陽花と矢部先輩が過ごす夜
「…………ふん」
「…………ふん」
「…………はぁ」
何とか自宅に帰り着くことはできた、だが二人ともこの調子で顔を合わせようともしない。
それ自体はいい、問題は……二人して俺を拘束している点だ。
「あのさぁ陽花、お兄ちゃんご飯作らないといけないからそろそろ膝から降りてほしいなぁ」
「しょくよくなんかないもんっ!! お兄ちゃんは陽花とはなれてへいきなのっ!!?」
「ふふ、陽花ちゃん……お兄ちゃんにわがまま言っちゃいけませんよぉ」
「矢部先輩もいい加減後ろから抱き着くのやめてくれません、重くて上手く動けないんですよ」
お陰で背中にとても柔らかいものが接触していて、だけど足の上には陽花が居るから反応するわけにはいかなくて……これ地獄すぎない?
ただでさえ禁欲生活を50日以上続けているのにこれはひどい、拷問とかいうレベルではない。
「きいたうしちちぃ……お兄ちゃんはおもいおんながきらいなのっ!! ほらどっかいってっ!!」
「勘違いしないで欲しいわねっ!! 私が重いのは皆川君への想いが重量級だからよっ!! そっちこそ皆川君への想いが足りないんじゃないの!?」
「陽花はお兄ちゃんへのあいじょうがたっぷりつまってるからかるいんだもんっ!!」
「ねえねえ、いい加減ご飯作らせてよぉ……矢部先輩は俺の部屋にある辞書持って帰ってください……」
人の話聞いてくれない……ああ、会話のキャッチボールをしたい。
というかこれどうやって始末をつければいいのだろうか、凡人の俺には全く見当がつかない。
「こんな危険な子が居る空間に皆川君を置いて行くわけにはいきませんっ!! 今日は私がきちんと監視しておいてあげますっ!!」
「なにいってるのっ!! お兄ちゃんこんなおんなさっさとおいだして陽花とらぶらぶちゅっちゅねんねしようっ!!」
「い、一緒に寝るなんてその齢でなんてはしたないっ!! 皆川君には幼女趣味はないんだからねっ!!」
「お願いだから離れて……くれないよね、もういいやこのまま適当に何か作りますよ」
陽花を抱き上げて抱き着く矢部先輩を引き連れて、台所へとなだれ込み……両手が使えないから冷凍食品を並べることにする。
時々陽花が悪戯しようと包丁へ手を伸ばすので遠くに移動する……刃物は危険だよ。
「むぅ……お兄ちゃん、どうしてほうちょうをそっちにやっちゃうのっ!? 陽花のぶきをとらせてよぅっ!!」
「包丁は武器じゃありません……矢部先輩も鞄から百科事典を取り出さないで、それも武器ではありませんからね」
あんなものを持ち歩いていたとは、道理で重いわけだ。
「ほらほら二人とも、冷凍食品で悪いけどご飯できたから食べましょう……先輩も食べたら帰ってくださいよ?」
「もうお兄ちゃんたらこんなやつのぶんもごはんをよういするなんてやさしすぎるよぉっ!!」
「……一緒に食べていいの?」
ちょっとだけ矢部先輩がトーンダウンしてこちらを伺うように視線を向けてきた……今更急に何でこんなしおらしくなっているのだろう。
「もう用意してしまいましたから、食べてもらわないと困りますよ」
「そっかぁ、ありがとうね皆川君……いただきます」
ようやく矢部先輩は落ち着いてくれたようだ……事情は分からないが先輩にも色々あるのだろう。
こうなれば後は陽花の相手をするだけだ、いつも通りご飯をすませてしまおう。
「むぅ……いただきます、お兄ちゃんあーん、むぐむぐ……」
