フランクさんのおみやげ
次の日、昨日渡された制服を着て、目立たないようにウィルコクス国から着てきた平民のマントを羽織った。
初めてどこかに働きに行くって変な感じがするわ!
騎士団の総務課は、すぐに馴染んだ。
私より少し年下のマリーナちゃんという女の子とは特に仲良くなった。
彼女曰く
「私は平民ですし、こんな外見だから出入りしていても貴族のお嬢様方に敵視されないんですよ」
と笑っていた。
マリーナちゃんは赤毛の混ざった金髪で分厚いメガネをしている20歳くらいの女の子だ。
おっとりした子で、笑うと歯科矯正が見える。
私の声が出ない事を全く気にする様子はなく、いつも他愛のない話で盛り上がった。
私の空気に書く文字の精度が上がって、会話もかなりはずむし、文字を書くのも慣れたしね。
私の仕事は経費の領収証の仕分け。
未処理の箱が沢山あるから、これを開けて、どこの部隊の何の経費か確認しては分けていく。
1週間後、フランクさんが遠征から戻ってきた。
そしてすぐに総務課に顔を出してくれた。
フランクさんは1週間で髭が更に伸びた気がする。
剃った方が素敵なのに…。でもそこは個人の趣味だから何も言わない。
フランクさんはいつものように優しい口調で
「総務課にはもう馴染んだみたいだね。
これはお土産。遠征先で売っていたんだ」
と言って、鮮やかな黄色の靴下をくれた。
何故靴下なのかしら?しかも黄色。
「遠征地の特産品が紅花染て、この鮮やかな黄色が目を引いたんだ」
と笑顔で教えてくれた。
それならピンク色がスタンダードだと思うし、ハンカチとか色々あったと思うけど…。
でもフランクさんの気持ちは嬉しかったので、私は笑顔で
『ありがとうございます』
と書くと、フランクさんも笑っていた。
「ところで、シアは裁縫が得意だったよね?
シアは魔力量が多いから、もしかしてこの服、繕える?」
と、騎士団の制服の上着を渡された。
洗濯は終わっていて、汚れは綺麗に落ちていたけど、左肩が少し破れていた。
上着の防御魔法を確認してみた。
これなら出来そう。
『やってみます。でも専用の糸が必要です』
と伝えると、
「糸は騎士団の備品にあるから持ってきたよ。遠征の備品には必ず入っているんだ。
長期の遠征で服がボロボロになっても自分で繕えるようにね。
でも実際問題として誰も縫えないんだよ…」
と言われて、裁縫セットを受け取った。
『服に付与されている防御魔法が発動するから結界で覆ってもらえますか?』
と聞くと
「わかった。では結界を張るよ」
と言われて、フランクさんが私を結界で囲ってくれた。
私は服に付与された防御魔法を紡ぐように破けた箇所を縫っていく。
そして縫い終わると、結界を解いてもらうために手を振った。
繕った箇所を見たフランクさんは
「業者に依頼した時みたいに、どこが破けていたかわからない。
ありがとうシア!」
と喜んで帰っていた。
後に残った黄色い靴下について
「ユールサイト小隊長、お土産買ってくるならもう少し…」
マリーナちゃんはそれ以上何も言わなかったし、キャロルさんは見なかった事にしていた。
ここから騎士団の方の服を繕ったり、ボタンをつけたり、ドレスのリメイクで培った技術を活かして戦闘中に破けたりする騎士服の補修なども頼まれるようになった。
騎士服は防御魔法が織り込まれているから魔力量の少ない人では簡単に補修できないけど、そこは魔力量の多い私は苦にならない。
今まで、専用のお針子に依頼しないといけなかったけど私なら簡単に補修できるから、総務に人が集まるようになった。
フランクさんの所属する第一騎士団の団員がよく補修依頼に来るので、第一騎士団の方々とは顔見知りになった。
団長のサイラス・ガードナー伯爵令息は、ガードナー伯爵家の嫡男でオレンジがかったブロンドの、キリリとした方で、女性に絶大な人気があるらしい。
副団長のピーター・レヴホーン伯爵はどんな時でも身だしなみはきっちりしており、漆黒の髪をオールバックにしていて男女関係なく親切だ。
サイラスさんも、ピーターさんも、私が荷物を持っているのを見ると必ず代わりに持ってくれて、忙しい騎士団の方々とは思えないほど、細やかな気配りがある。
フランクさんだってそうだ。すごく気配りができる若い領主様だ。
フランクさんは高い戦闘能力と攻撃魔法が使える上に、周りに気配りができるので、第一騎士団第一小隊長という、将来有望な役職についている。
騎士団の事務をする事になって、沢山の騎士の方と接するようになって、自分が長い間、思い込みで騎士という職業の方を見ていたという事に気がついた。
私はシンシアとして過ごしていた時、騎士団員は綺麗なご令嬢に囲まれて自分達からは女性に声をかけない気取り屋だと思っていた。
実際の騎士団員は、激務で周りに女性かいないのが普通だから、声の掛け方がわからない人が大半なんだと…。
私になんと話しかけていいかわからないようだけど、騎士団の事務員である私が困っていないか、皆が気を遣ってくれている事が伝わってきた。
今まで騎士の事を大きく誤解していた。
私自身、パーティーガールだと思われる事に『なんで誰も本当の私を知ろうとしないのよ』って怒ってたくせに、私も周りの人の本質を知ろうとしていなかった事に気づいた。