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俺の日常

プロローグ直後のお話

「……朝か」


 携帯の電子音を止める、いつもと変わらない学校に行く時間だ。


 朝食を作ろうと部屋を出て、何故か食べ物の良い匂いが漂ってきた。


 少し考えて思い出した……この間から我が家に増えた同居人のことをだ。


「……おはようございます、伊代音さん」


「おはよう石生君、よく眠れた」


「はい……朝ご飯ありがとうございます」


「いいのよ、家族なんだから……ね」


 伊代音さんの言葉に軽く頷き返して椅子に座る……冷凍食品ばかりの俺が作る食事とはまるで違う手の込んだ料理だ。


(確かにありがたい……けど、どうも落ち着かないな……)


 人に見られながらの食事なんて殆どしたことがない、俺は居心地の悪さに耐えながら食べ始めた。


 味は美味しい、だけどこちらを見て微笑む伊代音さんが気になってどうも味に集中できない。


「味は問題ないかしら?」


「ええ、美味しいですよ」


「そう……じゃあ私は陽花を起こしてくるわ」


 俺の気持ちを知ってか知らずか伊代音さんが立ち去っていく、ほっと一息ついてこの隙に食べきってしまうことにした。


「……ご馳走様」


 聞こえてるとは思えないが一応手を合わせて感謝を口にして、俺はさっさと学校へ向かうことにした。


「あら、もう行くの?」


「ええ、御馳走様でした……おはよう陽花ちゃん」


 伊代音さんに手をひかれている陽花ちゃんの前でしゃがみ込み顔を合わせて挨拶をする。


 こうして視線を合わせると子供は安心すると、先輩に勧められた本に書いてあった気がするからだ。


「あ……う、うん、おはよう……ママ、行こう……」


 だけど陽花ちゃんはモジモジと恥ずかしそうに伊代音さんの後ろに隠れてしまい、おまけに早くこの場を離れようと急かしている。


「もう、失礼でしょ陽花……ごめんなさいね石生君、この子人見知りだから……」


「気にしてませんよ……じゃあ、行ってきます」


「行ってらっしゃい石生君……ほら、陽花も挨拶して……」


「い……行ってらっしゃい……」


 おずおずと伊代音さんの後ろから顔を出して、小さく呟いた陽花ちゃん……まるで怯えた小動物のようだった。


(怖がらせちゃったかなぁ……まあ急に年上の異性と一緒に暮らすとなると色々考えるだろうしなぁ……)


 俺もまた陽花ちゃんにどう接していいかわからずストレスを感じている……悪い子じゃないと思うし可愛いとも思うけど、どうしても距離感が図り切れないのだ。


 元々一人で生きてきて、友人ですら最近になってようやく戸手と遊ぶようになったぐらいだ……人との付き合い方などよくわからない。


(親父もさぁ……結婚直後ぐらいは家に帰って来いよ……)


 即座に単身赴任に赴いた親父を軽く呪いたくなる……逆に陽花を気遣って毎日無理にでも帰宅するようにしている伊代音さんは大したものだと思う。


 最もお陰で俺の気が休まる時間がどんどん減っているのだが……もうエロ本もろくに読めず、見つからないようにクローゼットの上に隠してしまったほどだ。


「はぁ……きついなぁ……」


「どうしたんだい、皆川……辛そうな顔してるねぇ……」


「おお、戸手かぁ……珍しいなこんな時間に……」


 通学路で戸手に出会って驚いた、少し前まではもっと早く登校していたはずなのだ。


「ああ……もういいんだ、朝練は無くなったからね……」


「朝練って……確かお前オカルト部だったよなぁ……?」


「そうだったんだけどねぇ……先輩の一人が、朝に集まって活動するってうるさくて……だけどもう……ね」


 そういう戸手は少し寂しそうに笑っているように見えたが気のせいだろうか。


(そういえばオカルト部は春休みの少し前に同好会になったんだよなぁ……)


