雪で外に出られない日だから久々にダンスをしました。
どうやって部屋に戻ったのかわからないけど、目覚めると朝だった。
カーテンの隙間から外を眺めると、外は雪が舞っていた!
しばらく、雪が降るのを窓越しに眺めていた。
外はきっと凄く寒いんだろうな…あれ?暖炉に火がついていないのにこの部屋が寒くない!
ベルーガ家では、冬の寒い朝は使用人が暖炉に火をつけてくれる。
もう一度暖炉を見たが火がついていない。
何かを燃やした跡はない。なんで部屋があったかいんだろう?
ドアをノックする音が聞こえてティナさんが入ってきた。
「おはようございます。シア様。昨日はゆっくり眠れましたか?」
私はティナさんに向かって頷いた。
「外を眺めていたんですか?
雪って不思議ですよね。魔法でも雪は降らせられますけど、雪の精霊が降らせる雪と比べると全然綺麗じゃありません。
今日は一日中、精霊が雪を降らせる日なので家からは出ずに過ごすんですよ。
精霊の雪降らしは、凄い吹雪なんです。
こんな日に外に出たら、例え家の前にいたとしても吹雪で視界がなくなって家が見えなくなり、方向感覚もおかしくなるので危険なんです。」
へぇー!凄い!
精霊の雪ってそんなに凄いんだ!
「敷地内でも外に出る時は命綱をつけてその綱を誰かに持っておいてもらったじゃないと出れないんですよ?」
とティナさんはフフフと笑った。
そう言いながらティナさんは朝の準備を手伝ってくれた。
私は着替えるとメイクをしてもらった。
メイクが終わって鏡を見せてもらうと、ティナさんは相変わらずきっちりとフルメイクをしてくれているけど、ナチュラルに仕上げてくれていた。
私が関心していると、
「シア様は、ファッションモデルのような濃いメイクも似合うと思いますけど、せっかく美人な顔立ちなんですから、それを強調しないと!」
と言ってくれた。
今までは、夜中まで次の日に着るドレスのリメイクをしていたり、その合間をぬってベルーガ家の資金繰りを考えたりしていたから本当にゆっくり寝る暇がなかった。だから目のクマを隠すために、濃いアイメイクをしたのが始まりで、いつの間にか、濃いアイメイクはシンシア・ベルーガのトレードマークだった。
ベルーガ家に関しては、私がいなくても執事のダントさえしっかりしていてくれれば、きっとなんとかなる。
私が領地管理していた数年間で行った公共投資の支払いはまだまだ続くから、みんながこれまでの水準の贅沢で抑えてくれればなんとかなるはず。
昨日の朝のお兄様やお父様との言い合いがずっと前のように感じられた。
…お兄様達と喧嘩したのは昨日だよね?
私はカレンダーも時計も何も見ていなかった事にようやっと気づいた。
冷静に考えるけど、ウィルコクス国とグレイグ国は数千キロ離れている。
そんな距離を数時間で移動できるはずがない!
どんな高度な魔法を使ったって無理がある。
せいぜい、都市伝説である召喚魔法くらいしか思い浮かばない。
私は勝手にユニコーンに連れてこられたと思っていたけど、そもそもユニコーンってそんな長い距離を走れるのかしら?
冷静になればなるほど疑問が湧いた。
そこで、ティナさんに『カレンダーを見せて』と筆談でお願いをすると
「あら!シア様、もしかしてこちらの風習をご存知でした?」
と聞かれたので首を振った。
「やっぱりご存知なかったんですね?フフフ、こちらではこんなカレンダーを使うんですよ?
異国では、アドベントカレンダーとも言うらしいですけど」
と厚紙で出来た小さな引き出しの沢山ついたカレンダーを渡された。
「このカレンダーは、雪まつりまでのカウントダウンをするカレンダーなんです。
ほら、カレンダーの最後が『新年』って書いてあるでしょ?このカレンダーの引き出しを『今日の日付のところだけ開ける』んです。
ほら、試しに開けてみてください」
とティナさんに今日の日付のところを指でさされた。
確かにこのカレンダーを見ると、昨日までベルーガ家にいたんだとわかった。
私はティナさんに促されるように引き出しを開けた。
中には紙が入っていて、紙を開くと
『リンゴを飾る』
と書いてあった。
それをティナさんに見せると
「引き出しには毎日違う事が書かれていて、それを実行しないといけないんですよ?
でも引き出しには、お菓子や小さな贈り物が入っている事もあるんです。
それに一人一人、中身は違うんですよ?
