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第一話

「まったくお兄さまの骨董趣味にも困ったものだわ」


 ユリア・ラフロイ伯爵令嬢は兄のヘンリーからもらった鏡を前に苦笑を浮かべた。

 それは真鍮の縁飾りがついた年代物で、細工はなかなかに見事だが、肝心の鏡面がすっかり曇ってしまって、姿見としてはとうてい役に立ちそうにない。

 何しろこうして正面から眺めても、人が映っているのがおぼろげに分かる程度なのである。


 困った誕生日プレゼント。

 とはいえそれはあくまで苦笑で済まされるレベルの、他愛もないものに違いなかった。

 一方、婚約者のアンドリュー・バルモア公爵から贈られたプレゼントの方は、とうてい苦笑で済ませられるものではなかった。


 彼が贈ってよこしたのはピンクサファイアの首飾りで、高価なことはもちろん、選んだ人間の趣味の良さをも感じさせる大変素晴らしい逸品だ。婚約者の誕生祝いに贈る品としては極上の部類と言えるだろう――ただ一点、婚約者であるユリア本人にまるで似合わないことを除いては。


「……これってやっぱりアリスのイメージだわよねぇ」


 ユリアはため息まじりにつぶやいた。

 ユリアは艶やかな黒髪と青い瞳の持ち主で、「ややきつい顔立ちの大人っぽい美人」というのが世間一般の評価である。

 似合う装飾品は青か緑を基調にした大人びたデザインのものであり、ユリア自身もそういった品を好んでいるのだが、婚約者が贈ってきた首飾りはピンクを基調にした甘くて可愛らしいデザインだ。

 それは否応なく共通の知り合いであるピンクブロンドの愛らしい女性、アリス・アンダーソンを連想させた。


 単なる考え過ぎならばいい。

 しかしそうとも言い切れないのは、アンドリューの態度に疑わしい面があまりに多いからである。


 定期的にデートに誘ってくるものの、顔を合わせても笑いもしないし、ろくに話も振ってこない。夜会でもファーストダンスを踊ったら、さっさとユリアから離れてしまう。

 贈られる品々はどれも高価で洗練されてはいるものの、花束もちょっとした小物も装身具も全て愛らしいピンク色で、ユリアのイメージからは程遠い。


 アンドリューの行動すべてが「ユリアに興味の欠片もない」と物語っているのだが、ではなにゆえ婚約を結んだのか。公爵という身分に加え、端正な容貌と輝かしい経歴の持ち主で、いくらでも良い縁談があるはずの男性が、政略的な旨みもない格下の伯爵令嬢を選んだ理由は何か。

 そこで思い当たるのが、ユリアの学生時代からの親友であるアリス・アンダーソン――旧姓アリス・アーヴィングの存在である。



 アリスはふわふわしたピンクブロンドにハシバミ色の瞳を持つ、妖精の様に愛らしい女性で、ただにっこりとほほ笑むだけで、あまたの男性陣を虜にする天性の魅力の持ち主だ。

 そのおっとりして頼りなげな風情は、女性であるユリアですらも「守ってあげたい」と思わせるほどで、実際、アリスがおかしな輩に付きまとわれたとき、アリスの代わりにきっぱりお断りするのはいつもユリアの役割だった。

 

 他の友人たちからは「やめなさいよ、貴方が損するだけじゃないの」とさんざん言われていたものの、アリスに上目遣いでお願いされると、ついつい断れないのである。


 そんなアリスがルイス・アンダーソン侯爵の求愛を受け入れ、結婚式を挙げたときには、ようやく肩の荷が下りたとほっとすると同時に、若干寂しかったものである。


 ルイスの友人であるアンドリュー・バルモア公爵がユリアに婚約を申し込んだのは、まさにそんな折のことだった。

 表向きの理由はルイスとアリスの結婚披露パーティで、アンドリューがユリアを見初めたというもので、聞いた当時は素直に嬉しかったものだが、今となっては「別の動機があったんじゃないの?」と考えずにはいられない。


(アンドリューはアリスのことが好きだったのかしら。でもアリスはルイスと結婚したから、仕方なくアリスの友達である私と婚約したのかしら)


 聞くところによれば、アンドリューはルイスを通してアリスとも以前から交流があったらしい。むろんそれはあくまで「ルイスの友人」としての節度を守った付き合いだったそうだが、人の内心までは分からない。


 アンドリューがユリアと婚約したのは、恋しいアリスとの接点を少しでも増やしたかったから。

 プレゼントが愛らしいピンクばかりなのは、「婚約者に贈るプレゼント」をイメージする際、ユリアではなくアリスを思い浮かべているから。

 そう考えると、全てつじつまが合ってしまう。


(冗談じゃないわ、身代わりなんてまっぴらよ)


 いくら美男子だろうが公爵さまだろうが、人を馬鹿にするにもほどがある。叶うものなら今すぐにでも婚約破棄してやりたいが、厄介なのはアンドリュー側に明確な落ち度が何ひとつない点である。


 定期的にデートをし、ことあるごとに高価な贈り物を欠かさず、夜会でも(少なくとも前半は)きちんとエスコートする。こんな模範的な婚約者、しかも格上の公爵さまに婚約破棄を突きつけようものなら、ユリアは身の程知らずの事故物件扱いになって、今後の縁談も望めまい。いやそれ以前に両親が猛反対するだろう。

 結局のところ今のユリアにできるのは、アンドリューの方から破棄してくれるのを祈るくらいが関の山だ。


 ユリアはため息をついて、ベッドの中にもぐりこんだ。


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