目が覚めたら知らない国にいました。
いつも誤解されてばかりいるシンシア・ベルーガ公爵令嬢は、ある日、家族と喧嘩をして家を飛び出してしまった。
歩いている途中で頭が痛くなり頭痛薬を飲んだら意識を失ってしまい、気がつくと全く知らない土地に来てしまっていた。
ここは寒いし、声も出ない!
そんな時、フランク・ユールサイト子爵に保護されて…。
『伯爵家を守るためにとりあえず婚約しました』https://ncode.syosetu.com/n3929hd/の続編となります。
前作を知らなくても楽しめる内容で書いて行く予定です。
ここはどこなんだろう?
私は周りを見回した。
どう見ても森の中…。
しかも寒い!
私は街中にいたはずなのに…。
一体何が起こったのか、朝からの事を思い返してみた。
私、シンシア・ベルーガは毎日同じ事の繰り返しに疲れていた。
私の予定表はお茶会に慰問、開店パーティーに観劇、そして夜会。
公爵家の一員として出席予定の行事が3ヶ月先まで埋まっている。
本当は社交が好きなわけじゃないのに。
パーティーガールだと家族や周りの人に思われているけど、パーティーが好きなわけじゃない。
誰かが出席しないといけないのに、誰も行事に参加してくれないから私の役目になっていた。
いつも騒がれるのは私の派手な容姿のせい。
人目を引くから、何でも大袈裟に騒がれるだけ。
父譲りのアクアマリンのような薄い色素の目と、母譲りの濃いストロベリーブロンドの髪と、はっきりとした目鼻立ち。
そして、いつでも完璧なフルメイクをしている。
メイクは常に完璧にしておかないと。
社交がなくたって誰が来るかわからないから、タウンハウスにいる時も、洋服やメイクにも気を抜かない。
フルメイクは寝不足の顔や、疲れた表情を隠せるからどんな日でもメイクに手を抜かない。
そんな私をお兄様は単なるパーティーガールだと思っている。
家でも気を抜かない服装に、フルメイクだから。
今朝の事だった。
サロンで我が家の収支表と睨めっこをしていたらお兄様が入ってきた。
私を見るなり兄様は文句を言った。
「シンシア、なんで我が妹はそんなにケチなんだ!
自分は毎月何十着というドレスを作ってパーティーに参加しているじゃないか!
どの週刊誌やゴシップ誌も、毎日毎日、シンシアがパーティーに来たというニュースばかりじゃないか!
それなのに私が魔道具製作や研究のための品物を買おうとすると何故お金がないと言うんだ!
自分が一番使っているじゃないか!」
とアラン兄様はいつもコレだ…。
顔を合わせる度に言われる。
「パーティーに出るのは仕方のない事でしょ?
この家では誰も社交をしないんだもの!
なんならアラン兄様が代わりに行っていただいてもいいのよ?
私が出席している式典やパーティーは公爵家として出席の義務があるのよ?」
と言うと
「何故、私の大切な時間を無駄なパーティーに使わねばならんのだ。
シンシアはパーティーに出るしかする事がないじゃないか!
貴族なのにファッションアイコンなんて言われてチヤホヤされて。
それがシンシアの仕事だろ?
私には研究という大事な仕事があるんだ」
と私を馬鹿にして言った。
たしかにファッション誌やゴシップ誌には、ファッションリーダーとかファッションアイコンとか色々なキャッチコピー付きで特集記事になったりしている。
だから、チヤホヤされるのが好きだと思われている…。
本当は好きじゃないのに。
「お金は一人一人の予算が決まっていて、追加は無理なの!
無い物はないの!
