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正道さんと帰宅

「ドキドキするわぁ……はぁはぁ……陽花ちゃん……陽花ちゃぁあんっ!!」


「……やっぱり止めていいか?」


「が、我慢してるでしょぉおっ!! そ、それに事前に練習するのも大事よぉっ!! 陽花ちゃぁん、待っててねぇっ!!」


 帰り道を正道さんと共に歩きながら、俺は自身の判断が誤りであったのではないかと早々に後悔し始めていた。


「そりゃあ、温泉旅行に行く前に生の陽花に耐性をつけようってのはわかるけど……何度も言うけど暴走したら容赦できないぞ俺は」


「ぼ、暴走なんかしないわよぉっ!! へ、へへひひひふひぃ生陽花ちゃぁあああんっ!! 葉月が行くわぁあああっ!!」


「……一回でも俺が叩いたらそこで終了だからな、帰る準備しておけよ」


「はぁはぁっ!! よ、陽花ちゃぁんっ!! 」


 どうしようもなく不安だ、やはり矢部先輩にも着いてきてもらえばよかったかもしれない。


 しかしここまで来てしまったらどうしようもない、俺は到着したバスへと近づいた。


「お兄ちゃぁんっ!! ただいまの……さようならぁっ!!」


「よ、陽花ぁっ!! だ、大丈夫だから安心して……」


「よ、陽花ちゃぁああああんっ!! は、葉月はねぇえええっ!! 葉月はわぁあああ……だ、大丈夫よぉ、お、大人しいんだからぁ」


 何とか正気で堪えているようだ……口元からだらだらと血液が流れているが舌でも噛み切ったのだろう。


 まあ正道さんならそれぐらいでくたばったりはしないはずだ、俺は陽花のケアを行うことにした。


「ほらおいで陽花、抱っこしてあげるから」


「うぅ……お兄ちゃん、どうしてそのばけものがいるのぉ……陽花こわいよぉ……」


「はうぅっ!? ご、ごめんね陽花ちゃん……は、葉月はもう安全だから……だ、だから安心して私の胸に飛び込ん……げふぅ……こっちにきていいのよ……」


 さらに口内を傷つけているようで口から滴る血液の量が増えた……涎みたいに血が垂れている、みんなドン引きだ。


「ゆ、幸人君のお姉さん本当に大丈夫なんですか? 救急車呼びましょうか?」


「黄色い救急車なら……い、いややっぱり大丈夫です、ほら陽花いざとなったら俺が守ってやるから一緒に帰ろうな」


「うぅ……わかったよぉ……陽花かんばるぅ……」


 俺は出てきた陽花を抱きかかえると先生に頭を下げてバスから離れて正道さんに近づく……正道さんはバスにも一定以上近づいてはいけないのだ。


「それで……なんであのばけものがいるのぉ?」


「ば、化け物じゃないよ陽花ちゃぁああっ!? げふぅっ!! はぁはぁ……は、葉月お姉ちゃんって呼んでほしいなぁ……」


 また一段と出血量が増えた、口を開くたびにつばの代わりに血痕が飛ぶ……汚えなぁおい。


「あのなあ陽花、こいつも温泉行くわけだろ……先に耐性テストをしておこうと思ったんだよ」


「た、耐久テストって……人を兵器か何かみたいに言ってぇ……うぅ……」


「しっかくぅっ!! 陽花のめだとすでにらくだいてんですぅっ!!」


「はうぅううっ!? な、なんでそんなひどいこと言うのよぉっ!! そんな陽花ちゃんも可愛くて葉月は今すぐ全身をぺろぺろしたぁ……くないの……しないから安心してぇ……」


 一生懸命正気と狂気の間を行き来している正道さん、俺としては努力点は上げたいところだ。


「まあどうしようもなかったら追い返すから……もしくは矢部先輩が幸人君を連れて俺の家に来るまでの間だから少しだけ我慢してな」


「うぅ……ゆきとくんがおうちにあそびにきてくれるならぁ陽花かんばるぅ……」


「良い子だなぁ陽花は……ナデナデしてあげようなぁ」


「はぁ……はぁ……陽花ちゃんとナデナデぇ……私もナデナデぇ……し、しっかりするのよ私っ!! し、舌がなくなっちゃうわよっ!!」


 ちらっと口内を見ると既に舌の原型が見当たらなかった気がするが……勘違いに決まってるよなぁ。


(何で喋れてるんだこいつ……というかなんで生きてるんだろう?)


「と、とにかく家に行きましょう……こっちですよ正道さん」


「え、ええ……陽花ちゃんのお家、陽花ちゃんのお宅、陽花ちゃんのお部屋、陽花ちゃんの洋服棚、陽花ちゃんの……ぐぅっ!!」


「……お兄ちゃん、やっぱりおいていこうよぉ」


「正直俺も置いて行きたい……ちょっと離れて歩いてください……」


 口から血を垂らしながら目をぎらつかせたり涙目になったりを繰り返している正道さん……こんなの絶対警察の御厄介になるやつじゃないかぁ。


「そ、そんなぁ……うぅ……せ、せめてこの距離で……陽花ちゃんの香りを嗅げて陽花ちゃんの顔が見えるこの距離を……どうかぁ」


「陽花がかわいいのはわかるけどぉ……ねえ、おうちでゆきとくんにもいっつもそんなかんじなのぉ?」


「よ、陽花ちゃんが私に話しかけてくれたわぁああああああっ!! 葉月感激ぃいいいいいいいいっ!! 今日は記念日ねぇえええっ!! 皆川様今日は赤飯にしましょうねぇええええっ!!」


