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温泉旅行前夜

「お兄ちゃん、ただいまーっ!!」


「お帰り陽花……帰ろうか」


「うんーっ!!」


 陽花を抱きかかえ自宅に向かう。


「あしたはついにしんこんりょこうだねぇ、陽花とひゃっかいぐらいちゅーしようねぇ」


「ただの温泉旅行だよ……本当に陽花はキスが大好きだねぇ」


「お兄ちゃんだからだよぉ、ほかのひととはきすしたいとおもわないもん」


「昨日とか矢部先輩や正道さんとキスしようとしてなかったかなぁ?」


 まああれも俺のキスを誘うための前振りでしかないのだと思う……一体何度陽花の思い通りにキスさせられたことか。


「えへへ、でもお兄ちゃんがしっとするからもうやらないよぉ……だからチューしよぉ?」


「帰ったらおでこかほっぺたにしてあげるから我慢しなさい」

 

 もう最近では口以外へのキスは抵抗がなくなってしまった……俺はどんどん陽花の虜になっていく。


(俺はこんな調子で本当に大丈夫なのかぁ……ちゃんとシスコンを卒業できるのかなぁ?)


 矢部先輩や正道さんという魅力的な女性に誘惑されかけながら……あえて拒んでいる自分はどこかおかしい気がする。


(もう無言で……いや態度でははっきりと付き合ってほしいって意志が伝わってるけど、どうしても応える気になれない)


 あの二人が嫌いなわけではない、はっきり言って俺も好意を抱いていると思う。


 それでも俺が誰とも付き合わない理由、彼女を作らない理由は……きっと陽花が泣いてしまうからだろう。


「陽花……温泉旅行楽しもうなぁ」


「うん、もちろんだよっ!! お兄ちゃんとのおりょこうだもん、たのしくないわけないよぉっ!!」


「そうだなぁ、お兄ちゃんも陽花との旅行が楽しみで仕方ないよ」


 陽花との旅行は下手したらこれが最後になるかもしれない。

 

 来年は陽花は小学生になる、俺は受験生だ……スケジュールが合うとは思えない。


 陽花が中学生になるころには俺は社会人だ……やっぱりスケジュールは合わないだろう。


 そして多分それ以降は……いやきっと陽花が思春期を迎えるそこを境に俺たちは別々に生きていくことになると思う。


(陽花と思いっきり触れ合えるのは……構ってあげられるのは今年が最後、短すぎるなぁ)


 俺の腕の中で嬉しそうに微笑む陽花、この幸せな光景も近いうちに終わりを告げるだろう。


「お兄ちゃん、陽花ね……おおきくなったらいっぱいいっしょにおりょこういきたいなぁ」


「……ああ、行きたいなぁ」


 このまま時が止まればいいのにと思う、俺も陽花も成長を止めてずっと仲良くしていたい。


(エゴだなぁ……陽花は大人になりたがっているのに)


「やべおねえちゃんやはづきおねえちゃん、ゆきとくんもいっしょにみんなでおりょこうたくさんいくのぉ」


「そうだなぁ、楽しいだろうねぇ」


「だけどそれいじょうにお兄ちゃんとふたりっきりでおりょこうするのっ!! ずっとずぅっといっしょにいくのっ!!」


 俺は何も答えることが出来なかった、だから優しく陽花を撫でてあげる。


「ほら、お家についたよ」


「ただいまーっ!! お兄ちゃんやくそくのちゅーっ!!」


「ただいま……ちゅっ」


 ドアを閉めて陽花のおでこにキスをする、こんなこともあと何回できるのか。


「えへへ~、お兄ちゃんもっとちゅーしてぇ」


「……唇さん以外ならな、ちゅっ」


 陽花の柔らかいほっぺたにキスをする……優しく兄としての感情をこめてのキスだ。

 

「お兄ちゃん、きょうはだいさーびすさんだねぇ……陽花しあわせぇ……」


「こんなことで幸せになれるなら幾らでもしてあげるよ……ちゅっ」


 おでこに再びキスをしてやる、陽花が腕の中ではしゃいでいる……可愛すぎて、泣きそうだ。


(今日はどうした俺……ああ、昨日が騒がしすぎてセンチメンタルなのか)


「お兄ちゃん、どうせならおくちさんにもしてよぉ」


「それだけは駄目なんだよ、陽花と俺は兄妹だからね」


「だいじょうぶだよぉ、陽花はお兄ちゃんとけっこんするんだからちゅーしていいんだよぉ」


 陽花は笑顔だ、俺は……笑い返してやることができない。


(子供の言葉だから真面目に受け止めないで、大人として返事をしてあげればいいんだ……本当はわかってるんだ)


 だけど陽花が本気で言っているのがわかっているから……俺はまだ大人になんかなれないからどうしてもそれが出来ない。


「兄妹だから無理だよ……俺は陽花を可愛い妹としてしか見てないから」


「いいよぉ、妹のままおよめさんになるもんっ!! もっともぉっとゆうわくしてお兄ちゃんをメロメロにしちゃうんだからっ!!」


「……もう十分メロメロだよ、陽花が居なきゃ生きて行けそうにないよ」


「ほらぁ、やっぱりけっこんしてずっといっしょにいないとたいへんだよぉ……いつでもこくはくしてくれていいんだよ?」


 陽花が無邪気に笑う……この言葉もいつまで聞けるのだろうか。


(しっかりしろ俺、また陽花を泣かせる気か?)