提示した予算の中でお買い物をしてください!」
とアラン兄様を部屋から追い出して、終了。
なんでこんな風に突っかかってくるのかな。
私はため息を吐くと、机の上の決算書を見た。
どうにかして経費節減出来ないか考えすぎて今日は寝不足。
領地の金銭的な運営や事務処理をしているのは私なのに。
アラン兄様は信じないけど、我が家はいつもお金がない。
それは我が家には浪費家しかいないから。
我が家の家族構成は、
パーティーガールだと思われている私。
本にしか興味のないお姉様と、古代遺跡の発掘の事しか頭にないお兄様。
そして、領地に引きこもったまま社交を放棄したお母様と、そのお母様が心配で常に側にいるお父様。
の5人だ。
我が家は公爵家で、お母様は国王陛下の妹なので、公式行事などは率先して参加しないといけないのに…現在引きこもり。
我が家は由緒あるベルーガ公爵家なのに。
誰も社交をちゃんとしない。
昔はお母様もお父様も行事には率先して参加していた。
でも、数年前、お母様が突然領地に引きこもってしまってから最低限だけお兄様がしていたけど…。
私がデビュタントを終えた途端に、
「私には大事な仕事がある。暇なシンシアが社交をしろ」
とそれまで最低限の社交しかしていなかったアラン兄様がそれすらも放棄してしまった。
結果、デビュタントを終えたばかりの私が公式行事をこなす事になった。
私に社交を押し付けたアランお兄様は、遺跡の発掘現場に入り浸っている。
これは無理矢理社交界に行かされていた反動…らしい。
遺跡からは稀に魔道具や魔石が発掘される。お兄様は古代魔道具の研究員だから発掘されるのを今か今かと待っているらしい。
でもお兄様が自ら発掘を行うわけではないのに。
発掘は発掘専門の調査員がいるからお兄様は遺跡に行っても発掘は手伝えないのに、いつもふらっと遺跡に行くと戻らなくなる。
しかも、古代魔道具はもうほとんど遺跡から出ないから仕事は少なくてたいしたお金にはならない。
お兄様が社交をしないならお姉様に社交を手伝ってもらいたいと思ったけど…。
クレアお姉様は、子供の頃から引っ込み思案で人前は苦手。
趣味は読書で、本を読み出すと食事すらわすれてしまう。
お姉様は部屋から出ないのに、魔法ネットワークの本のオークションだけは参加して、同じような方々と交流しているらしい。
そして有名作家の高い初版本をオークションで買う。
結界、2ヶ月に一回くらい、お金が足りないと泣きついてくるので、公爵家として社交をして欲しいと言うとその言葉だけでお姉様は泡を吹いて倒れてしまう…。
お母様は最初から
「体調がすぐれない」
しか言わないし、お父様は
「妻に何かあったらと心配で。我が家には嫡男と娘二人がいる。だから社交は子供に任せて、妻の面倒をみる」
と言って、外出しないお母様の気を紛らわすために次から次へとドレスや宝石を買うから、予算はすぐに底をついてしまう。
常に資金不足なのは、お母様の沈んだ気持ちを回復させるために次から次へと宝石やドレスを買うお父様。
壊れた魔道具や魔法石を見るとすぐに買ってしまう兄様。
有名作家の初版本をオークションで競り落とすお姉様のせいだ。
だから我が家は、年間の経費があっという間になくなるからいつもお金がない。
誰も社交をしないくせにいつも高い請求書が回ってくる。
しかも領地の金銭管理なども誰もしない!
お父様はお兄様が管理していると思っていて、お兄様はお父様が管理していると思っている。
でも、どちらかに任せたら自分の欲しい物しか買わない予算にするのが目に見えていて、まともな領地経営なんてできない…。
私が公爵家として社交に参加をし、高い物を買う家族をなだめ、資金繰りを考える。
我が家は公爵家でそれなりに裕福だけど、この3人の支出が、年間の予算を超えているので資金繰りは苦しい。
その事を言っても、誰も耳を貸してくれない。
でも対面は保たないといけない…。
式典やパーティーに同じドレスを着ていくわけにもいかないし、かといって新しく仕立てるには、公爵家の対面もあってそれなりの物を仕立てないといけないからお金がかかりすぎる。
そこで、執事のダントと侍女のリーナと相談して苦肉の策として思いついたのが、沢山あるお母様のドレスのリメイク。
リーナの姉のクロエがお針子としてメゾンに勤めていたので、クロエを引き抜いた。
お針子は給料は安い上にデザインに携わる事はできないらしい。
