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陽花と忠犬

「ただいま」


「ただいまー」


「ただいまぁっ!! こ、ここが陽花ちゃんのお家ぃっ!!」


 正道さんが元気よく帰宅の挨拶をする……両目がカメレオンのようにばらばらにあちこちを見回している、怖い。


「お邪魔しますでしょあなたは……」


「えぇっ!! だ、だって私皆川様の第三夫人でしょっ!! ち、近い将来一緒に住むのよねっ!?」


「誰もそんなことは認めてません……陽花だって嫌だろ?」


「うーん……いやだけどぉ、陽花のいうことをきちんときくならみとめてあげないでもないよ?」


「わんっ!! 葉月は陽花ちゃんお姉さまの忠犬になりますぅうううっ!! わおぉおおおおおっ!!」


 四つん這いになって鼻息荒く俺たちを見つめる正道さん……一体何が彼女をここまで駆り立てるのだろう。


(い、いきなり疲れる……矢部先輩はまだなのかっ!?)


「わんわんだぁ……はづきおねえちゃん、おてっ!!」


「わおぉおおおんっ!! へっへっへっへっへっ!!」


 何故か傷一つない舌を垂らしながら全身で俺に寄りかかってくる正道さん……完全に駄犬じゃないかぁ。


「おてだよぉっ!! じゃあつぎはおすわりっ!!」


「わおぉおおおおおんっ!!」


「だ、誰が押し倒せって言ってんだよっ!! おい伏せだっ!! 止まれっ!! 駄目だ、こいつやっぱり制御なんか不可能だぞっ!!」


 力づくで俺を押し倒そうとする正道さん、ドアに背中が押し付けられているから何とか耐えられているが……危険生物過ぎる。


「もぉ、はづきおねえちゃんっ!! そんなことじゃごほうびのちゅーしてあげないよっ!! ほらおすわりっ!!」


「きゃぅうううんっ!? くぅううん……わぉん……」


 陽花の言葉に今度こそ従い、正道さんはその場で蹲った……飴と鞭か、完全に猛獣だなぁ。


「よしよし、はづきおねえちゃんはいいこだなぁ……ごほうびのちゅーしてあげようかなぁ?」


「よ、陽花ちゃんとちゅーっ!? きゃぁうぉおおおおおおおおおおんっ!!」


「だ、駄目だっ!! 正道さんも止まれくそっ!!」


「わんわんわんわんわんわんっ!! がるるぅうううっ!!」


 興奮してこちらに突進してくる正道さんを思い切りぶっ叩くが正気に戻る気配がない……というか完全に犬になり切ってる、狼女かなぁ。


「ああ、陽花のくちびるがピンチですっ!! こうなったらお兄ちゃんがさきにちゅーしてまもるしかありませんっ!!」


「よ、陽花っ!? お、お前そんなことを企んでたのかっ!?」


「たくらんでなんかないよぉ……それよりどうするのおにいちゃん? 陽花がちゅーされてもいいのぉ?」


「しゃぁあああああっ!! がぁあああああっ!!」


 すさまじい迫力で迫ってくる正道さん、確かにこのままでは陽花の唇が奪われてしまう……やるしかないじゃないかぁ。


「よ、陽花こっちむいて……ちゅっ」


「んふぅ……」


「はぅうううっ!! きゃぅうんきゃぅうんっ!! 私にもさせてぇええっ!!」


 陽花にキスをして守っていると、背中を正道さんにポカポカと叩かれる……手加減できてる、正気に戻ったのか。


「はぁ……正道さん、いい加減にしないと帰ってもらいますよ?」


「ぐぅうっ!! ひ、酷いわよぉっ!! 興奮させるだけさせてキスシーンまで見せつけるなんてっ!! 興奮しすぎてわけわかんないのよ今っ!?」


「物凄く正気ですよ、一周回るとまともに戻るのか……わけわからんのはお前の生態だよ」


「えへへ……はづきおねえちゃんっていがいにべんりだねぇ」


 陽花だけご機嫌だが俺も正道さんも涙目だ……というかやっぱり陽花って腹黒……い、いや汚れない純白の天使に決まってるぅっ!!


