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稲子さん

「ふぅ……なんか物凄くつかれたなぁ陽花……」

 

「うん、なんかつかれちゃったぁ……あしたもあるしもうおねんねしちゃう?」


 部屋へ戻った俺は陽花と一緒にベッドに倒れ込んだ……ああ、本当に疲れたわぁ。


 結局戸手と人見先輩は微妙な空気のまま部屋へと戻って行った……どうやら同じ部屋で寝泊まりするらしい。


(一応は同い年の女子と旅行先で同じ部屋で寝るとか……まああの空気なら変な事にはならんだろうけど……)


 本当はお風呂上りにどっちかの部屋へ行って遊びたかったので残念だが仕方がない。

 

「そうだなぁ……まだ明日もあることだしな、もう寝ちゃうのもいいなぁ……」


「うん、そうするぅ~……お兄ちゃん腕枕してぇ~」


「ほら……いい子いい子……ふぁぁ……俺も眠……」


 昨日殆ど寝ていなかったこともあり睡魔が押し寄せてくる。


 俺は抵抗せず眠りについた。


『…………ちゃぁん』


 何か声がする……よく聞き取れない。


 目を開けてみると……ここはどこだろう。


 よく思い出せない、ただ陽花はどこだ?


『お兄ちゃーん、こっちこっちぃ』


 陽花がいた、誰かと遊んでいる……幸人君かなぁ。


 近づいてみると見覚えのない子と楽しそうにしている。


『陽花ねぇ、おおきくなったのぉっ!!』


 その子が手を振ると陽花が成長する、前にお絵かきしていた通り俺と背が並ぶぐらいの美少女だ。


 綺麗だと素直に思った。


『だからチューしよ?』


 陽花の言葉に従って、俺はその唇に……目が覚めた。

 

「はぁ……はぁ……ゆ、夢だよな……?」


 バクバクなっている心臓を抑えながら室内を見回し、温泉旅館の一室にいることを再確認した。


「むにゃむにゃ……お兄ちゃぁん……もいっかいちゅぅ……すぴー……」


 隣を見ると俺の腕から落ちて、下に敷いていた枕へキスを繰り返している陽花の姿があった。


「やれやれ……」


 俺は陽花をきちんと枕に乗せて布団をかぶせてあげた。


(何であんな夢を見たのやら……陽花と……妹とキスする夢……)


 夢だから適当だと言えばそれで終わりだが、何の抵抗もなく俺のほうから唇にキスをしようとしていた。


 そして俺は……それをとても嬉しいと感じてしまった。


(しっかりしろ……俺はお兄ちゃんなんだぞ)


 隣で眠る陽花を見守る、可愛い寝顔、愛おしい妹……だけどどうしてもその唇に目が行ってしまう。


 どうやらまだ夢の影響が抜け切れてないみたいだ……俺は頭を冷やそうとそっと外へ抜け出した。


 うす暗い明かりに照らされた廊下はどこか涼しく感じられて、俺は心地よさにひかれるまま自販機のある休憩所へ向かった。


「あれぇ、どうしたの皆川君?」


 休憩所に置かれた横長の椅子に矢部先輩が座っていた、俺を見つけて嬉しそうに微笑んでいる。


「ちょっと目が覚めて……矢部先輩こそどうしたんですか?」

 

「えへへ、枕が変わったせいか眠れなくてぇ……私ねぇ、皆川君の家以外で他所で寝泊まりしたこと無いから」 


 隣に座った俺に話し続ける矢部先輩……艶やかな髪からシャンプーの香りが漂いドキドキしてしまう。


「皆川君の家に泊った時は腕枕でぐっすりだったんだけどねぇ……またしてもらいたいなぁ……」


「陽花が寝てますからねぇ……うーん、隙間あったかなぁ……」


「分かってるよぉ、今日は我慢する……えへへ、でも一緒に寝るのは許してくれるんだね……」


「……今更じゃないですか」


 言いながら確かに同い年の女性と布団に入ることに抵抗を覚えない自分にびっくりする……性的な考えが一切なかったことにも驚きだ。


(結構ドキドキしてるし美人だと思う……たまに意識することもあるのになぁ……やっぱり陽花が居るからかなあ)