 詳しくは知らないし、戸手も言わないから追求しようとは思わないが。


「そっか……まあ何かあったら言ってくれ、手伝えることは手伝うから」


「ありがとう皆川、君の気持ちはいつだって眩しいよ」


「俺にはいつだって笑顔を浮かべてるお前のほうが眩しいよ……はぁ、俺も笑顔練習するかなぁ……」


「あらら、さっきもだけど朝からため息をつくなんて……どうしたんだい?」


 戸手の言葉に、俺は軽く首を振って見せた……新しく来た同居人に困ってるなんて言いずらい。


「まあ、なんだ……色々あるんだよ」


「そっかぁ……皆川こそ何かあったら言ってほしい、僕に出来ることなら何でもするよ」


 とてもありがたいが、戸手は優しい奴だから悩みを相談したら本当に身を削ってでも解決しようとするだろう。


 そんな迷惑はかけられない……友人としてそれぐらいの気を使ってやりたかった。


「ありがとよ、まあ何かあったら相談するわ」


「うん、そうしてほしいよ……じゃあ僕はこっちだから……」


「おう、じゃあまたな……」


 気が付いたら俺の教室の前まで来ていた、戸手に別れを告げて中に入り自分の席に腰を下ろす。


「ねぇねぇ正道さん、今日の課題どうなったぁっ!?」


「正道さぁん、おはよぉっ!!」


「正道さん、今度の休日暇かなぁ?」


 隣の席が騒がしい、人の輪が出来上がり話が盛り上がっているようだ……ちらりと横目で見ると中心に背筋を伸ばして取り巻きと会話をしている正道葉月さんの姿が見えた。


(やっぱり美人だよなぁ……それにビシッとしてて格好いいし……憧れるわぁ……)


 文武両道でいて性格も少しきついが常に冷静で平等に人々に接し、また自らの意志をしっかりと主張する……本当に理想的な人間だ。


 今も周りの人たちにはっきりと意見を述べて驚嘆の声を上げさせている……声もまた魅力的で俺も聞きほれてしまいそうだ。


 席替えで隣に配置された時は少し運命を感じた気がしたほどだ……まあそんないい話があるはずもなく、結局周りの取り巻きに阻まれてろくに会話すらできていない。

 

 最も仮に良いきっかけがあったとしても人付き合いが苦手な俺との付き合いが長引くはずもない……だから接点があってもどうしようもないことだ。


 俺は正道さんを意識から外して、鞄から取り出した本を読むことにした。


 読書部の矢部先輩が進めてくれた恋愛小説……それも女同士の絡みもある倒錯気味のやつだ。


 余り俺の趣味に合っているとは言えないがそれでも読み進めると中々面白く感じるから不思議だ。


 俺は学校にいる間、時間を忘れて本に熱中した……気が付いたら全ての授業は終わって放課後になっていた。


 ちょうど本も読み終えた俺は意気揚々と読書部へと向かう。


「こんにちわー」


「……どうも……あ、皆川君こんにちわー」


 奥の椅子に座り読書をしていた矢部先輩だが、ちらっと視線を向けて俺に気づくなり改めて顔を上げて挨拶しなおしてくれた。


 俺も軽く頭を下げながら矢部先輩の前の席へ座って……大きい胸が机の上に乗っかっていることに気づいて慌てて視線を顔に向けた。


「や、矢部先輩……とりあえずこの本をお返しします……やっぱり面白かったです」


「もう読んでくれたんだ……流石皆川君だね」


 ニコッと笑う矢部先輩、その顔が余りにも可愛らしくて見続けるのが辛くてつい視線をそらし……胸に目が行きそうになって急いで元に戻した。


「いや面白かったから止まらなくて……特に後輩が先輩と男を取り合うふりをして迫るシーンは笑っていいのか切なく感じるべきか迷いましたけど、すごくいいと思いましたよ」


「すっごくわかるよっ!! 重くならないようギャグっぽくしながらも切なく恋心を描写してるからねぇ、ここだけで読む価値があると思うのっ!! やっぱり皆川君はわかってるなぁ」


 俺の感想にとても嬉しそうに頷く矢部先輩……この姿を見ているだけで心が癒される気がする。


(やっぱり素敵な人だなぁ……本当に可愛いし…………大きいし……)


