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矢部稲子先輩の乱心

「やあ皆川……もう放課後だというのに机に突っ伏してどうしたんだい? そんなに疲れる授業があったのかな?」


「よ、よう戸手、俺まだ生きてるようにみえるか?」


「うーん、ゾンビと見間違える程度には動けているよ」


「そいつは良かった……今日はまた久しぶりに陽花の甘えがきつくて朝からこの調子だよ」


 起きた時点で三回キスされて着替えを手伝う名目でセクハラされて……俺が女だったらもうお嫁にいけないわ、ぐすん。


「ははは、一応好意から行われていることだからねぇ……拒絶するのも悪いし、難しい問題だよね」


 戸手が俺の負担を減らそうと笑いかけながら一緒に悩んでくれる、本当に素晴らしい友人だ。


「でもなるようになるだろうね、地球人口70億人全員がそうやって悩みを抱えながらも今を生きているのだから」


「いきなり哲学的だな、というか諦めが早くないか?」


「人の心に正解なし、当然心から発生する好意の伝達法もまた正当なる回答は存在せずってね……それこそ刃物で刺されるのも愛情表現の一種なわけだからね」


 笑いながら制服の裾をまくり上げてへその下に付いた禍々しい傷跡を見せてくる戸手……戸手っ!?

 

「お、お前さぁ刃物で刺されるとか……何してんだよ?」

 

「良くあることだよ、女性は臆病だからね……攻撃的になるのも無理はないんだよ」


「どうして笑っていられるんだろうね戸手君は、器の違いを感じてしまうよ……」


 少なくとも俺は包丁で刺されたことを笑って仕方ないなどと言える自信はない……まあ陽花が間違ってしちゃったら許してしまうけど


「皆川に比べれば大したことはないさ、その齢で迷惑をかけてくる子供を相手に愛情をもってしっかりと育児をおこなっているのだからね……僕は尊敬しているんだよ」


 戸手は俺を眩しいものを見るようにつぶやくが、誰に対しても優しく微笑んで接する戸手のほうがずっと尊敬出来ると思う。


「さて今日は早めにHRも終わったことだし……僕は久しぶりにオカルト同好会に顔を出してくるとしよう」


 確かに戸手はオカルト同好会に所属していた……正確には何かがあって同好会に降格する前のオカルト部にだけれども。


 当時の戸手は全身に擦り傷だとか打撲だとか骨折とかしながらもやっぱり笑っていた……沢山心配したなぁ。


「えぇ、お前あれだけ怪我させられてたのに……マゾか?」


「ははは、久しぶりに卒業した先輩方が顔を出すと言うからね……それより皆川はこの後どうするんだい?」


「俺はそうだな……たまには休息を兼ねて俺も部活に顔を出してみるわ」


 わずかだけれど時間も空いている、顔を出すなら今しかないだろう。


「うーん、休息というなら正直おすすめはしないけれども……まあ皆川なら大丈夫かな?」


「おいおい不吉なこと言うなよ、どういうことだ?」


「ああそれは僕の口からはちょっとねぇ……まあすぐわかるよ、じゃあね」


 戸手は笑ってごまかしながらオカルト同好会の部室へと向かって行った、俺も図書部に向かうことにした。


 読書部の部室は本を読むということから図書館の隣にある司書が滞在する資料室を利用させてもらっている。


 つまり正式には司書室兼資料室兼部室という素晴らしくごちゃごちゃした形になる……実に読みづらい。


 ごちゃごちゃしているのは室内も同様だ、一般に開放されているわけではないため片づけが怠られているのだ。


 矢部先輩が何度か片付けたが、司書の怠慢によりすぐに元に戻ってしまうのだ。


「あ、皆川君っ!!」


「お久しぶりです矢部先輩」


 俺を見るなり嬉しそうに駆け寄ってくれる矢部先輩、大きい胸部の揺れ動きから目をそらすのは大変だ。


(先輩の無邪気な笑顔に無防備な胸も久しぶりだなぁ、ああ癒される~……戸手の奴一体何が言いたかったんだ?)


 不思議だがとりあえずは素敵な矢部先輩との時間を満喫するとしよう。


「来てくれたんだー、久しぶりだね……詳しくは聞いてないんだけど最近お家のほうが忙しいんだって?」


「ええまあ、ちょっと両親が再婚しましてそれでちょっと……」


「ああーそれじゃあ仕方ないよね……ひょっとして戸手君に言われて無理に来てくれたとか?」


「いや単純に先輩に……先輩の薦める本が読みたくなって」


 思わず先輩に会いたくてと言いそうになって、慌ててごまかした。


(先輩に会いたいなんて言ったら、それこそ他の部員と同じに……って他の人は何でいないんだ?)