「とにかく正道さん落ち着いて、というか本当に追い返しますよ?」


「だ、だってだってぇっ!! こ、こんな興奮このままじゃ収まらないわよぉっ!! せめて皆川様がキスしてぇっ!!」


「何でそうなるんですか……大体俺がキスし……っ!?」


「お兄ちゃんのくちびるがピンチですっ!! 陽花がたすけてあげます、ちゅぅっ!!」


 陽花に唇を奪われる、もう完全にやりたい放題だ……正道さんが俺の背中をポカポカ叩く、ちょっと可愛いとか思ってしまった。


「私もするぅっ!! 陽花ちゃんお姉さまとキスしたいぃいいっ!! 皆川様と間接キスぅうううっ!!」


「んふぅ……んん~~……」


「んぐぅ……んんっ……ぷはぁ……よ、陽花さんもうやめてください……正道さんも落ち着いてお願いだから……」


 もう疲れ切ってしまった……なんでこんな厄介ごとを俺は家に招いてしまったのだろうか。


「落ち着けるわけないでしょぉおおおっ!! キスぅううっ!! ベーゼぇえええっ!! 接吻っ!! 口づけぇっ!!」


「ちゅーっ!! お兄ちゃんちゅーっ!! はやくちゅーっ!! いますぐちゅーっ!! あんぜんのためにちゅーっ!!」


 二人して唇をとんがらせて突き付けてくる……蛸さんかなぁ。


(流石にもう限界だ……黙らせよう……)