「じゃぁ次は……何にしようかなぁ……狼女はまだ早いだろうし……」


「ホラーですか? 別に平気ですよ」


「ううん、もう少し段階を踏んでからにするね……今回はこっちの本、ちょっとグロテスクなシーンもあるけどきっと夢中になれると思うの」


「ありがとうございます、矢部先輩のお勧めは外れ無しですからね……さっそく読みますね……」


 そう言って渡されたカバーのかかった本を受け取り、頭を下げるとすぐに読みふける。


 ちくたくと時計の針の音だけが充満する静かな空間は本当に穏やかで、俺はゆったりとした気持ちで読書を続けた。


 半分ほど読み終えたところで、時間を確認しようと顔を上げて……こっちを見ていた矢部先輩と目が合った。


「どうしました?」


「ふふ、夢中で読んでるなぁって思って……」


「す、すみません……」


「ううん、嬉しいの……この部活に入る人ってみんな本を読むより私とお話しようって人ばっかりだから……」


 そう言って夕焼けに照らされながら儚げに微笑む矢部先輩はとても綺麗で、俺もまた魅入ってしまいそうだった。


「矢部先輩は……俺も矢部先輩とよく話してますよ……今も……」


「本の感想を語り合うのは読書部として正しい在り方だよ……それに皆川君は話も合うから私も楽しいし……」


「俺も楽しいですよ、矢部先輩と話すのは……感想を語り合うのがね」


 慌てて言い直した……他の奴らと同じだと思われたくなかったから。


(浅ましいなぁ俺も……矢部先輩狙いの他の奴らと変わらないじゃないか……)


「そう言ってくれると嬉しいなぁ……ごめんね、こんなこと言っておいて私も皆川君の読書邪魔しちゃったね……続き読んで……」


「い、いえ邪魔なんかじゃありませんよ……いつでも声をかけてくださいね……」


 俺はそう言って再び本へ視線を移した……すぐに夢中になってしまう。


「……ふぅ」


 読み終えて今度こそ時間を確認すると最終下校時刻ギリギリになっていた……ハラハラして手が止まらなかった。


「……」


 正面では矢部先輩が集中して別の本を読んでいた……真剣な眼差しがやっぱり素敵だと思った。


「……あれ、どうしたの皆川君?」


「あ、いや……面白かったですこれ」


「もう読んじゃったんだぁ……どうだったぁ?」


「ええ、最初はグロい描写に引いてしまいましたけどそれ自体にミスリードが仕掛けられていて……」


 矢部先輩に魅入っていたことをごまかそうと必死に感想を並び立てる俺……やはり浅ましい限りだ。


「だよねぇ、あんなどんでん返しされたら嫌でも読み返したくなっちゃうよねぇ……うんうん、わかるわかる」


 嬉しそうに微笑む矢部先輩、本当にこの人と一緒にいると心が穏やかになれる気がした。


(この人と付き合えたら……幸せなのかなぁ……)


 ぼんやりとそんなことを考える……俺なんかがこの人の想い人になることなどあり得ないだろうけど。


「あ……下校時間だねぇ、帰ろうか皆川君」


「そうですね、帰りましょう」


 二人で一緒に校門まで歩く、デートとも言えない程度のことだが俺は嬉しかった。


「じゃあ私こっちだから……じゃあまた部活で会おうねっ!!

 

 嬉しそうに笑って立ち去っていく矢部先輩を、俺はいつまでも見守り続けた。


 その後姿が見えなくなって、ようやく俺は帰路を歩き始めた。


「ただいま……」


 誰もいない家に帰り着いて、俺は着替えを済ませるといつも通り家事を済ませてしまう。


 三人分の夕食の支度と風呂掃除、伊代音さんが干していった洗濯物を取り込んで畳む……これは自分のだけだ。


 女性の下着などどう手を付けていいかすらわからない……家族とはいえ血がつながってない以上はある程度配慮すべきだと思う。


(この距離感が正しいのかは分からないけど……はぁ……)


 やはり自宅だというのにどうにも落ち着かない、ずっと一人でいたから誰かと一緒だと息が詰まる気さえする。


 しかしだからって追い出すわけにもいかないし、一人で暮らせるほど甲斐性もない。


(まあ最悪はあと二年だけ我慢して……遠くの大学を受験して一人暮らしすればいいかな……)


 きっとそのほうが親父も伊代音さんも……あの陽花ちゃんも喜ぶはずだ。


「……ふぅ」


 一通り家事を終えて、俺はさっさと食事を済ませてしまうことにした。


 下手に陽花ちゃんの帰りを待って、一緒に夕食などとなれば空気が重くなるだろうから。


(あれ……携帯が鳴ってる?)