ちょっと不機嫌そうにしながらも、俺が差し出したご飯を素直に食べる陽花。
「ふぇぇっ!? な、な、た、食べさせてあげるなんて皆川君甘やかしすぎだよぉっ!!」
「あ、い、いや陽花はまだ食器もお箸も使えないから……使えないよな?」
「えへへ、お兄ちゃんがたべさせてくれるごはんはおいしいなぁ……もっとぉお兄ちゃんあーんっ」
「どう考えてもここまで成熟してて、しかもずっと皆川君に張り付いてられるぐらい指の力が付いてる子が一人で食べれないわけないでしょっ!?」
矢部先輩の指摘は実に見事でその通りだと思う……けれど世の中そう理屈で回っていれば上手くはいかないのだ。
「むぐむぐ……おいしいなぁ、まけいぬのとおぼえをききながらのおしょくじはさいこうだなぁ……お兄ちゃんおかわりーっ!!」
「きぃーっ!! み、皆川君私にもあーんっむぐむぐ……へへ、どう陽花ちゃんっ!!」
ついつい先輩が口を開くところを見たら反射的にご飯を運び入れてしまっていた……うん、親鳥の気分だ。
「お、お兄ちゃんっ!? どうして陽花いがいのおんなにたべさせるのっ!! お兄ちゃんは陽花せんようがかりでしょっ!!」
「す、すまんついいつもの癖で……というか別に俺は陽花専用係じゃないぞ……」
「ふふん、拘束する女は嫌われるわよぉっ!! お返しに私も食べさせてあげる……はい、あーんっ」
思わず口を開いて食べてしまった……だって同年代の何だかんだ魅力的な女性にあーんされて食べないわけにいかないじゃないか。
「きぃーーっ!! お兄ちゃんそんなのはきだして、そのおんなのかおにたたきつけてやってっ!!」
陽花の言葉遣いがどんどん悪くなっていく、やっぱり矢部先輩に会わせたのは失敗だった。
「むぐむぐ……そんなことできるわけないだろう、陽花ちょっと口が悪いぞ」
「陽花ちゃんそんな言葉遣いしちゃいけまちぇんよー、はい皆川君あーんっ」
「お兄ちゃんそんなのたべないでっ!! 陽花がたべさせてあげるから、ほらあーんっ!!」
巧みに箸を操り矢部先輩の箸と並べて俺にご飯を突き付ける陽花……やっぱり箸を使えるんじゃないか。
「どっちをたべるのっ!! はやくきめてっ!!」
「ほら皆川君、こっちのほうが絶対美味しいよっ!!」
「……もうお腹いっぱいです、御馳走様でした」
ほとんど食べてないしお腹は減っているけど食欲がない……辛い。
「あ、お兄ちゃんにげるのははんそくだよぉっ!!」
「皆川君っ!? せめてもう一口どっちか食べてってよぉっ!!」
「……お風呂準備してきます、仲良く食べていてください」
追いすがろうとする二人を強引に振り切って俺は風呂場に向かった。
何とかドアを閉めて抑え込んでいると暫くしてようやく静かになった……やっと一人になれた。
(き、きつい……辛い……苦しい……俺が何をした)
まさか一人になることでここまで癒されるとは思わなかった……ガンガン削られた精神値が少しだけ回復していく。
正直もう矢部先輩には帰ってほしい、だけど言ったところで聞かないだろう。
(うぅぅ……まさか本気で泊っていく気じゃないだろうなぁ……この調子だと死ねるぞ俺)
落ち込みながら風呂の準備をするが、普段から慣れているせいであっという間に終わってしまった。
このままここに留まっていたいが、あの二人を放置しておいたらどうなるかわかったもんじゃない。
俺は覚悟を決めてドアを開いて二人の襲撃に備えた。
(あれ? 二人ともどうしたんだ?)