 とりあえず正道さんの顔面にチョップをくらわし、陽花のおでこにでこぴんする……ふりをする。


「はうぅっ!? くぅう……うぅ……意地悪ぅ……」


「わわっ!? お、お兄ちゃんあぶないよぉっ!?」


「二人とも落ち着いてくれてありがとう……ほら陽花、正道さんのお見送りをしようねぇ」


「えぇっ!? し、失格ぅっ!? わ、私まだ何もしてな……暴走したわよねぇ……うぅ……さようなら陽花ちゃんお姉さまぁ……」


 がっくりと肩を落としてドアに向かう正道さんと場所を入れ替わる……もうさっさと追い出さないと俺の精神が持たない。


「お兄ちゃんはづきおねえちゃんをゆるしてあげようよぉ、ちゃんと陽花のいうこときけるみたいだし……ね?」


「よ、陽花ちゃんお姉さまぁっ!! 葉月感激ぃっ!! も、もちろん何だって言う通りにするわよぉおっ!!」


「完全に手玉に取られてるなぁ……うぅ、本当に暴走しないでくださいよぉ」


 陽花がこう言ってる以上俺が何を言っても無駄だろう……泣く泣く受け入れ居間に案内する。


 そこで結構時間が経っていることに気づく……正道さんに時間を取られ過ぎたか。


「とりあえず晩御飯作るんで正道さんはここで大人しくしててください」


「そ、そう……あのさ、何なら私が作りましょうか? 色々面倒かけちゃったし……」


「それはありがたい提案ですけど……変な物まぜないでくださいよ?」


「そ、そんなことしないわよっ!! 私を何だと思ってるのっ!!」


 俺としては未だに拭いきれてない口周りの血液のことを言ったのだが、どうやら勘違いされてしまったようだ。


「正道さんのことはちゃんと化け物だと認識してるから安心してください……大丈夫、信じてますよ」


「全然安心できないわぁ……うぅ、いつになったら皆川様は私を女の子としてみてくれるのかしら……」


「そうだよぉ、はづきおねえちゃんはばけものじゃなくて陽花のちゅうじつなちゅうけんだよぉ」


「わぉおおんっ!! じゃ、じゃなくて……陽花ちゃんお姉さままで私をそういう目で……うぅ……辛いわぁ……」


 半泣きで台所へと向かっている正道さん……正直なところ内心では女性の手料理だとしっかり認識してワクワクしているのだが調子に乗りそうだから言わないでおこう。


「あ、ちなみに冷蔵庫の中身は好きに使ってくださいね……ついでに正道さんが良ければ五人分作ってもらえると助かります」


「ええと、皆川様と陽花ちゃんに矢部先輩に私と幸人で五人……う、嬉しいけど本当にいいの?」


「せっかく来るんだからご飯ぐらい一緒に食べましょう……陽花もいいよな?」 


「わーいっ!! みんなでおしょくじだぁっ!! ゆきとくんとたべるのたのしみぃっ!!」


 陽花が本当に無邪気に喜んでいる……い、いややっぱり何か企んでいるんじゃないかこれ?


(最近陽花の無邪気さには裏に企みがあると思えてならない……うぅ、駄目なお兄ちゃんだなぁ)


「……ありがとう皆川様、本当に嬉しいわ……きっと幸人も喜ぶわ」


 正道さんも心の底からの微笑みを浮かべる……暴走気味でもなく、普段の微笑でもなく一人の少女としての笑顔は初めて見た。


 少しだけ見惚れてしまった……化け物時とのギャップが凄いんだもの。


「じゃあ腕によりをかけて作るわね、えーと……材料が足りないから冷凍食品ね……ごめんなさい……」


「……うわぁーい、女の子の手料理うれしいなぁ……うぅ……」


「じゃあ陽花がつくるぅっ!! 陽花もそのおりょうりならできるもんっ!! お兄ちゃんにてりょうりたべさせてあげるぅっ!!」


 陽花が腕の中で飛び跳ねているが、降ろすのは危険だからやめておこう……ちゃんとした食材も今度買っておこう。


「今日は正道さんに任せようね……お、インターホンってことは矢部先輩かな?」


「ゆきとくんきたのーっ!? わーいっ!!」


「ええ、こっちは任せて」

 

 台所を正道さんにお願いして俺たちは玄関へ戻りドアを開いた。


「ただいま……石生君、元気だったかしら?」


「ああっ!! ママぁーっ!! おかえりーっ!!」


「い、伊代音さんっ!? ど、どうしたんですかっ!?」


「たまたま近くを通ったからついでに寄っただけよ、すぐ行くわ……でも相変わらずねぇ、お家の中でも抱っこしてるなんて」

 

 まさか伊代音さんが帰ってくるとは思わなかった、予想外過ぎて困惑してしまう。


「ママもいっしょにばんごはんたべよぉっ!! みんなでたべようよっ!!」


「皆って……誰かお客様でも来ているの? また稲子おね……さんかしら?」


「いえ、矢部先輩はもう少ししたら来ますけど……」


「皆川様ぁ、ちょっとアレンジしたいのだけど調味料は……どちら様ですか?」


 そのタイミングで顔を出す正道さん、いつの間にか口元は拭われエプロンをつけている。


「み、皆川様ぁっ!? 石生君ど、どういうことっ!?」


「お、落ち着いて伊代音さんっ!? こ、こちらはクラスメイトの正道葉月さんです、でこの方は伊代音さんで陽花の母親です」


「よ、陽花ちゃんお姉さまのお母さまぁあっ!! 初めまして私は皆川様の第三夫人にして陽花ちゃんお姉さまの忠犬でございますっ!! 今後ともよろしくお願いいたしますっ!!」


「第三夫人っ!? 忠犬っ!? い、い、石生君っ!! な、な、な、何を考えているのよあなたはぁああっ!!」


 土下座する正道さんに暴走する伊代音さん……はい、話がややこしくなりましたぁ。


「ママ、はづきおねえちゃんっておもしろいんだよぉ……ほらじゃんぷしててんじょうにはりついてぇっ!!」


「わぉおおおんっ!!」


「……うわぁ、忍者かヤモリみたいに天井にくっついてるぅ」


「あ、あ、あ、はぁ……」


 伊代音さんが目の前の現実に耐え切れず気絶した……まあそりゃあそうだろうなぁ。

 

