表情を見て、ママは言い難そうに続ける。
「もし、パトロールに捕まってしまうとぉ……』
常松は生唾をゴクリと飲む。
「......とぉ、何ですか?』
「最悪の場合、常松さんは存在そのものを無かったことにされてしまうかもしれないのよ」
「――!!! 無かったことにー? それって、つまりは……消されるってこと…ですよ…ね」
「そういう決まりなのよ。この場所は二つの世界にとってかなり重要な場所だから、イレギュラーとなるものは完全に消去する。それがここのルールということなのよ」
(おいおい、マジですかあぁ……俺の存在そのものが消えてなくなる……これは不味いなんてもんじゃあないぞ!)
常松の表情が一気に蒼褪める…...が、同時に強い念が込み上がってくる。
(俺にはまだやり残したことがあるじゃあないか。あーーんなことや、こーーんなこととか、まだまだやりまくりたいこと満タン状態だっつーの! こんなところで消えてなくなってる場合じゃあないんだよな)
常松のやりたいことが何なのかは言うまでもないのだが、そのエロい願望が頂点に達した、その時。
『――ボウウッッ――』
常松は体内で何かが迸るのを感じた。
それは、体内に蓄積されたアルコール(主に芋焼酎)が眠っていたド根性エロチャクラに火を灯したかのような、多分そんな感じの、そう、魂の発火音だった。
常松には得体のしれない底力があった。
それは、これまでの全く大したことのないサラリーマン人生の中で培ってきた大いなる力。
仕事でつまらないミスを連発したり、プロジェクトチームのスタッフによる不始末、予期せぬトラブル、上司の尻拭い、そういった多くの理不尽でやるせない状況を有耶無耶にする能力である。
常松特有の処世術というよりは、心の師である植木●さんを彷彿させるしなやかな対応力。
それを昭和の時代は“無責任”と呼んでいた。
そうやって、会社での出世と引き換えに荒波を乗り越えてきたのである。
システマチックな令和の時代にあっても、常松の大いなる力(無責任パワー)はより一層磨かれ、他を寄せ付けないほどの威力を備えていた。
否、最早その能力は世の中のビジネスマンが羨むほどに貴重なものなのかもしれない……のだが、この場面でどのような効力があるのか……それは未知数である。
(そうかあ、これはきっと、夢だ! 夢を見ているんだな。ちょっと酔ってしまったから、今の俺は、夢の中にいるんだ。きっとそうだなんだ)
常松がこの状況を打破するために捻りだしたのは、この現実から逃避する秘技だった。
(そうだよ、俺は何も悪いことはしていないんだ。ただ、仕事帰りに酒を飲みに来ただけじゃあないか)
まったく、その通りである。
独り言のようにブツブツと何かを唱えるような常松を訝しく思いつつもユリコママが声をかける。
「常松さん、大丈夫?? どこか具合が悪いの?」
このとき、やや俯き加減でブツブツと独り言を発する常松は完全に覚醒していた。
“無責任パワー”を纏った常松は最早、怖い者無しなのだ……と本人だけが思い込んでいるのだ。
「いやあ、これは夢の世界ってやつなんだなあと理解しましてね」
「あら、そんなことありませんよ~、現実ですよ~、これが夢だなんてぇ」
ユリコママは諭すような口調になる。
「まあまあ、良いんですよ。それはそれで楽しむことにしましょう! で、このお店の中はそのパトロールに見つかったりしないんですかね?」
「このお店の中はセーフティスペースなのよ。この中にいる間はまったく心配いらないわ」
「それはラッキーでした! 俺がこの店に入らなければアウトだったかもしれません。でも、ママはどうして俺なんかにそんな重要なことを教えてくれるんですか?」
「常松さん、このお店に入る前のこと覚えていらっしゃるかしら……何か脳内に伝わってきたりしなかった?」
そう言われて常松の脳内に、またあのフレーズが過ぎる。
「――あっ!…… 素敵な、サムシングぅ~……」
「は〜い、正解で〜す」ママは親指を立ててみせる。
「でも、親指を立てるところまではちょっとわからなかったかな」
そう言いながら常松は、またもリバウンド王のエド・は●みを思い出す。
「そこは、まあ…いいのよ。実はこのフレーズは私が常松さんに送ったテレパシーってやつなの」
「えっ!? 本当? あの合言葉を…ですか?」
「そういうことなの。このフレーズが言えなかったら、その時点で常松さんは失格になってしまうから」
「失格って?」
「つまり、私が送ったフレーズを感知出来なかった方は入店できないの。合言葉が言えない場合は、その時点でパトロールに通報していたと思うわ」
「ーーー!!」
(マジっすかあ! 良かったああーーー、俺。危なかったぁーー。夢で良かったーーー)
ホッと胸を撫で下ろす常松。
「ここに迷い込んだ人達の大半がテレパシーを感知出来ずに捕まってしまうの。このお店に辿り着けるのは極僅かなのよ......さらに合言葉というハードルをクリアしなければならない......」
「いやあ~、ホント助かりましたよ。しかし、自慢するわけじゃあないんですが、俺のこのクレバーな頭脳が合言葉を受信していなかったら、こうして美人ママと楽しく飲めなかったわけですから、本当にテレパシーに感謝ですよ」
ユリコママは、神妙な話だと云うのに、常松の屈託なく浮ついた台詞にやや呆気に取られながらも、やはり只者ではないと確信しはじめる。
(この人って、ホント、底が知れないわ。これはひょっとすると、ひょっとするわね......)