しかし予想とは違い二人が迫ってくることはなかった、食卓を見るとちゃんとご飯は食べ終わってる……早すぎないかな、というか陽花やっぱり一人で食べれるじゃないかぁ。
一体どうしたのかと色々と見て回るがどこにも二人の姿はない……台所から包丁が一本減っていたような気がするが勘違いだと思いたい。
『……ぱり……にあっ……』
『お……ちゃ……えっ……』
探しに探してようやく俺の部屋から二人の声が聞こえてきて、しかも意外なことに結構親し気に話しているようにすら感じる。
(俺が居なくなったことで少しは落ち着いたのか……まあ元々二人とも優しいからなぁ)
これで安心できるとほっとしながらドアを開いて二人に声をかけた。
「お風呂沸かしてきたよ、もう少し……で…………な、何を見てんだっ!!?」
俺のエロ本コレクションが床に散らばっていて二人が興味深げに眺めていた……わざわざ陽花が届かない場所に隠しておいたのにっ!?
「ひぅっ!? み、皆川君早かったねぇ……」
「お、お兄ちゃん……え、えっちぃ……」
「陽花にはまだ早い本ですっ!! 矢部先輩何やってんですかっ!!」
「い、いや陽花ちゃんから休戦の申し込みがね……皆川君がよくクローゼットの上にある棚を気にしてるって言うから……」
いつの間に気づかれていたのか、そしてまさか矢部先輩と共謀して漁ってくるなんて……流石に怒るぞ俺も。
「いやぁでも皆川君、結構メガネの先輩キャラ好きみたいだね……じ、実は私のことも……」
「人の部屋を漁って可愛い妹にエロ本見せつける人は大っ嫌いです、ほら辞書返しますから帰れ今すぐにっ!!」
あの汚れを知らぬ陽花にエロ本を見せつけた矢部先輩を許す気にはなれない、俺は力づくで追い出しにかかる。
「ご、ごめんなさいっ!! も、もうしないから許してぇっ!!」
「もう手遅れなんですよぉっ!! いいから帰ってくださいっ!!」
「お、お兄ちゃん……こ、こういうちゅーもあるんだねぇ、陽花しらなかったぁ……」
「陽花もいつまでも見てないのっ!!」
強引に本を取り上げてもう一度クローゼットの上に……いやもう処分しておこう。
全部ゴミ袋に詰め込んで口を堅く何十にも締め上げる、次のごみの日にまとめて出してしまおう。
「あ、お、お兄ちゃんすてることはないんじゃないかなぁ……あとそのうしちち、じゃなくてやべのおねえちゃんにそこまでおこったらかわいそうだよぉ」
「うわーん陽花ちゃん優しー、もっと言ってあげてよぉ」
「ほらないてるでしょ、陽花がかわいくておこるのはわかるけどこんかいはゆるしてあげよーよぉ」
「……何を企んでいるんだ?」
急に態度が変わった陽花の様子に逆に不安を感じてしまう。
「なにもたくらんでなんかないよぉ……ね、陽花はもうきにしてないからおねえちゃんをゆるしてあげてよ?」
「本当にごめんなさい皆川君、もう二度としないから……ね」
二人にここまで言われてしまうと怒りが抜けてきてしまう、俺はため息をついて感情を切り替えることにした。
「本当に二度としないでくださいよ……陽花もさっき見たことは忘れること、いいね」
「はーい、やさしいお兄ちゃんだいすきーっ!!」
「わーい、優しい皆川君だいすきーっ!!」
「抱き着かないでください……それよりお風呂出来たみたいだから陽花入っておいで」
二人が飛びついてくるのをいなしながら、出来上がりを告げるお風呂に入るよう陽花を促す。
「うん、やべのおねえちゃんいっしょにはいろ?」
「ええーいいのぉー、うーん、陽花ちゃんにそこまで言われちゃぁ断るのも悪いしぃ入っていっちゃおうかなぁ」
「……何を企んでいるんだい二人とも? 矢部先輩なんか着替えがないでしょう」
「ちょっといやだけどお兄ちゃんのおようふくかしてあげればいいんだよ……それにいっしょにはいれば陽花のしんぱいしなくてすむでしょ?」
露骨に目をそらす二人に物凄く不安を感じるが、せっかく一人になれるのだから断る手はない……のかもしれない。
「……変なことしないでくださいよ?」
「もう皆川君は私を何だと思ってるのっ!? 失礼しちゃうわ……じゃあ陽花ちゃん一緒にお風呂に入りましょうね?」
「わーい、おねえちゃんだいすきー」
笑いながら去っていく二人、先ほどまでの争っていた姿からは想像もつかない……怪しすぎるわっ!?