私の趣旨を説明したら、二つ返事でメゾンを辞めて来てくれた。
「クロエにデザイン料を払えないし、縫賃じゃなくてメイドとしてのお給料になるし、新しくデザインするのではなくてリメイクになるの」
と言うと
「でも、リメイクは好きにデザインしていいんですよね?楽しみです」
とクロエは言ってくれてた。
今では買い込んでは着ないお母様のドレスを定期的に領地からタウンハウスに運んでもらっている。
毎回、荷馬車1台分は届く。
そのドレスを、庭園の奥にある、今は使っていない別邸に運んでもらいリメイクをしている。
運ばれてくるドレスの中から、明らかに型が古い物やリメイクが難しそうな物は売ってお金に変え、そして手元に残ったドレスをほどいて仕立直しをし、新しいドレスに生まれ変わらせる。
領地にいるお母様専属のメイドが『お母様が見向きもしないドレス』だと判断した物を送ってもらっているから送られてくるドレスの流行はバラバラ。
昨シーズンの物と10年前の物が一緒に送られてきたりする。
その沢山のドレスをクロエとリーナと私で仕分けをして作業している。
他のメイドや侍女はどこかで口を滑らすかもしれないから、手伝いはお願いできない。
公爵家として出席しないといけない行事や、お茶会などは、ほぼ毎日で、しかも1日のうち複数回ということもある。
だから、暇されあればドレスのリメイク。
今日は執事のダントと収支の件で相談しようと思っていたのに、お兄様を追い出したと思ったら、領地にいるはずのお父様がサロンに入ってきた。
私を見るなり
「シンシア、何故お前はそんなにケチなんだ。
これでは私のナリスに十分な宝石やドレスを買ってやれない!
自分はいつもドレスを仕立ててパーティーに出ているではないか!」
と文句を言ってきた。お母様のドレスや宝石は十分すぎるくらい買っているのに、まだ足りないと文句を言うためにお父様はわざわざ領地からやってきたみたい…。
そこにお兄様が戻ってきて、引きこもりのお姉様まで部屋から出てきて文句を言う始末。
3対1でもう辟易してきた。
そこにダントがやってきてくれて、ダントが私を庇って色々と言ってくれるが3人は聞く耳を持たない。
私は寝てない上に、溜まったストレスが爆発した。
「みんな好き勝手言って!
いくら公爵家といえども資金は有限なのよ?
私がどんな思いで、世間体を取り繕って節約していると思っているの?
誰も何も考えてない!
もういい加減にしてよ!」
と私は怒り出した。
するとますます3人はヒートアップする。
お姉様が
「私のメイドが見たと言っていたんだけど、シンシア、あなた離れに男性を囲っているでしょ?
あなたの専属侍女のリーナが毎日、離れに食べ物を持って行くでしょ?
それに沢山の荷物を持った男性や、派手な服装の男性が来るらしいじゃない。
あなたまさか、人に言えない事をしているんじゃないでしょうね?」
と言ってきた!
離れには毎日ドレス作りに明け暮れるクロエがいるし、出入りする男性は多分足りない物を買いに行くために男装した私、又は、ドレスを持ってくる領地の荷馬車業者だ。
派手な男性は多分、ドレスの買取に来てくれるセレクトショップのオーナー…。
すると、お父様が
「お前は何をしているんだ?
そんなの社交界にバレたら大変な事になる!
今から離れに行ってみよう」
と言い出してお父様とお兄様はすごい勢いで離れに向かった。
私は2人を追いかけた。
離れの前に着くと、派手な馬車が停めてあった。
お父様とお兄様は離れの入り口に駆け出して扉を開け、その勢いで中に入ると、エントランスを通り、最初にあるサロンの扉に手をかけた。
お父様がサロンの扉を開けようとするので、止めようとしたが遅かった。
「そこは開けちゃダメ!」
そんな言葉を聞かないお父様が扉を開けると、広いサロンを埋め尽くすように、中には沢山のドレスがハンガーにかかっていた。
その沢山のドレスの中に大きな鏡が置いてあり、その鏡の前に、個性的なドレスを着た女性と、顔が濃くて背の高い紫のスーツを着た男性が2人がかりで、もう1人いる女性のドレスを脱がせようとしているところだった。
「キャー痴漢よ!」
ドレスを脱がされようとしていた女性が叫んで、パーテーションの裏に隠れてしまった。
お父様は驚いてサロンの扉を閉めた。
「あいつらは誰だ?何故あの女は服を脱がされそうになっているんだ?