「えっ!? あ、あれぇ……わ、私何か変なことしたっ!?」


「変な事しかしてません……ほら正道さん、下りてきて伊代音さんをベッドに運んでくれるかな?」


「わ、わかったわぁ……けど私陽花ちゃんお姉さまの言うとおりにしただけなんだけどなぁ……」


 ぶつぶつ言いながら床に降りると片手で伊代音さんを持ち上げ俺の指示のままベッドまで運ぶ正道さん……本当に身体能力が狂ってる。


「ママぁ~っ!! ごはんたべないのママぁ~っ!?」


「伊代音さんは疲れてるんだよ、少し休ませてあげようね……」


「ずっと単身赴任で働いているんでしょ? それは大変よね、疲れがたまるわけだわ」


「いや、多分精神的な疲労が原因だと思います……」


 俺ですら陽花の可愛さで癒されなければ耐えれないぐらい波乱万丈なのだから、慣れてない伊代音さんが耐えられるはずがないのだ。


「だけどどうするの? 食事の支度も終わったし、そろそろ食べたほうがいい時間だけど……」


「まだ矢部先輩が来てない……おぉベルが鳴ってる、今度こそ来たかな?」


 玄関に向かいドアを開けると今度こそ予想通り矢部先輩と幸人君が姿を現した。


「ただいまーっ!! 陽花お姉さま、お久しぶりーっ!!」


「やべおねえちゃんおかえりーっ!! ゆきとくんもいらっしゃいっ!!」


「おじゃまします、おにいさんおせわになります」


「矢部先輩お邪魔しますでしょ……幸人君はただいまでしょ?」


 二人して間違えて困ったものだ……とりあえずドアに鍵をかけて幸人君が出ていかないようにしておこう。


「もぉ、皆川君たらぁ照れちゃってぇ……素直に一緒に暮らしてくださいって言えないのぉ?」


「ほんとうにお兄ちゃんったらてれやさんなんだからぁ……ぼくをしもべとしてつかってくださいっていっていいんだよぉ?」


「わ、私を僕として使ってくださいぃいいいっ!! 陽花ちゃんお姉さまぁっ!!」


「……本当に言わなくていいから、俺は絶対に言わないし」


「お姉ちゃんたのしそう……よかったですねぇ」


 陽花にひれ伏す正道さんを見て幸人君は失望するどころか優しく微笑むのだ……ああ、天使だなぁ。


「幸人君も楽しんでいってね……これからここで暮らすんだからねぇ」


「おきがえとかないからくらすのはむずかしいです、だけどおにいさんがいっしょにいてくれるならぼくはそれだけでたのしいです」


「いいのよ幸人っ!! ここで皆で一緒に暮らしましょうっ!! 着替えなら今すぐネットで取り寄せるからねっ!! ひゃっほうぅっ!! 陽花ちゃんお姉さまと清く爛れた生活が始まるのねぇええっ!!」


「やったぁっ!! 私も一緒に暮らしていいんだよねぇっ!! 皆川君、今夜は寝かせないぞって言ってみてぇっ!!」


「わーいっ!! お兄ちゃん、たのしくなりそうだねぇっ!!」

 

 いきなり騒がしくなる……誰も幸人君以外を住ませるなんて言ってないのになぁ。


(どうにかして幸人君だけ監き……残して、ほかの二人を追い出せないかなぁ)


「と、とにかく……皆でご飯でも食べような」


「「「「はーいっ!!」」」」


 皆の良い子のような返事を聞きながら、俺たちは居間へと移動するのだった。

 【読者の皆様にお願いがあります】



 この作品を読んでいただきありがとうございます。

 

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