本当はこの空いた時間で家事全般をやってしまうのがいいのだろうが、気になって仕方がない。
(万一風呂場で争われたら大変だし……あまり気は進まないけど気付かれないように風呂場へ近づいて、会話を盗み聞きするか)
更衣室を何とか音をたてないように開き、中へと忍び込む。
途端にいつも通り脱ぎ散らかされた陽花の洋服が目に留まり……きちんと畳まれた矢部先輩の制服と下着が目に飛び込んでくる。
シンプルな白を基調とした下着だが特に上のサイズがやばい、ヤバすぎる。
同じ学校に通う女性がお風呂に入っているのだと認識させられる、目の前の下着と言いこの状況で興奮するなというほうが無理だった。
とはいえそれが目的ではない、俺は頭を振って欲望を吹き飛ばすと案の定浴室で話し合っている二人の会話に耳を傾ける。
『……からね、陽花はどうしてもお兄ちゃんのおよめさんになりたいの……あのほんのつづきにかいてあるんでしょ?』
『でもねぇ、これ以上陽花ちゃんにえ、エッチな事教えたら私皆川君に怒られちゃうよぉ……ごめんねぇ』
『うぅ……陽花ね、やべおねえちゃんといっしょにほんよみたかったなぁ……おなじほんをよんでかんそうをかたりあいたかったなぁ』
『そ、そんなぁ……わ、私もね陽花ちゃんと読書の感想を語り合いたいわ、だから違う本にしましょうね』
状況がつかめてきた、どうやら矢部先輩の読書愛に目をつけて陽花が上手いこと懐柔しようとしているようだ。
確かに陽花は女の子だし矢部先輩の身体には興味がないだろうから、純粋な読書仲間としてこれ以上ない相手だったのかもしれない。
通りで急に仲良くなったわけだ、しかしいくら矢部先輩が読書仲間を求めているとしても幼子にエッチな本を読み聞かせるまで常識を失ってはいないはずだ。
特にさっき俺が叱ったことがかなり堪えているようだし、この調子なら安心してこの場を離れてもよさそうだ。
『はぁ……陽花がっかりぃ、やべおねえちゃんのどくしょにかけるじょうねつはそのていどなの? いちどよんだほんをとちゅうでなげだしてほんとうにどくしょあいがあるといえるの?』
『そ、それは……そうよね、読み始めた本を途中で辞めるのは一番の冒涜だものねっ!! うんわかったわ陽花ちゃん、後でお兄ちゃんが寝た後内緒で読み聞かせてあげるわっ!!』
『わーい、やべおねえちゃんだいすきーっ!! お兄ちゃんのつぎにすきーっ!!』
『うふふ、私も読書に興味を持った陽花ちゃんのこと大好きよっ!!』
はい終了、やっぱりだめだこの先輩……完全に懐柔されている、洗脳がどうのこうの言っておいて情けないなおい。
強引に中に入って会話を打ち切りたいが、流石にそれは不味いとぎりぎりの理性で押さえこんだ。
(風呂から出たら絶対に追い出す、うちの陽花を汚される前に必ずたたき出すっ!!)
