陽花と嫉妬
「おにいちゃん、ただいま~~だっこ~~っ!!」
バスから降りてきた陽花が元気よく俺に飛びついてくる。
俺が受け止めると決めつけた動きだ、もちろん抱き止めてあげないと怪我をしてしまうだろう。
「お帰り陽花……あはは、陽花は軽いなぁ……軽すぎて足元がふらついてしまうよぉ」
辞書三冊が詰まったズシリと重い鞄を支えながら陽花を支える……少しぐらい足元がふらついても許してほしい。
「えへへ、陽花にはお兄ちゃんへのあいがぎっしりつまってるからとてもかるいのですっ!!」
「逆じゃないかなぁ……お兄ちゃん陽花の愛が重すぎて支えきれないよぉ、だから歩いてくれない?」
「え~、陽花のあいをうけとめられないのぉ?」
可愛らしく小首をかしげないでほしい、お兄ちゃん頑張りたくなってしまうから……あ、やっぱり無理重い膝がガクってなったっ!?
「今日だけはかんべんしてください……ほら手をつないであげるから、一緒に並んで歩こうな?」
「もぉ~、今日だけだよ?」
陽花がしぶしぶと体から離れ、俺たちはお手手つないで帰宅し始めた。
「お兄ちゃん、きょうねあたらしいおゆうぎならったの……みたい?」
「あ、あはは……みたいに決まってるじゃないかぁ」
断れば不機嫌は確実だ、ひょっとしたらやっぱり抱っこと言い出すかもしれない。
「えへへ……しかたないなぁ、かえったらみせてあげるねっ!!」
「嬉しいなぁ、お兄ちゃん嬉しくって涙が出てくるよぉ……うぅ……」
どうやら今日も最低限の家事しかできそうにない、まとめて片付ける週末は大変なことになるだろう。
「陽花のおゆうぎだいにんきだったんだからぁ、ゆきとくんもだいぜっさんだったんだからねっ!!」
「よ、よ、よ、陽花さんっ!? だ、だ、だ、誰ですかゆきと君とやらはっ!?」
初耳だ、まさか男の名前が出るなんて……幼稚園の大人は何をしてるんだ、きちんと監視して男女の接触を抑えてくれないと。
「あたらしいおともだち~、すっごいかわいいおとこのこなんだよ~」
「陽花には男友達とか早いと思います……20歳になるまで我慢したほうが良いぞ、うん」
いや早すぎだろう、異性の友達とか成人するまで……いやしてからもお兄ちゃん許しませんよ。
「もうおにいちゃんったらぁ、じょうだんばっかり……あれ、もしかしてしっとぉ?」
「あはは、そんなわけないじゃないか……けど男友達は早いと思うよ、うん」
「だいじょうぶだよぉ、ゆきとくんはとってもいいこだから……あ、なんならこんどおうちによんでいっしょにあそぶ?」
「絶対だめですぅっ! お家に招待なんていけませんっ!」
この齢で男を家に連れ込もうなんて……お兄ちゃん許しませんよっ!!
(おのれゆきと君とやら、汚れを知らぬこの世に降り立った天使のごとき世界一のすばらしさを誇る唯一無二の至宝の宝玉であり得る陽花を誑かすとは……許せんっ!!)
「お兄ちゃんったらろこつにしっとしちゃってぁ……えへへ、すっかり陽花のみりょくにめろめろなんだからぁ~」
「そういうんじゃありません、とにかく陽花には男友達は早いです」
兄として当然の判断を下す……これぐらい当然だよね。
「ぶぅ、お兄ちゃんてあんがいこころがせまいのね……まあ陽花がかわいすぎるせいみたいだからとくべつにゆるします」
「可愛すぎる妹を持つとお兄ちゃんは心配なのです……本当に、変な男の子に近づかれないよう気を付けてね」
「はーい、いうとおりにします……だからかわりにちゅーしてくださいっ!」
「うぅ、何という巧みな交渉術……考えておきます」
とはいえどうせ朝になれば勝手にキスしにくるのだから深く考える必要はないのかも……キスに抵抗が薄くなってるのも問題な気がする。
(まあどちらにしても、とにかくゆきと君とやらは要注意だな……バスの先生にそれとなく聞いてみるか?)
