フランクさんと雪の日の散歩
ティナさんと一旦部屋に帰ると、
「今日は出かけられないわけですから、スパでも体験しましょうか。」
と言われて、ティナさんに連れられて別室のスパルームに案内された。
ベルーガ家では体験したことがないクレイスパを体験した。
やっぱりスパって気持ちいい!
顔の疲れを隠すためにフェイスエステは、頻繁に行ってもらっていたけど、全身なんていつぶりだろう。
すごく気持ちよくて寝そうになってしまった。
「シア様のお肌の透明度が増しましたね!」
と言われた。
スパの後は、ハーブティーを飲んで、ゆっくりするために図書室に案内してもらった。
図書室は本好きのお姉様の書庫より広い!
ここの図書室は、先程のダンスルーム同様に天井が高くて梯子を使って高い所に登るか、魔法を使わないと取れない本が沢山所蔵されている。
そして所々にソファーとランプ、脇机が置いてあり、快適な空間になっていた。
私は一冊の古い詩集を手に取って、窓際に座った。
大きな窓は二重になっていて、あまり寒さを感じない構造になっているようだが、他の場所よりは寒かった。
すると
「こちらをお使いください」
とティナさんが膝掛けと、ココアを持ってきてくれた。
生まれて初めて見る吹雪を窓越しに見ながら、私は暖かいココアを飲んだ。
冬って楽しいかも!
私は改めて詩集を見た。
なんとなく手に取った詩集は皮張りの表紙だったが、タイトルは長い歳月のせいで薄くなって読めなかった。
中を開いて少しずつ読んでいくと、昔の人が自然を見て書いた詩のようだった。
所々、古典的な表現が混ざっていて難しかったけど、興味深いものがある。
読み進めていくと、四つ葉のクローバーの押し花が栞がわりに挟んであり、巻末には四つ折りにした紙が挟んであった。
どこかの建物を建てる時の図面を手書きで書いたようで、建物の骨組みの図だった。
長い時間、その詩集を読んでいたみたいで、気がつくと外が暗くなり始めていた。
「シア様、そろそろ夕食のお時間です。」
とティナさんに声をかけられて詩集を片付けると、ダイニングルームに向かった。
ダイニングは賑やかで、沢山の人が既に食事をしていた。
「普段はこのように、手が空いたものから食事をするんだ。活気があって楽しいだろう?」
と、先にダイニングルームに来ていたフランクさんが言って、席に案内された。
本当に身分に垣根がないようで、みんな楽しくお話をしながら食事していた。
こんな楽しい事って初めてかもしれない!
いつもは体型が変わらないように体重を気にしてヘルシーな食事をしていたけど、そんなの楽しくない。
私は思う存分食べた。
そして、部屋に戻ると、ティナさんがやってきて
「シア様、これ見たことありますか?」
と不思議な楕円形の物を見せてくれた。
私が首を傾げると
「フフフ、これは湯たんぽって言うんです。
中にお湯が入っていて、いわば布団を温める暖房器具ですね。直接触ると火傷するので、毛糸で編んだカバーに入れて、ベッドの足が当たらない位置に置いておきます。
すると朝まで冷えずに眠れんるですよ?
今晩は、今年1番の寒さですから、風邪をひかないようにしてくださいね。
楽しいことがいっぱいあるのに、風邪を引いたら勿体無いですよ?」
と言って、ティナさんは湯たんぽをベッドの中に入れてくれて、ハーブティーを入れてくれた。
「では、おやすみなさいませ」
とティナさんは部屋を出て行った。
その日はびっくりするくらいゆっくり眠れた。
次の日、目が覚めたら朝日が登る頃だった。
冬になると寒さで目を覚ます事もあるのに、昨日はぐっすり眠れた。
掛け布団をめくって、そっと湯たんぽを触ってみたけど、まだ暖かい!
私はフフフと笑ったけど、やはりヒューヒューという音しかしなかった。
気を取り直してカーテンを開けると、窓の外に見えたのは、今までとは全く違う景色だった。
窓から見える厩舎の屋根が茶色から真っ白に変わり、山の針葉樹には雪が積もって朝日が当たってキラキラと輝いていた。
今日は何をしようかしら、と考えながらアドベントカレンダーの引き出しを開けると
『朝の散歩は気持ちいい』
と書いてあった。
散歩!きっと楽しいはずだ!
ウィルコクス国とは全く違う景色でワクワクした。
早く着替えて外に行きたいと思ったので、クローゼットを開けた。
ドレスを一枚、一枚手に取る。
雪の上を歩く服ってどうしたらいいのかな。カーペットや石畳とは違うわけだから…。
服装をどうしていいか分からずにいたら、小さなノックの音が聞こえた。
入ってきたのは、水差しを持った若いメイドだった。
私が起きているとは思っていなかったようで、少しびっくりしていたが
「おはようございます」
と笑顔で言ってくれた。
私はメイドの女性に
『外に行きたいんだけど、何を着れば寒くないのかわからないの』
とメモを見せると
「では、今、ティナさんを呼んできますね」
と言ってティナさんを呼んできてくれた。
すぐにティナさんは来てくれた。
「おはようございます。シア様。
すぐに出れるように準備いたしますね。
昨日は湯たんぽ、いかがでしたか?