 いつまでも俺が否定していたら陽花は泣いてしまう……この辺りで打ち切るべきだ。


「はぁ……陽花、そろそろ晩御飯とお風呂の支度をするからちょっと降りような」


「はーい……きょうは陽花ね、おえかきさんしたからあとでみせてあげるねっ!!」


「ああ、いくらでも見るよ……付き合うよ陽花に」


 俺の一番幸せな時間、穏やかで落ち着いて……心が温まる瞬間が陽花といるときなのだから。


 食事の支度を済ませて俺の膝の上に座らせた陽花に丁寧に食べさせてあげる。


「あーんっ!! もぐもぐ……おいしーっ!!」


「そっか……ほら、あーんして」


「あーんっ!!」


 俺の運んだ食事を美味しそうに頬張り咀嚼する陽花、こうして甘えるのもいつまで続くのか。


(最初は大変だったけど……今じゃ自分の意志でやってる、ずっとしていたい)


「ごちそうさまーっ!! お兄ちゃん……ほら陽花こんなにたくさんおえかきしたんだよぉっ!!」


「はは……白いドレス着て、結婚式かなぁ」


「そうだよ、となりにたってるのはおにいちゃんっ!!」


 子供らしいクレヨンで塗りつぶされた絵の中で大人になった陽花と今と変わらない俺が並んで立っている。

 

(俺も齢を取るんだよなぁ……陽花と年齢が近づくことはないんだ……)


 陽花が若く一番美しくなるときには、俺はもう若者ではなくなっている。


 釣り合うわけがない……今ですらこんなにも可愛いのに陽花はきっともっともっと美しくなるだろうから。


 他にも何枚も絵を見せてもらった……その全てに俺が描かれている。


 ここまで愛されている事実に胸が温かくなる……同時にとてつもなく締め付けられる。


(本当に、いつまでこんなにも愛情を向けてもらえるのだろうなぁ)


「お兄ちゃんおふろはいってくるねーっ!!」


「ああ、気を付けてね」


「わかってるよぉ……それにおそとでみまもっててくれるんでしょ?」


「陽花が心配だからね」


 陽花がお風呂場に走っていく、転ばないか心配だ。


『ふんふっふふーんふんふっふふーん……』


 陽花がご機嫌で鼻歌を歌っているのを聞きながら脱ぎ散らかした下着を洗濯機に入れていく……明日の準備は出来てるのかなぁ。


「陽花、旅行に行く支度は出来てるのかな?」


『うん、だいじょうぶだよーっ!! おきがえもおしたぎももらったばっくにいれてあるよーっ!!』


「そっかぁ、確認しなくて平気か?」


『だいじょうぶだよぉ、陽花おとなだもんっ!!』


 陽花はそう言うが俺としては心配だ……最も今回は女性陣もいるから最悪現地で買えばいいだけだが。


「分かったよ……じゃあ明日に備えてお風呂から出たらすぐ寝ような?」


『はーいっ!!』


 陽花は返事通りササっと風呂から上がると寝る前の準備を終えて布団に張り込んだ。


 同じくやることを終えた俺もまた、陽花の隣に横たわり腕枕をしてあげる。


「お兄ちゃん、陽花ねドキドキしてぜんぜんねむくならないのぉ」


「困ったねぇ……まあ新幹線で移動するから途中は寝ていても大丈夫だよ」


「陽花しんかんせんのるのはじめてぇっ!! ぜったいおきてるぅっ!!」


「あらら、余計に興奮しちゃって……これじゃあ眠れないかなぁ」


 俺は少しでも落ち着かせようと陽花の頭を撫でてあげる。


「えへへ……陽花ねぇ、しあわせすぎてゆめのなかにいるみたい」


「ちゃんと眠って夢を見なさい……起きたらもっと楽しいことが待ってるから」


「むずかしいなぁ……でもがんばってねてみるぅ」


 陽花が一生懸命目を瞑っている……そんな力いっぱい瞼を閉じてたら逆に眠れないだろうに。


 額をさすり眉の間を指でほぐしてやるとくすぐったそうに震える陽花。


「もぉ、お兄ちゃん……陽花ねむれ……ない……よぉ……すぅ……くぅ……」


 何だかんだ言ってあっさりと眠りについた陽花……本当にかわいい寝顔だ。


 俺はいつまでもいつまでも陽花の寝顔を見続けた。

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