などと考えているうちに自宅に辿り着き、俺はいつも通り食事とお風呂の準備を始める。
「お兄ちゃーん、みてみてー」
近くで陽花がお遊戯と称して可愛らしく踊っている。
手を上下にちまちま動かしたり、頭を左右に揺らして髪の毛をゆらゆらさせたり、腰をふりふりしてスカートを靡かせたりとヤバいぐらい愛おしくてたまらない。
はっきり言ってめちゃくちゃ癒される、先輩との接触で受けたダメージがかなり回復してきた。
(可愛いなぁ陽花は……それはともかく、矢部先輩に渡されたあの辞書三冊どうしよう……)
もう持ち運びたくもないから暫く家に置いておくつもりだが、明日来襲するという矢部先輩をどう対処するか?
(いくら矢部先輩お勧めの本とは言え流石に読みたくないぞ……というか一度読んだぐらいで内容を覚えきれる自信もないぞ)
ため息が零れてしまう……かつての優しく包容力にあふれていて胸を無防備にアピールして俺たちを癒してくれた矢部先輩はどこに行ったのだろう。
「お兄ちゃん……なにかんがえてるの?」
思わず俯いてしまったせいか、陽花が不機嫌そうに俺を見ていた。
「ごめんごめん、ちょっと学校で色々あってねぇ」
「ほかのおんなのことかんがえてたでしょ……ねえ、そうなんでしょ?」
「よ、陽花さん……雰囲気が何か違いませんか?」
何故わかるのか……というか、幼稚園児なのに威圧感を発しているだとっ!?
「陽花といっしょにいるのになんでほかのおんなのことかんがえるのっ!? はなのしたのばして……ばかぁっ!!」
どうやら胸のことを考えた際の変化を見抜かれたらしい……女の感って恐ろしい。
「いやあのね、陽花が考えているようなことじゃなくて……ちょっと先輩と一悶着あってその解決法をね……」
「どうせおんなのせんぱいなんでしょっ!? 陽花のしゃしんをおくりつけてかわいいかのじょがいるからおあいてできませんっていってやればいいのよっ!!」
「陽花、おちついて……ね」
「なによ、ひとにはおとこのおともだちつくっちゃだめっていっておいて……お兄ちゃんなんかだいっきらいっ!!」
部屋に走り去っていってしまった、全力で勘違いなのだが……まあでも確かに異性の友達作るなと言っておいてこれはひどい裏切りだ。
少ししたら陽花の頭も冷えるだろう、ご飯を作り終えたらちゃんと謝って仲直りしよう。
俺は出来るだけ早く調理を済ませて、陽花の部屋へと向かった。
「陽花……どこ行ったんだ?」
(てっきり自分の部屋に引きこもってるんだと思ったけど……まさか家出してないよなっ!?)
慌てて玄関を確認するが靴はあるので家出ではないようだ……ああよかった、本当によかったぁ。
じゃあどこにいるのかと思っていると、俺の部屋のドアが開いて陽花が出てきた。
「俺の部屋にいたのか……陽花、さっきはごめんな」
「……えへへ、お兄ちゃんがあやまるなら陽花はゆるしてあげちゃいますっ!」
突然ご機嫌な様子で陽花は俺の元に駆け寄ると脛に抱き着いてきた。
よくわからないけれど今回は俺に落ち度があると思うので、抱き上げておでこにキスしてあげた。
(お、おでこにキスするのはぎりぎり兄弟愛の許容範囲だよな……うん、そうにキマッテル)
「きゃーっ!? お、お兄ちゃんにちゅーされちゃったぁーっ!! 陽花ついにもてききちゃったっ!?」
やはりやり過ぎだったかもしれない、陽花が腕の中で真っ赤になりながら頭を振り回している……可愛い。
「とにかくこれで仲直りな……さあご飯にしよう」
「はーい……たべさせてね?」
「分かってますよお嬢様」
いつも通り食事を済ませお風呂と歯磨きを終わらせ、陽花がトイレに入ったので少しだけ一息つこうと部屋に戻った。
(ふう、これで一通り済ませたし後は陽花を寝かせて……なんか、俺の部屋に違和感を感じるぞ?)