これは、街の雑貨屋さんで売ってるんですけど、雑貨屋さんの店主は占い師なので、何も言わなくても店主が人数分を木箱に入れて渡してくれるんです。
今年は1人分多かったから不思議だと思っていたんですけど、雑貨屋さんはシア様が来ることがわかっていたんですね!」
と笑顔で言って
「さあ、ではリンゴを飾りにいきましょう!」
とティナさんは私と一緒にキッチンに向かった。
キッチンでリンゴをもらうと、ダイニングルームに向かった。
昨日、ダイニングルームで見たオブジェには、また飾りが増えていた。
このお屋敷に住んでいる人の数だけ飾りが増えていく仕組みのようだ。
私はリンゴに紐をつけるとオブジェの手の届く高さに飾った。
みんなで毎日少しずつ、飾りをつけていって、皆で見て楽しむそうだ。
そして最後は火祭りで燃やすとティナさんは説明してくれた。
なんだか楽しそう!
ダイニングルームには既にフランクさんがいた。
「シア、おはよう。今日は外に出れないから、屋敷の中を案内しよう。
その前に朝食は?」
と聞かれたので
『簡単なものがいいです』
と紙に書くと
「ではシリアルでよろしいですか?」
とティナさんに聞かれたので私は頷いた。
温かいミルクとシリアル、そして昨日お医者様に処方してもらったハーブティーが出てきた。
食後は屋敷内をフランクさんが案内してくれた。
まずはキッチン。
ここは、使用人の休憩室が併設されていて、そこに葡萄畑の写真が飾ってあった。
「ここでは、身分に関係なく同じものを食べるんだよ。同じ仕事をして、みんなで食事して。
貴族の中には、使用人と食卓を囲むなんてありえないって人もいるけど、ここの仕事は極寒の夜に葡萄の収穫という過酷なものだから、従業員を大切にしないと他所へ行ってしまう。
もっとラクな仕事は世の中に沢山あるからね」
フランクさんは写真を見ながら楽しそうに笑った。
私は気になっている事を聞いた。
『何故、このお屋敷はどこに居ても暖かいんですか?』
と筆談で聞くと
「このあたり一帯の建物はどこもセントラルヒーティングで建物ごと温めるんだよ。
だから水仕事をする使用人も多少はラクに過ごせるんだよ」
と教えてくれた。
「でも、夜の収穫の後は体の芯まで冷えるから湯たんぽは欠かせないね」
とフランクさんは笑った。
湯たんぽってなんだろう?
わからないけど温まるためのものであるのはわかった。
それから、昔の道具がガラスケースに入れられて飾られている部屋に来た。
ガラスケースの中には数百年前の魔道具などが収められていた。
…お兄様が好きそう…
「これは、その昔、極寒の冬を乗り切るために開発された魔道具だ。まだ魔石加工の技術が進んでいなかったせいですぐに壊れたようだ」
とか、次々と魔道具について説明してくれた。
それから、ダンスホールに案内してくれた。
ダンスホールでは、1人の侍女がピアノの練習をしていた。
「あら、フランク様とシア様。
今ピアノの練習中なんです。よかったら一曲、聴いていただけますか?」
と言うので、フランクさんが
「なら本番の練習だよ。私達が踊るから、本番さながらにピアノを通しで弾いてみてよ。私の靴も、シアの靴もちょうどダンス向きの硬い靴だしね」
とフランクさんは言った。
ピアノの演奏が始まると、フランクさんは私の正面に立ち、お辞儀をすると
「レディ、踊っていただけますか?」
と手を差し伸べた。
私はフランクさんの手を取ると、流れてくる音楽に合わせてワルツを踊った。
フランクさんのステップは的確で、ターンも的確。
フランクさんのリードは心地よく、私は羽が生えたように体が軽くて何曲も踊れる気がした。
フランクさんは
「もっと体を預けてくれた方が踊りやすいよ」
言ってくれた。
曲が進むにつれてどんどん息が合っていく。
広いダンスホールで2人きりで踊るワルツはすごく楽しかった。
ウィルコクス国の夜会では、もう何年もダンスをしていない。
声をかけてくるのは派手な外見を誤解した下心が見え見えの男性貴族ばかり。婚約者がいない上に、お父様やお兄様も一緒に夜会に行ってくれないから私は誰ともダンスをしなかった。
長い時間を踊っていたようで、ピアノが終わったところで私達も踊りを辞めてお互いにお辞儀をした。
すると、使用人達が集まっていたようで皆、拍手をしてくれた。
こんなに沢山の人に見られていたのに、気がつかず夢中で踊っていた事にこの時気がついて恥ずかしくなったけど、そんな素振りは一切顔に出さなかった。
「珍しく踊っているフランク様が見えたので、皆が集まってきてしまいました。
フランク様とシア様、息ぴったりで素敵でした!
見つめあって踊っているところなんて本当にもう…」
若いメイドはそう言うと顔を赤らめた。
「フランク様とシア様は美男美女!
お似合いです!」
皆口々に好きな事を言い合っていた所にトーマスさんが来て
「さあさあ、皆、持ち場に戻りましょう。
フランク様とシア様は、汗をかかれたでしょうから一旦、着替えをされてはいかがですか?」
と、その場を収めてくれた。