矢部先輩と戸手
「おそとでのちゅーはとくべつではいてんがばいになりますっ!! 陽花をこうりゃくするチャンスですっ!!」
「も、もう勘弁してよぉ……流石にお兄ちゃん疲れちゃったよぉ」
久しぶりに心身ともにボロボロである……昨日あれから今までずっとキスしまくりだ。
「だめぇっ!! まだぜんぜんひゃくてんにとどかないんだからねぇっ!!」
「えぇ……あれだけしたのにぃ、今何点なのぉ?」
「しけんのとちゅうでおしえるわけにはいきませんっ!! じこさいてんしてくださいっ!!」
「だって陽花の気分次第でそれまで稼いだ得点が変動するんだもん……もう無理ですぅ」
お食事の準備が遅れたと言って減点を喰らい、お風呂上がりに身体を吹かせてくれなかったで減点を受けて……しかも何点減らされたかの情報は無しと来た。
もうこのゲームは攻略不可能だ……クソゲーとかいうレベルじゃない。
「陽花、頼むからそろそろ終わりにしてくれぇ……ほらバスも来たよ」
「じゃじゃんっ!! さらにとくべつぼーなすですっ!! ひとまえですることでみているひとのかずがかてんされますっ!!」
「もう訳が分からないよぉ、付き合いきれません……先生おはようございますお願いします」
「がいしゅつボーナスとあわせたらとてもすごいことになりますよっ!! ほらいまがチャンスですぅううっ!!」
俺にしがみつこうとする陽花を強引にバスへと押し込んだ……先生が苦笑いでこっちを見ている、ごめんなさい迷惑をおかけします。
「じゃあお兄ちゃん遅刻したら大変だから行ってくるね、また後でねーっ!!」
「ああ、にげるなまてぇっ!! てきぜんとうぼうはじゅうざいなのぉおおっ!!」
本当にどこで覚えてくるのやら……とにかく俺は急いでその場を後にした。
(帰ったらまたやらされるのかな……うぅ、辛いよぉ)
最近は陽花に与えられる心労より可愛さで癒される割合のほうが強かった……そのバランスが逆転したのは久しぶりだ。
前のようにボロボロになりながらふら付く足を何とか動かして学校へ向かい、自分の席に着くなり突っ伏した。
「はぁ……とにかく疲れたぁ……」
「大変だねぇ皆川君も……頭なでなでしてあげようねぇ」
「うぅ……本当に大変なんですよぉ、ありがとうございます矢部先輩……ってなんでここに居るんですか?」
「今日は葉月ちゃん用事があるみたいで幸人君の送りが早かったから私も学校にもう着いちゃったの」
隣にある正道さんの席に座ってニコニコと俺の頭を撫でてくれる矢部先輩、正直今はとても癒される。
「そうですか……ああ、もっといい子いい子してくださいぃ優しさが染みるぅ」
「お疲れ様ぁ、よしよしいい子いい子……おまけにおでこにちゅっ……」
「や、矢部先輩っ!?」
頭を撫でられていたと思ったら髪をかき上げられておでこにキスされた……陽花以外にされるのは初めてで心臓がバクバクなっている。
「えへへ、キスしちゃったぁ……陽花お姉さまに許可貰ってからずっと狙ってたんだぁ……」
「い、いきなりしないでください……心臓が止まるかと思いましたよ」
しかし矢部先輩のような魅力的な女性にされると嫌な気がしない……やっぱり皆からの視線がとても嫌です、教室でいちゃついてんじゃねぇって今回ばかりはごもっともな指摘ですぅ。
「じゃあ次からは事前に通知するねぇ……キスしてもいい?」
「駄目ですぅ……ここんところキスしたりされたりで災難に見舞われまくってるので勘弁してください」
「えぇ……私のキス気持ちよくなかったのぉ?」
「……気分は悪くないです、居心地が悪くなるんです」
正直なところ場所さえ弁えてくれればむしろ望む……だ、駄目だ陽花の怒り顔が頭に浮かぶぅうう。
「じゃあ今度は食後のデザート代わりにしてあげるねぇ、今日も例の場所で葉月ちゃんとご飯食べようよぉ」
「そんなキス宣言は止めてください……一緒に食べるのは構いませんけどね」