 めったにならない自分の携帯が動いているのが新鮮で、つい出るのが遅れてしまう。


 俺の番号を知っているのは親父に戸手、それに本の貸し借り用に教えてもらった矢部先輩だけだ……ちょっとだけ期待してしまう。


『もしもし……石生君でいいのよね?』


「えっと……伊代音さんですか?」


 まさかの相手に驚きを隠せない……教えた覚えはないが親父あたりから聞いたのだろうか。


『ごめんなさい突然……実は仕事でトラブルが発生して今日は帰れそうにないの、陽花の迎えだけお願いできないかしら?』


「そ、そうなんですか……えっとじゃあ幼稚園に迎えに行けばいいんですか?」


『ええ……本当にごめんなさい、夕食とかお風呂は自分で何とか出来るから……迎えだけお願いっ!!』


「分かりました……じゃあ今すぐ迎えに行きますね」


 面倒なことになったと思うが、それでも放っておくわけにもいかない。


 俺は急いで自転車を漕いで、教えてもらった幼稚園に向かった。


「ふぅ……ど、どうも皆川石生ですけど……陽花ちゃんのお迎えに来ました」


「聞いてますよ、初めまして……悪いですけど何か身分証のようなものか……もしくはお母さんに連絡してもらっていいですか?」


 恐らくは安全のためだろう、俺は持ってきていた生徒手帳を見せた。


「これで駄目なら伊代音さんに連絡しますけど……」


「顔写真も住所も問題なし……これでいいですよ、じゃあ陽花ちゃんを呼んできますね」


 奥に入っていた先生が少しして俯いている陽花ちゃんを連れてきた……ちょっと瞳が赤いのは泣いていたのかもしれない。


「よ、陽花ちゃん……今日は俺と一緒に帰ろうね」


「うぅ……ま、ママはぁ……?」


「伊代音さんはお仕事が忙しいんだって……今日だけ我慢して俺と一緒に帰ろう」


 しゃがんで視線の高さを合わせるが、涙目で先生の後ろに隠れてしまう陽花ちゃん……困ったなぁ。


「あらら……お兄さんでしょ、仲良くしないと駄目でしょ?」


「うぅ……違うもん……」


「義妹ですから……ごめんね不安にさせて……本当に今日だけだから我慢してほしいな」


 本当に弱弱しい子だと思う、どうにも庇護欲が刺激される……けどどうすればいいのだろう。


「せんせぇ……お姉ちゃんがそこまできてるみたいなので、ぼくいきますね?」


「えっと……ああ、本当だ……じゃあね幸人君」


「はい……えっとようかちゃんもさようなら」


「あうぅ……さ、さよなら……」


 俺たちを通り過ぎていく可愛い子……後ろから合流したらしい姉との微笑ましい会話が聞こえてくるが、俺は目の前の陽花に集中する。


「陽花ちゃん、どうしても俺と帰るのが怖い?」 

 

「……」

 

 小さく首を縦に振る陽花ちゃん、本当に怖がりだ。


「分かったよ……先生、もう少しここに居てもいいですか……伊代音さんにお願いしてみます」


「まだ平気だけど……本当にいいの?」


「ここまで陽花ちゃんが怯えてるのに無理強いできませんよ……」


 こんな可愛い子を泣かせたくはない……俺はどうにか帰りだけでもこれないか聞いてみることにした。


「……出ない」


「ま……ママ……おしごといそがしい……の?」


「うん、そうみたいだ……もう少しだけ待ってね、繋がるまで連絡してみるから……」


「……もういいよぉ……ママにめいわくかけたくないの……かえるぅ……」


 そう言って恐る恐る俺にしがみ付く陽花ちゃん。


「本当に大丈夫かい?」


「うん……陽花……がんばるぅ……」


「いい子だね陽花ちゃんは……少しだけ我慢してね」


 俺は陽花ちゃんを抱き上げると先生に頭を下げて急いで自転車に向かった。

 

 そして後部座席に陽花ちゃんを乗せて、押しながら帰ることにした。


「…………」


「…………」


 お互いに無言で何を言うこともなく静かな時間が過ぎる、既に日も落ちかけて辺りはかなり暗い。


(これじゃあ怖いだろうなぁ……)


 ちらりと後ろの陽花ちゃんを見ると、椅子の上にちょこんと座って震えながら俺を見ている……人見知りとは聞いていたがこれほどとは思わなかった。


 あんまりにも可哀そうでどうにかしてあげたい……けれど俺に出来ることなんか殆ど何もない。


「明日からはまた伊代音さんがお迎えに来るからね、安心してね」


「あ……う、うん……」


「お家に着いたら夕食もお風呂もできてるから、自分の好きな時に済ませていいからね」


「わ、わかった……」


 できるだけ明るく話しかけてみるが、やはり陽花ちゃんは力無く返事をするだけだ……自分の情けなさが嫌になる。


(こういうとき戸手ならどうするんだろなぁ……)


