領主館に滞在させてもらえる事になりました
本日2回目の更新となります。
煉瓦造の街並みを過ぎて、ゆっくりと上り坂を登ると、大きな門を超えた。
門を過ぎると、庭園になっておりその奥に立派な領主館があった。
すごく大きい!
煉瓦造りではなく、白壁の3階建で、見張台の役目をする大きな塔が3箇所ある。
すごく立派な領主館に驚いてると、正面の大きな扉の前で馬車は停まった。
馬車の扉が開くと、そこには執事の男性がにこやかに立っており、入り口の扉を開けてくれた。
中に入るとエントランスには吹き抜けになっていてステンドグラスに光が当たっていて綺麗に光っていた。
執事の男性はグレイグ語でフランクさんに話しかけた後、私に向かって
「いらっしゃいませ。お嬢様。
今晩はこちらの領主館でお休みくださいませ。
お部屋の準備は整っておりますが、まずはお茶をお召し上がりになりませんか?」
と流暢なウィルコクス語で聞いてきた。
私は頷いた。
私の返事を聞いた後、トーマスさんと言う執事は私とフランクさんをサロンに案内してくれた。
ソファーに座ると、一口サイズのサンドイッチと小さなケーキ、そしてフルーツが綺麗に並べられたお皿と、紅茶を出してくれた。
「ウィルコクス風のティータイムにしてみました。
グレイグ国の普段のティータイムはクッキーやチョコレートや焼き菓子など手で食べられるお菓子と、コーヒーや紅茶を合わせる事が多いのです。」
へぇー知らなかった。
お茶の時間はどこも同じだと思っていたのに。
お茶が終わるとフランクさんがウィルコクス語で
「君をウィルコクス国に帰してあげるには、ウィルコクス国の大使に身分証を発行してもらう必要がある。」
と言った。
横で執事のトーマスさんが、少し発音などを訂正しながら聞き取りやすいウィルコクス語で話してくれた。
「それには君の親族、または知り合いに身元引受人になってもらって、君がウィルコクス国の国民である証明をしてもらった後、帰れるんだ。
これは国家の安全を守る事と、人身売買などの犯罪を犯させないために制定されている国内条約なんだ」
とフランクさんが言うと
「国内条約ではなく国際条約ですよ」
と執事の男性が訂正をしていた。
フランクさんはウィルコクス語に自信がなかっただけで、かなり話せるんだ!
でも、それよりも何よりも今の説明を聞いて私は焦り出した。
まず私の事をグレイグ国にいるウィルコクス国の大使に連絡すると、大使からお父様やお兄様に連絡が行って…。
もう、それってゴシップ誌のネタじゃない!
大使に連絡が行った時点でゴシップネタとして貴族の間に広まるわ…。
『シンシア・ベルーガ他国に不法入国。キルコフ公国を通り抜けグレイグ国で見つかる』
とか、面白おかしく記事にされるのよ。
そんなの絶対に嫌!
きっと、勝手な憶測記事を沢山書かれて、またお兄様にバカにされるんだわ。
いっその事、記憶喪失を装ってこの国の住人になる?
嫌。それはダメだわ。
お祖父様は遺言で、私達3兄妹に同額の資産を遺してくれた。お祖父様の死後10年で使えるようになると聞いているけど、その時点で行方不明だったら、私の資産はお兄様とお姉様で分ける事になる。
それは嫌!
自分の分はきっちり貰うわ。
そしてリーナとクロエと3人で、ドレスメーカーを新しく立ち上げるのよ。
あと一年でお祖父様の死後10年目。
それまでに何としてもウィルコクス国に帰らなきゃ!
…でもどうやって?
考えに考えている私の事をフランクさんは心配そうに見て
「もしや帰りたくない理由があるのか?」
と聞いてきたので、私は首を横に振った。
執事のトーマスさんが
「お嬢様の所作などを見ていると、貴族階級の方ではないかと思うのですが。
例えば…帰れない理由などがおありなのですか?」
と聞いてきたので、曖昧に笑った。
するとトーマスさんが紙とペンを持ってきてくれて
「よろしければお嬢様のお名前と、差し支えない所までで結構なので、お嬢様の事を教えていただけませんか?」
と言った。
私はペンを持つと
『名前は、シア。
生まれは貴族。
今はドレスの販売とリメイクをしています。
ウィルコクス国の王都にいました。
最後に覚えているのは、街中で偏頭痛で動けなくなって、気がついたらここにいたのです。
声が出ない理由はわかりません。』
と書いた。
嘘は書いていない。
生まれは貴族。現在も貴族かどうかは触れていないだけ。
お母様のドレスをリフォームして自分で着ているし、リメイクできないドレスは売っている。
だから一切嘘は書いていない。
私はそのメモをフランクさんに渡した。
「シアと呼んでも?」
とフランクさんがメモを見ながら言ったので私は頷いた。
「仕事はドレスの販売かぁ。
森で保護した時、使い古したマントの下はシルクのドレスにハイヒールだったから服装がアンバランスで何か事件に巻き込まれたと思ったんだ。
だけど、シアのメモ見る限り、騙されて人身売買で売られそうになったわけではなさそうだね。
でも誘拐された可能性は捨てきれない。」
とフランクさんは私の目を見て真顔で言った。
「どうやってウィルコクス国からグレイグ国まで来たんだろうか?