「嬉しいなぁ……はぁ、陽花お姉さまが羨ましい……いっその事本当に皆川君と一緒に暮らしちゃおうかなぁ……」


「……本当の本当に必要なら、多分陽花も喜びますし……変な本を朗読しないなら……何日泊ってもいいですよ……」


「優しいなぁ皆川君……だけど期待しちゃうよぉ……私本当に皆川君のこと好きなんだよ……わかってるの?」


 下から俺の顔を覗き込むように体を傾け、静かに呟いた矢部先輩。


「……まあ……分かってはいましたよ」


「ふぅん……じゃあ、返事も決まってるのかなぁ?」


「…………すみません」


「……私のこと、嫌いじゃないよね?」


 俺の言葉を聞いても矢部先輩は落ち着いている……予想していたのかもしれない。


「はい……矢部先輩のことは好きです……だけど……」


「陽花……ちゃんのこと?」


「そうです……多分俺が彼女を作ったら陽花が泣きそうだから……」

 

「それは卑怯だよ皆川君、陽花ちゃんのせいにしちゃ駄目……せめて俺が陽花の涙を見たくないからぐらい言わないと……」


 矢部先輩の言葉が痛い……確かにあの言い方では陽花のせいにしているみたいだ。


 何より本当に泣くかどうかすら実際になってみないと分からないのだから。


「そうですね、その通りです……俺が勝手にそう思ってるだけですね……」


「素直でよろしい……その上で一つだけ聞きたいなぁ、皆川君の気持ち……陽花ちゃんをどう思ってるのか……」


「それは……世界で一番大切な妹ですよ……」


「妹でいいの? 私は本音が聞きたいんだよ?」


 矢部先輩の追及が続く……ある意味で俺がずっと目を逸らしてきたこと。


「妹ですよ……他意はありません……」


「他意が会っちゃ駄目だって決めつけてるだけでしょ……お兄さんとして幼い妹に……兄妹以上の想いを抱いちゃ駄目だって……違う?」


「違う……と思います……」


 断言ができない、前は出来ていたけれど……どんどん俺は陽花に惹かれている。


 陽花が居ないと息苦しい、見ていないと寂しい……泣かれるともう我慢できない。


「そこははっきり断言しないとぉ……意地を張るにしても本音を表に出すにしても……じゃないと陽花ちゃんだって困っちゃうよ?」


「……俺は陽花の思うとおりにしてやりたいだけですよ」


「それで結婚したいって言ってる陽花ちゃんの気持ちに応えないのはずるいよ……自分の望んだ答えしか受け付けないって言ってるみたいだよ?」


「……まだ、子供ですから……陽花も、俺も……」


 自分に言い聞かせるようにつぶやく……俺にとっての魔法の言葉、全てを有耶無耶にできる最高の言い訳。


(抱っこするのもキスするのもさせるのも、それを受け入れるのも……子供の陽花の相手をしているから……って言えば仕方ないって思い込める……)


