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稲子と葉月

「やれやれ……そういや今日は健康診断の日だったなぁ!!」


「そろそろだな……事務所でやるからな、行こうぜっ!!」


 今日は仕事場において健康診断が行われる日だ……わざわざ事務所まで病院の先生を呼んでくるらしい。


(まあ俺は最悪葉月に診断してもらえばいいし……適当に受ければいいか……)


 先輩たちに気を使い最後尾に並んだが、何やら部屋の中が騒がしい。


「お、おい今日の先生は大当たりだぞっ!!」


「も、ものすげぇ美人だったなぁっ!!」


「冷たい感じだけど……ありゃあ凄いなぁっ!!」


 先に入った先輩が何やら興奮したように話しているのが聞こえる。


 よく見れば看護師たちもどこかそわそわしている……よほど魅力的な女性らしい。


「はい、次の方……入って……」


 淡々とした声に従って、事務所に入り……俺は固まった。

 

 冷静な顔つきでこちらを鋭く睨みつける女性……葉月の姿に驚きを隠せない俺。


「名前は……皆川石生ねぇ」


「葉月……何でここにっ!?」


「何でって……調べたからに決まってるでしょ」


 俺の姿を認めるなりにこやかに笑う白衣姿の葉月さん、相変わらず美人だ……しかしまさかここまで押しかけてくるとは思わなかった。


 身の危険を感じて後ずさる俺……逃げなきゃ襲われるんじゃないかこれ?


「あ、あの俺ちょっと用事が……っ」


「はぁい、余計なこと言わないで座りなさい……ふふ、じっくり調べてあげるわぁ」


 舌なめずりすらしながら迫ってくる葉月さん……周りで憧れの医師の豹変についてこれていない人々が固まっている。


「ひ、ひぃ……お、お手柔らかにぃっ!!」


「何を言ってるのかしらぁ……ほらぁ、心音聞くから服を脱いで……下も脱ぎなさい早く」


「し、下は関係ないでしょぉっ!?」


「あら、医者の言うことが聞けないのかしら? ほらいいから脱ぎなさいっ!!」


 もう健康診断そっちのけで暴れる俺たち……相変わらずの怪力に押し負けそうだ。


「あ、あの皆川先生……その、お、お知り合いでしょうか?」


「お、おいぃいいっ!? 苗字が違うでしょうがぁああっ!!」


「良いのよ、どうせ結婚するんだから今のうちからそう呼ばせておいたほうがいいでしょ……この人が私の旦那よ、覚えておいて」


「ち、違うからぁあっ!!」


 やはり最後にあった時と同じく強引だ……もう三十手前になって俺を襲う手段がだんだん過激になってきている。


(ま、まさか健康診断の体で会社まで乗り込んでくるなんてぇっ!?)


 必死にもがき続け、何とかパンツだけは死守することに成功した。


「もぉ、お陰で時間ギリギリよ……いい加減手を出しなさいよ」


「そ、そんなこと言われても……しくしく……」


「やれやれ……やっぱり我慢できなくなったから今晩からまた寄るわね……今度こそ覚悟しておきなさいよ?」


 さらっと言い切って、葉月さんは去って行った……周りの看護師の視線に殺気を感じたのは気のせいだと思いたい。


「み、皆川ぁあっ!! お、お前あんな美人とどういう関係なんだぁっ!!」


「結婚してたのかよっ!? 裏切り者めぇええっ!!」


 先輩たちからの指導が痛い……どうしてこうなるのだろうか。


「うぅ……そ、それよりそろそろ昼食ですよ……食堂に行きましょうよぉ……」


「ちぃっ!! こうなったら昼食食べながら尋問するからなぁっ!!」


 何とか話題をそらそうとしたが駄目だったようだ……引きずられるようにして移動を始めた。


 食堂は工場の隣にある建物で、何故か一度外に出ないと行き来ができないようになっている。


 だから一旦敷地外に出ようとしたところで、先輩たちの動きが止まった。


「お、おいあそこで立ってる女……す、すげえ身体してないかっ!?」


「顔もいいし……だけどむ、胸がすげぇ……」


「だけどこんな工場に何の用だ?」


 先輩たちの視線に沿って顔を上げて、俺は再び固まることになった。


 そこには豊満な胸を張って、工場を睨みつける……可愛い稲子が立っていたのだ。


 咄嗟に見つからないよう先輩たちの背中に隠れた俺に気づいた様子もなく、稲子は口を開いた。


「どうも役所から来ました矢部稲子と申します……事前に連絡してありました通り、この工場の危険物の取扱について確認に来ました」


「あ……そういえばなんか社長言ってたなぁ」


「まさか健康診断の日にかぶせてくるとか……ちょうど昼休みだし……」


「だけど悪いから俺が説明しますよ」


「ずりぃぞっ!! 俺が案内しますよっ!!」


 押し合う先輩方の後ろをそっと通り抜けようとする……こんな状態で気づかれたらえらいことになる。


「いえ、万が一にも隠匿等が発生しないようこちらで人選をさせていただきます……いるんでしょう、石生」


「ひぃっ!?」


「あぁっ!?」


 先輩たちと稲子にきつい目で睨みつけられて震えあがる……そして稲子はすぐに俺の元へ近づくと腕を抱きかかえた。


「ほらぁ、早く案内してよぉ~……せっかく来たんだよダーリィン」


「な、何を言ってるのかなぁ……職権乱用はいけませんよぉ……」


「そぉ、これはお仕事なのですっ!! だからしっかり先導してね~……特に人目の届かないところとか鍵をかけれそうなところがいいなぁ~」


「ちょ、ちょっと何を調べに……ああ、やめてぇっ!?」


 立派な胸に俺の腕を挟み込んで引っ張っていく稲子、先輩たちから殺意のこもった嫉妬の視線が飛んでくる……俺が何をしたっていうんだぁ。


「うふふ~、今日という今日こそ手を出してもらうんだからねぇ~……覚悟しなさい石生っ!!」


「か、勘弁してください……まだ駄目だって言ってるでしょ……」


「もう我慢できないよぉ……私もう二十八だからそろそろ大人の階段上らないとぉ……ヒトミンに馬鹿にされるぅ……」


「それを覚悟の上で待っててくれたんでしょ……後一年ですからぁ……」


 顔を近づけたり、逆にこっちの顔や手を胸元に持って行こうとする稲子さんの猛攻を必死でこらえながら何とか説明を終える俺。


「もぉ、石生ったらぁ……今晩からまた寄るからねっ!! 葉月と一緒に堕としちゃうんだからぁっ!!」


「はぁ……はぁ……つ、疲れたぁ……」


 不満げに立ち去って行った稲子を見送り、ようやく一息付けた俺……に忍び寄る怪しい影。


「お前……どういうことだぁ皆川っ!?」


「何でお前あんな美人と……どういう関係だぁっ!?」


「きっちり説明してもらうじゃないかっ!?」


「あ……あはは……うぅ……どうしてこうなるのぉ……」


 先輩方に詰め寄られながら、俺は涙を流すことしかできないのだった。

 【読者の皆様にお願いがあります】


 この作品を読んでいただきありがとうございます。

 

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