それに沢山のドレスはなんだ?」
サロンは領地から届いたお母様のドレスの保管庫、兼、クローゼットとして利用している。
リメイクが難しいものを買い取ってくれるセレクトショップ『ブラクストン』のオーナーの夫婦と、クロエがサロンにいた。
室内ではセレクトショップオーナーの奥様が試着をして買い取り値段を決めている最中だった。
停めてあった派手な馬車は『ブラクストン』のオーナーのもの。
この状況がわからないお父様とお兄様からしたら、『離れの別邸で服を脱がされる女性と、服を脱がす男女。』という状態。
クロエは私に割り当てられた予算の中からお給料を払っているから、我が家のメイドでは無いのでメイド服を着ていないし、誰もクロエの事は知らない。
とそこに、タイミング悪く領地の荷馬車業者がドレスを運んできた。
お父様とお兄様には屈強な若い男性2人が馬車から降りてきて、この別邸に入ろうとしているように感じたらしく、2人の御者を見て顔を引き攣らせた。
「シンシア、ここは一体なんなんだ。この若い男2人と、サロンには服を脱がされそうな女。
ここでお前は怪しい事をしているのか?」
とお父様は怒り出した。
もうこの状態で私の頭の中はぐちゃぐちゃになってしまった。
「もう!本当にみんな人の努力も知らないで。
遊んでばかりいると思っているでしょ?
私の努力をなんだと思っているの?
いい加減にしてよ」
だんだん怒りと悲しみが混ざったなんとも言えない気持ちになってきた。
「私は私なりに努力をしているの!
それなのに皆、好き勝手して!
私だって好きな事をしたいの!
私だって自由な時間が欲しいの!
もう、知らない!皆、好きにするといいわ!」
それだけを言うと、振り返らずに庭に向かって歩いた。
私の背中に向かって皆が色々な事を言ったけど、私は誰の声も聞かないようにした。
向かった先は、買い出しに行く時に使っている秘密の隠し通路。この通路は、公爵邸が占拠されるなど有事の時の数ある抜け道の一つ。
隠し通路には買い出しの時に使っている平民の男児の服が隠してあるが、服は洗濯中。
置いてあるマントを羽織ると、髪を隠すためにフードを深く被って、ストロベリーブロンドは珍しい髪色なので、街に溶け込むために魔法で髪の色を茶色に変えてから外に出た。
マントの内ポケットには、ドレスのリメイクの素材を買うためのお金が入っているから当面の生活費には困らないわ!
もう屋敷には戻らない!
怒りと悲しみに押しつぶされそうになって下を向いて歩いた。
今までどんなに我慢してきたと思っているのよ!
いつもゴシップ誌に追いかけ回されて、嫌な男性貴族をあしらって。
しかもパーティーガールだと思われているから、頭はカラッポだと思われているし。
領地の資金繰りをいつもいつも考えているのに!
どれくらい歩いたんだろうか。
気がつくと、視界に入っている道が石畳から舗装されていない土の道に変わっていた。
ふと顔を上げると…見たことのない街並みが広がっている。
いつも買い出しに行く問屋街を超えてしまったらしい。
ここまでは来たことがない。
ここがどこか聞いてみようか…と考えていると、いつもの片頭痛で頭が痛くなってきた。
あたりを見回すと、小さな公園にベンチがあったのでそこに座って、首から下げているペンダントに入っている頭痛薬を飲む。
今日はベンチに座っているのも辛い…。
いつもよりも強い頭痛で辛さが改善しないなんて。
追加で頭痛薬を飲んだ。
症状緩和のために辛い時は追加で飲んでもいいと聞いている。
あっ…いつもと違う処方箋だった
それを思い出した時にはもう飲んだ後だった。
新しい頭痛薬は眠気が強く出るので2錠目は2時間あけてください、そう言われていたのに…。
眠気と頭痛で、座っているのがやっとになってきた。
すると何故か目の前に白馬がやってきて、私に背中を貸してくれた。
「背中を貸してくれるの?ありがとう」
馬は
「ブルルル」
と返事をした。
私はその背中に覆い被さるようにもたれかかった。
覚えているのはそこまで。
寒いと思って目を開けると、視界に入ってきたのは鬱蒼とした森の木々。
びっくりして起き上がると私は草の上に寝転がっていた。