熱いお湯を入れた湯たんぽを魔法で冷めないようにする事もできるんですけど、そうすると夜中に熱くなって汗をかいてしまって。
快適ではないんですよね。
魔法を使わずに自然に冷たくなっていくのがちょうどいいみたいなんです」
と教えてくれた。
そして別室からブーツやコートを持ってきた。
「外に出た瞬間は寒いですけど歩いているうちに暑くなりますから、それを見越して服を選びます。
それから、くれぐれも日焼け止めを塗っていない肌は出さないようにしてくださいね。雪の日差しは強いんですよ?」
と言われ、まず日焼け止めを塗った。
「新雪の上を歩くと沈みますからびっくりしないでくださいね」
と説明されて、ツイードで出来た乗馬用の服装のような服を着て、ウールのコートと、毛糸の帽子とマフラーと手袋。そして、中がモコモコのブーツを履いた。
「お庭を散歩すると楽しいですよ」
と言われて、ティナさんが案内してくれると言ったけど、私は初体験を一人で楽しみたいからお断りをした。
外に出ると空気がキンと冷えていて、風がないにも関わらず、頬に当たった空気が冷たすぎて少し痛かった。
でも、今まで体験したことがない空気にワクワクして、庭の方に向かった。
ティナさんが言っていた通り、誰も歩いていない雪の上を歩くと、自分の重みで雪が少し沈む。
しばらく歩くと、雪の上に小さな足跡があった。何の足跡だろう?
近づいて見てみると、ウサギの足跡のようだった。
ゆっくり跡を辿っていくと、少し開けた場所に出た。
そこには、ユニコーンがいた!
ユニコーンに近づこうとした時
「シア?」
と遠くからフランクさんの呼ぶ声がして、ユニコーンから一瞬目を離した。
また視線を戻すと、ユニコーンはもういなくなっていた。
「シア」
フランクさんの声が近くから聞こえて、私が来た方からフランクさんが歩いてきた。
「おはよう。シア。今日は早いね」
フランクさんは軽装だった。
「シアの格好はモコモコだね」
と言うと、雪を手に取って軽く握ると私に向かって投げた。
パシャ
雪玉は私の体に当たった。
「シア、避けないと!」
と笑いながら言うので、私も雪玉を作って投げた。
雪玉を作っては投げ、作っては投げ!
沢山の雪玉を投げ合った。
私もフランクさんも雪玉の跡がコートについていた。
でもコートは全く濡れてない。
「シア、ムキになるなよ!大人気ないぞ!」
とフランクさんは笑った。
私は暑くなってきてコートを脱いで手に持った。
「シア、暑くなってきたかい?
それなら、少し散歩しよう。いい場所があるんだよ。この先なんだけど、足元に気をつけて」
と言われたのに、雪に足を取られて転んでしまった。その拍子に手に持っていたウールのコートを落としてしまった。
「シアはドジだな。さぁ、捕まって」
とフランクさんに手を差し伸べられて私はその手を掴むとゆっくり立ち上がった。
しかし、完全に立ち上がる前に雪の上でまたバランスを崩してフランクさんに抱き止められた。
「気をつけてね」
と正面からフランクさんの顔を至近距離で見てしまって、私は少し赤くなった。
フランクさんは抱き止めた私をそっと離してくれた後、手を出してくれて
「手を繋いでいたら転ばないでしょ?」
と言われ、フランクさんの手を取った。フランクさんは落としたコートを拾うと、私の代わりに持ってくれた。
フランクさんは
「ほら、木の上の方を見て。鳥がいるよ」
とか、
「野うさぎの足跡だ」
とか、雪の中で見つけられる楽しい事を教えてくれた。
そして案内されたのは、街が見渡せる小高い丘の中腹だった。
可愛い煉瓦造りの街並みは、煉瓦の屋根に雪がかかり、煙突からは煙が出ていた。
すごい!絵葉書みたい!
「綺麗でしょ?私はここの景色が大好きなんだ」
とフランクさんは私を見て微笑んだ。
しばらく無言で街を見ていたら、汗が冷えてきて寒くなってきた。
フランクさんはそんな私の様子にすぐに気づいてコートを着せてくれた。
そして
「風邪を引く前に戻ろう」
と言って、また手を出してくれた。
その手を握ると、フランクさんはゆっくりと私のペースに合わせて歩き出した。
領主館までの距離を、私のスピードに合わせてゆっくりと、歩きながら今日から始まる葡萄の収穫について教えてくれた。
「日中は凍った葡萄が溶けてしまうから夜に収穫するんだ。
これが大変で、魔法で溶けないようにした事もあるんだけど、そうすると味が落ちるんだよ。自然の製法が一番いい味なんだ。」
歩きながら葡萄畑が見えるところまで来た。
葡萄にはネットがかけられていて、鳥や動物などに食べられないようにしてあった。
「今晩から収穫が始まるんだけど、シアもやってみない?大変だけど、楽しいよ。でもそれには、身体強化の魔法を覚えないとね」
と言われたので、私は頷いた。
「覚えてくれる?」
私はもう一度頷いた。
「よかった!なら、後でやってみよう」フランクさんは楽しそうに笑った。