「やれやれ、そんな言い訳いつまでも持たないよぉ……何より、陽花ちゃんのほうから愛想つかされちゃうかもよ?」


「……何が言いたいんですか?」


「分かってるくせにぃ……とにかく、皆川君はちゃんと自分の答えを出しておいたほうが良いよ……言い訳が使える今のうちにね」


 陽花の兄として接し続けるか……兄という絶対に縁が切れない立場を投げ捨ててでも別の関係を求めるか。


「……そうですね、矢部先輩の言う通りですね……いいアドバイスありがとうございます」


「ふふん、これでも皆川君より年上だからねぇ……少しは頼りになったぁ?」


「ええ、とっても……そしてすみません……ごめんなさい……」


 お礼をいいつつ頭を下げる……気持ちに応えられないことを謝罪する。


「いいよぉ別に、だってまだ諦めてないもん……陽花お姉さまに皆川君がフラれたら慰めるふりして心を掴んじゃうから」


「……その前に他の人と付き合ったほうが健全ですよ……矢部先輩ならもっと素敵な男性とも出会えますよ」


「皆川君じゃなきゃヤダ……一番辛かった時に助け出してくれて……こんなにも幸せにしてくれた……孤独から救い出してくれた皆川君じゃなきゃ……駄目だもん」


「俺は何もしてませんよ……矢部先輩が魅力的だから……俺も正道さんも陽花も幸人君も戸手も……みんな一緒に居るんですよ……」


 俺の言葉に矢部先輩は嬉しそうに笑うのだった。


「そう言われると照れちゃうなぁ……あぁ、もっと早く出会っておきたかったなぁ……そしたらあんな子供を監禁してギャンブルしに行く親なんかさっさと見捨てられたのになぁ……」


 矢部先輩の言葉に前に見た自宅の風景を思い出す……厳重に固められた窓、あれがそうだったのだろうか。


「まあ後一年の我慢だから平気だけどねぇ……就職したら一人暮らしするから遊びに来てね」


「……大学行かないんですか?」


「うん、多分お金出してくれないから……高校も奨学金だからねぇ……少しでも早く働かないと……あはは、こんなこと言ったら付き合いたくなくなっちゃうかなぁ?」


 サラリと重い言葉をはく矢部先輩、お金がなさそうだとは思っていたがここまでだったとは。


「……いいえ、そんなことないですよ……そういえばあの魔本売ればなんとかなるんじゃ?」


「あれねぇお祖母ちゃんの形見だから……他にも本たくさん買ってもらったけど全部売られちゃって……あれだけはバザーか何かで手に入れた知る人ぞしる同人誌だから普通の本屋じゃ買取してなかったみたいで……あれしか残ってないんだぁ」


「そうですか、勝手なこと言ってすみません……」


「いいよぉ……お祖母ちゃん死んでから本当に家族の縁なんかなくなっちゃって……だから皆川君の家で団らんできて幸せだった……本当にあの思い出だけでずっと生きていけそうだよ……」


 普通なら簡単に手に入る家族の絆、それを疑似的にでも感じさせてあげれたのなら……俺の苦労も意味があったようだ。


「……本当に俺の家で暮らしますか? まあ親父のだから説得する必要があるけど、もし矢部先輩が望むなら……」


「だからぁ、そんなことしたら私きっと皆川君襲っちゃうよ……陽花お姉さまと一緒にね」


「それは勘弁してください……というか本気なんですか、陽花お姉さまって……」


「結構本気だよ? もしも皆川君が陽花お姉さまを受け入れて……そのうえで許されるなら第二夫人になっちゃうよ」


 まっすぐ俺の目を見つめてとんでもないことを言う矢部先輩……困った人だ。


「まあどっちにしても皆川君が答えを出すまでは待つつもりだから……早めにしてね、私がおばあちゃんになるまえにね」


「はぁ……まあ、頑張りますよ……」


「よろしい……ふぁぁ……ちょっと眠くなってきた……これなら眠れそう……」


 矢部先輩が立ち上がって、俺の前で足を止め向かい合う。


「そぉだ……最後に、一つだけお願いしていいかなぁ?」


「何ですか?」


「そろそろ名前で呼んでほしいなぁ……先輩もいらないから……稲子って……ね」


「……わかりました、稲子さん」


「えへへ……ありがとう……」


 矢部先輩……いや、稲子さんは俺に微笑むと顔に手をかけて持ち上げ……俺のおでこにキスをした。


「お休みのチューだよぉ……なんちゃってぇ……じゃあね……石生君」


「……はぁ……おやすみなさい稲子さん」


(顔真っ赤だった……あれじゃあ眠れないだろうなぁ……)


 何せ俺も顔が火照って仕方がない、もう少し涼んでいかなければ眠れそうにない。


 休憩室の椅子に深く腰掛けて、背中を壁に預けて……俺は頭を冷やすべく少しだけ目を閉じることにした。


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