 部室内を見回したが積みあがった本の陰に隠れていたりするわけでもないようだ。


「あれ、ほかの部員はどうしたんですか?」


「えっとねぇ、読書部なのに真面目に本を読む人が少なかったからノルマを作ったの」


「ノルマ……ですか?」


「うん、既定の本を読み終わるまでは会話禁止にして終わったら内容について語ってもらって貰うの……それで嘘だってわかったらその本を貸し出して読み終わるまで司書室に立ち入り禁止って形にしたのよ」


「その結果が先輩以外全滅ってことですね……」


 予想以上に本好きが集まっていなかった事実に驚いてしまう、最もそれだけ先輩が魅力的だということなのだろうか。


「若者の活字離れが進んでいるって聞いてたけどここまでとは思わなくてビックリ……ちょっと漢和辞書を読ませて指定した頁に書かれている単語を10個上げろって言っただけなのにね」


「いや、めちゃくちゃ厳しいっすっ!? そんなの先輩以外できませんよっ!?」


「そんなことないよっ!! 本気で読書してれば出来るよっ!!」


 本気の読書とは一体何なのだろうか……というかそんなノルマ制で誰が生き残れるというのか。


「先輩、流石に辞書はやりすぎですよ……せめて千頁前後の本にしてあげてください」


「えぇー、もう皆川君は優しすぎるねぇ」


「十分ハードだと思うのですが……というか大会とかがあるわけでもないんだから不真面目な輩の足きりならともかく鍛えようとしないでくださいよ」


 流石の俺でも辞書の暗記は無理だ、何よりしたくないし読みたくない。


(活字離れを助長してどうするんだろうか、この人は?)


「はぁ……皆川君ならわかってくれると思ったんだけどなぁ……」


 溜息をつきながらちらりと流し目で見つめられてしまう。


「うっ!? い、言われてみればそうですね、それぐらいやったほうがいいかもしれませんねっ!!」

 

「あ、やっぱりそう思うっ!! 流石私が見込んだ皆川君だぁっ!!」


(こんな可愛く言われたら逆らえるものか……)


 パァーっと満面の笑顔で嬉しそうに俺の手を取り上下する矢部先輩の姿を見て、逆らわなくてよかったと心から思った。


「じゃあ早速、はい今年度版の古語辞典と国語辞書と漢和辞書ね」


「……どれか一冊選ぶんですかね?」


「何言ってるの三冊全部よっ!! 皆川君なら一冊ぐらい余裕で課題にならないだろうけど流石に三冊なら明日までかかると思うし……」


 やっぱり逆らえばよかったと全力で後悔するが時すでに遅し……いや、抵抗ぐらいはしてみよう。


「はっはは、俺は速読なんかできませんよー」


「何言ってるの、本は目で追うんじゃないんだよ……心で読むんだよぅ」


 いいこと言ったとばかりに大きな胸を張る矢部先輩を俺は叱るべきなのだろうか。


(初めてこの人に文句をぶつけたくなったぞ俺は)


「先輩、じゃあ古語辞典の八百七頁……」


「散らす、散らふ、ちらり、塵、散り、散り別る、散り方、散り交ひ曇る、散り交ふ、身柱・天柱、身柱元、散り敷く、散り萎る、散り……」

 

「ごめんなさい、まいりました……」


 念のため辞書も確認するが完璧だった、これが心で読むということなのだろうか?


「ほらね、出来るでしょ……じゃあ早速読んでみて感想を聞かせてね?」


「えっ感想って……」


「もうノルマはノルマ、それとは別に本を読んだら感想を言い合うのが醍醐味でしょ……ずっと語りたかったんだぁ、意外と辞書を全部読んだ人いなかったからうずうずしたなぁ」


「職権乱用……いや、もう何でもないです」


 俺ももう読書部に顔を出したくないぞ、ほかの部員たちの気持ちがよくわかる。


(こんな人だったっけ……いやノルマ制を採用したことで他者に強制できる権力があることを理解して暴走してるのか?)


 戸手の言った言葉の意味をようやく理解した……お前の暴走するという推論も休息にならないという忠告も正しかったよ。


「あのー先輩、俺ちょっとこの後用事があるので失礼しますね」


「えー、帰っちゃうのぉ……少しだけここで読まない? ちゃんとネタバレしないようにするから」


 辞書のネタバレとは一体……いやもう考えないようにしよう。


「それが妹の……再婚でできた義妹が幼稚園児なので迎えに行かなきゃいけないんですよ」

 

「あーそれは仕方ないね、じゃあはい辞書三冊……ちゃんと貸し出し登録しておくからね」


「アリガトウゴザイマス、うあぁとっても重量級だぁ……」


 重くて仕方がない、道中で捨てて帰りたい衝動を抑えるのが大変そうだ。


「じゃあまた明日ね~」


「いや、明日は部活に顔を出せるかどうか……」


「大丈夫、休み時間に感想聞きに教室まで行くからっ!!」


「ウワァウレシイナァ……」 


 何も考えず倒れてしまいたいぐらいの精神的打撃を受けたがこの後は陽花お迎えと……お相手をしなければいけない。


「…………失礼します」


 俺はドアを閉めてトボトボと資料室を後にするのだった。 

 この作品を読んでいただきありがとうございます。

 

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