 今度うちに連れてきて相談するのもいいかもしれない。


 俺は何度も陽花ちゃんに話しかけて、だけど最後まで陽花ちゃんの緊張をほぐすことはできなかった。


「お家ついたよ、今日は怯えさせてごめんね……」


 ようやく連れて帰れてほっとした……家に連れて帰れれば後は平気だろう。


「あ……あの……」


「なんだい陽花ちゃん?」


「……ありがとう、ございました」


 ぺこりと頭を下げて家の中へ走って行った陽花ちゃん……良い子ではあるのだろう。


 とにかくこれで少しは落ち着くはずだ……一人で夜を過ごす経験はあるらしいし、何より朝になれば伊代音さんが帰ってくる。


 俺はほっとしながら、家に入り手洗いうがいを済ませ……食卓に陽花ちゃんが座っているのを確認してそっと部屋へと戻った。


 俺と顔を合わせるとまた怯えさせてしまいそうだから、そのまま宿題を終わらせることにしたのだ。


「……もうこんな時間か」  


 一通り課題を済ませて顔を上げるとそれなりに時間が過ぎていた……陽花ちゃんの食事も終わってる頃だろう。


 食器を片付けるべく食卓に向かって、そこでまだ座っている陽花ちゃんを見つけた。


「……ご、ごちそうさまです……」


 俺が近づいてきたことに気づき、慌てて頭を下げて立ち去る陽花ちゃん……見れば殆どご飯は減っていない。


 冷凍食品ばかりの食事が味気ないのか、あるいは食欲がないのか……食器に溜まっている水はひょっとして涙じゃないだろうか。


(どうにかしないとなぁ……俺はともかく陽花ちゃんが可哀そうだ……)


 頭を悩ませながら食器を片付け、お風呂場へと向かった……いつも食事を食べた後に入るから条件反射になっていた。


 更衣室に入ったところで隅っこに固められた陽花ちゃんの服を見つけて慌てて立ち去ろうとして……お風呂場から妙な音がするのに気が付いた。


 バシャバシャと激しく水を叩く音……遊んでるのかと思ったけど、あの陽花ちゃんがはしゃぐところが想像できなかった。


「陽花ちゃん、どうしたの?」


『……!?』


「よ、陽花ちゃんっ!? ごめん入るよっ!!」


 急いでドアを開けて……陽花ちゃんが湯船に頭から顔を突っ込んでいるのに気づき我を忘れて抱き上げた。


「陽花ちゃん大丈夫っ!?」

 

「がはぁっ!! げほ……けほぉ……うぅぅっ!!」


 水を吐き出しながら俺に縋りつく陽花ちゃん、急いで連れ出そうとして足元が軽く滑るのを感じた……どうやら石鹸を洗い流そうとして残ったものらしい。


 恐らく身体を上手く洗いきれないで残った泡だろう……ひょっとして陽花ちゃんは身体を洗い慣れていないのかもしれない。


 とにかく更衣室に連れ出して、タオルで身体を拭ってあげる。


「ふぇえええっ!!」

 

「もう大丈夫だよ、大丈夫大丈夫……」


 落ち着くよう優しく声をかけながら身体を拭いていき、頭をタオル越しに撫でてあげた。


「大丈夫だからね……もう大丈夫、お兄ちゃんがここにいるから……」


「ふぇええ……お、おにいちゃ……陽花こ、こわかったぁ……ふぇええええんっ!!」


 抱き着く陽花ちゃんが泣き止むまで、俺はずっと抱き返して頭を撫でてあげた……本当に危機一髪だった。


(俺は馬鹿かっ!! こんな小さい子から目を離してっ!!)