どうやったってキルコフ公国を通過しないと、この国には入国できないが、旅券も身分証も何もなくここまで来れるなんてありえない。
不法入国を防ぐために、瞬間移動などの魔法をつかっての入国は物理的にできないようになっている。」
考え込むフランクさんを見て、私は頷くしかなかった。
多分、ユニコーンにここまで連れたのではないかと自分自身は思っているけど…違うのかな?
「シア様、声が出ない理由についてお医者様に診断してもらおうと思うのですが。
声が出ないのは何かご病気かもしれませんから、念のため往診に来てもらおうと思うのですがよろしいですか?」
とトーマスさんが言ってくれたので私は頷いた。
しばらくすると、優しそうな白髪頭のお医者様が来てくれた。
お医者はグレイグ語しか話せないという事なので、診察はトーマスさんが立ち合ってくれた。
診察といっても、口を開けて喉の様子を見るだけだった。
後は、何か飲んでいる薬などはないか聞かれて、偏頭痛の薬を首から下げているペンダントから一つ出してお医者様に渡した。
お医者様はトーマスさんに何かを言った。
トーマスさんは
「シア様の声が出ない理由はお医者様もわからないそうです。
考えられる事はストレスではないかと。
いきなり目が覚めたらこの国にいたわけですからね。
とりあえず、無理はせずにゆっくり過ごしてください。
シア様がお持ちの頭痛薬はこの国では流通していないので追加で処方できないそうです。その代わり頭痛を和らげて気分が落ち着くハーブティーを処方してくれるそうです」
とお医者様の言った事を通訳してくれた。
私は、紙に『ありがとうございます』と書いた。
お医者様はハーブティーの処方箋を書くとトーマスさんに渡した。
その後、お医者様はトーマスさんに案内されて部屋を出て行った。
そして入れ違いでフランクさんが様子を見にやってきた。
フランクさんは
「ストレスを緩和したら声が出るようになるかもしれないと医者は言っていた。
しばらく、休暇だと思ってこちらで過ごしてみないか?
ここは、グレイグ国でも、高地にあたる所だから雪が降るんだ。ここから馬車で1時間の所にある『ハトーブ』という街では雪祭りもある。
シアの服装からすると、この時期にあんなに薄着なら雪は降らない地域に住んでいるんだろ?
もしも、一刻も早く帰国したいなら、王都までの馬車を急いで出す。
そこで大使に会って帰国の手続きを取ればいい」
と言った。
雪祭り!楽しそう!
このお屋敷に来た時から思っていたけど、暖炉には豪華な装飾がされておりレリーフで飾られている。
そして、暖炉の上には蝋燭台や時計など調度品が置かれている。
まるで暖炉中心の部屋みたいだと思っていたのよ。
そう感じたのは雪が降るから暖炉で暖を取ることが多いからなのね!
ウィルコクスの王都は全く雪が降らない。高地に行くと雪が降る地域もあるけど、忙しくて行った事はなかった。
私は
『しばらくここで過ごさせてください』と紙に書いた。
フランクさんは
「もちろん!」
と笑顔で言ってくれた。
ここでお医者様を見送りに行ったトーマスさんが戻ってきた。
手には重厚な箱を持っている。
「今、シア様のために取り寄せた魔道具が届きました。」
と、トーマスさんは重厚な箱を持ってきて私の目の前に置くと、ゆっくり開いた。
箱の中にはジュエリーケースのようなベルベットで出来たケースが入っていた。
トーマスさんはケースを慎重に開けた。
中に入っていたのはシルバーのブレスレットだった。
「このブレスレットは、色々な言語が聞き取れるようになりますし、話せるようになります。
筆談も可能になるので、シア様の生活が少しは快適になるかと思います。
こちらをつけて頂けますか?
ただ、これはフランク様のお義兄様のものなので差し上げる事は出来ませんが」
私は頷いた。
私の意思を確認してから、フランクさんが腕に嵌めてくれた。
今のところ、ウィルコクス語が話せるフランクさんとトーマスさんとしかコミニュケーションが取れないから不便だし、お借りする事にした。
こんなハイスペックな魔道具、初めて聞く。
じゃあ色々な言語を覚えなくて済むじゃない!
なんでもっと流通しないのかな?
「ここからはグレイグ語で話すね。
当面の服が必要たから、姉上の着ていない服が沢山ある。そこから着れそうな服を見繕ってほしい。
ここは寒冷地だから、薄手で暖かくて着やすい服を新調するのは大変なんだ。
そのブレスレットを借りるときに、ついでに姉上の許可は取った」
と言われたので
『お借りしてもいいのですか?』
と紙に書くと、
「姉上から『着てもらえるなら嬉しいわ』と言われたから心配いらないよ。」
とフランクさんは笑った。