そして、この状況下だと云うのに何故か照れ笑いしている常松に微笑む。
「常松さんは、意外にタフなんですねえ♡ そういう方って嫌いではないですよ」
(おおっとーぉ、やっぱり夢の中の俺って凄いぞ! キテるぞ、キテるなあ俺。最早、マリック並みにキテるぞお! しかもあっちの方もタフなんだぜー!)
夢だと思いこみながらもドスケベな眼つきでほくそ笑む常松。
「俺のタフさ加減がわかるなんて、違いが分かるインスタントコーヒーみたいですね」
「あらあ、仰る意味がまったくわからないですけど」
「いやいや、いいんですよ、照れなくても」
「まったく照れていませんけどお……で、とにかくこのフロアにある他のお店に行く決心はつきましたの?」
「行かなきゃならないことは理解しましたけど、もう夜中の0時を回ってしまったから、その次元パトロールってのに見つかってしまったら大変なことになるし、どうしたものかと思案中なんですよ、アッハッハ!」
ユリコママは少し間をおいて、右腕の上腕二頭筋の力こぶを見せつけるポーズをとる。
「さあ、行くんですか? 行かないんですかあ? どっちなんだい!!??」
似合わないママのポーズを見て、目が点になりながらも常松は答える。
「俺の筋肉は行くしかないと言っています。 まあ、俺としては、イク時は一緒がいいんですけどぉ」
「あら、そんな古典的なエロボケギャグは全くいりませんし、それは出来ない相談ですわ」
(エロボケって……)
「冗談ですよ。とにかく! 俺はここから脱出するしかないのですから」
「急かすようでごめんなさいね。でも~ぉ、そんな常松さんには特別にとーっても良い物をプレゼントしますわ♡ わたしの大事な物なのよ♡」
「えっ!……特別? 大事なもの? と、言いますと……」
(これはもしや、チュー♡とか、そんな類いのやつなのではーー!!)
常松の脳が再びエロ活性化しはじめるが、ママはカウンターの下から何かを取り出そうとしている。
「ちょっと目を閉じてもらえますかあ♡」
「は…ハイぃぃーー!」
甲高い返事をしながら、徐に唇を突き出して目を閉じる。妙に心臓が高鳴るのを感じながら。
(これはキタぞぉぉーー、これぞまさしくゲッチューって奴じゃあないのかあー! 参ったなあ、俺! まあ、これも夢なんだから、夢の中なんだからモテモテにならないと損だからなあ)
「常松さん、お顔だけでなくて、両手を前に出してくださいよお♡」
(なにいぃぃぃぃぃーー!! 両手を前にぃーー! もしかして、もしかしなくてもいいのかあ、触っちゃってもOKってことなのかあ。しかも前に出せということはぁ、これはもう推定Eカップのあの柔らかなところに……ということだよなあああ! .........神様、ありがとーーう!)
常松の膨大なエロチャクラが脳内はおろか、この異世界全域をも駆け巡るような勢いで迸る。
両腕をまっすぐに伸ばすと、柔らかな風に吹かれているような感覚を受ける。その瞬間、いっぱいいっぱいに拡げた左右の手のひらにEカップではない何かの感触を感じた。
「はい! これをお渡しするわ♡ うふふふ、もう眼を開いてかまいませんわよ」
「えっ?? はあ……」
暴走していた常松のエロチャクラが一気に静まっていく中、ゆっくりと両目を開ける。常松の手には、何やら紙きれのような物が握られている。
その紙切れは、千社札のようなデザインの“三枚の御札”であった。
(神様のバカ野郎――――っ!!)