強く覚悟を決めると俺は廊下で二人が出てくるのを待った。
「おまたせー、お兄ちゃんおふろいいよー」
「皆川君お風呂ありがとー、いいお湯だったよぉ」
「それは良かった、じゃあもう帰……っ!?」
プチ熊さんがデザインされた寝間着に着替えた陽花はとても可愛らしい、だけど矢部先輩は……俺の寝間着を来た先輩がやばい。
無理やり止めたであろう胸元のボタンは隙間が開きまくりで……当然下着の替えなんかないから内側の肌色がはっきり見えている。
いやそれどころか見えてはいけない突起らしき部分も服の下から主張されていて……こんな格好で帰れなんて言えるはずがない。
「せ、先輩……な、なんで寝間着を着てるんですかっ!?」
「今日はもう皆川君のお家に泊まっていっちゃおうかなーって……いいよね、陽花ちゃん?」
「もちろんだよ、陽花がおっけいしたからもんだいないよ……そうだよねお兄ちゃん?」
陽花の企みが分かっている以上追い出さなければと思う……けどあんな肌色見せつけられて強気に出れる男子がおりますか。
「いや、あのね……流石にお泊りは色々と不味いと思うんだ、矢部先輩の家族だって心配しますよ」
「……大丈夫、うちの家族は私のことなんか気にもしてないから」
それでも抵抗してみたけれど、とても寂しそうにそんなことを言われてしまえばもう逆らえるはずがなかった。
「ま、まあ陽花と矢部先輩がいいなら……だけど陽花に変なことを教えないでくださいよ」
「お兄ちゃん、へんなことってなあに?」
陽花がよくわかりませんって顔で小首をかしげて俺に尋ねる……可愛らしいけど、演技だってわかってるんだぞ畜生可愛いなぁ。
こうなるとどうしようもない、せめて矢部先輩に釘をさしておくことにしよう。
「変なことは変な事っ!! いいですね矢部先輩っ!?」
「も、もちろんだよ、陽花ちゃんが聞きたがること以外教えないからっ!?」
「陽花が変な事教えて欲しいって言っても教えちゃ駄目ですからねっ!!」
「やだなぁ陽花はへんなことおしえてなんていわないよぉ、あんしんしてよお兄ちゃん」
無邪気に笑いかける陽花……あれだけの邪な会話を繰り広げておいてよくぞここまで無邪気さを装えるものだ。
(ここまで見事な演技をするとは……陽花はやっぱり末恐ろしい)
今夜は一日中監視するしかない……さっさとお風呂を終わらせると俺はお休みの準備を済ませた陽花をベッドに連れ込むことにした。
「ほら今日もお兄ちゃんと一緒に寝ようなぁ」
「うーん、きょうはやべおねえちゃんといっしょにおねんねするぅっ!!」
「いいわよ、陽花ちゃんと一緒に寝るの楽しみーっ!!」
「絶対だめですっ!! ほら陽花おいで、腕枕にいい子いい子してあげるからほらっ!!」
無理やり抱き上げて隣に寝かしつける、思いっきり不満そうな顔をしたが俺が頭を撫で始めるとすぐに笑顔になった。
「もぉ……お兄ちゃんったらぁそんなに陽花といっしょにおねんねしたいの、しょーがないなぁ」
「うーん、じゃあ私はどこで寝ようかなぁ……あ、皆川君一緒に寝ていい?」
「いや流石にベッドが狭いし……一応俺も男ですから一緒に寝るの嫌じゃないですか?」
「お兄ちゃぁん……陽花、おねむ……なでて……ぐぅ……」
俺たちが問答している間に陽花は眠りに落ちてしまった。
今日はずっとはしゃいでいたから体力も限界だったのだろう。
「えっとベッドは色々あるから好きなのを使って……せ、先輩なんで入ってくるのっ!?」
「もう私も眠くなってきちゃったぁ……ごめんね、ここで寝ちゃう」
「いやあの……や、矢部先輩っ!? ち、近づきすぎっ!?」
陽花の反対側から俺の身体に密着する矢部先輩、当然薄絹の下に隠された豊満な身体の感触が伝わって……これヤバいってっ!?