 叫び声に周りの人たちの視線が俺たちの元に集まって……またあいつかって反応をされてしまった、すっかり有名人だ嬉しいなぁ。


(近所の人にまで誤解されてるよぉ……俺は遊び人じゃないんだよぉ……)


「くぅぅ……あと三秒で正気に戻らなかったら失格ですぅ……2……1……」


「はぅっ!! ぐべぇっ!! 大丈夫、私は正気よ……全く心配性ねぇ皆川様は」


 一体どの部分を切り落としたのか急にさっぱりとした正道さん……もう口周りは食後の吸血鬼のように真っ赤だけどな。


「はぁ……お前さぁ、本当に幸人君にどれだけ迷惑かけてんだ?」


「そ、そんな大したことしてないわよ……皆川様みたいに普通の家族みたいに接してるわよぉ」


「……全然信用できないんだが」


「ほ、本当よっ!! ただ、おはようのキスをしてご飯を食べさせあってキスをして歯磨きしてキスをして着替えをさせて撫でまわしてスカートの捲れ具合を確認して……」


「陽花、こいつ置いて帰ろう……お兄ちゃんが間違ってたよ」


 俺は正道さんを置き去りにして全力疾走で家に向かって走り出した……ほんまもんの変態だった、もう二度と一生陽花には近づけさせねぇ。


「えぇっ!! だ、だってこれぐらい皆川様もしてるでしょっ!! 一般的な姉弟のスキンシップじゃないっ!!」

 

「んなわけねーだろーがっ!!」


「いやはづきおねえちゃんのことばにもいちりあるとおもいますっ!! おきがえはともかくそれぐらいひんぱんにちゅーすべきだとおもいますっ!!」


「い、いま葉月お姉ちゃんって……よ、陽花ちゃぁあああああんっ!! 大好きよぉおおおおおおっ!!」


 都合のいい部分だけ聞きつけて陽花は俺にうったえかけてくる……後ろで悶えている馬鹿はもう無視しよう。


「普通はキスしないのっ!! あんな異常者みたいになっちゃうよ、いいのっ!?」


「じょうねつてきなめんだけまねすればいいんだよっ!! このままじゃお兄ちゃん、陽花へのあいでまけちゃうよっ!?」


「葉月の愛は世界一よぉおおおおおっ!! L・O・V・E・陽花ちゃぁあああああああああんっ!!」


「あんな変態に負けるかっ!! 俺が世界で一番陽花を愛……と、ともかく逃げるぞっ!!」


 つい口が滑りかけて、慌てて誤魔化しながら足の動きを速める……あの正道さんの暴走を見てもなお俺のほうが陽花に対する愛情は上回ってると思うが陽花が調子に乗るから言わない。


「お兄ちゃぁん、陽花いまのことばのつづきがききたいなぁ……ききたいなぁ……とぉってもききたいなぁ……」

 

「そんな切なそうな声出さないの……それより身の安全を考えようねっ!!」


「あぁあああああっ!! 待ってよぉおおおおっ!! 陽花ちゃぁあああああんっ!! 葉月を置いて行かないでぇええーっ!!」


 叫び声を上げながら吐血を振りまき、髪をかき乱しながら目を血走らせて追いかけてくる正道さん……完全に化け物じゃないかぁ。


 昔話なら桃なりお札なりで撃退するところだが俺にもそんな便利アイテムが欲しい……陽花の衣服を投げれば行けるかも、だが絶対にやらんっ!!


「お兄ちゃん、たたいたらもとにもどるんだからそんなにけいかいしなくてもいいよぉ……なんならいっしょにかえろうよぉ」


「急にどうした……何を企んでるんだ陽花?」


「べつになにもたくらんでなんかないよぉ、それにおんせんいっしょにいくんでしょ? いまのうちになれておこうよぉ」

 

(怪しすぎるわ……けど確かにその通りだしなぁ)


 仕方なくあっさりと俺を追い抜いて目の前に立ちふさがった正道さんを叩いて正気に戻そうとする。


「陽花ちゃ……ぐはぁっ!? うぅ……い、今ので失格ですかぁ?」


「本当なら失格にしたいところだけど……陽花もこう言ってますし、もう一回だけチャンスを上げますよ」


「あ、ありがとうございますぅ……陽花ちゃんもありがとう、お礼にチューしてギュっしてペロペロしてべたべたすりすりして……ま、待ってまだ正気よっ!!」


 拳を振り上げると途端に弁解する正道さん、本当に正気を保ってこの調子らしい。


「これで正気なのか……やっぱり置いて行きたいんだが」


「うぐぅっ!? わ、わかったわ、もう少し冷静になるからぁ……見捨てないでぇ……」


「はぁ……陽花、本当にこいつ連れて帰っていいのか?」


「お兄ちゃんが陽花をずっとまもってくれるんでしょ? ならへいきだよぉ」


 陽花が無邪気な笑顔を見せる……絶対に何か企んでるなぁこれ。


 しかし二人がここまで言うのなら置いて行くわけにもいかない、俺は心労を堪えながら帰宅するのだった。


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