「やったぁ……えへへ、最近毎日がとっても楽しいなぁ……幸せぇ」
「……良かったですねぇ」
とても嬉しそうに微笑んでいる矢部先輩、まるで陽花のように無邪気そうに見えた。
「皆川君も楽しんで気を楽にしてね……あ、そうだ私が良い本を読んであげるね」
「……ちょっと待って、そのブックカバーを外してタイトルを見せてください」
「今度のは普通だよぉ、タイトルは『大人しい眼鏡女子の落とし方、実践編』だからねぇ」
「はーい、色々とおかしいと思いまーす」
少なくとも矢部先輩は大人しい眼鏡女子ではない……というかその本の内容通りにしてほしいとでもいうつもりなのだろうか。
「じゃあこっちにしておく? 『凛とした生徒会長の意外な素顔に僕はメロメロん』」
「……どこでそんな変な本を見つけてくるんですかねぇ、この間の本と言いさぁ」
「ああ、そうだ道正愛さんの本返してよぉ……あれ本当にレアな一品なんだからさぁ」
「別にいいですけど、お願いだから陽花にだけは見せないでくださいよ」
俺は鞄に入れっぱなしになっていた魔本を取り出した。
「おはよう皆川、矢部稲子先輩……正道葉月さんはいないんだね」
「おはよう戸手君、葉月ちゃんは生徒会のお仕事があるんだってぇ」
「戸手おはよう、まあ居ないほうが静かでいい気もするが……はい返しますよ矢部先輩」
「何だい、その本は?」
戸手が興味深そうに手を伸ばそうとする……やめておけ、危険すぎる。
「道正愛先生の狼女だよ、わかる人にはわかる一品なんだよぉ」
「わかる人ってどこに……」
「えっ!? あ、あの伝説の魔本作家のっ!! し、信じられないよっ!!」
「知ってるのかよぉおおっ!!」
食いつくように本に手を伸ばす戸手……矢部先輩渡さないでよぉ。
「ほ、本物だぁ……す、すごいですよこれっ!? あの馬鹿が見たら興奮して気絶しかねないなぁ」
「そんなに凄いのかこれ?」
「凄いって言ってるでしょぉ……皆川君は疑り深いんだからぁ」
「世界に数冊しか出回ってないからねぇ、プレミアがついてて……ほら見てごらん」
戸手が携帯で怪しいサイトを開いて見せてくれる……この本がオークション形式で販売されていて価格に零が8個ついている。
「お、億ぅ!? し、しかも売り切れって実際に買われてるのかこの値段でっ!?」
「実在する数少ない効力のある魔本とまで言われているから……オカルト部としては垂涎ものの代物だよ」
「えっへんっ!! 凄いでしょぉっ!!」
そんな高価な品を粗雑に扱っていた事実に遅れて心臓の鼓動が高まる……矢部先輩のキスより遥かに刺激的だ。
「しかもこれには対になる狼男版もあってねぇ、セットなら価値は十倍ぐらいに高まるんじゃないかなぁ」
「そっちは私も手に入らなかったんだぁ……どんな屈強な男子も読めば一発で虜になる内容なんだって、読んでみたいねぇ」
「写本なら持ってるけどそれほど悪い内容じゃなかったよ……皆川も読んでみる?」
「読むなよぉ……俺は絶対に読みたくないぞ……」
戸手の視線に身の危険を感じてしまう……いや戸手が相手なら……攻めならギリ行けなくもない気がする。
「はーいっ!! 私読みたーいっ!! これ貸してあげるから今度持ってきてーっ!!」
「貸してくれるんですか、とてもありがたいです……明日にでも持ってきますよ」
「俺には渡すなよ、絶対に俺の目につかないようにしてくれよ」
「警戒しすぎだよ皆川、意識さえしっかりしていればそこまで影響受けるもんじゃないよ」
(今、そこまでって言ったよな戸手よぉ……しっかり影響は受けるんじゃないかぁ)
前に伊代音さんが狂ったことを思い出す……危険図書過ぎるわぁ。
盛り上がる二人をしり目に、俺はどうやってこの本を陽花から遠ざけるか考えるのだった。
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