 間に合ったのはただの偶然だ、もしも気づかなかったらと思って……心底恐ろしくなった。


 こんな小さい、可愛い子が死んでいたかもしれない……そう思うと腕に籠る力が強くなってしまう。


「ごめんな、陽花ちゃん……怖かったよねぇ……俺が馬鹿だったよ……」


「ふぇええ……ひっくひっく……くしゅん……うぅ……よ、陽花さむいのぉ……」


「あ、そ、そうだよね……外で待ってるからお着替えしちゃおうね」


「やぁ……こわいのぉ……はなれないでぇ……」


 怯え切った陽花ちゃんは俺の服を離そうとしない、仕方なく後ろを向いている間に着替えてもらうことにした。


「……お、お兄……ちゃん……もういいよぉ……」


「そ、そうか……上手にお着替えできてるね、可愛いよ」


「う、うん……お、お兄ちゃん……陽花をたすけてくれてありがとう……よ、陽花ほんとうにくるしくてこわくて……うぅ……」


「もう大丈夫だから……思い出さなくていいからね……」


 俺の服に縋りつく陽花ちゃんを優しく抱きしめて背中をさすってあげる、これで少しでも落ち着いてほしい。


「よーしよし……今日はもう無理しないで寝ちゃおうか?」


「う、うん……あ、あれぇ……よ、陽花うまくあるけない……」


 一歩踏み出したところで陽花ちゃんは膝から崩れ落ちてしまった……どうやら緊張の糸が切れたせいで一気に疲れがきたらしい。


「……陽花ちゃんが良ければ、お兄ちゃんがベッドまで連れてってあげるよ」


「……うん、おねがいします」


 陽花ちゃんを抱き上げてベッドまで連れて行ってあげた……そしてそっと横たえてあげる。


「ぐっすり眠って明日になれば伊代音さんも帰ってくるからね……安心してお休み……」


「……まってぇ……いかないでぇ……こわいのぉ……」


 立ち去ろうとした俺の服を陽花ちゃんが掴んだ……余りに弱々しくて逆に振り払うことはできなかった。


「……わかったよ、俺でよければ傍に居てあげるよ」


「ありがとぅ……陽花、すごく……こころぼそいの……まだどきどきしてるの……」


「一人にしてごめんね……お兄ちゃんが悪かったよ……もうこんな目には合わせないからね……」


 少しでも安心してほしくて手を伸ばして頭を撫でてあげた……とても気持ちよさそうにしている。


「……お、お兄ちゃん……あのね、陽花……いつもママにうでまくらさんしてもらってるの……してほしいの……」


「分かったよ……」


 俺はベッドのわきから腕を伸ばして陽花ちゃんが持ち上げた頭の下を通してあげた。


 すぐに陽花ちゃんの頭が乗っかって……軽いけれど確かな重量が腕に伝わってきた。


 俺が守った……守らなきゃいけない、重さだと思った。


「……えへへ、お兄ちゃんのうでまくらさん……きもちいいなぁ……」


「そっかぁ……陽花ちゃんが寝るまでずっとこうしてあげるから……ねんねしようね……」


「うん……ありがとう、お兄ちゃん……おやすみなさい……すぅ……くぅ……」


 目の前で目を閉じた陽花ちゃんはすぐに寝息を立てた、溺れかけてよほど体力を使ったのだろう。


 とても可愛い寝顔だった、寝る前に見せた笑顔も……素敵だった。


「くぅ……すぴー……」


 本当に気持ちよさそうに寝ていて、俺はいつまでも飽きずに見続けていた。


 下手に身体を動かすと起こしてしまう、そのまま俺は一日を過ごした。


「……ちゅっ」


「はっ……お、おはよう陽花っ!? ご、ごめんお兄ちゃん寝ちゃったよっ!!」


「お、おはようお兄ちゃん……陽花のためにずっとうでまくらさんしてくれたんだね……ありがとう」


「当たり前だよ、お兄ちゃんだからね……ところでさっき何かした?」


 唇に心地よい感触がして目が覚めた、鼻にもとても良い香りが残っている。


「えへへ……ひみつぅ、お兄ちゃん……陽花おなかすいちゃったぁ……」


「そ、そうか……だけど伊代音さんまだ帰ってきてないからなぁ……どうしようかなぁ」


「お兄ちゃんのつくったごはんでいいよ……いっしょにたべようよ」


 そう言って俺に笑顔を向けてくれる陽花ちゃん……本当に可愛くて俺には逆らう術を持たなかった。


「わ、わかったよ……じゃあ早速食事を作るから、出来たら呼ぶからね」


「……あ、あのね……陽花まだ……ひとりになるのこわいの……」


「あ……そうだよねぇ……じゃあ一緒に行こうか」


「うん……つれてってぇ~」


 俺に抱き着いた陽花ちゃん、昨日の今日で歩かせるのも悪いと思ってそのまま抱っこして……腕枕していた左手に苦痛が走った。


「ど、どうかしたのお兄ちゃん?」


「何でもない、行こう陽花ぁ……」

 

「……うんっ!!」


 俺は陽花に心配かけまいと笑顔を作って最低限の言葉を発すると、そのまま台所へと向かうのだった。

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