何かはわからないが部屋の中が変わっていると感じた。
すぐに鞄の中に入っていたはずの辞書と携帯電話がはみ出していることに気がつく。
(何で辞書と携帯電話が鞄から出て……よ、陽花弄ったなっ!?)
先ほど出ていった陽花の様子を思い出して慌てて携帯を確認する……ロック番号は簡単にばれて解除されてしまっていた。
(携帯のロック番号は陽花の誕生日だもんな、そりゃあ解除もされる……陽花の顔写真に恋人って書いて一斉送信してるぅっ!?)
数少ない連絡先からひっきりなしに返信が届いている……当然親父と義母からもだ。
『義母です、ふつつかな娘ですがよろしくお願いします……なんてね、文字からして陽花の悪戯よねごめんなさい。いつもお世話をありがとう、これからもお願いします……本気だとしたら本番行為だけはあと10年耐えてください』
お義母さん、何で妙に乗り気なんですか……まあ多分信用されているということなんだろうけど。
『父です、許しません……帰ったらお仕置きとお説教です』
実の父よ、あなたは少しぐらい息子のことを信じてください……俺何も悪くねぇ多分。
『戸手だよー、結婚おめでとーっ!! おすすめの式場はココ→https://www…… もしくはこっち→https://www……』
戸手君は飛躍しすぎ、後少しは人を疑うということを覚えようね……というかなぜ複数式場をお勧めできるぐらい詳しいっ!?
『矢部先輩だよん、妹さん可愛いねぇ国語辞書のカ行にある称賛の言葉が似合うよね……ってネタバレしちゃったかな、でも皆川君ならこれくらいとっくに終わってるよね、今どこまで読み終わったっ!? 三冊目は何を選んだの~何なら電話して語ってくれてもいいよっ!!』
矢部先輩にはもう何も言うまい……いっその事連絡先削除しちゃおうかな。
(陽花の奴……よく見たら通話履歴も更新されとるっ!? 相手は戸手と矢部先輩かっ!?)
何を話したのか猛烈に気になる……特に面識のない矢部先輩に何を言ったのだろうか?
「おといれおわったよ、きょうのお兄ちゃんはいじわるだったからばつとして陽花といっしょにおねんねしてください」
「陽花、お兄ちゃんに何か言うことないかなぁ~……ヒントはほらこの携帯電話」
「むずかしいこと陽花わかんな~い、それより陽花ねとってもおねむなの……お兄ちゃんのよこでねちゃうね」
俺のベッドに自力で這い上がり布団に潜り込む陽花……この間は一人でベッドを上り下りできないって言ってたくせに。
「陽花さん、しっかり携帯電話を操作した後が残ってるのにそれは都合よくありませんか……」
「それよりお兄ちゃんうでまくら~、あたまなでて~……えへへ、お兄ちゃんだいすき……すー……」
俺の腕の中で眠ってしまう陽花……もう条件反射的に腕枕して頭を撫でてしまった。
流石に起こして尋ねるような真似はできない……この天使のような寝顔を邪魔できる存在がこの世にいるだろうか、いやいないね。
(明日本人たちに聞くしかないか、そういえば課題の辞書は……もういいやどうにでもなれ)
仕方なく俺は陽花の寝顔を見つめながら、内心のモヤモヤをごまかすのであった。
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