除幕式後のパーティー
リーナも支度を整えると、大使館の馬車に乗った。
「シンシア様、今日は除幕式ですけど、その後パーティーがあります。
話したい時は口元を扇で隠してください。私は顔を寄せてシンシア様の話を聞くふりをして、相手に伝えます」
と言われて、国立美術館に着いた。
ここからはシアではなくシンシア・ベルーガとして振舞う。
私は馬車を降りると、いつものように気怠い雰囲気で入り口まで続くカーペットの上を歩いた。
周りを見ると、普段一緒に働いている騎士団の方々か要人の警備として所々に立っている。
普段のように笑いかけたいのを必死に我慢して、私はいつものツンとしたシンシア・ベルーガの態度で会場に入った。
以前の私は忙しさで疲れていて、あまり笑顔を振りまいたりしなかったから今日も笑顔なしで会場に入った。
式典では第二王子とドミニクがまずスピーチをした。
ドミニクのスピーチが終わると、式典の特別ゲストとして私は呼ばれて、ドミニクと共に除幕式を行った。
除幕式には、あの荘園で会ったマダムやフィオナ・フリト侯爵令嬢の姿も見えた。
そして、出入り口を警備するフランクさんの姿もあった。
除幕式が終わると、パーティーが始まった。
私は色々な方から話しかけられる。
ブレスレットのおかげで全部理解できるけど、リーナが通訳をして私に伝えている演技をした。
そして扇を広げて口元を隠し、リーナに答えを伝える…ふりをした。
リーナは長年私に仕えているから、私の言いたいことは大体当たっている。
たまに違うことも言っていたけど、概ねリーナの代弁は合っていた。
ウィルコクス国にいる時はリーナに助けられて生活していたけど、リーナのいない生活を経験して初めてリーナがいるありがたさがわかった。
私はこっそりリーナを見た。
私がベルーガ家で頑張れたのはリーナのおかげだわ。
リーナは当たり障りなく全ての貴族と話をしてくれた。
そうやって沢山の貴族との交流をしたが、断っても断ってもダンスの誘いが絶えない。
その辺りはリーナが上手く立ち回ってくれている。
今回の主催者は第二王子とあって、クリストファー第二王子夫妻とも挨拶をした。
第二王子はブルーグリーンの瞳にプラチナブロンドの髪を後ろに流している、すごく整った顔の男性だった。どこかで会った気がする…。
第二王子妃であるマリーナ妃は、アンバー色の髪を綺麗に巻いていて、ヘーゼルナッツ色の瞳がなんとも魅力的な可愛らしい方だった。
大きなエメラルドの指輪をしているのが目を引いた。
やっぱりどこかで会った気がする。
同僚のマリーナちゃんと同じ名前だからなのか、マリーナちゃんに見えてくる。
久々の公の場で疲れてるかしら…。
そういえば。
ハトーブの蚤の市には、第二王子の結婚式の新聞の切り抜きが沢山飾ってあった。
だからどこかで会った気がするのかもしれない。
あの結婚式にはウィルコクス国から皇太子である従兄弟のカミーユが参加していたはずで、直接お会いするのは初めてだけど…なんだか不思議。
第二王子夫妻と挨拶をした後も、ダンスのお誘いが絶えないので、ドミニクに帰りたいの合図を送り、ドミニクから主催者である第二王子に伝えてもらって帰ることにした。
ドミニクが第二王子に私の退出の挨拶をしている時だった。
《ここの地下には通路があると聞いたが…》
またあの話し声だ!
私は、辺りを見回した。
声の主を見たいけど、この言語が聞き取れている事を悟られないように、ドミニクを探しているフリをしながら。
声のする方には男性がいたが、1人だった。しかも私には背を向けて立っているので顔はわからない。
後ろ姿はなんら特徴のない焦茶色の髪だった。
そして、その男性の近くにいたのは、女性をエスコートしている第一騎士団副団長のピーター・レヴホーン伯爵が近くにいた。
レヴホーン伯爵は
「足は大丈夫ですか?捻挫だと思いますが…治癒師のところに行った方がいいですよ。
もしよかったら今から治癒院にご案内しますか?」
と言うと女性は
「ありがとうございます。
人前で転ぶなんてお恥ずかしいのに、それを起こしてくださり足の痛い私を気遣ってここまでエスコートしていただきありがとうございます。
その治癒院を教えて頂けますか?」
と答えていた。
女性は淡いブルーのドレスを着た30歳前後の女性だ。
ドレスとは不釣り合いな大振りのダイヤモンドのネックレスをつけている。
女性が自分の足を庇って少し屈んだ時に、ネックレスが揺れて首元のアザがチラッと見えた。
アザをネックレスで隠していたのね。
お化粧で隠すとか、魔力が強ければ魔法で隠すとか方法はあるのに。
ちょっと気になったけど、まあ人には色々あるからね。
私は馬車に乗って会場を後にした。
馬車に乗る時に、後ろから大きな声で
「ああもう!帰っちゃうじゃない!
あのドレスどこで売っているか聞いて、それからこの国を案内してあげるわって言うつもりだったのに。
ベルーガ侯爵令嬢ってウィルコクス国の王族の家系でしょ?
他国の王族が友達って私にピッタリでしょ?」
と声が聞こえた。
馬車からチラッと見たらフィオナ・フリト侯爵令嬢が取り巻きを連れて私の後を追いかけて来ていたようだった。
あいかわらず自分の欲望に忠実ね。
しかも、ベルーガ家は侯爵家じゃなくて公爵家だよ?聞こえてるわ。
本人に向かって間違ったら大変よ?
私がフリト侯爵令嬢を馬車の中から見て笑っているとリーナが
「以前のシンシア様はなかなか笑いませんでしたが、表情が豊かになりましたね。
今日の式典では、会場に入る時から微笑んでいましたよ」
と言った。
私、笑顔を消して会場に行ったつもりなのに、笑っていたの?
前はよっぽど笑顔がなかったんだ。
「シンシア様はいつも難しい顔をしていらっしゃいましたけど、この国に来てよかったのかもしれません。
シンシア様の帰国時期を決めるのはドミニク様ですが、すぐに戻るよりも今の方がいいのかもしれませんね。
私達はそれまで大使邸でメイドをしていますから、シンシア様といつでもお会いできるのを楽しみにしています」
とリーナが言ってくれた。