「ベッド狭いから仕方ないよね……ふふふ、誰かと寝るのいつ以来かなぁ……皆川君私も腕枕してぇ」
「いやあの……うぅ……こうですか?」
もうどうにでもなれとばかりに要求通り残った腕で矢部先輩に腕枕をした……腕の中に納まった矢部先輩からとてもいい匂いが伝わってくる。
(俺と同じシャンプー使ってるはずなのに……なんでこんなにいい匂いなんだ?)
「ああ幸せだなぁ……皆川君色々迷惑かけてごめんね」
「はぁ……矢部先輩、何かあったんですか?」
流石に色々と変化がありすぎた、部活のことや妙にムキになって陽花と争っていたり今もこんな真似をしてみたり……思わず尋ねていた。
「元々嫌な事一杯あってね……皆川君とお話出来なくなったら耐えられなくなっちゃったんだぁ」
「そうですか、でも俺ってそんなに役立ってましたか?」
「ふふ、趣味もお話も合ったし……何より君って、人のことを変な目で見たりしないから近くにいても落ち着くんだぁ」
「……なんだかんだで俺だって見てますよ、男ですからそういう気持ちはありますよ」
矢部先輩の胸の震えを見て癒しを感じていたこともあるしさっきの下着や今だって……俺はそこまで聖人君子じゃない。
「ううん、なんていうのかな……皆川君は相手の気持ちを思いやって行動する人だから襲われる心配とかないし、安心できるんだぁ」
「……ヘタレなだけですよ」
「そんなことないって、もっと自分に自信もっていいと思うよ……陽花ちゃんも同じこと感じてるみたいだし……」
「どういうことですか?」
陽花の名前が出て反射的に聞き返してしまう……陽花がどうしたというのだろう?
「うーん、詳しくは聞けなかったし私が言っちゃ駄目だと思うけど……陽花ちゃん可愛いから変な目で見る人もいたんじゃないかなぁ?」
(な、うちの陽花にっ!? ど、どこの誰だっ!?)
すさまじい怒りが込み上げてくる、この汚れを知らぬ天使の生まれ変わりのような輝きを放つ純白の極みである陽花を下種な視線で見た人間が居るなど……叩きのめしてやりたい。
「陽花ちゃん私にも最初はきつかったけど、多分あの人見知りは護身なんだと思うなぁ……だから臆病者同士で二人きりで話したらあっさり仲良くなれちゃった」
「そうですか……」
何といっていいかわからず、俺は相槌をうつことしかできなかった。
「そして優しくて我儘言っても受け入れてくれて……無防備に甘えることができる皆川君を独占したくなっちゃうんだろうね、すごくよくわかるよ」
「矢部先輩……」
「私がどんなに分厚い本を進めても次の日には読んできて感想聞かせてくれて……どんなジャンルでも嫌がらずに読んでくれて……そんな皆川君にどんどん甘えて独善的な本ばっかり進めて……だけど初めて辞書は読んでくれなかったね、多分前なら読んでくれたと思うのに……」
俺の身体を抱き枕にするように抱き着いた矢部先輩は、さらに手を伸ばし優しく陽花の頭を撫でてあげた。
「ずっと私が独占してたんだけどなぁ……まさかこんな伏兵が現れるなんてね」
「すぴー……んぅ……お兄ちゃぁん……すー……」
嬉しそうに俺に密着する陽花に微笑む矢部先輩、二人の可愛い表情の裏にどんな感情が隠されているのか俺には見抜けそうになかった。
「陽花ちゃん可愛いなぁ……私みたいに暴走しないようちゃんと見守ってあげてね……」
「暴走しっぱなしな気もしますが……まあ兄として妹を見守るのは当然ですよ」
「うん……ああ、私も眠い……お休み皆川君……はぁー……すー……」
俺に密着したまま眠りに落ちた矢部先輩、初めて見る寝顔は想像以上に幼く見えた。
(……重いなぁ)
両腕に伸し掛かる重みが体重以上に感じられたのは、俺の勘違いだったのだろうか。
わからないけれど、俺に出来ることは二人が起きないようじっとしていることだけだった。
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